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第9話 亡霊

翌日の昼下がり。

俺はいつもの様にリビングで食事をしながら調べて解ったことの報告をしようと席に着くが、今日は久しぶりにアニとコロナがウチにやってきて5人で少し遅めの昼食を食べていた。

「そういえば二人は今夜どうするんだ?」

「もちろん参加します……というより火を着ける役の一人が私なので行かなければなりません」

何気ない幸人の一言に俺たちは一斉にアニの方を見る。

幸人の言ったのは貴族の火刑についてだ。今回の事件はこの村の歴史に名を残す大事件だからその処刑を見に行く者は大勢いるだろう。

だがまだ幼い二人はどうするのかと聞いたところ見に行くどころか火を焼べるのだという。

普通なら見るだけでもトラウマものなのにこんな幼い子供が火を焼べて人間を焼き殺す役をやらせるのはいくら俺たちが処刑を勧めたとはいえ正気の沙汰ではない。

「なんでそんなこと!アニちゃん達がやる必要なんてない!」

早速彩女が激怒してアニに掴みかかり幸人なんか立ち上がってマチェットを持つとそのまま玄関先に行こうとするのだから俺は慌てて幸人を止めにはいる。


「待てまて!とりあえずお前ら落ち着け!そんで最初は話を聞けってのは!アニ。何か理由があるんだろ?」

幸人からマチェットを奪い取り席へ着かせ彩女にも落ち着く様に言いつけて座らせる。俺も今すぐ動きたい気持ちで一杯だったが俺たちが動くと瞬く間にこの村が地獄になるので必死に抑える。

アニはそんな俺たちにオロオロと困惑した様子を見せるが、すぐに落ち着いて話し始める。

「私たちが勧んでやりたいと言ったんです」

その言葉に彩女も幸人も驚いて目を見開く。もちろん俺も驚いたが、顔には出さずどうしてかを訪ねる。


「イガ兄さん達は私たちを助けてくれて、命の大切や尊さを教えてくれました。何より命を奪う辛さを、口では言わなくても教えてくれました。

私たちはずっと助けられてばかりだったからせめてイガ兄さん達が味わっていた命を奪う辛さを、その苦しみだけでも共有できればと思って村長に頼み込んだんです」

アニは真っ直ぐな瞳で俺の目を見て話し終える。

その瞳には一切の揺らぎがなく、強い覚悟のような物も伝わって来た。ーー全く、何て子供だ。信じらんねぇ、これが10歳そこらのガキんちょの言う言葉かよ。

命の重さを知り、奪うことの辛さを知り、奪った時の苦しみが永遠と続くこも知りながらそれでもやろうとする奴は少ない。大抵怖気付くからだ。

それなのにこの子達はそれを覚悟した上で決めたのだから何も言えねぇじゃねぇかよ。

俺は席を立つと「好きにしろ」とだけ言い残して最早自室扱いになった書斎の奥の部屋へと戻っていった。


後ろからは幸人と彩女がギャーギャー言っているが、まぁなんてことはない。二人ともアニ達の決断が変わることがないと解っていながらも言いたくてしょうがないのだ。だから無視しても良いだろう。

自室に戻るとさっそく俺は窓辺で煙管を吸いながら書斎から持ってきた数冊の本のうち一冊を手にとって読もうとするとどこからともなく声が聞こえてきた。

(どうしたんです、ご主人。そんな嬉しそうな顔して)

顔を上げて部屋の中を見渡すが、ここには俺以外誰もいない。

それもそのはずだ。なんたってもうその声の主はとっくに死んでこの世には居ないんだから姿が見えないのも当然だ。だが、だからといって幽霊の声が聞こえてきた訳じゃない。

声の主である彼女。レイミーは確かに死んだ。だが俺が彼女の血を吸ったことにより肉体は土へと還ったが魂は成仏する事なく俺の体の一部……いや、厳密にいうと魂の一部となってこの世に繋ぎ止められている。

この事を知ったのは昨晩。囁き声だったものがハッキリと聞こえて、レイミーと会話が出来るようになってからだ。

それまではこの世界の国や歴史に関して調べていたが、レイミーをきっかけに魔族。特にあの夜レイミーが言った吸血鬼の種族について徹底的に調べ上げた。でも吸血鬼に関する本は殆ど見つからず、唯一見つけた本でもその生態は謎に包まれているようでさっき言った事以外は解らなかった。


