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予言の紅星3 隣国の戦乱  作者: 杵築しゅん
魔獣調査隊 編

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モンタンとイツキ

 商団の商人3人と旅人3人は一生懸命神に祈った。この最悪の事態でも、どうぞ助かりますようにと。

 得たいの知れない魔獣を相手にしていた護衛の8人は、強風と羽音、その後から感じた、ただならぬ気配とその正体に心が凍りついた。

 それと同時に、何故か暴れていた目の前の魔獣の動きもピタリと止まった。


「みんな、その魔獣から早く離れろ!全員退避だ。河原まで下がれ!」


コーズ隊長が大声で叫びながら全員を誘導する。残りのメンバーも隊長に続いて河原に移動する。

 途中、魔獣の尾に刺されてしゃがみ込んでいる護衛を、ドグとガルロが肩に担ぐようにして河原に急ぐ。


「おい、あの子が、子どもが向こうの河原に残っているじゃないか、何故見捨てたんだ!まだ子どもなのに」


ハモンドたちが移動してくる様子を見ていた商団のホップス団長が、大声で叫びながらフィリップに詰め寄ってくる。


「いや、俺たちは見捨てた訳ではありません」


フィリップは弁解しようとするが、責めるような視線を向けられて、誰もまともに聞いてくれない。

 あんなに利発で将来有望な子を見捨てるなんて……それならば、うちの商団で・・・と涙目になりながら対岸の河原に視線を移す。すると・・・?イツキ君と名乗っていた少年が、焚き火と月明かりの元、ビッグバラディスの顔を撫でているように見える……?


「俺の目は幻を見せているのか?」


【魔獣調査隊】以外の人たちは目を擦りながら、何度も瞬きをしながらイツキとビッグバラディスを見る。そして、その信じられない光景の答えを求めるようにフィリップの方を振り返る。


「彼はビッグバラディスと意思を通わせる能力の《印》を持っています。これはブルーノア教の最高機密事項です。ここに居る全員は命が惜しければ他言無用です。判りましたか?」


フィリップは、商団の焚き火の明かりに照されながら、神々しいまでの美青年振りを発揮して、その場に居る全員を見回しながら、脅すように微笑む。

 何故だかその微笑みを、神父としての威厳と力だと感じ取った人々は、無言でウンウンと頷いた。




 得たいの知れない魔獣はピクリとも動かない。それはまるで自分の存在を知られないように石にでもなったようだ。魔獣の証である光る尾も、今は光ってはいない。


 魔獣は、己の魔力を使う時や威嚇する時、狩りをする時以外、体を光らせることはない。その為、見るからに魔獣であっても、体が光っていなければ襲われる可能性は低いのである。



「モンタン、お願いがあるんだ。僕の友達を助けて欲しいんだけどいい?あそこに居る魔獣をやっつけてくれる?」


イツキはモンタンの顔を撫でながら、全く動かなくなった魔獣の方を指差しながら問う。


「モンモン!」


モンタンは、嬉しそうに上機嫌で返事をする。

 昔(イツキがミノスに居た頃)はイツキと一緒に森で、狩りの練習をしたり遊んだりしたので、久し振りに一緒に遊べるのだと思ったモンタンは、ヤル気満々で「モーン!」と高い声で鳴いた。

