レガートの森
レガートの森とは、レガート国とカルート国の国境に横たわる、北から南に続く縦長の森である。
北は同じく国境にそびえるハクバ火山の麓から始まり、南はランドル大陸のほぼ中央に連なるランドル山脈まで続いている。
通常レガート国からカルート国に入国する場合、ハクバ火山の麓を通る北ルートが使われる。ハクバ火山を挟んでレガート国側はマキという観光都市があり、カルート国側にはサナという王都ヘサに次ぐ都市がある。
北ルートは安全であり、北海に近く海の幸も豊富で、温泉保養施設も多いので、9割の人は北ルートを使用する。
南ルートは、レガート国のミノスから、カルート国のルナに抜けるレガートの森を横断するのだが、ランドル山脈に近いこともあり、凶暴な動物や魔獣と呼ばれる脅威動物が棲息している箇所を抜けて行く、命がけのルートであった。
南ルートは、命知らずの冒険者(動物・鳥の狩り、薬草・鉱石・香木等の採取を目的とする者)や、《印》持ち特殊能力者を護衛に付けた商人が使うだけなので、両国の国境を護る国境警備隊や軍は、入出国許可を出す仕事の他に、レガートの森から抜け出してくる猛獣を駆除しなければならない役目もあった。
イツキたちが居る場所は、木々が生い茂るレガートの森の入り口。
入り口と言っても平原ではなく、わりと低い木が多い林の中の少し開けた場所。街道から500メートルくらい外れているので人目にはつかない。
【魔獣調査隊】のメンバーは、そのレガートの森の入り口でキャンプしていた。
そして今、イツキの呼ぶ声に導かれて、空からとんでもないものがやって来た。
それは、大きな羽音と突風を伴い舞い降りてきた、巨大な魔獣ビッグバラディスだった。その伝説にも近い魔獣を、目の当たりにした一同は言葉を失っていた。
「モンタン久しぶりだね。元気だったかい?僕たちは元気だったよ、ねえラール、ミム」
イツキの言葉に合わせるように、ラールは「ワンワン!」と元気に吠え、いつの間にイツキの肩に乗ったのか、ミムは「ポウポウピー」と鳴いた。
月明かりに映し出されたビッグバラディスは、高さ3メートル、頭から尾までは4メートル、翼の長さは片方で2メートル、幅は1.5メートル、飛ぶ時は両翼の長さは5メートル位だろう。
顔は・・・怖いというより、とても愛嬌のある顔立ちで、大きいけど垂れ目な瞳に、顔の幅の半分以上はある口は幅広で、やや尖ったくちばしの先端が緩く下を向いている。羽根は暗くてよく分からないが、茶色と赤色が縞模様になっているようだ。
全身ふっくらしていて、顔を見た感じでは獰猛な魔獣には見えない……ような気がする。
だって、鳴き声が、鳴き声があまりにも可愛い・・・
イツキが未だ声変わりをしていない声で「モンターン」と呼ぶ声と、ビッグバラディスが「モーン!」と鳴く声が、シンクロするくらい同じ高さで、妙に可愛いのだ。
それに、ラールとミムが警戒していない。それどころかミムは、モンタンのちょっと突き出た鶏冠のような冠のような頭のてっぺんに、飛んでいってちょこんと着地した。
その様子を見ていたフィリップは、思わず「危ない!」と叫んだが、むしろ叫んだ声にモンタンが驚いていた。
ミムが食べられると思ったとメンバーは、フィリップ以外目を瞑ってしまったが、何事もなく「ポウポウ」と鳴くミムの声に胸を撫で下ろした。
モンタンは、首を下げて頭をイツキの前に出す。そして「モ、モーン」と鳴いた。
するとイツキは、「モンタンはいつまでたっても甘えん坊だね」と言って、ビッグバラディス、いやモンタンの顔をよしよしと撫でている。
『なんだろうか、この光景……これが魔獣?図体でっかいだけの鳥?』
口には出さないが、想像と違いすぎる現実に、頭の整理が追い付かない一同である。
「モンタン、僕の仲間だよ。これから一緒に旅をするんだから、きちんと挨拶をしなきゃいけない。はい、ご挨拶」
イツキの言葉を聞いたモンタンは、一同の方に3歩近づき(モンタンの3歩は10メートル位ある)頭をコクリと下げて「モンモン」と短く鳴いた。
『なんだこれ!近寄ってきた時は、もう終わりかと体が硬直し息が止まったが、なんだか、なんだかやっぱり可愛いじゃないか・・・』
「何してるんです?皆さんも挨拶してください!モンタンは顔を撫でて貰うのが好きなんですよ、頭下げてますよ、早く」
イツキの、思い掛けない顔を撫でろという命令?に、一同顔を見合わせて、どうするどうする?と狼狽える。
勇気を出してモンタンの前に出たのはハモンドだった。実はハモンド、動物好き。
「ハ、ハモンドだよ、よっ、よろしくねモンタン」
ハモンドは、モンタンの顔(頬の辺り)を震える手で恐る恐る3回撫でた。するとモンタンは「モンモン」と可愛く鳴いた。
それからは一同、自己紹介をしながら無事にモンタンと挨拶を終えることができた。
「「魔獣なのに可愛い!!」」
とうとう心の声が表に出た一同である。
