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予言の紅星3 隣国の戦乱  作者: 杵築しゅん
カルート国への出兵 編
10/57

イツキ、犯人と対峙する

流血シーンがあります。

苦手な方はご注意ください。

 ミノスの中心地で短刀を取り出すとは・・・人目を気にしないということか?

 それとも、時間さえ稼げれば、あとは逃げるからいいと思っているのだろうか。ハモンドは目の前の男に、完全にナメられていると思うと、少し腹がたってきた。


「お前、逃げれると思ってんの?この俺から」

「な、何を言うんだ。どのみちお前の従兄はもう戻ってこないさ!」


 誘拐犯の一味と思われる男は、フンッと鼻先で悪態をついてから、ハモンドの荷物を奪おうと手を伸ばしてきた。誘拐だけでなく泥棒もするゲスな奴だと判ったハモンドは、遠慮は要らないようだとニヤリと笑って、男の腕を取ると思い切り投げ飛ばした。


 投げられた男は、何が起こったのか分からないまま起き上がろうとするが、2人のごっつい男に取り押さえられた。ますます何が起こっているのか理解できない男の耳に、信じられない会話が聞こえてくる。


「お疲れ様です少尉、ミノス部隊のボードンです」

「やあハモンド、軍本部からわざわざ誘拐犯を捕らえるために来たのか?」


 そこに居たのは、私服を着た軍学校の同期生のテストルとその部下だった。


「えっ?なんでお前らがここに?」


ハモンドは突然現れたテストルに驚く。まるで自分が犯人を捕まえていると分かっているようではないか……何故?


「なんでって、イツキ先生がミノス正教会に報せたからさ。そしたらもう警備隊は隊長が駆け付けるし、軍は大佐が飛んで行き、どちらが犯人たちを捕まえるか喧嘩になる始末で、いやもう大変だったよ」


ため息混じりで話すテストルの顔を見ながら、ハモンドは大変なことを思い出した。


「あっ!イツキ先生が危ない」


慌てて駆け出そうとするハモンドに、テストルは若干呆れ顔で告げる。


「心配ないさ。今頃うちの大佐と警備隊長が取り押さえてる。それこそ競うようにね」

「へっ?・・・」


 は~っと深く息を吐き、遠い目をして思い出しながらテストルは言った。


「うちの大佐はここに来る2年前まで、本部でソウタ副指揮官の部下だった。そして警備隊の隊長はここに来る1年前まで、ヨム副指揮官の部下だった」


「なるほど……それはお互い負けられないな。イツキ先生とは顔見知りな上に、あのお2人が直接剣の指導をする特別な存在。しかもその特別に手を出そうとした奴等を、取り逃がしでもしたら・・・」


 2人の同期生は、どんな怖いことになるのだろうと想像し、ぷるぷると肩を震わせた。

 取り押さえられた男は呆然としながら「少尉……軍本部……」と呟いている。そして我に返ると視線を感じて逃げようとした。その男の顔面に2人は1発ずつパンチを入れ気絶させた。

 イツキ先生って、いろんな意味で本当に凄いと思う2人であった。




 

 

 そのころ、角を曲がったイツキは、道行く通行人の中に顔見知りの人が数人いることに気付いていた。


「ねえねえお姉さん、ところで、どうして誘拐犯のボスなんかしてるの?」


イツキはいつもの笑顔のままで、世話好きを演じていたおばさんの、影に隠れるようにだんまりを決め込んでいた女性に向かって、さらりと核心を突く質問をする。

 

 薬剤商の紳士も、世話好きのおばさんも、ぎょっとした顔でイツキの方を見る。

 しかし、名指しされた女は無表情のまま振り返ると、凍り付いたかのような冷たい目をして、じっとイツキを観る。

 その凍った目が、笑顔のままで余裕の様子のイツキに焦点を合わせると、顔が次第に醜い怒りの表情に変わった。眉間にシワを寄せ口を歪ませ、上から睨みつける。しかし不気味にニヤリと笑うと、赤い口紅を塗った上唇を舌でペロリと舐めた。

 それは猟奇的で、子どもを商品としてしか見ることができない、腐った瞳をした獣のような姿だった。


「どうしてぇ?・・・小賢しいガキが知る必要なんてない。お前は餌で、あたしは餌を欲しがる金持ちの変態に、旨そうな餌を与えるだけさ!」


「成る程ね。だったらその腐った瞳は必要ないね」


イツキがそう話すと同時に、女は2人の部下に目配せをする。

 薬剤商と名乗る男が前から、世話好きのおばさんが後ろからイツキに迫ってくる。

 イツキは走って逃げるように路地に入っていく。途中チラリと通行人を見て、右手を少しだけ上げて〈待て〉と押さえるような仕草をする。


「バカか、自分から狭い路地に入るなんて、所詮土地勘もない浅知恵しか働かないガキだな。これで終わりだ!」


薬剤商を名乗る男は、行き止まりの路地の奥に入ったイツキを、追い込んだと思いニヤニヤしながら、両指をボキボキと鳴らしながら近付いてくる。その後ろにボスの女が腕組みをして立っている。世話好きのおばさんは、路地の入り口で見張りをしているようだ。


