二番目の街
クリスを助けない訳には行かないので、俺はゴブリンを目がけて木から飛び降りた。
重力の加速も加わり威力の上がった一撃だ。一撃で仕留める!
「うおおおぉぉぉ!!」
ダガーを真下に向け、凄い速さで落下していく。そして、俺の一撃は見事にゴブリンの首筋に吸い込まれ、HPバーを一撃で削りきった。
勢いで飛び降りたけど、怖かった~。高さで言うと7、8mくらいはあった気がする……。
「大丈夫か? 見つからないように隠れてろって言ったのに」
「だって……シークが弓で狙われたときに居ても立ってもいられなくなって……ごめん。それより、ジークは凄いね! 簡単に二匹もゴブリンを仕留めちゃうなんて」
俺の心配をして茂みから飛び出したということが、現実じゃ味わえないような幸福を俺に与える。現実世界ではこんな経験はなかった。やっぱりゲームは良いな、現実のことなんか忘れてしまいそうだ。
別に、現実逃避してる訳じゃないよ? ほんとほんと。
「別に大したことないよ。ゴブリンなんてゲームで言ったら雑魚中の雑魚だぞ? こんなのに手こずってたら、バハムートに辿り着いても何もできやしないさ」
巨塔バハムートにいるボスモンスターは、どれくらいの強さだろうか? まだ、到着してないうちから心配するのもアホらしいけど……。
「俺たちがトッププレイヤー達と競えるかなんて考えるまでもないけど、頑張ってみなくちゃ分からないもんな」
「そうだよ。頑張ってみればいいんだよ」
まずは、クリスさんが召喚獣を扱えるようになって下さいお願いします。
それから俺たちは、止めていた歩みを再開させ、巨塔バハムートを目指した。
「お、街が見えてきた。でも……あれはデカすぎじゃないか?」
歩みを再開させてから数十分後、俺たちの視界に大きな街が見えてきた。それは最初の街とは比べ物にならないサイズだということが、ここからでもよく分かる。
「本当だ。あれは……大きいね。それに、バハムートにも大分近づいてる。ほら、あそこ。多分、あれはプレイヤーじゃないかな?」
クリスが指差す方向には、数十人のプレイヤーたちが街に向かって歩いているところだった。
「みんな、あの塔を目指してるみたいだな。でも、おかしいな……人数が圧倒的に足りない。このゲームのユーザーが何人かは分からないけど、少なすぎないか?」
それだけ、この世界が広くて、プレイヤー達が拡散しているのだろうか?
「それもそうだね。まぁ、考えてても仕方ないし、取り合えずは街まで行ってみようよ」
クリスが先頭に立ち歩き始めたので、俺も後に続いた。
まだLv1なんだけど……いいのかな?
やがて、俺たちは街の前にたどり着いた。
街の入口ではNPCと思われる人たちが、馬車や荷物の搬入を行っていた。NPCの顔には安堵と疲労が窺え、とても人間らしかった。
やっぱり、ここは凄い。人間たちの生活がここで完結しているかのようだ。いや、NPCたちの生活はここで完結しているに違いない。
「何やってんの、ジーク。置いてくよーー」
クリスはもう街の中に入っており、NPCを眺めていた俺をすでに置いて行っていた。
「悪い悪い。今行く」
急いで街の中に入っていく。
すると、眼前に広がるのはとても大きな通りだった。左右には色々な店が立ち並び、活気溢れる商人たちの声が飛び交う。食べ物の匂いなんかもしてきて、お腹がなってしまいそうだ。
キュルルゥゥゥーー。
すでに鳴らした奴が隣にいた。
「ご、ごめん。お恥ずかしいところを……」
「いや、良いけど。ゲームで空腹を感じるなんてな、何か買って食べてみるか?」
「う、うん!」
ということで、所持金を確認……50G。こんなので何か買えるのか?