 すると頭の上の青く輝く冠は、眩しいまでの光を放ち始めた。体全体も薄っすら光りだす。


 モンタンは体を低くして左の翼を広げると、イツキに上に乗るように「モンモン」と言いながら催促する。


「乗ってもいいの?じゃあ、また一緒に狩りをしようね」


イツキは笑いながら翼を撫でると、一気にモンタンの背中に登っていく。


「気配を消しているみたいだけど、モンタンには通用しないね。人間を好んで食べようとする悪い奴だから遠慮は要らない。モンタンの好きにしていいよ」


 イツキの指示を分かっているのかいないのか、モンタンは羽音をあまり立てないようにしながら浮かび上がった。

 そして少し高いところまで上がると、一度川から離れていく。

 その隙に、得たいの知れない魔獣は森の方へ逃げようと動き始めた。


「あの剣が刺さらない魔獣は、何故光を消しているんだ?」

「あっ!あいつ動き始めたぞ。逃げる気なのか?」


 得たいの知れない魔獣の動きを監視していた護衛の2人は、自分たちを襲っていた時とは明らかに違う様子に、疑問を抱きながら皆に報告する。


「上級魔獣は、魔獣を主に食しているんだ。だから、魔獣にとって1番恐ろしいのは、人間ではなく上級魔獣なんだ」


マルコ教官は、イツキから聞いていた知識を周りに伝える。


「さすがは【魔獣調査隊】ですね。有難い。この場に貴殿方が居てくれて、我々は本当に幸運でした」


商団を護衛していた隊長は感心しながらも、どうやら命は助かりそうだと安堵する。


「ビッグバラディスのお陰で、あの魔獣を追い払うことができる。しかし、イツキ君がビッグバラディスの背に乗った時は、心臓が止まりそうでしたよ」


ホップス団長の言葉に、全員が「本当に」と言いながら首を何度も縦に振っている。

【魔獣調査隊】のメンバーも、口には出さないが心臓が止まりかけた。だからつい一緒に首を振っている。


 そんな会話をしていると、上空から強い風が吹き始め、ビッグバラディスが勢いつけて急降下してきた。一同は驚いて河原に身を伏せる。

 モンタンは聞いたことのない「びよぅぅー!」という高い声で鳴きながら?逃げようとする魔獣の動きを止め両足でガシリと掴むと、これまた急上昇で飛び上がって行った。


 河原で伏せながら、その様子を見ていたのは【魔獣調査隊】のメンバーと、2・3人の護衛だけだった。見ていたと言うより、見ることができたと言った方が正しいだろう。

 モンタンは「びよぅぅー」と鳴きながら、口から何か解らない、波動のような振動のようなものを出したのである。すると急に息苦しくなり、上から押さえ付けられるように体が重くなり動けなくなった。そのため顔を上げるには、首と上半身を持ち上げる、かなりの力が必要だったのだ。



 時間にして1分か2分あっただろうか……ヒューっと頭上から音がして、ドーンと何かが落ちてきた。

 見るとイツキたちのテントの近くには、石が飛び散り窪みができていた。


 恐る恐る立ち上がった一同は、最悪の想像と最良の想像をして、対岸の河原に視線を向けた。

 そんな中、フィリップとハモンドは無意識の内に走り出していた。


『そんな筈はない……まさかイツキ先生の身に何か起こるなんて・・・』


 最悪の想像を頭の中で打ち消すように、祈るように走る。あの急上昇に人間が耐え得るのだろうか?という疑問も頭から振り払うように走る。


 そこへ、再び上空から強い風が吹き始め、モンタンの羽音が聞こえてきた。


 フィリップとハモンドは、震える両手を胸の前で組み、『イツキ先生どうか無事でいて』と心の中で叫び、神に祈りながら降りてくるモンタンの背を見つめる。



 そこには元気に手を振るイツキの姿があった。


「あぁ……よ、よかった」


フィリップとハモンドは安堵して、ヘナヘナと橋の上に座り込んでしまった。



 イツキは何事も無かったかのような平静を装いながら、モンタンの背から降りると、「ありがとうモンタン!もう食べていいよ」と言いながら、いつものように顔をよしよしと撫でている。


 対岸の河原で様子を伺っていた全員が「やったー」と歓声を上げながら、イツキの無事を喜んでいる。

 当のイツキは、とことことテントの方に歩いていくと、何やら荷物を取り出したようで、手に持って皆の方に歩き始めた。


「イツキ先生!ご無事で・・・ご無事でよかったー」


橋まで来ると、ハモンドが抱き付いてきて大声で泣き出した。フィリップも声には出さないが涙を拭いている。


「心配掛けちゃったね。僕は大丈夫だよ」


イツキは、自分を心から心配してくれる仲間に感謝しながら詫びた。

 抱き締めているハモンドの背中を、ポンポンとあやすように叩くと、フィリップの方を見てちょっぴり恥ずかしそうに微笑んだ。

 それは月明かりの中ではあったが、子どもらしい12歳の素のイツキの笑顔だとフィリップは思った。



 イツキは、対岸の河原から走り寄ってきた全員から、抱き締められたり、感謝のキスをされたりと、揉みくちゃにされながら、「ありがとう」と声を掛けられた。

 

 

 あまりにも凄い体験をした一同は、興奮状態でとても直ぐには眠れそうにもなかった。

 そこで、もう一度商団の焚き火の周りに集まり、お茶を飲んで落ち着くことにした。


「ところでイツキ君、何を持って来たんだい?」


と、思い出したようにコーズ教官が訊ねると、皆も興味を持ったようでイツの方を見る。


「やだな~、我々は【魔獣調査隊】ですよ。忘れない内に先程の魔獣の資料を作るのに決まってるじゃないですか、どうせ直ぐには眠らないのでしょう?」


 興奮気味だった【魔獣調査隊】のメンバーは、一気に平常心に戻り『鬼ーっ』と心で叫んだが、1人だけ声に出して「鬼」と呟いてしまった者がいた。

 

 慌てて皆はガルロの方を睨んだが時既に遅く、いつもの笑っていない黒くて大きな瞳で、口元だけをにんまりさせるイツキがそこにいた。

 

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

今日は凄い雪で、仕事は休みでした。ヤッホー。

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