「僕さ、ミノスで育ったんだよね。だからこの辺は庭みたいなもの。誘い込まれてくれて良かった。これで通行人の皆さんに迷惑掛けなくて済むよ」


( イツキの瞳が一瞬銀色に変わる。そして銀色のオーラがイツキを包んでいく )


 追い込まれているはずなのに、妙に落ち着いて生意気な口をきく子どもに、怒りは一段と大きくなっていく。男は我慢できずに取り押さえようと、走りながら両手を伸ばしてくる。


「商品だ!あまりケガをさせ……」


〈〈 ドーン ! 〉〉


 女の声は、大きな音に掻き消されてしまった。


 手加減などする必要もないイツキは、角のある壁目掛けて思い切り投げ飛ばした。

 男は痛みに低く声を漏らすが、立ち上がることはできない。 

 そして、イツキは息ひとつ乱すことなく、女の方にゆっくり振り向いた。吹き込んできた風にイツキの黒い髪がさらさら揺れ、瞳は闇より深い黒に変わっていく。


「チッ、くそガキがー!商品と思って大事にしてやってるのに」


 ボスの女は、荷物から短い剣を取り出すと、イツキに見せて脅しをかけてくる。大概は生意気なガキもこれで観念する。子どもにとって剣とは、それ程に恐怖心を与えるものである。

 ただし、それは普通の子どもの場合に限る。

 女は目の前のガキが恐怖に震える姿を期待して、剣の刃をペロリと舐めてみせる。

 しかし、恐怖に震えるはずのガキは、背負っていた自分の荷物から剣を取り出した。


「はあっ?」


 どこまでも自分のことをなめているガキに、女はとうとう切れてしまった。腐った瞳に狂気が加わり、理性はすっかり無くなってしまったようだ。


「死ねガキ!」


 剣を持って、ただ立っている子ども目掛けて女は剣を振り下ろした。確実に頭から切りつけた筈なのに、手応えが全くない。何故?

 そう思ってイツキを見ようとした女は、一瞬目の前が真っ赤になった気がしたが、その目は何も映し出すことができなかった。


「グワーッ!なんだこれは」


 女は自分の目に走る、あまりの激痛に悶絶する。そして両目を両手で塞ぎ、斬られたのだと知り愕然とする。

 途中から見張りどころではなくなっていたおばさんは、自分のボスが両目からダラダラと血を流す様を見て、逃げなければと思った。しかし闇より深い黒い瞳と目が合い、ガクガクと震えだし動くことはできなかった。



「イツキ先生、もういいでしょうか?」


 一部始終を見ていた警備隊の隊長が声を掛けてきた。その隣のレガート軍大佐は、とんでもなく怖いものを見てしまった気がして、つい声を掛けそびれてしまった。


「すみません、お待たせしました。子どものことを餌と言うような人間には、自分を見詰め直す必要があると思いまして、剣を振ってしまいました」


 イツキは剣の先を拭きながら、通りに出てきた。そこで待っていたのは軍の人間が8人、警備隊が10人の計18人だった。


「当然の報いです。イツキ先生でなければ、顔が斬られて死に至ったかもしれません。神業のような剣さばき感服しました」


レガート軍大佐ザルト38歳は、3年前軍本部でイツキと手合わせしたことがあった。あの頃から凄い腕だと思っていたが、一段と腕を上げていると感じた。何よりも真剣を使って瞳だけ狙うなんて、普通の人間は考えても実践できるものではない。それを易々と実践してしまったのだ。


「そうです。イツキ先生に手を出そうとしたのです。どのみち極刑です。本当にありがとうございました。これより先は警備隊にお任せください。お疲れ様でした」


警備隊長シークス40歳は、イツキにケガをさせることが無かったことに安堵の息を吐いた。そして世間を騒がせていた誘拐犯グループを逮捕できて、ニコニコしながらイツキにお礼を言うと、部下と共に犯人たちを引き摺って行った。


「イツキ先生、あとは我々ミノス部隊が正教会までお送りします。ハモンド少尉も無事ですよ」


ザルト大佐がそう言うと、イツキは皆に囲まれ声を掛けられたり、肩を叩かれたりと大歓迎された。ミノス部隊には、昨年の卒業試験の引率でやって来ていたので、殆どのメンバーが顔見知りだったのである。


いつもお読みいただき、ありがとうございます

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