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予言の紅星3 隣国の戦乱  作者: 杵築しゅん
それぞれの思惑 編

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31/57

指揮官イグニード

 イツキの体から金色のオーラが広がってゆく。

 イツキは教会の祭壇の上で、必ず自分が始めに祈らなければならい【神に捧げる祈り】を、ハキ神国語で唱え(捧げ)始めた。


【神に捧げる祈り】は、流れる水をイメージし、ブルーノア教の歴史や神への感謝を言霊にかえて、歌うように祈りを流していく独特の祈りである。

 一般神父・モーリス(中位神父)・ファリス(高位神父)は、【ブルーノア様に捧げる祈り】の言葉を紡いでから日々の務めを始める。


 サイリス(教導神父)以上の神父は、【神に捧げる祈り】を捧げてから日々の務めを始めるのだが、とても難しい為サイリス以上からでないと、【神に捧げる祈り】を捧げられないと厳しい決まりがあるのだった。

 そんな教会の事情を知る者は少ない。何故なら一般人は、サイリス(教導神父)以上の神父に会う機会がないので、そんな祈りがあることを知らないのである。

 子爵位以上の貴族や王族は、サイリス(教導神父)に結婚式や葬儀を依頼できるので、聞いたことがあるかもしれない。

 一般人が聞く機会があるとしたら、国事(戴冠式、国葬など)の時くらいだろう。


 

 イツキは、戦争で教会を攻撃するという行いを謝罪すると共に、礼拝堂を浄化するために【神に捧げる祈り】を捧げていく。

 


 祈りの声が礼拝堂に響き始めると、兵士は掃除の手を止め膝まずき祈り始めた。

 礼拝堂の敷地の外に待機していた兵士50名は、開いた礼拝堂の扉の中から聞こえてきた、あまりにも美しい祈りの声に誘われて、思わずフラフラと礼拝堂の中に入っていった。

 少佐から、敷地の中に入ることを禁じられていた彼等だが、吸い寄せられるように祈りの声を聞きたくなったのだ。


 この時、イツキが捧げている祈りが【神に捧げる祈り】であることに気付いたのは、ハキ神国軍の少佐シュルツだけだった。シュルツ30歳はハキ神国の伯爵家の3男で、家はブルーノア本教会の近くにあり、家族全員がとても敬虔なブルーノア教徒だった。マルコ教官とハモンドは一般家庭の育ちだった。


『あんな子どもが何故【神に捧げる祈り】を捧げているんだ?』


そんな思いがふと頭の中を過ったが、感動の方が大きくて、そのことを暫く忘れてしまう。だが後に大きな驚きと共に思い出すこととなる。



 戦争の時、普通は必ず神父が随行する。死者が出る可能性もあるし行軍中でも神に祈りたい者も多いからだ。今回レガート軍は、ラミル正教会のモーリス(中位神父)と一般神父2人を伴って行軍している。

 それに対し、教会を攻撃し占拠したハキ神国軍は、恐らく神父を随行させていないのだろう。していたら大変なことになっていただろうから。


 まあブルーノア教会を攻撃できる将軍が率いる軍隊に、ブルーノア教の神父は必要なかったのだろう。

 

 将軍にとっては……


 しかし、ハキ神国軍の殆どの兵士はブルーノア教徒だったのだ。

 今、礼拝堂の中で滝のような涙を流している兵士たちの気持ちなど、将軍や総司令には関係なかったのだろう。将軍オリもムルグ総司令も〈ギラ新教徒〉なのだから。

 


 そのことが、【魔獣調査隊】の頭脳戦を成功へと導いていくとも知らずに。


 ハキ神国軍の兵士たちは、感動のあまり暫く涙が止まらなかった。

 始めは自分たちの行いに対する懺悔の気持ちからの涙だった。がしかし途中から、開戦から今日までの辛かった日々の苦しみが癒され、浄化の涙へと変わっていったのだ。心は軽くなり温かくなった。


 イツキの癒しの力《金色のオーラ》が、全開で言霊に乗って流れたのだから当然である。



 涙が止まったシュルツ少佐は、礼拝堂の中を見回して驚いた。外に待機させていた50名の兵士まで中に入っていたのだから。しかも全員が号泣している・・・


『マルコ神父と交わしたばかりの約束を破り、部下たちを再び礼拝堂の中に入れてしまった!』


 シュルツが慌てて祭壇上の神父を見ると、にっこりと笑顔を向けられた。そしてその子どもの神父様?は、よく通るハキ神国語の声で皆に告げられた。


「ここは、ブルーノア教徒の為の教会です。カルート国の人間とかハキ神国の兵士とか、そんなことは関係ありません。ここに祈りに来る人は、等しく神の子なのですから」と。


 シュルツ少佐と兵士たちは、神とイツキに心からの礼(軍礼ではない)をとった。そして今度は62人全員で掃除を始めた。



 ここまで来たら〈作戦B〉は7割方成功しているのだが、これより先は、ハキ神国語が話せるイツキが作戦を引っ張ることになる。


 


