クリスの正体というか……
街の外に出た俺たちは、遭遇したモンスターを片っ端から倒していき、Lv2になった。
「クリスが引きつけて俺が背後から攻撃か……完璧……んなわけあるかーー!!」
俺はクリスに向かって吠えた。クリスは眩しい笑顔で迎え撃つ。
「完璧だよジーク、おかげでレベルが上ったよ。ありがとう」
「俺はそんな眩しい笑顔には誤魔化されないぞ! お前、一発でもモンスターにダメージ与えたか?」
顔を逸し、吹けもしない口笛を吹こうと努力するも、ひゅうひゅうという風の通る音しか聞こえない。
「はぁ~、次の召喚獣が使えるようになったら、少しは手伝えよ?」
「やっぱりジークはいい人だね! 私も安心して背中を任せられるよ!」
モンスターに追いかけられるクリスの背中しか見てないよ。お前の背中はモンスターに守られていると言っても過言じゃないよ?
「あ、もうこんな時間だ。そろそろ夕飯だね」
「ん? あ、本当だ。んじゃ、落ちますか」
俺がウィンドウからログアウトを選択しようとすると、
「あ、待って! ここにフレンド登録ってあるよ? せっかくなんだから登録しようよ」
「それもそうだな。飯食ったら、またログインするか?」
「うん。いま夏休みだから、特にやることないしね」
夏休みってことは学生か? もしクリスが社会人女性だとしたら、この頭の悪そうな感じはヤバイしな。
「俺もちょうど夏休みだから暇なんだよな」
「あれ? ジークも学生なの?」
「あぁ、ゲームの中でする話じゃないけど高1だ」
「うわぁ~同い年だね、私達!」
えっ? 同い年? 嘘……だろ。
俺は高1、つまりクリスも高1。リアル……JK。
「フレンド申請っと、はい、飛ばしたからね~。それじゃ、夕飯の後で~」
呆然とする俺を他所に、フレンド申請を済ませたクリスはさっさとログアウトしてしまった。
残された俺の前には、クリスからのフレンド申請を受諾するかの<Yes>か<No>の画面が表示されていた。
Y…………Yesで。
決して、相手がJKだから承諾したわけじゃないぞ。
本当だよ?
ログアウトした俺は、階段を下りてリビングに向かう。
キッチンのほうに目を向けると、母さんが料理を作っており、リビングのソファーには、姉の清夏が雑誌を見ながら寝そべっていた。
「飯ってもうできる?」
「う~ん、そろそろじゃないかな」
うん、興味ないね。話しかけてごめん。
姉ちゃんは役に立たないということで、母さんに尋ねる。
「飯できた?」
「まぁ、だいたい。あんた先食べる? 父さん遅くなるみたいだから」
早く食べてゲームしたいしな。親父を待ってたら、いつまでかかるか分かんないし……。
「うん、そうするよ」
「あいよ」
それから、母さんの準備した肉じゃがを食べて、BOに再度ログインした。
ログインすると、さっきログアウトした町の外に俺はいた。
そういえば、町の外でログアウトできるのって珍しいな。戦闘中でもログアウトできるんだろうか?