「嫌だなー、最初から可愛いですよって言ってたじゃないですか」
イツキはちょっと拗ねた顔をしてから、ニコニコと笑った。
翌早朝、夜明けと共に【魔獣調査隊】は出発した。
都合よく他の旅人は居なかったので、モンタンは一行の頭上のかなり高い場所を飛びながら付いてきた。ミムは危険なので、イツキの肩に乗ったままで、怪しい気配が近付いたら「ピピー」と高音で鳴いて危険を知らせてくれるだろう。
歩き始めて1時間、小物の動物と出会い始めるが、ラールが凄い剣幕で吠えたてるので直ぐに逃げてしまう。時折食料になりそうな動物を、レガート式ボーガンでコーズ教官が射止めると、ラールがダッシュで駆けて行き、得意気にくわえて戻ってくる。
うちの子は優秀だなぁと、小柄なラールを見て皆が感心する。さすが軍用犬である。
2時間も歩くと、森の木々はより深くなっていく。夏ということもあり次第に湿度が上がり、息苦しい感じになるが、日陰で休むと時折吹く風が心地いい。
街道として馬車が擦れ違える程の道幅はあるのだが、肉食系の動物たちにしたら、ここを人間が通ると学習しているので、決して安全ではない。むしろ旅慣れた冒険者なら、街道を少し外れて進むとファリスのエダリオ様が言っていた。
レガートの森は、群を抜く大樹ブルデ(樹齢500年以上)を筆頭に、500種類以上の多様な木々、分かっているだけでも1,000種類以上の植物、肉食系動物およそ20種類、その他の動物50種類以上、鳥類50種類以上、魔獣20種類以上、昆虫、爬虫類等は数の把握が全くできておらず、キノコ等の菌類も数知れない。
今述べたことは図鑑や書物に記載されているものの数でしかなく、魔獣のせいで研究は進んでいない。
なにぶんにも専門の学者は数人しかおらず、その数少ない学者がブルーノア教会のモーリス(中位神父)だったので、教会の所蔵本はイツキの頭の中に、既にインプット済みである。
森の中には2本の川が流れていて、その流れは複雑で一部地底に潜ったりしている。
街道を進むと2回橋を渡ることになるが、魚を獲ることもできるので、休憩所のようなスペースが設けてある。旅人の多くは、そのスペースでキャンプをする。
通常その2箇所の橋の休憩所で宿泊し、他の2泊は、途中何箇所かある休憩所(広場)でキャンプをする。そう、普通は4泊で森を抜けるのだが、イツキたちは橋の休憩所のみにキャンプし、2日で森を抜ける予定なので、今日の目的地は橋の休憩所である。
「ところでイツキ先生」(フィリップ)
「おい、フィリップ、イツキ先生じゃなくてイツキ君だろう」(ガルロ)
「それを言うならガルロ、フィリップじゃなくてフィリップさんだろう」
コーズ教官は、なかなか役に成り切れないメンバーにダメ出しをする。
「隊長、こうしたらどうでしょう。名前を呼び間違えたらペナルティーで罰を受けるとか・・・例えば全員の食事の仕度をするとか・・・」
凄く嬉しそうな顔をして、ソウタ副指揮官が提案してくる。
「おっ、良いねえ!俺なら食材捕獲をペナルティーにするぞ」
マルコ教官もニヤニヤしながら、ソウタ副指揮官の提案に乗ってくる。
「皆さん、何を言ってるんですか?当然ペナルティーは下級の魔獣を倒すことでしょう。我々は【魔獣調査隊】ですよ。狩った魔獣が記録に無ければ、スケッチして記録をして貰います」
いつもの笑顔で、さらりと無理難題を言いつける(命令?)イツキである。
『出た!この笑顔・・・ここで反論なんてしたら大変なことになるんだよなぁ』
ハモンドとコーズ教官は知っていた。軍学校では〈氷の微笑み〉と言われているその笑顔・・・何気に怒っている証拠だ。本当の笑顔と違って目が全然笑っていないのだ。
「え~っ?でもモンタンが魔獣を退治してくれるんじゃないんですか?」
思わずそう言ってしまったドグさんは、それを知らなかった。だってミノスから加わったメンバーだから仕方ないだろう。
『ぎゃ~!そこで言う?なんで?何故言っちゃう?』
ハモンド・コーズ教官・マルコ教官の顔色は、たちまち青くなっていく。そして両手で顔を覆っていく。
「あれ、言ってませんでしたか?モンタンは上級魔獣を追い払うために呼んだんです。そうですね!では役に成りきれなかった人には中級魔獣の退治をしてもらいましょう」
今度のイツキの笑顔は、目が笑っている!本当に嬉しそうだ。
『ぎゃ~!ほら見ろ。ペナルティーが厳しくなったじゃないか……』
イツキ以外のメンバーが、目をぱちぱち、口をパクパクさせてイツキを見ていた時、「ピーピー」と高い声でミムが鳴いた。
ラールは「ウーグウルゥー」と低く唸り声をあげ始めた。
どうやら魔獣さんの登場のようだ。
明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
今年こそ、文章力を上げるぞっと目標にしています。
次話更新は4日の予定です。