 ちょうど礼拝堂の掃除が終わった頃、呼びに行っていたハキ神国軍指揮官イグニードが到着した。

 イグニードは礼拝堂にたどり着くまでに、部下の兵士からファーガス大佐が神父様にした愚行や暴言についての報告と、ハキ神国軍がブルーノア教会と戦争を起こしたという報告を受け、意識を失いそうになった。が、なんとか踏み止まり事を収拾するために、痛めた足を引き摺りながら馬車に乗りやって来た。


 到着したイグニードは、教会の木の下で転がされ縛られているファーガスを見て、いっそのこと気を失っていれば良かったと後悔した。このことが総司令ムルグに知られたら、自分の親族にした行動に激怒するだろう。

 

『まあいいか……もうこんな軍になんて未練もない。あんなバカな上司にも王子にも仕えたくない。きっと責任は全て自分に押し付けられるはずだ。いっそカルート国民になりたいよ・・・』


 イグニードは国に残している妻子の顔を思い出し、いやいやそれはダメだ……と深いため息をつきながら思い直した。

 イグニード副司令の到着の報告を受け、礼拝堂の中からシュルツ少佐と他の兵士全員が迎えに飛び出していった。

 兵士たちは、イグニード副司令を尊敬していた。前総司令モックス様が警備隊に移られてからは、頼れる数少ない上官がイグニード副司令だったのだ。


 その尊敬するイグニード副司令を、教会への攻撃を反対し断った罪で、オリ将軍(王子)は酷い暴行を加えた。その為25日からずっと、ロームズの病院で治療を受けていたのだ。

 イグニード副司令の代理で指揮を任されたのが、あのファーガス大佐だった。

 イグニード副司令にとっても兵士たちにとっても、25日の開戦から最低の時間を過ごしていたと言っても過言ではない。 


「先ずは神父様にご挨拶せねば」


イグニードはそう言うと、引き摺っている足で歩き出そうとして、礼拝堂の扉の角に足を取られて転んでしまった。


「大丈夫ですか?」


 少し高い声がして、小さめな手が差し伸べられた。イグニードは無意識にその手を取り起き上がろうとして、途中で動きを止めた。

 イグニードの目の前に居たのは、部下ではなく子どもだった。それも神父と思われる衣装を身に付けた子どもだった。

 隣に立っていたシュルツ少佐が、慌てて手を貸しイグニードの体を起こし立ち上がらせた。


「おケガをされているご様子、どうぞ椅子に腰掛けてください」


イツキは丁寧に頭を下げながら、礼拝堂後部の椅子の方に右手を向け、イグニードを案内する。

 教会は今、ブルーノア教会の手に戻っていたので、イツキは来客者を招き入れたのだ。

 イグニードは、シュルツの肩を借りながら、その子どもの神父の威厳というか、ただならぬ居住まいに、目を見開らいた。

 そして昨日訪れた時とは全く違う、綺麗に掃除され空気までが浄化された礼拝堂を見回し、あまりの変化に驚いた。


 にっこり微笑むイツキをもう1度見たイグニードは、この変化を起こしたのは、この神父様に違いないだろうと直感した。


「挨拶が遅れました。イグニードと申します。ハキ神国軍副司令をしております。この度我が軍が行った蛮行の数々、誠に申し訳ありません」


 イグニードは立ち上がり礼をとろうとしたが、イツキが右手をスッと出し、押さえる仕草をしたので、そのまま座って話し合いが続けられることになった。

 イグニードは少佐2人を残し、他の兵は外で待つように指示を出した。


「私はイツキと申します。本教会を出て修行の旅をしております。こちらはブルーノア教会【魔獣調査隊】のマルコ神父と私の従者でハモンドです。これから少し長い話になりますし、私は見ての通り若輩の身です。どうぞ堅苦しい言葉遣いなど辞め、ざっくばらんにいきましょう」


そう言ってイツキは明るく子どもらしく笑い、マルコ神父と従者ハモンドは、イツキの後ろに控えた。

 イグニードも2人の少佐も、3人の教会関係者の中で1番偉いのがイツキであると察した。


 2人の少佐はイツキの笑顔に癒されて緊張を解いたが、「それは有り難いです」と笑顔で返したイグニードは、一国の軍の副司令を前にして緊張せず、余裕の態度で相手を思いやれる少年に、むしろ違和感を感じた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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