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予言の紅星3 隣国の戦乱  作者: 杵築しゅん
魔獣調査隊 編

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大師ドリルとクレシアス

 クレシアスは、目の前の男の優しく輝く銀色の瞳をポーッと見つめながら、「私を探していたの?」と訊ねた。


「そうです。あちらで遊んでおられるオリ王子は、将来国王となられます。それは【神】のお告げにより決まっているのです」


ギラ新教の大師ドリルは、少し離れた場所で侍女や護衛たちと遊んでいるオリ王子7歳の方に視線を向け、どこか愁いを帯びた顔をして言った。

 クレシアスはその愁いを帯びた横顔を見て、なんて美しい顔をしているのだろうと思った。そして、その美しい顔が、オリ王子の方から自分の方に向けられ、美しく知的な瞳と再び目が合った時、〈母〉ではなく1人の〈女〉としての顔に変わっていった。


 胸はドキドキし始め、気分は高揚し唇が微かに震え出す。クレシアスは、まるで魔法にでも掛かったように、ただ大師ドリルの瞳を見詰めていたが、ポロリとひと滴の涙を零した。


「いいえ大師様、オリは側室の子です。既に王妃様は皇太子を産んでおられます。オリも、わ、私も、国王様には……必要の無い人間なのです・・・」


クレシアスは潤んだ瞳で大師ドリルを見詰めながら、自分の不運を辛そうに話した。


「それは違います。いずれ判りますが、皇太子様は国王になる運命を持っていないのです。それは何故か……、それは王妃の地位に就くべきではない女性が、今の王妃になっているからです。【神】は告げられました。王妃は国に災いをもたらすと。その1つが皇太子に降り掛かるのです。このままでは……国王様にも……」


大師ドリルは、美しい顔を歪めながら言い淀んだ。


「えっ?国王様が、国王様に何か災いが起こるのですか?」


クレシアスは、思わず大師ドリルの腕を右手で掴ん、すがるようにドリルを見上げて問う。


「それは……このような場所では申し上げられません。人の目もありますし、国家に係わる重要事項ですから。しかし、もう1度クレシアス様にお会いする手だてが有るでしょうか・・・」


大師ドリルはそう言うと、寂しそうに辛そうに俯いてしまった。そして、自分の腕を掴んでいるクレシアスの右手を、愛おしむように優しく撫でた後、そっと外した。


「では、何処でならお話頂けるのですか?」


クレシアスは胸が苦しくなった。このまま大師と2度と会えないなんて嫌だ、なんとかしなければと焦った。頭の中は国王の心配などではなく、目の前の美しい男ともう1度逢いたいということしか考えてはいなかった。


「そんな美しい顔で私を見詰めないでください。私は神に仕える者なのです」


困った顔をして大師ドリルは、クレシアスの美しさを然り気無く褒めた。


 

 側室クレシアス29歳は、この瞬間大師ドリルという男に恋に落ちてしまった。


 ギラ新教大師ドリルは、首都シバにある礼拝堂の場所を書いた紙をクレシアスの手に握らせて、とどめを刺すようにニッコリ笑って立ち去った。

 

『女なんて、所詮は欲の塊だ。国王の側室であるにも拘わらず、あの目は俺に抱かれたがっていた。礼拝堂の奥にベッドの用意が必要になりそうだ。ああ嫌だ嫌だ。世の中くだらない奴ばかりだ。・・・まあいい、ギラ新教のためには言いなりになる駒は必要だ』


 クレシアス一行の視界から外れた大師ドリル21歳は、嫌悪感を露にした顔でペッと唾を吐いた。



 クレシアスが大師ドリルに再会したのは、今から18年前の1078年の7月のことだった。そして、クレシアスが大師ドリルとキーナ湖で出会った1078年5月から半年後、ハキ神国の王妃は、病死(毒殺)することになる。





 ◇  ◇  ◇


 1096年6月10日早朝、レガートの森の橋の休憩所では、昨夜魔獣の尾で刺された護衛の1人が熱を出していた。

 経験こそ少ないが、医師と同じくらいの知識を持つイツキは、応急処置として解毒効果の高い薬草を煎じていた。

 魔獣の中には毒を吐いたり、毒牙で噛み付くものも居るのだが、今回の魔獣は未知の魔獣だったので、効果の程も定かではない。


「できるだけ早くミノスに到着し、医師かミノス正教会ファリス(高位神父)のエダリオ様に診察して貰ってください。そしてエダリオ様に、魔獣の特徴を記入したこの資料を渡してください。魔獣にはポイズンテールと名付けました。エダリオ様なら何か良い処方をご存知かもかもしれません」


