新しい作戦のスタート
イツキとイグニード副司令は、具体的な行動をとるため協力することにした。
「分かりました。もしかしたら、もしかしたら間に合わないかも知れませんが、これから収容所の様子を見て、病人を隔離しましょう。その後で10名の兵士の方々の葬儀を正式に行いましょう。外で待機している兵士の皆さんの協力が必要です。さあ急ぎましょう!疫病を、第2の【神の怒り病】を出してはいけません」
イツキはイグニード副司令を立たせると、兵士と住民の健康チェックするので、町に号令を出してくださいと頼んだ。
「先ずは歩き回る兵士からチェックします。歩きながら疫病を広げないためです。もしも体調を崩している兵士が居たら、先に診察しますので馬車で連れてきてください。それから重要なことを言います。住民がパニックになったら収拾できません。兵士の皆さんには住民に悟られないようにと勧告してください」
イツキは、イグニード副司令と2人の少佐に次々と指示を出していく。マルコ神父とハモンドにも状況をカルート語で説明し、マルコ神父は礼拝堂に残り、ハモンドには付いてくるように指示した。もちろんイツキの相棒、軍用犬のラールも一緒に行く。
礼拝堂の扉を出た所でイツキは、イグニード副司令に呼び止められた。2人の少佐と何か相談していたようで、イグニード副司令は厳しい軍人の顔をして、イツキの前に来て話し始める。
「イツキ神父のことを疑う訳ではありませんが、冷静に考えたら貴方はまだ、その……子どもです。教会の神父様だということは信じますが、これだけのことを起こす我々からしたら、今回の戦争の第3者である教会の、それも子どもの神父の指示に従うことには大きなリスクを伴います。軍の中も1枚岩ではありません。情けない話ですが、今の私にはそれ程の権限が無いのです。・・・本当に疫病の可能性はあるのですか?」
イグニード副司令は唇を噛み締めながら、自分の心情を吐露する。
「多くの人の命より、体面や部下や上司の方が大切ですか?」
イツキは憐れむような顔をした。そしてフーッと長い息を吐き、背負っていたリュックから何かを取り出した。
「分かりました。私も皆さんに隠していることがありますので、お伝えしましょう。ただし、これはブルーノア教会の最高機密事項ですから、絶対に口外できません。もちろん国王陛下であったとしても秘密にせねばなりません。それでも私の秘密が知りたいですか?そして知ってしまったら、大きなリスクを背負うことになりなすが?」
イツキのブルーノア教会の最高機密事項という言葉に、3人は完全にビビっている。しかし、人というものは秘密だと言われたら、却って知りたくなる生き物である。
3人は顔を見合わせて頷いた。そしてゴクリと唾を呑み込んで「知りたいです」と答えた。
イツキは回りに人が居ないのを確認すると、取り出した身分証を差し出した。そして少し話を付け加えた。
「私は医師の勉強も薬剤の勉強も済んでいます。子どもの私が診察することに抵抗があったり、言うことをきいてくれないようでは困りますので、町の医者が手透きであれば連れて来てください。忙しいようなら……そうですねえ、私のことはブルーノア本教会から来た神父と言ってください。」
そう言ってイツキは笑ったが、イグニード副司令たちの耳には、あまり届いてはいなかった。
身 分 証 明 書
【シーリス候補者】 イツキ・ラビター 12歳
リーバ(天聖)が次のシーリス(教聖)候補として認めた者である。
1095年 1月 ブルーノア教 本教会 リーバ
「これは間違いなく本教会の身分証……シーリス候補・・・」(シュルツ少佐)
「シ、シーリス候補……」(グード少佐)
「それでは、未来のシーリス様」(イグニード副司令)
『そうか!だから、シーリス様だから【神に捧げる祈り】を捧げていたんだ。あの祈りは、サイリス様以上の神父でなければ捧げられない決まりのはず』
シュルツ少佐は、先程のイツキの祈りを聞いた時に、なんとなく引っ掛かっていたことを、大きな驚きと共に思い出した。
3人は、ハッと我に返り慌てて膝まずこうとする。シーリス(教聖)様と言えば国王と同等の存在である。
その行動を見たイツキが「最高機密事項」と小声で言って、膝まずくのを止める。
「「「はっ、申し訳ありません」」」(3人同時に)
3人は辺りをキョロキョロと見回して、兵士たちが教会の外から自分たちを見ているのに気付いた。
あー危なかったと胸を撫で下ろしながら、イツキに頭だけ下げた。
「私は、偶然この町に導かれて来たのだと思っていましたが、全てはリーバ(天聖)様のご意志なのかも知れません」
だめ押しするように、然り気無くリーバ様の名前も出すイツキである。
(( 決して嘘ではありません!イツキはリーバ様の指示で来たのです ))
【裁きの聖人】銀色のオーラを解除して、イツキは天使のように微笑んだ。
『シーリス様の微笑みは、なんと神々しいのだろう……』
この瞬間に、作戦Bは成功した。
そしてここから、作戦名【死んだふりしてハキ神国軍にお帰り願おう】という頭脳戦がスタートするのだった。
イグニード副司令は足が悪いケガ人なので、馬車で医者を呼びに行き、町の北にある織物工場に行って、待機している兵の中で体調を崩している者を礼拝堂に向かわせて貰う。元気な兵の内30人に墓を掘るよう命じ、残りの全ての兵に【疫病】の発生を食い止めるため、収容所の換気と病人を隔離するようお願いする。
