いざ、BOの世界へ!
俺は真っ白な空間で目を覚ました。そこは、VRMMO特有の初期設定画面だった。
説明書も無かったので、どんな設定をするのかさえ分かっていない。
でも、最新のゲームなんだから細かくキャラクリくらいはしたいよな。
キャラクリとは、キャラクタークリエイトの略である。簡単に言えば、ゲーム内で使う自分のキャラクターの容姿を設定するのだ。
性別、種族、顔、体、髪型などなど多岐にわたるが、いつも迷ってしまい時間をかけてしまう。とはいえ、ずっと同じ容姿でゲームをすることは珍しく、髪型や髪の色なんかは変えられるゲームが多い。体に関わるところは課金アイテムなどを使う必要がある場合がほとんどだ。
俺にキャラクリの才能でもあれば、もっと楽しめるんだろうけどな……
結局迷った末に、どのゲームでも似たようなキャラクターになってしまうのが個人的な悩みだった。
やがて、空間に女性のアナウンスが響いてきた。
「Bahamut Onlineをお買い上げいただきありがとうございます。これからお客様には、プレイヤーネームの入力とキャラクタークリエイトを行っていただきますので、お手元のキーボードで入力をお願いします」
すると、手元に透明なキーボードが浮かび上がってきた。
俺はプレイヤーネームをすでに決めていたため迷うことなく入力する。
「プレイヤーネームはジークっと」
ジークという名前は、俺がVRMMOをする上で長く使ってきた名前だ。愛着があるため、この名前にしようとBOが届く前から決めていた。
入力を終えEnterキーを押すと、キャラクタークリエイト画面に移った。
どうせ悩むだけ無駄なことはわかってるんだし、いつもどおりでいいか。
体格や髪の色は、今の俺とほぼ同じだ。なぜそうしたのかというと、実際にプレイする際に、現実の体格と同じであれば違和感も少なく、最初から馴染んでくれるためだ。
VRMMOがリリースされ始めた頃は、あらゆるプレイヤーが俗に言うネカマとなりプレイしたが、とてつもない違和感を抱いたそうだ。無論俺もスタイル抜群のケモミミ美少女でプレイしてみたが、言葉で表現できないような違和感を感じてしまった。
なので、性別は考えるまでもなく男性で決定。
種族の選択も出来たが、男に耳だの尻尾だのは必要ないと考え、無難にヒューマン(人間)を選択した。
これで入力は終わりか。あれ? サーバーの選択とか無かったな……大丈夫か?
MMOであれば、一つのサーバーへの負荷を軽減するために複数のサーバーを使うのが基本だ。しかし、BOではそれがなかった。BOの人気を考えれば、瞬間最大アクセスはとてつもないだろう。
まぁ、何か対策があるんだよな……きっと。
今考えても仕方ないので、忘れることにした。
少しして、再度アナウンスが流れる。
「入力お疲れさまです。これより、五感のリンクを行いますので、少々お待ち下さい」
VRヘッドギアから特殊な電磁波が流れ、五感の特徴をBOに転送していく。
それから五分くらいだろうか。
「リンクが正常に完了しました。ではこれより、お客様をBahamut Onlineの世界へご案内します。今までにない本物のVRMMOをお楽しみ下さい」
よほどの自信があるのか『本物』ときた。これには期待できる。
そして、俺のの視界に七色の光が明滅し、BOの世界へと導かれた――――。
足の裏に地面を踏みしめる感覚がしたので、転送が完了したのだろう。閉じていた目を開いてみる。
「おぉーーー!」
思わず声を出してしまうほどそこは大きな街だった。自分が転送された場所を見てみると、どうやらこの街の転移門のようだ。
転移門は広場にあり、多くの人が行き交っているのが分かる。街の人の服装を見てみると、中世ヨーロッパ風の服のようだ。無論、プレイヤーも含まれているだろう。
そうだ! 鼓動!