50G以内で買える食べ物を探し、俺たちは店を練り歩くことに。大きな街だけあって、様々な店があるようで、安そうな店は簡単に見つかった。
「焼き鳥みたいだな……」
店に並んだ串を見てそうボソッと呟くと、店主が声をかけてきた。
「あんちゃん違うよ。これは鳥じゃなくてワイバーンの肉だよ」
「ワ、ワイバーン!?」
ワイバーンの肉って…………食ってみたい! 現実じゃ、絶対に口にできない一品だ。
「おっちゃん、それいくら?」
「15Rだ。旨いぞ~」
お、店の外見通り安いな。クリスにも買っていくか。
「それじゃ、二本頂戴」
「毎度あり~。また来てくれよ~」
二本の大きな串を受け取り、店を出たが……クリスがいねぇ……。どこ行ったんだあいつ。
クリスを探すべく周囲を見渡すと、特徴的な大きな尻尾が視界の端に映った。
俺はそろそろと静かに近づき、その狐のような大きな尻尾を掴みあげた。
「ぎゃぁぁーー!!」
およそ女性とは思えない奇声をあげながら、クリスは飛び上がり、振り返りざまに右手を振り回してきた。当然、振り返るのは後ろにいる俺の方向。そして、振り回す右手は丁度よくも俺の顔の高さだった。
クリスの強烈なビンタが頬に炸裂した。頬が張り裂けそうなほど鋭い痛みが、顔中を駆けまわる。
「痛い……痛いよ、クリス」
ちょっとだけ、涙が出てきたよ。まぁ、自業自得だけど……。
「えっ、ジーク! 大丈夫?」
「う、うん。なんとか……」
尻尾を急に掴んでしまった手前、反論の余地などあるはずもなく、ただうなだれていた。
「じゃぁ、尻尾を掴んできたのも、ジークなの?」
「ご、ごめんなさい……ちょっとした出来心だったんです。少し触ってみたかったんです」
「あんなに強く掴まれたら、びっくりしちゃうよ。それに、触りたいならそう言えばいいのに」
えっ、いいの? 触っていいの? あれ、涙の量が増えてきた気がする。俺、感動してるのかな? こんな淡い経験なんてなかったから……。
「いやいや、なんで泣いてるの? 私、許してるんだけど……」
「だって……だって、好きなだけ……ッ……触っていいって言うから……うっ……」
「触っていいとは言ったけど、誰も『好きなだけ』とは言ってないよ?」
クリスが何か言っていたけど、もう何も聞こえなかった。それと、肉の刺さった串を持って泣くのって、なんか情けないね。
なんとか泣き止んだ俺は、クリスにワイバーンの肉の串を渡し、街を散策しながら食べた。
実際、肉はそれほど旨くなかった。なんかスジだらけで噛み千切れないし、脂の乗りが微妙で少しパサついていた。しかし、お腹の空いていたクリスには食べごたえがあったようで、満足そうな表情を浮かべていた。一方、俺の顔にはモミジ模様の真っ赤な痕が浮かんでいた。
後で気づいた話だが、俺のHPバーが一割ほど減っていた……。怖いよ……クリスのビンタ……。
それから、この街の武器屋や防具屋などを巡ったが、最初の街よりも高価な装備が多く、今の俺たちでは購入することはできなかった。何しろ、Lv1だからな……。
店を覗いては値札に目を剥いて驚くのを繰り返し、精神をすり減らした俺たちは早々にこの街を後にし、バハムートを目指した。
「ねぇ、ジーク……」
「どうした、クリス……」
「お金って……大事だね」
「うん、そうだな……」
ゲームでお金の大切さを再認識し、金を貯めなければ何もできないと思わされた。
このゲームにおける金はどの程度の価値があるのかを考える。 武器とかは一通り店で買うことができるみたいだけど、やっぱり、武器の強さはモンスターのドロップ品に比べて劣るのだろうか。
ボスモンスターのドロップ品はどうだろう。
次から次に気になることが湧いてきて、早くバハムートに行きたくなってきた。