グード少佐は兵士20人と手分けして、「ケガ人や病人が居たら、明日16日の朝、教会へ来るように。神父様が診察される」と、町中の住人(女・子ども・老人)に知らせて回ることになった。
シュルツ少佐は、兵士10人に教会の向かいに本部テントを設置するよう指示を出し、残りの30人を連れて一番近い収容所に向かった。イツキとハモンド、ラールも後に続く。
収容所に到着すると、思ったより病人が多いのにイツキとシュルツ少佐は驚いた。
夏の暑い時期に、大勢が狭いところに閉じ込められているのだ。体調を崩しているだろうという予想はあったが、予想以上に患者は多かった。
2人は顔を見合わせて頷く。シュルツ少佐は段取り通り病人を隔離するため、収容所から連れ出し礼拝堂に連れて行くよう部下に指示を出す。
「今日から礼拝堂に神父様が来られた。教会は神父様にお返しし礼拝堂は診療所になった」
シュルツ少佐は大声で叫びながら、窓に打ち付けられた板を外し、収容所の中の空気を換えるよう他の部下に指示を出す。
何が起こっているのか分からない住人(男性のみ)たちは、とうとう殺されるのではと不安になっていく。
「皆さん、私はまだ子どもですが、ブルーノア本教会で修行をして神父になりました。これから戦争で亡くなられた方と、ロームズの町のために祈りを捧げます。どうぞお立ちください。ケガをしている人や調子の悪い人は座ったままで結構ですよ」
そう言いながら、ムッと淀んだ空気の中、イツキは収容所の建物の奥にズンズンと入っていく。
住人たちは、声はするけど姿が見えない神父を探して、辺りを見回す。
イツキは積まれていた木材の上に登り、全員の顔が見える高さの場所で、バランスを取りながら真っ直ぐ立った。
ちょうど窓の板が外され、イツキの背後から太陽の光が射し込んできた。
久し振りに見た太陽の光が眩しくて逆光になってしまったイツキの姿は、シルエットとして浮かび上がった。
イツキは金色のオーラを纏いながら、直ぐに祈りを捧げ始めた。皆の不安の気が大きかったからだ。
「怒りと哀しみの声がして、魂は帰る場所を探しています。友が居ました。彼は警備隊員として町を守るため命を落とした。父が居ました。父は老いた母と子を守って命を落としました。少女は母を探しています。我々は哀しみの魂を神の元へ送らねばなりません。・・・悲しみの向こうに見えるものは絶望ではありません。それぞれの努めに戻る時、魂はそっと語りかけて来るでしょう。愛するロームズを頼むと。そして孤児になった者にも教育をと神父は願っています。・・・戦争という愚かな行いが終わった時、神は双方に許しを与えてくれます。祈りと懺悔の気持ちを持つ者を救われるのです」
住民たちはずっと涙を流し続けているが、癒しの力によって肩の力が抜け、いつの間にか換気された空気により、前より楽に息ができるようになっていた。
祈り終えると、イツキは直ぐに動き始めた。収容所は10箇所近くあったからだ。
全ての収容所を回り終えたのが午後6時。きちんと埋葬されていなかった兵士の遺体を、町外れで埋葬し、葬儀をし終えたのが午後7時30分くらいだった。
ぎりぎり日没までに間に合い、手の空いていた兵士全員が葬儀に参列できた。
始めは子どもの神父が葬儀をすると知って、兵士たちは暴動を起こすくらいの勢いで文句を言った。
しかし、引き摺る足でイグニード副司令が墓の前に立ち一蹴した。
「イツキ様は子どもなのに、本教会から特別扱いで神父になられた方だ。失礼なことを言う者は私が許さない!」
皆に信頼されているイグニード副司令の言葉に、不満をぶつけていた兵たちも黙るしかなかった。
当然のことながら、参列した600人近くの兵士が号泣したのは言うまでもない。
礼拝堂に帰ってからも仕事は山積みだった。
留守を預かっていたマルコ神父が、食事の支度をして待っていてくれたので、イツキは軽く食べた後、兵士と収容所から連れてきた、50人余りの病人の診察を行った。
重篤そうな患者以外はマルコ神父(教官)とロームズの医者が担当する。
イツキは、熱の高い者やケガの酷い患者を担当した。
「薬が足りませんね……ハキ神国軍は医者を連れて来なかったのですか?それに7時間も歩けばルンナの街が在るのに、馬車なら3時間ですよね?」
イツキは文句ではなく、ごく普通に疑問に思ったことを口にした。
「すみません。本陣には医者がおりますが、我々は既にロームズ所属になっていて、食糧も薬も現地で調達せよと命令されているのです」
申し訳なさそうにグード少佐が答えた。
『なんだそれは!?』
とイツキ・マルコ神父、ハモンドは心の中で叫んだ。表情には出せないが、レガート軍なら有り得ないことだと思った。
全ての診察が終わったのは日付が変わる頃だった。
イツキたちは、涼しい風が吹き抜ける礼拝堂で、明日の計画を確認していたが、イツキは能力の使い過ぎか、途中で眠ってしまった。
マルコ神父とハモンドは、夜風で体が冷えてはいけないと、そっと上着を掛けた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
3月6日、本文追加しました。
『そうか!だから・・・』・・・思い出した。までの4行を追加しました。




