大都市ハビル
1096年6月14日午後、2班のコーズ教官・ソウタ師匠・ドグ・ガルロの4人は、カルート国第3の都市ハビルに到着した。
戦時中だというのに、軍人の姿は疎らである。直ぐ近くの村が敵軍に占領されているというのに……。
コーズ隊長は、ハビルの街の1番大きなドゴル(冒険者が採取した物を買い取る店)街に行き、冒険者や店の者から情報収集することにした。
4人はレガートの森で採取した物を分けて持ち、各々別行動で動き、夕方また同じ場所で落ち合うことにした。
ガルロが入ったのは、中規模なドゴルの隣にあった居酒屋だった。
「噂じゃハキ神国軍が攻めて来たって聞いたが、ありゃ嘘なのか?」
ガルロは、昼間から上機嫌で飲んでいる冒険者を見付けて、つまみと酒を持って近付いていった。冒険者の男はじろりとガルロを見て1度は無視したが、目の前に差し出されたつまみを見てニヤリと笑った。
「お前さん何処の国の者だい?まさかハキ神国じゃないよな?」
「まさか。俺はレガートの者だ」
冒険者の問いに、勘弁してくれよという態度で答えたガルロは、自分が持っていた酒を、男の空になっていたコップに注ぐ。
酒をグイッと飲んだ男は、その酒が自分の飲んでいた酒より高級な酒だと分かると、ペラペラと話し始めた。
ドグが入ったのは小さなドゴルで、薬草を専門に扱っている店だった。
「この店には、早咲きひばりの草は有るかい?」
「お客さん、そんな幻の傷薬草有るわけないだろう!ありゃレガートの森にしか生えてないんだぜ」
店主は半分呆れ顔で答えて、ドグの全身を素早くチェックする。
こういう薬草を扱う店の店主は、客を必ず品定めする。薬草は薬にもなるが毒にもなる。そして偽物も多く見極めが難しい。その為、滅多と手に入らないような薬草を求めたり持ち込む者には、特に警戒するし直ぐには信用もしないのだ。
「俺はレガートの人間で、レガートの森を抜けてここまでやって来たんだ。戦争が始まったと聞いて、それならケガ人もたくさん出ただろうし、金持ちのケガ人が居れば儲かると思ってわざわざ来たのに、平和なもんじゃないか……ここじゃあ高く売れそうにないな」
ドグは店に並んでいる薬草を見ながら、自分の鞄の中にあって店の棚に無いものを調べてゆく。
鞄の中には、2種類の薬草が乾燥した状態で入っていて、1種類は乾燥させず土ごと入れてあった。
ドグは、イツキがレガートの森で採取したそれらの植物が、全部希少な薬草だとマルコ教官に聞いて知っていた。
マルコ教官いわく、イツキ君は軍学校で医学と薬学を教えている。そこら辺の医者や薬剤商より知識はあるんだと。『いったいどんなガキだよ!』と旅に出た初日は思っていたが、旅を続けていく内に、それが真実だと思い知ることになった。
ドグは手持ちの薬草の中でも、レガートの森で見付け易い方だとイツキに言われた、早咲きひばりの草を鞄から取り出した。そして店主が立っているカウンターの上に置いた。
実は店主、その薬草は何度か見たことがあったし取り扱いもしていた。今は切らしていたが偽物かどうかは、見れば直ぐに判る自信があった。似た草も有るのだが、本物なら葉の裏に赤い葉脈が有るのだ。
店主は置かれた薬草に赤い葉脈を確認すると、にっこり笑って「他にもお持ちでしょうか?」と丁寧に訊いてきた。
ドグは追加でもう1つ、土を付けたままの薬草を取り出した。それは男性にとって垂涎の強壮薬であった。
「これはこれは凄い薬草をお持ちですね。金貨3枚、いや5枚で買い取らせて頂きます」
店主は手揉みをしながら、薬草に手を伸ばしてきた。見た目が他に類の無い形をしたその薬草は、偽物が存在しない代物だったのだ。
ドグは店主の手を拒み、「俺の望む情報をくれたら売ってもいいが」と言ってニヤリと笑った。
コーズ教官が入ったのは、街で1番大きなドゴルだった。
店の前にはランドル大陸にある6つの国の国旗が掲げられていた。それは店員がどの国の言葉でも取り引き出来るという証だった。他の店は多くて3つの国旗しか掲げられてはいないので、さすがハビルで1番の店のことはある。
コーズ教官はカルート語も話せたが、わざとレガート語のお客様用と書かれたカウンターに行き話し掛けた。
「この魔獣の毛皮、いくらで買い取れる?」
コーズ教官はカウンターの上に、レガートの森で狩った黄色ブルドの金色に光る毛皮を置いた。その毛皮が大きさも質も申し分の無い代物であることは、誰の目にも明らかだった。
魔獣を狩る時、急所である眉間を矢で射るか剣で突かなければ殺すことは難しい。その為、余程の弓の名手でもない限り、これ程の品質の物は手に入れられない。剣で戦えば毛皮は損傷が激しく高値にはならないのだ。
「ヒュゥ!やるなあ。凄い腕だねあんた」
回りで見ていた客の1人が、口笛を吹きながら話し掛けてきた。見たところ冒険者のようだ。その男は、買い取りが終わったら酒でもどうだいと誘ってきた。
黄色ブルドの毛皮は、コーズ教官が予想していた金額よりも、かなりの高値の金貨8枚で売れた。しかもその直ぐ後で、買い物に来た貴族と思われる男に、金貨13枚で買い取られて行った。