イツキは薬草を傷口に塗り、薬を飲ませてから同じパーティーの護衛に告げた。


「それでは、我々と共に参りましょう。怪我人は荷台に乗せてゆけば早く進めます」


イントラ連合国のローダ商団の団長ホップスが、助け船を出してくれた。旅は道連れですからと微笑むホップスは数年後、意外な場所で成人したイツキと出会うこととなる。


「これで魔獣に出会わなければ良いのですがね、はっはっはっ」


商団を護衛している隊長は、顎髭を擦りながら豪快に笑い、荷物を片付けている。団長も良い人だが隊長も頼もしい人だった。


「それでは、怪我人を運んでくださる御礼と、今朝も食べさせていただいた美味しいパンの御礼に、商団の護衛5人の皆さんに、この羽根をプレゼントしましょう。昨夜の飛行の時に抜けたモンタンの羽根です。ちょうど5羽有りますのでどうぞ。我々人間には全く臭いませんが、魔獣はたった1羽の臭いでも、これがビッグバラディスの物だと嗅ぎ分けます。中級魔獣クラスでも効果があると思います。御守りだと思って腰にでも着けてください」


そう言ってイツキは、モンタンの羽根5枚を隊長に渡した。隊長は歓喜の声を上げて喜び、必ずもう1つのパーティーも無事に送り届けると約束してくれた。


【魔獣調査隊】の一行は、2つのパーティーに手を振って別れ、次の宿泊地を目指して出発した。



 その後の道中、ミノスに向かった2つのパーティーは、本当に魔獣に襲われることはなかったし、猛獣さえも姿を見せなかったのである。

 2つのパーティーは、命を助けられた恩と、ブルーノア教会の威厳(最高機密事項)のため、昨夜の出来事を他言することはなかった。

 

 数年後、イントラ連合国のローダ商団の護衛は、凄い御守りを持っているという噂を聞くようになったが、その秘密も、どうやって入手したのかも語られることはなかった。






 次の宿泊地である、もう1つの川に掛かる橋の休憩所に向かいながら、ハモンドはイツキに質問をしていた。


「イツキ君、何故モンタンの羽根に魔獣を寄せ付けない効果があると知ってるの?」


「それは昔偶然、モンタンと遊んだ帰り道、中級魔獣に出会ったんだけど魔獣が逃げて行ったんだ。帰ってからエダリオ様にその話をしたら、僕の背中に羽根が付いていたのを発見されて、どうやらその羽根が僕を守ってくれたようだと言われたんだ。それから森に遊びに行く時は、その羽根を必ず持って行くことにした。もう1枚抜けた時に、エダリオ様にもプレゼントしたら、やっぱり魔獣には襲われなかった」


 時折、森の獣や魔獣がバタバタと走り去る気配がする。鳥たちもザワザワとざわめいたり、魔鳥と思われる鳥が飛び立って行く。

 今日はモンタンが低空飛行をしているので、辺りがやたらと騒がしい。今がレガートの森の1番深い所を歩いているので、危険を避けるための低空飛行なのだった。


 イツキはハモンドの質問に答えながら、軍用犬ラールにポーンと小さなボールを投げた。どんな時もラールの訓練を怠らず、仲良しなイツキとラールである。


「いやいやイツキ君、それなら我々も羽根を持っていれば安全だったんじゃない?」


コーズ教官は、当然と言えば当然の質問をしてくる。昨夜は本当に死ぬかと思う体験をしたのだから。


「そうなんですけど……モンタンの羽根は滅多に抜けないんです。昨夜は必死でしがみ付いていた僕が、ついむしり取っちゃたんです・・・ふうっ」


「ああ、あの急降下と急上昇で、よく生きてたよね。俺なら絶対落ちてる」


フィリップは遠い目をして思い出した後、想像して背筋を氷らせていた。

 やはりイツキ君も命懸けだったんだと判った一同は、改めてイツキの無茶ぶりに注意しようと心に刻んだ。そして、そんな便利な、いや貴重なモンタンの羽根を全て商団に渡してしまったのかと、残念に思いながらも、そこがイツキ君らしさなのかもと思った。



 その後順調に行程をこなし、上空のモンタン効果で魔獣にも襲われることなく、ペナルティーを課せられることもなく、もう1つの橋の休憩所に辿り着いた。

 何故か他のパーティーとは一緒にならなかったので、モンタンにテントの側で眠って貰い、交代の見張りも置くことなく、全員がぐっすり眠ることができた。


 翌朝11日は、珍しく小雨が降っていた。

 あと3時間でレガートの森を抜けるという地点まで来て、その悲劇の光景に【魔獣調査隊】のメンバー全員が、言葉を失った。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

大荒れの天候……明日の朝が怖い。

どうか雪が積もっていませんように(祈り)

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