退職
章子はエレベーターで自分の部署である経理課に戻った。そして、以前から書いてあった退職届に今日の日付を入れた。そして、上司である課長に提出した。
「課長、退職届です。受理をお願いします」
「ああ、そうか。そこの決裁箱に……退職届!?」
「はい、そうです。以前にお話しましたが、息子が戻ってきましたのでその関係です」
「む、息子って、あの話は本当だったのか?しかし辞めなくても……」
「いえ、ご迷惑がかかりますので退職します」
「しかし、お子さんは小さいんだろう?」
「いいえ、十八になりました」
「えっ、佐藤さん、君まだ若いよね?」
普通だとセクハラな質問だが、課長も動転していた。章子は気にすることもなく答えた。
「私が十六の時の子なんです」
課長は絶句している。
「とにかく退職届を受理してください。引き継ぎ書は作成してありますし、手順を踏めば何ら問題はないはずです」
「……とりあえず預かるということで……」
「いいえ。今日付けで退職としてください。もしくは昨日でも構いません」
章子の言葉に、同じ課の人たちは驚きを隠せないでいた。いきなり退職というのも驚きだが、子供がいるなど今まで聞いたこともなかったからだ。会社では中堅どころだが、まだ三十代前半の彼女だ。それに、いつも髪の毛を上に一つて纏めてあり、眼鏡をかけた大人しい、悪く言えば地味な彼女に子供がいるなど到底信じられなかった。それは課長も同じらしく、他の理由ではないかと聞いてきた。
章子は面倒になってきた。しかし、退職届は受理してもらわなければならない。
「とにかく出しましたので、明日からは出勤しません。今までお世話になりました」
章子は強引に話を終えると、同じ課の皆にも挨拶をした。
「突然で申し訳ありません。お世話になりました」
「佐藤さん、本当に辞めるの?」
同僚は心配して声をかけてきた。章子はその気遣いに申し訳なく思いながらも頷いた。
「はい、すみません。本当にお世話になりました」
章子がエレベーターホールに向かおうとした時だった。
「章子!」
フレディの声が非常階段から響いた。