このゲームは心拍すら再現していると言っていた。それが本当か確かめなければ。俺は左胸に手を当てた。
ドクン、ドクン。
一定間隔で手の平に鼓動が伝わってくる。
すげぇ、それに呼吸まで!
もうなにもかも初体験だ。
ステータスも見なきゃな。でも、どうやって開くんだ? まぁ、だいたい他のVRMMOと共通だったりするんだよな。
とりあえず、いつもどおりに右手を上から下に振り下ろす。すると、水色の画面が表示された。
おぉ、出た出た。ん? 何も表示されてない……いや、左上になんか書いてあるな。
『本日の17時よりゲーム内にて、Bahamut Onlineの説明を行いますので、しばらくお待ち下さい』
どうやら、説明が終わるまではプレイは控えてほしいということのようだ。
今が16時45分だから、もうすぐだよな。今できることと言ったら、街の探索くらいかな。
俺はそう決めて転移門を後にした。
街の完成度は非常に高く、本当に昔のヨーロッパを訪れた気分がしてくる。
街道は石造り、建物は赤いキレイなレンガでできている。
途中に噴水もあり近寄ってみたが、水が本物にしか見えなかった。
VRMMOにおいて、液体のグラフィックはとても難しいとされているが、これほどの完成度は見たことがない。
まさか飲めないよなと思い、手ですくって口に入れてみてからさらに驚いた。
水だ……本物の水だ! しかも、水が喉を通っていくのが分かる……。
体の中を通る水は間違いなく本物であり、BOの完成度の高さを身をもって知った。
他にも気になることがあった。それは、NPCとプレイヤーの見分けがつかないことだ。
最近のNPCは進化していて、昔の同じ返事と行動しかしないNPCとは全然違うが、BOのNPCはプレイヤーと思ってしまうほど自然だった。
視界に『SHOP』と表示された店を覗き込むと、店主の男性が客を呼び込んでいたのだが、それが現実世界の八百屋のおっさんと全く遜色がなかった。気前の良さそうな声とにこやかな表情、どれも完璧だった。
視線を右下に移すと16時58分と表示されており、もうすぐ説明が開始されるころだった。
待っている間の街の探索で否応なくテンションが上がっていた。
早くプレイしたい。この広大な世界を走り抜けたい。そんな欲求が沸々と湧き上がってくる。
そんな醒めやらぬ興奮の中、時刻は17時00分となった。
ポーンというエフェクト音が街中に響き渡り、やがてアナウンスが聞こえてきた。
『プレイヤーの皆さん、こんばんは。私はゲームマスターを務める者です。BOの中はいかがでしょうか? 少しこの世界にいただけで、現実世界と遜色がないことが理解できたのではと思います。さっそくですが、このゲームの説明をさせていただきます。といっても、攻略に関わることは申しませんのでご安心下さい。
まずプレイヤーの皆さんには、ここから見える大きな塔を目指して頂きます。あれがこのゲームのメインコンテンツ――『巨塔バハムート』です」
周囲のプレイヤーと思しき人たちが、ぐるりと顔を巡らせ一つの等に視線を集中させた。そこにそびえ立つのは、まさに巨塔だ。ここからはまだ距離がある。
『また、ゲームプレイについてですが、既存の要素を多数詰め込んでいるため、とても複雑かもしれません。これはBOののやり込み要素と思っていただければ幸いです。拙い説明ではありましたが、プレイヤーの皆さんの健闘を祈っています。巨塔バハムートの制覇を目指して頑張って下さい』
そこでアナウンスは途切れた。
俺は改めて巨塔に目を向ける。
雲すら突き抜けているように見えるのは気のせいだろうか? どんだけ高く作ったんだよ……。
っと、ボーっとしてられないな。早くレベルを上げてバハムートの攻略に行かないと――ん?
あれ? 何かに袖を引っ張られているような?
俺は引っ張られている方に振り返った。
そこには――尻尾と耳を生やした獣人の女の子がおりましたとさ、めでたしめでたし。
いや、可愛いけどさ……面倒な事に巻き込まれたような気がしてならないよ?