普通のゲームでは街の中でないと、瞬時にログアウトができないことが多いけど……まぁ、いいか。
クリスからのフレンド申請を受諾したため、俺のフレンドリストにはクリスの名前が追加されている。だが、クリスの名前はグレーアウトしているので、どうやらまだログインしていないようだ。
何もせずにクリスを待つのも退屈なので、クリスが来るまでモンスターたちと戯れることにしたが、その前にやることがある。
「そういや、Lv2になったんだよな。どれどれ……」
とりあえずステータスウィンドウを開いてみると、5ポイントが各ステータスに割り振れるようになっていた。
予想通りのゲームシステムだな。俺の場合はアサシンだから、AGIに多く振っていくのが定番だ。とはいえ、AGI馬鹿になるつもりもない。
ある程度のバランスを見て、AGIに3、STRに2を振ることにした。
ステータスの更新を終えて街の外周を散策してみると、早々に羽を生やした大きな虫のモンスターと遭遇した。『キラービー』というハチ型のモンスターだ。レベルを確認するとLv3というのがモンスター名の横にあった。
ハチとはいえ、サイズは俺の頭と同じくらいの大きさで、普通のハチとは全然違う。尻には大きな針が付いており、刺されれば間違いなく毒デバフが付与されるだろう。
俺、虫嫌いなんだよな……。
もういっそのこと逃げて、別のモンスターでも探そうかな。
そう思って、キラービーから遠ざかろうとしたときである。
「ジークーー! 何やってんのーー!」
大声を出してこちらに走り寄ってくる馬鹿狐娘が一人いた。
当然、その大声にキラービーは反応する。
別に反応するのは構わない。しかしだ……キラービーよ……なぜ俺のほうを向く? あの馬鹿狐娘に行くのが当然ではなかろうか……。
俺は後ずさりしながら、キラービーの動向を見守りつつ、クリスと合流した。
「そんなビクビクして、何やってんのさ?」
「静かにしろ……あれが見えないのか?」
クリスに接近中のキラービーを指差して知らせたが、それがいけなかったらしい。キラービーは本格的に俺を敵と認識し、急接近してきた。
「あぁ! 来ちゃったよ! なんでお前はこんなときに大声出すんだよ!」
「わ、私のせい!?」
「ほら、いつも通りにお前が囮だ! 俺は奴の背後から攻撃を仕掛けるから!」
「私……虫……無理なんだよね……」
こいつもかよ! 仕方ない……俺がやるか……。
俺はキラービーと対峙することになった。
キラービーは羽をブンブンと鳴らせながら、俺へと迫る。
あの羽の音どうにかならないかな……。聞いてるだけで鳥肌もんだぞ、あれ。
でも、やるしかない!
俺は腰からダガーを抜き、キラービーを目がけて突進した。
「おらぁぁぁ!」
キラービーに正面から俺のダガーが迫るが、相手は簡単にダガーを避けてしまう。だが、これは予想通りだ。
「ここから、体を捻って!」
逃げたキラービーを追うように、体を捻ってダガーを突き刺す……予定だった。
「あれ?」
ダガーを握る手には何の感触もなかった。
キラービーは俺から見て左に避けたはずだったが、攻撃を避けた後に上へと上昇してしまったらしい。
では、どこにいるのかを確認すると……クリスの方向に飛んでいくのが見えた。
「おーい、そっちいったぞーー! 後よろしくなーー!」
俺を置いて逃げ出していたクリスは俺の声に振り返り、ギョッとしていた。
「う、嘘! なんでよ、ジーク! ちゃんと倒しなさいよーー!!」
いや、俺も倒したかったんだけど……お前を狙ってるって分かったら、俺が手を出すこともないかなと……。
「お前もLv上がったろ! なんかスキル覚えてないのかーー!」
なにか助言はできないかと考えたら、新しい召喚はないのかと思い浮び、クリスに伝えてみたところ、クリスは慌ててウィンドウを開き、確認し始めた。
「あ、あった! これなら! 召喚、フェニックス!」
えっ? フェニックス?
クリスが召喚で呼び出したのは、不死鳥として有名なフェニックスだ。大きさは、あの使えないカーバンクルより少し大きいくらいだろうか。しかし、体は大きくなくても、燃え盛る炎を体に纏っている。
「行けーー! 蜂なんか焼き殺せーー!」
クリスの物騒なセリフを聞いたフェニックスは、キラービーへともの凄い速さで迫り突撃した。
フェニックスの突撃を食らったキラービーはあっけなくHPバーをゼロにし、炎に包まれた後、細かい粒子となって消え失せた。
Lv3のキラービーを一撃とか……強すぎじゃないか?
ゲームバランスについて少々物申したくなった。