橋の休憩所
イツキたち【魔獣調査隊】のメンバーは、冒険者2人と別れ順調に今日の宿泊地である、橋の側の休憩所を目指していた。
途中、冒険者が言っていた魔獣に遭遇した場合の戦い方について意見を出しあったり、橋の休憩所で他のパーティーに出会った時の役割分担の確認や演技指導をしながら、楽しく?役に成りきりながら快調に歩を進めていた。
フィリップが魔獣を倒してからは、誰もペナルティーを貰うことなく会話ができるようになっていた。
ただハモンドが、僕は従者ですからイツキ君と呼ぶのはおかしいので、イツキ様と呼ぶことにしますと言い出してしまった。イツキは嫌そうな顔をして断ったが、フィリップがその方が良いだろうと賛成したので、他の皆も頷いて賛成することにした。
ハモンドに「イツキ様」と呼ばれる度に、恥ずかしそうにモジモジしているイツキを見て、ちょっぴり気分が良くなった一同である。
警戒していた魔獣に出会うこともなく、食糧になる小動物も狩り、食べれる野草も採取して、無事に宿泊地に到着したのは、ちょうど陽が傾きかけた午後7時頃だった。
橋の休憩所には、2つののパーティーが既にテントを張っていた。
1つは商団のようで、街道より1段下がった川の直ぐ側に陣取り、馬4頭が美味しそうに川で水を飲んでいる。どうやら大きな荷車2台を引いてきたようだ。商人らしき男が3人と護衛が5人の計8人。その護衛の内、冒険者なのか《印》持ちなのかは判らないが、強そうな人間が2人入っている。
もう1つのパーティーは街道の脇の広場に陣取っている。商人風の男2人と、珍しく女性が1人、そして護衛が3人の計6人で、うち1人は冒険者とは服装が違うので《印》持ちのようだった。このパーティーは荷物が少ないので、もしかしたら護衛以外の3人は、お金を出し合って護衛を雇ったのかもしれない。
レガートの森を抜けるための護衛を生業にしている、冒険者や《印》持ちは数十人居るらしく、彼等は国が発行する許可証を持っている。国が認めた力の有る者でないと、護衛をすることはできない決まりである。
2つのパーティーの14人は、イツキたちの一団を見て驚いた顔をする。
30歳くらいの4人の冒険者風の男4人が連れていたのは、やたらキラキラした美しい男と真面目そうな男、そしてやっと20歳位になった冒険者には見えない従者のような若者と、その従者のような若者が側で守っているのは、可愛い顔をした子どもだった。
男の子の肩にはハヤマが乗っていて、足下には小型の犬まで一緒だった。(本当は上空にビッグバラディスも居たけど)
およそレガートの森を旅するには相応しくないメンバーが居ることに、2つのパーティーは怪訝そうな顔をした。
コーズ教官は隊長として、それぞれのパーティーに挨拶をする。
その間に残りのメンバーは橋を渡り、対岸の休憩所にテントを張ることにした。イツキたちも街道から1段下がった川の直ぐ側を選び、焚き火の準備を始める。
川の両側に休憩所があったので、お互い気を使わないようにする為と、獣や魔獣が襲ってきた時、1ヶ所で眠っているところを囲まれると逃げられないので、安全のため距離を取ることにしたのだ。
そうは言っても、旅は道連れである。命懸けの旅だからこそ情報交換は欠かせない。
それぞれのパーティーは商団からの招きで、河原で食事の準備を始めることになった。今夜の食事当番はソウタ師匠とガルロで、イツキとハモンドは水汲み、隊長役のコーズ教官と調査団長のフィリップは、早速情報収集の仕事をしている。マルコ教官とドグは、食事が出来上がるまで辺りの薪拾いに出掛けた。
危険と隣り合わせの旅には、お酒を持ち込まないのがルールなので、イツキたちのパーティーは肉入りスープを振る舞うことにした。
商団はイントラ連合国の商人で、珍しい鍋のようなフライパンで薄いパンを焼いてくれた。なんでもダルーン国の調理器具らしく、ランドル大陸中を旅する商団ならではのご馳走に一同感激する。
もう1つのパーティーは冒険者が食事の準備をしているが、余分な食糧を持っていないのでと、申し訳なさそうに頭を下げながら、肉入りスープと薄焼きパンを貰っていた。
食事が始まると、護衛たちの肉食獣や魔獣との戦いの話になった。要するに自慢話だが、透かさずマルコ教官が自分達はブルーノア教会の【魔獣調査隊】だと告げ、資料作りのために協力して欲しいと頼んでみる。
なんだか得たいの知れないパーティーだと思われていた【魔獣調査隊】は、マルコ教官が見せた身分証明書を見て安心したのか、護衛の皆さんは見栄張りな無駄な自慢話ではなく、魔獣中心の話を始めてくれた。冒険者はいい人が多いのか、ブルーノア教会の名前が効いたのか、とても協力的だった。
イツキとハモンドは、商人の3人と旅人の3人の計8人で、1つの焚き火を囲んでいた。
商団の3人はイントラ連合国の人で、旅人の男性2人はカルート国の人、女性はレガート国の人だった。
