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予言の紅星3 隣国の戦乱  作者: 杵築しゅん
魔獣調査隊 編
19/57

ハキ神国の影

 《 ハキ神国にて 》


 1096年5月13日、ハキ神国の現第1王子オリは、昨日公布した【カルート国への出撃命令】に対し、誰に指揮を執らせるか考えていた。


 ハキ神国軍は、つい先々月の3月までモックス伯爵が総司令だったが、国王命令と偽り、無理やりその座を空けさせ警備隊司令官へと、追いやったばかりである。

 それもこれも計画通りであるのだが、肝心の後任が腰抜けで、経験の無いことを理由に、総責任者は自分では無理だと言い出したのだ。


「ムルグ伯父さん、いい加減にしてください。モックスを無理やり軍のトップから引き摺り下ろしたのは、1番強い権限を持つ軍総司令にご自分が就きたいと仰ったからですよね?」


「いや、そうは言っても俺には軍経験が全く無いし、実際に武術も得意じゃないないだろう……だからさ、先頭で指揮を執るのは経験者にして、俺は後方で軍の動きを監視する方がいいと思うんだ」


 甥のオリの言葉に言い訳するムルグは、短い銀髪のかなり薄くなった頭を掻きながら、オリの顔を見ないように銀色の瞳を泳がせた。

 4月からハキ神国軍のトップに就任した、ムルグ・ベラス・ギルド49歳は、側室のクレシアスの兄であり、オリの伯父だった。これまでは畑違いの文部大臣の職に就いていたが、クレシアスから息子のために軍のトップに就くように命令されたのだった。

 甥のオリには、自分が望んで軍のトップに就いたかのように演じているが、真実は妹のクレシアスが恐くて逆らえなかったのだ。


 第1王子オリは、気弱な伯父にうんざりしながら、だらしなく出た腹を見て、確かにこれでは先頭で指揮を執るのは無理だろうと諦めの息を吐いた。瓜二つである己の体型は気にならないらしい。



 自分を支持する親族に武闘派はいない。元々文官系の親族なのだから仕方ないが、こうも使えないとは思っていなかった。

 反対に、弟であり第2王子であるラノスを支持しているのは、警備隊司令官に追いやったモックスを始めとした、軍や警備隊の武闘派や財務大臣等の経済派の連中だった。

 

 

 今回の戦争は、俺が国王に相応しい人物であると知らしめ、俺の実力と怖さを大陸中の人間に思い知らせるための戦いなのだ。失敗など許されない。


『仕方ない。母上に【神】の声をきいて頂くしかない』

 

 

 今年になって、法務大臣の座に親族の中で1番優秀な叔父プボルド44歳が着任し、国印を使っての大臣の異動が可能になった。

 これも全て母上のご指示で可能になったことだ。母上の後ろには【神】が付いている。そして俺は【神】に選ばれて生まれてきた王子なのだ。






 ハキ神国の首都シバの東に、外見はあまり目立たないが壁をグレーで塗られた建物があった。庭の花壇には花が咲き乱れており、小さいが噴水もある。建物全体はレンガの高い塀で囲まれているため、門からしか中の様子は窺えない。

 出入りする人々は誰もが富裕層の人間のようである。

 中に入ると外見とは一変して、豪華なガラスでできた巨大なシャンデリアが中央にぶら下がり、美しい模様の絨毯が部屋中に敷いてあった。部屋の広さは貴族のリビングより少し広い位で、壁の半分より下には、満天の星空の絵が描かれていた。一見しただけでは何の建物か判らないが、そこは教会で礼拝堂であった。

 

 礼拝堂ではあるが正面の祭壇には神の像など無く、太陽と月が画かれた絵が、金色の巨大な(縦4メートル・横3メートル)額に入れられ飾ってあった。

 礼拝堂らしからぬ、豪華な革張りの2人掛けのソファーが左右に5脚ずつ置いてあり、ソファーの前にセットされている小さなテーブルには、各々美しい刺繍のレースが掛けられている。1番前の祭壇に近い大きなテーブルには、珍しい大輪の赤い花が花瓶に生けられていた。




「クレシアス様、今年の1月に申し上げましたよね?カルート国との戦は来年でなければならないと……なのに何故、出撃命令が出たのでしょう?」


ギラ新教の大師イルドラは、慈愛に満ちた微笑みのまま、欠けたら泣いてしまいそうな高価なカップに、宝石の欠片が嵌め込まれたポットで、香り高い貴重なお茶を注ぎながら、国王の側室クレシアスに質問をしていた。


「申し訳ありません。オリ王子が勝手に命令を出してしまいました。でも、勝てれば問題は無いはずです。ですからお願いいたします。誰に指揮を執らせれば良いか教えてください。【神】のご神託を頂きたいのです」