ドゴルっていい商売だなあと、軍学校の安月給しか貰っていないコーズ教官は思った。そしてちょっぴり冒険者という職業も良いかもと思い、いやいやと首を左右に振り自らを戒めるのだった。
コーズ教官は、先程話し掛けてきた男に誘われて店を出た。用心の為、俺は酒が飲めないからと言って居酒屋ではなく屋台で話を聞くことにした。
男は冒険者と傭兵の2つの顔を持っていて、その道では名の通った奴だった。誘ってきた目的は、一緒にパーティーを組まないかと勧誘するためだった。
ソウタ師匠が入ったのは、店の看板に牙と角の絵が描かれた店だった。
その店は、獣の牙や角、魔獣の爪や皮等を専門に扱っている店で、店の中には、それ等を使った武器や護身用の装具も置いてあった。
ソウタ師匠は、単刀直入に店主にこう切り出した。
「大きな戦になれば、きっと儲かるだろうと思ったのに期待が外れた。そう思わないか店主?」と。
店主は顔色ひとつ変えずに、無言のまま小さな親指程の牙を磨いていた。恐らく御守りや装飾品として売る物だろう。
こういう店の主人は、共通して無愛想であり、気に入った客にしか商品を売らないこともある。
「それで、何か探し物かい?それとも買い取りかい?」
店の中には他に客は居らず、お互い10分くらい無言でいたが、店主の方が面倒臭くなって声を掛けてきた。
「いや、欲しくなけりゃあ売る必要も無いんだがな」
ソウタ師匠は、背中の荷物をどっこらしょと言いながらカウンターに置き、大きな袋の中から布で大事そうに包んである物を2つ取り出した。
途端、店主の眉はピクリと上がり目も大きく開かれた。よだれこそ垂らしていないが、目は釘付けになりゴクリと唾を飲み込んでいる。まるで何日も餌を食べていない獣の様である。早く包みの中から品物を出してくれと、ギラギラした目で訴えてくる。
こういう店の主人は、無愛想だが好きな物には目が無い。
「こっちは魔獣黄色ブルドの牙で、こっちは新種の魔獣の鱗だ。新種の魔獣の方は、情報を貰わないと見せることもできないぜ」
ソウタ師匠はわざと冷たく言い、黄色ブルドの牙だけ包みから取り出しちらりと見せて、また包み直していく。
目の前に出された豪華な食事を、匂いだけ嗅がされて隠された獣(店主)は、「ああーっ!」と半泣きになりながら、包み直しているソウタ師匠の手を握り、「ぜ、ぜひ買い取らせてください!」と懇願した。
ソウタ師匠、やはりドSだった。
夕方になり4人は約束通り落ち合い、ドゴル街の近くに宿を取り、夕食と久し振りの風呂の後、持ち寄った情報を報告し合った。
ガルロの情報は、ハキ神国軍はハビルの街を戦場にしないと約束したという内容だった。
それはハキ神国のルンナの街の領主の依頼で決まったらしかった。ルンナの領主の奥方はハビルの領主の娘であった。
ドグの情報は、ハキ神国軍の兵の数と配置だった。
兵士の数は2,000人、ハキ神国のルンナの西側に本陣があり、本陣に1,000人、カルート国ロームズの町に1,000人が配置されている。ハキ神国軍の死者は10人弱でケガ人は30人程度。
コーズ教官の情報は、ハキ神国軍のトップの名前と噂だった。
ハキ神国軍のトップは、予想通り第1王子のオリで、自らを将軍と名乗っているらしかった。総指揮官はハキ神国軍の総司令ムルグ。指揮官はハキ神国軍副司令イグニード。
噂では、総司令のムルグは全くの素人で、軍経験の無い人物らしく、戦場には出ず後方の本陣で報告を受けているだけのようだ。しかも戦争中だというのに6月に入ると、ルンナの街でオリ王子と遊んでいるらしい。
ソウタ師匠の情報は、より辛辣だった。
バカ王子は戦争を仕掛けた初日午前、自国の兵器の素晴らしさを敵に示すため、いきなり巨大投石機を使った。そしてロームズの住民が混乱しているところを兵に襲わせた。
住民は逃げ惑い、町から逃げ出す者、教会へと逃げ込む者、山に隠れる者に分かれた。
始めは面白がっていたオリだが、なかなか降参しないロームズの住民に腹を立て、夕刻に住民が逃げ込んだ教会を攻撃するように命じた。
指揮官のイグニードは、教会を攻撃することはできないと断り、オリのバカに殴る蹴るの暴行を受けた。イグニードはかなりのケガを負い指揮が執れなくなった。
くそバカ王子は、怒りに任せ自らが投石機を使い教会を攻撃した。それによりロームズの住民は降参し、ロームズの町は1日で陥落した。
くそバカ王子は、自らが勝利をもたらしたと勝鬨をあげ、味方の兵からもロームズの住民からも、教会を攻撃した狂った将軍として恐れられている。
そして狂人オリは、「俺はブルーノア教徒ではないから、怖いものなど無い!」と叫んだらしい。
ソウタ師匠は怒りに燃えて、オリ王子をバカ王子から、くそバカ王子へと、最後は狂人呼ばわりするのだった。
4人は情報を纏めると、自分がどのようにして情報を集めたのかという話で盛り上がった。
ハビルの街は戦争中だというのに、危険もなく緊張感もなく更けていった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
サクサク話を進めて、ワクワクする文章を書く。うーん、難しい。
自分の未熟さに躓きながらも、前向きに書くしかないと思う今日この頃です。