8人はカルート語とレガート語、時々イントラ連合国語で話をした。
商人の話はとても楽しくて、イツキはついつい詳しい話を訊こうと、イントラ連合国語ですらすら話してしまった。
「きみは何故イントラ連合国語を話せるんだい?それに子どもなのに、何故危険な旅をしているんだい?」
商団を率いているホップス団長は、イツキのする質問や語学力に驚いたようで、つい質問をしてしまった。
旅人には各々事情があるもので、偶然知り合っても深く詮索しないのが暗黙のルールである。名前さえ名乗りたくなければ名乗る必要はないのだ。それを充分に分かっている団長なのだが、イツキの利発さに興味を持ったようで、質問せずにはいられなかった。
「申し訳ありません。私はイツキ様の従者ハモンドと申しますが、本教会の仕事でとしかお答えできません」
ハモンドが、従者役に成りきって丁寧に頭を下げながら答える。
「僕は本教会育ちなんです。だから色々な国の神父の皆さんに遊んで貰ったんですよ」
イツキはにっこり微笑みながら可愛く答える。その笑顔にハモンド以外の人は、思わずほっこりする。
団長は、本教会という強大な名前を出されては、これ以上何も訊くことはできないと苦笑するしかない。
「そうですか、それは残念です。もしも商売に興味があるなら、うちの商団に来ないかなと欲を出しました」
団長はそう言って笑っているが、『恐らくこの子は《印》持ちなのだろう。それで教会が保護して勉強をさせているのだな』と直ぐに思い付いたが、また何処かで会いたいものだと思って、イツキの特徴である珍しい黒い瞳と賢さが滲み出ている顔を、しっかりと頭の中に記憶したのである。
夜も更けて、各々のテントに戻って寝ようとした頃、ミムが危険を知らせる高い声で「ピピー」と鳴き、ラールは何かの気配を感じて大声で吠え始めた。
直ぐにテントから出た一同は、各々武器を手にして様子を伺う。交代で見張りをしていたガルロは、焚き火に木を追加して炎を大きくする。
ラールの声は対岸のパーティーにも危険を告げたようで、急いで厳戒体制をとっているのだろう、大きな声で指示を出している声が聞こえてきた。
「うわー!なんだこいつは?」
この声は、旅人を護衛していた男の声だ。【魔獣調査隊】のメンバーはお互い顔を見合わせて目で合図をすると、イツキを囲むようにハモンド・フィリップ・マルコ教官が立ち、残りのメンバーは対岸の休憩所まで走り出した。
「魔獣だ!尾が光っている。こいつ剣で刺せないぞ!」
護衛の叫び声で、昼間会った冒険者が言っていた魔獣かもしれないと、駆け付けているコーズ教官たちに緊張が走る。
商団の護衛たちも武器を手に駆け付けるが、見たこともない魔獣に困惑する。
魔獣の大きさは牛と同じ位だが、背は低く1メートル位で、体は毛ではなく鱗のようなもので覆われている。目は小さいがくるくると動き視野は広そうだ。例えるなら爬虫類だろうか、短い足は6本あり、尾は針のように尖って光輝いている。口はワニのように前に出ていて、鋭い牙がたくさん生えている。
間違いない!冒険者が出会った魔獣の特徴と同じだ。
5人掛かりで剣を刺そうと試みるが、全く刃が刺さらない。尾の針が腕に当たった護衛は、痺れて剣を落としてしまった。
「尾には毒が有るかもしれない、気を付けろ!」
剣を落とした護衛は叫びながら後退する。一同どう攻撃したらいいのか分からず苦戦する。
対岸のイツキは、奥の手を出すしかないと決めて、ミムをモンタンの元へ飛ばした。
モンタンは寝床を大樹ブルデと決めている。イツキの居る場所から1キロ位離れた場所にブルデの木はあった。
イツキは自分を守ってくれている3人に、ここから離れるように指示を出す。3人はモンタンがやって来るのだと察して橋の方へと移動していく。
「モンターン!降りておいでー」
程無く風が吹き始め、木々が音をたて始める。焚き火の炎が燃え上がり火の粉を散らす。その風が突風のように強くなったと思うと、バッサバッサと大きな羽音が空から聞こえてきた。モンタンはイツキに呼ばれて、嬉しそうに舞い降りてきた。
その光景を対岸から見ていた他のパーティーの皆さんは、腰を抜かす程に驚き『もう全て終わりだ』と覚悟を決めた。
どう見ても、暗がりの中、焚き火の明かりで浮かび上がるその巨体は、魔獣にしか見えない。よく見ると頭のてっぺんにある羽根が、冠のような形をして光輝いている。
頭の上に青く光る冠を載せている魔獣、そんな特徴を持つ魔獣は、上級魔獣の中でも最強の空飛ぶ伝説の魔獣、【ビッグバラディス】しかいないはずである。
目の前には得たいの知れない魔獣が居て、しかも剣では歯が立たない最悪のピンチ!
そこに、あろうことか、いや絶対にあってはならない、伝説の魔獣降臨という出来事が起こってしまった。
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