クレシアスは、椅子に置いていた袋を両手で持ち上げて、ガシャリとテーブルの上に置いて頭を下げた。

 大師イルドラは、金箔で飾りがしてある祭壇上の四角い箱の中にその袋を入れると、ひざまずいて何やら唱え始めた。

 祈りのような呪文のような言葉が終わると、ゆっくりと立ち上がり、クレシアスから差し出された袋の中から、金貨を2枚取り出して歩き始めた。


「大変残念ですが、ご神託は名を告げられませんでした……しかし、浮かび上がった文字は副司令と書かれていました。この度の戦いは、【神】のお告げに背いたものです。誰かが責任を取ることになるでしょう」


「では、では負けるのですか?」


クレシアスは血の気の引いた顔で、すがるように大師イルドラを見る。


「そうではありません。しかし……これ以上は申し上げられません。この2枚の金貨をオリ王子に渡し、民に施しをさせてください。そうすればお兄様のムルグ様はケガもなくお帰りになるでしょう」


そう言うと大師イルドラは、吸い込まれるような青い瞳でクレシアスを見詰めて、彼女の手に2枚の金貨を握らせた。






 王宮に戻ったクレシアスは、怒り心頭で息子オリの部屋につかつかと入っていった。入り口で侍女に「もう少しお待ちください。只今来客中です」と止められたが、聞く耳を持たず入室してしまった。

 そこには、下着姿のオリの前で、裸に近い姿で踊っている女が2人が居た。

 

 女2人は怒りに満ちたクレシアスの姿を目にすると、恐怖のあまりその場に平伏しガタガタと震え始め、オリ王子はばつの悪そうな顔をして、母親から視線を逸らした。

 クレシアスは侍女に目配せをして、踊り子?2人を下がらせた。


「オリ、こんな大事な時に何をしているのです!あまりに不謹慎でしょう!今は戦時下なのですよ。しかも、母の言い付けを守らず勝手に宣戦布告をするという【神】に背く所業をして、あなたは王になれなくてもいいのですか?」


 クレシアスの握った両手の拳が怒りで震えている。25歳にもなって母の苦労が分からないのかと、情けない思いで息子を睨み付けた。


「母上、私は【神】に選ばれた王子なのですよ。そう申されましたよね?兄の皇太子が死に、お告げ通りに第1王子になったではありませんか。小国カルートなど軍備も整っていない国です。大国であるこの国が負ける筈がないのです」


 オリは渋々服を着ながら、怒りで震える母親に、あー面倒くさいと思ったが、まるで諭すかのように言った。


「それで、指揮を執るのは誰だとお告げがあったのです?」


 ふてぶてしい態度の息子に、はーっと深い息を吐きながら、クレシアスは肩を落とした。

 第2王子のラノスは学業も武術も優秀だと聞いている。血統からすればラノスの方が上なのだ。だからこそ負けないように努力して欲しいと願う母なのだが、「神のお告げにより、お前はいずれ王になるのです」という話を15歳の時にしてからというもの、我が儘が目立つようになってしまった。


 王になるという自覚を持ち、側室の子であっても、誰もが認める王となるよう奮起させようと思って話したことが、かえって裏目に出てしまったと後悔するクレシアスだが、その傍若無人な態度も、王となる者の資質なのかもしれないと、親バカな考えをしてしまう母であった。






 クレシアスがギラ新教と出会ったのは18年前だった。

 側室として王子を産んではいたが、国王は多忙な上に王妃を愛していたので、なかなか自分や息子に会いに来てはくれなかった。

 このままでは自分たちは忘れられてしまうと嘆いていた頃、気晴らしに息子のオリを連れてキーナ湖に出掛けた。その時出会ったのがギラ新教の大師ドリルだった。


 ドリルは、キーナ湖を眺めながら嘆き悲しむクレシアスに、こう言って近付いて来た。


「私は【神】に仕える者です。私は神のお告げにより貴女を探していました。教祖ハイヤーン様は、高貴な運命を持って生まれたのに、その運を邪悪な女に邪魔されて、本来王になるべき子息を守れずにいる女性がキーナ湖にいる。行って正しい道を歩けるよう手伝いをせよと仰いました。貴女から放たれる高貴な輝きが、私を導いてくださったのです」と。


 クレシアスは、ギラ新教の大師ドリルと名乗った男を見て目を見張った。

 整った顔立ちに優雅な物腰、貴族の証であるグレーの髪を肩まで伸ばし、輝く銀色の瞳で優しく語り掛ける若い男性。色白ですらりと伸びた体に、黒地の生地に金糸で刺繍を施した服を着て、知的そうで魅力的な男性が、目の前で自分にひざまずいていたのである。


 夫である国王グリノスは、赤い髪に焦げ茶の瞳で、美男子とは程遠い外見をしていた。国王でなければ嫁ぎたいとは思わなかったかもしれない。


 そんな、本当は美男子に強く憧れていたクレシアスは、思わずポーッと赤くなり視線が離せなくなった。


いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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