「何んでもないよ、それよりレイミー。もう一度確認させてくれ、この世界の吸血鬼ってのは何なんだ?」

誰もいない空間に一人で話しかけるのは何か抵抗があるので俺は本に目を落としながら尋ねるとレイミーは昔話でも思い出すような口調で教えてくれた。

(一言でいうと嫌われ者……ですかね。魔王率いる魔族軍と三種族との大戦中に光の雪を浴びて味方する魔族が現れる中、最後まで魔王に使えていたのが『番人』と呼ばれた四人の魔族でその内の一人が吸血鬼だったそうです。

ですから余り良い印象はありませんし、過去の記録では数百年前までギルドが永久討伐指令を下してました)

……まぁ確かに世界征服を企んだ魔王に最後まで使えてたら嫌われ者にもなるし討伐指令が出されてても不思議じゃないわな。でも『数百年前まで』ってことは今はされてないって事か?

(はい。正確には約600年前にギルドの記録だと『番人』全ての討伐完了が確認されたそうです)

「うお?!え?お前今俺の思考を読んだのか?!」

口に出したつもりもないのにレイミーが答えたことに驚き思わず聞き返してしまう。

(はい。……ひょっとして気づいていませんでした?)

「おう、全く知らんかった。へぇ思うだけでも伝わるのか、我ながら便利だな……ってそんなことよりやたらと詳しいけど以前は何してたんだ?」

今思うと聞くこと全てに答えてくれてる気がするぞ。

(生まれはずっと南にある村でギルドの受付嬢をしてましたが、あの貴族が村に来たときちょっとしたことでギルドをクビになり以来奴隷として飼われました)

「……は?」

ちょっと待て。どういうことだ?ギルドをクビになって奴隷として飼われた?なにがどうなってそうなったんだ?

(それは……いえ、もう済んだことですから気にしないで下さい。とりあえず私は元ギルド嬢をしてましたからある程度の情報を持っていますから大抵の事には答えられるとだけ認識していただければ結構です)

「……そうか」

答えたくないのなら無理に聞かないのが俺の信条だ。

そう言って俺は読もうと手にしていた本を閉じて席を立つと部屋を出て貴賊を幽閉している地下牢へと足を運んでいく。


(あの、ご主人?一体なにを……)

心配そうなレイミーの声が聞こえてくるが、その声を無視して暗い地下牢に辿り着く。

牢屋には両手足を鎖で拘束された賊が満足に体を動かす事も出来ない姿勢で足音に反応したのか何人かがこちらに顔を向けて来ていた。

視界をサーモグラフィーにしているから俺からは誰が誰なのかは一目瞭然だ。でも普通の人間のこいつらからは恐らく誰かが来ているのは解るが誰かは解らないだろう。

牢屋の中はロクな傷の手当てもしなかったせいか傷が化膿して酷い臭いが立ち込めていたが、気にせず牢屋の中へとズカズカと入り込むと力なく座り込む一人の男の前で立ち止まる。


「よぉ。気分はどうだ?貴族様」

そう言って話しかけると男はうなだれていた首を上げて掠れた声を上げながら「た、頼む。助けてくれ」と命乞いをしてきた。

「ハッ!お前は今まで自分が飼っていたペットが同じように助けを求めた時に助けてやった事があるか?ないだろ。

それなのに自分の時は助けてもらおうだなんてチト無視が良すぎやしないか?」

「わ、私は……私は貴族だ!奴隷をどのように使おうと勝手だろう?!それが力を持つ者の当然の権利なんだからな!」

「おいおい、あんまし笑わせるなよ。俺がお前の目の前に居る時点でお前はもう貴族でもなんでもねぇ。

ただの肥え太ったクソ豚だ。

クソ豚にゃ人道なんてもんはいらねぇ、良いから黙ってミンチにされてりゃいいんだよ。オーケィ?」

そう言って男の顔面に膝蹴りを一撃いれてその後も死なない程度に何度もなんども蹴り続けた。

牢屋の中には男の泣き叫び苦痛に悶える声だけが響き渡る。

「や……やべでっ!やべでぐれ……も、もうやべでっぐだざ……い」

「この程度で何寝言言ってんだ?ふざけるなよ、レイミーはもっと辛い目にあってたんだぞ。それで」

(ご主人っ!)

