BOとの出会い
「はぁっ!」
俺は、右手に握ったダガーをジャイアントラピッドの胴体に向けて振り下ろす。
しかし、所詮はレベル1のド素人の攻撃、相手はいともたやすく避けてしまう。
草の上をぴょんぴょんと跳ねながら、攻撃の隙を窺うジャイアントラピッド。
上手く当たらないな……、とはいえ、相手もレベル1だ。しっかり動きを見極めれば当てられるはずだ。
俺は再度、ジャイアントラピッドの動きを注視する。
奴はただ跳ねているだけのように見えるが、俺はあることに気づいた。
着地の瞬間は、動きが一瞬止まるっているな。
ゲームの中でありながら、筋肉の動きさえもシミュレートされているようで、ジャイアントラピッドの足に力が込められるのが分かる。
これなら、挙動が分かりやすいな。後は、着地に合わせて剣を叩きつけるだけだ!
俺はゆっくり相手に近づいていき隙を窺う。そしてしばらくして、相手はしびれを切らしたのか飛び蹴りを見舞ってきた。
だが、その予備動作を見逃さなかった。
後ろ足へと力を入れたのを確認し、最小限の動きで攻撃を躱す。そして、着地したジャイアントラピッドの背面に剣を突き刺した。
ジャイアントラピッドのHPゲージがみるみる減少し、やがてゼロになると霧散して消えていった。
ジャイアントラピッドを倒して手に入れたのは、わずかな経験値とゲームの通貨である10Gのみ。
これが俺の初戦闘となった。
「ねぇ……ジーク、終わった?」
俺が街で伝えた通り、丁寧な言葉使いはやめてくれたようだ
「あぁ、終わったよ。思ったよりも手こずったけど……」
俺に声をかけてきたのは、獣人の女の子であるクリスだった。クリスは最初の街で俺に声をかけてきてから、ずっと後ろをくっついてきていた。
「それよりも、何か召喚して俺を助けてくれよ」
「そ、そうしたいけど……モンスターとかヤケにリアルで戦うの怖いんだもん……」
クリスの尻尾と耳がしゅんとしてて可愛い……じゃなくて! このままだと経験値ドロボーされて終わりだ……。
なんとかしなければと思いながらも、俺は目的地に目を向ける。まだ距離が結構あるため、目を凝らさなければよく見えない。
それは天にさえ届くのではと思わせるほどの高さをほこる巨大な塔だった。
あれこそがこのゲームの大舞台『巨塔バハムート』である。
そしてバハムートに向かう俺が、なぜ女性プレイヤーと一緒なのかについては、このゲームの始まりから説明せねばなるまい。
このVRMMOが発売されたのは2030年の夏。
タイトルは「Bahamut Online」――――略称:BO。
今までのVRゲームにはない機能として、現実に限りなく近い感覚でプレイできるのが大きな特徴だった。
例えば、呼吸、心臓の鼓動、食べ物の味、食感、体温などのVRでは再現がとても難しいものですら、再現してみせたという。
『最高のリアル』をキャッチコピーとしただけのゲーム。しかし、ただそれだけ故に世界中は熱狂の渦に包まれた。次世代のゲーム体験を味わうために。
そして、とある一人の高校生である神木恭一も、このゲームに熱狂していた。
BOの発売日の当日、俺は興奮冷めやらぬ中、学校から急いで帰宅した。リビングを抜けるのも億劫になるほどに急いでいた。
「母さん! 宅配届いてる?」
「さっき届いてたわね、あんたの机の上に置いといたわよ」
「ありがと!!」
目的の物が届いたのを確認し、急いでニ階の自室へと階段を駆け上がり、部屋のドアを開けた。
「これか……」
机の上には一つのダンボールが置いてあった。梱包は至ってシンプルで、ガムテープで封がされているだけだ。気が急いていたが、ダンボールを慎重に開封していく。
そして、中にあったものは大きな黒い記憶媒体だけだった。
えっ、これだけ?
普通はゲームのパッケージが目に飛び込んでくるはずだが、このゲームは違うようだ。そして、パッケージがないということは説明書もない。
他にも何かないのかと、記憶媒体をダンボールから取り出すと、ダンボールの底に一枚の紙が同封されていた。
最初は説明書かと思ったが、ペラペラの薄紙一枚が説明書なワケがないと思い直し、少し落胆しつつも内容を確認した。
えぇ~と……。
『Bahamut Onlineをお買い上げ誠にありがとうございます。本製品はパッケージングを施していません。当社はプレイヤーの皆様にBahamut Onlineの世界を直接見ていただきたいと思い、このようにしました。このゲームに必要な物は、VRMMO専用のヘッドギアと同封されている記憶媒体のみです。これらを接続し、頭部にヘッドギアを装着していただければ準備完了となります』
別に複雑な設定は要らないんだな。説明書は……なくてもなんとかなるか!
ゲームの説明書なんて普段から読まないけど、このゲームの説明書は読みたかった。理由は色々あるが、一番はどの程度のMMOなのかということだ。PKはありなのか? 職業は? 種族は? 山程気になることがある。
でも、最新のゲームの説明書は基本的に物量が多い。ゲームも進化を続けていて、各ゲーム会社が多数オリジナルゲームを排出している。しかし、その弊害として内容が濃すぎるのだ。こだわるのはいいけど、それを説明書で説明するのは勘弁して欲しい。
色々と思うことはあったが、さっそく自分の愛機であるVRヘッドギアを被り、同封されていた記憶媒体を接続しベッドに横たわった。
目の前が少しずつ暗くなっていき、俺の意識はそこで途切れた――――。
ここから、恭一の大冒険が幕を開ける。