突然。

それまで黙っていたレイミーが声を荒げて止めてきた。

俺は振り下ろそうとしていた拳を止めてその場に留まる。

(ご主人……もう、やめて下さい。もう十分ですからこれ以上は……やめて下さい)

「ふざけるな……まだ足りねぇだろ。

魔法陣以外にもお前の身体には沢山の傷があった。それこそ両手足の指の数じゃ足りないくらいだ。こんなんじゃまだまだ足りてねぇだろ!」

(それでも!それでも……もうやめて下さい。これ以上ご主人が手を下す必要はありま、せん)

そう言ったレイミーの声は酷く悲しそうな……いや、苦しそうな感じの声で泣いていた気がした。

俺は拳を収めると最後に鉄格子をひと蹴りして地下牢を後にした。


地下室から出てくるとそこには俺が出てくるのが解っていたように幸人と彩女の二人が待っていた。

「イガ兄……」

「コウスケ、お前は今夜部屋から一歩も出るな。こいつは絶対命令だ。処刑に関しては俺と彩女で処理する」

心配そうな目で見てくる彩女とは裏腹に幸人は苦虫を噛み潰したような苦渋の顔を浮かべて告げてきた。

理由は聞くまでもない。二人にはまだレイミーの事を話していなかったから今の俺は誰がどう見ても【理由もなく突然囚人を甚振る異常者】だからな。だから俺は素直に「了解」といって自室へと戻っていった。


その日の夜。

小さな小窓から見えた村の方からは焼かれ死んでいく男たちの悲痛な断末魔の声だけが響き渡っていた。

そんな声を俺たちは薄っすらと空が明るく、燃え上がる煙の方を見ながらお茶と煙管を片手にずっと聴き続けていた。

「すまんな、レイミー。勝手に動いたりして」

(そんなっ……確かにご主人はやり過ぎたと思います。ですが、自分なんかの為にあそこまで怒ってくれた人は今まで居ませんでしたから……怖かったけど、凄く嬉しかったです)

姿が見れないのが残念だが、笑ってくれてる顔が脳裏に浮かんだのは気のせいだろうか……?そうだと良いな。

そんな戯言を思いながら一口お茶を飲むと再び煙管を吹かし出す。



二日後。

俺たちは村を去る準備をして荷物をまとめていると扉をノックする音が聞こえ幸人が出るとそこにいたのは大きな荷物を抱えたアニとコロナがいた。招き入れやると二人は荷物を置いて唐突に俺たちに頭を下げてきた。

「お願いします!私たちも一緒に連れてって下さい!」

「お願いします!」

その声に奥から彩女も掛け付けてくると満面の笑みを浮かべて俺の方を見てきた。まぁ、こうなることは予想出来てたし予め二人にも相談して決めていたことだったからもう結果は決まっているんだが

「念のため聞くけど、何でだ?ここなら今まで通りの暮らしが出来るし家族もいるじゃないか」

誰だって家族の元で一緒に暮らせる方が幸せに違いない。

俺たちの旅はある意味終わりもなければ安定も安寧とない荊の道だ。

そこに自ら踏み込んで行こうとする理由を聞かない限り彼女たちを連れて行くわけにはいかない。

「だからこそです」

「ここにいればきっと彼らに火を放ったときの気持ちを忘れちゃう」

「私たちにはそれが何よりも耐えれません。あの時の気持ちは……決して忘れちゃいけないと思うんです。だから、だからお願いします、私たちも一緒に連れてって下さい!」

良い答えだ。俺的には合格点をあげたいところだが、……二人も良さそうだな。というか、彩女なんかは連れてかないと今すぐ食い殺してやるぞオーラがハンパない。殺気すら感じるぞ。

俺は改めてアニ達に向き直ると下げていた頭を上げさせる。

「良いだろう。ただし付いて来るってんなら覚悟しろよ、旅の道中に俺たちの持つ技術を教えて行くからな」

「「はい!」」

元気よく返事をする二人に微笑むと残りの荷物もまとめて背負い込む。


「良し、それじゃ行くか!」


「「「「Hoo-ah!」」」」


いつの間に覚えたのかアニとコロナも便乗したのには驚いたが、ちょっと嬉しく思えた。







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