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第8話 本

貴族討伐から数日。

俺たちは捕らえた元貴族率いる賊を屋敷の地下牢に押し込めそれの監視を兼ねて屋敷に住み込んでいた。

捕らえた直後は怒り狂った彩女が「今すぐ殺そう!」と息込んでいたが、なんとか幸人が押さえ込み当初の目的通り処罰は村を束ねる村長に任せたが、人に頼ることで生きてきた彼らは人の命を奪い殺すことに躊躇して未だに判断を決めかねているらしい。


彩女も幸人も何をそんなに迷うのか解らないと言っていたが、俺はそれで良いと思う。むしろ何の躊躇いもなくマチェットを振り下ろし、弓を射る俺と彩女の方が異常といえる。


剣を振り下ろし頭を切るだけで人は死ぬ。

果物を切ることしか使えない小さなナイフでも心臓にさせば殺せる。

それ以外でも水に沈めれば、火をつければ、電気を通せば、食事を与えなければ。殺し方ななんていくらでもあるしどれもこれも簡単なものだらけだ。

だからこそ俺は村長に。そして村人に知ってほしいのだ。

命の軽さと儚さを今のうちからでも良いから知っておいてほしい。じゃないとこの村はこれから先闘うことになっても何も出来ずに蹂躙されるのがオチだ。

そのことを幸人や彩女はもちろん。村長や村人たち全員に話すと殺すことに戸惑いを覚えるが一応納得してくれた。


お陰で暇なくらい時間が出来たが、持て余すことはなかった。屋敷の書斎にあった大量の本はこの世界に関する一般常識であったり魔法に関する本だったからだ。

とはいっても俺たちは文字が読めない……そこで文字の読める村人に聞いてこの世界の文字を教えてもうと、字体が変わっているだけで文字数や書き方なんかはローマ字形式と殆ど変わらず、俺たちはあっという間に文字が読めるようになり3日目であらかたの字が書け、4日目の今日では普通に読書が出来るくらいにまで発達した。

これには教えてくれた人も驚いたようだが「世界は広いな」の一言で片付けられた。いいのかな?


ただ、流石に3人が3人ともとはいかず。彩女がまだ字を上手く書けないので朝から幸人が付き添って教えている。

俺はそんな二人の邪魔をしないよう、一人。書斎の奥の部屋で読書を続けていた。

部屋の中には最初。拷問器具なのかSM器具なのかわからん物で散りばめられていたが、一部を除いてそれら全ては処分した。

今は簡素な木造りの机と椅子が一つずつ置かれ。壁側には書斎の本とは別の小さな本棚が置かれている。

中には赤い帯の本がズラッと並んでいてその内の一冊を手にとって読んでみると、内容は日記のようで時々文字が霞んで読めない部分があるが全体的には王都での暮らしや自分が関わっていた事業について詳しく書かれていた。

気になって読み進めようとも考えたが、今はそれよりもこの世界についての情報収集の方が先だ。

俺はその本を棚に戻して書斎にあった世界の歴史と魔法に関する書物を漁って読み進めていく。



どのくらいの時間がたったのか分からないが、机は読み終えて山積みとなった本で一杯になっていた。まぁその甲斐あってか沢山の事が解るようになったから良しとしよう。

息抜きついでにポケットから煙管を取り出すと小さな小窓を開けて一服する。

窓の外は村全体の様子が伺えて中々見晴らしが良い。なんとなくハ○ジの光景が頭を過る。


心地の良い風が今日は流れてくるから少しだけ眠気に誘われながらも本を読み進めていくと、ふと耳元で何か囁く声が聞こえた気がして部屋の中を見渡す。

もちろん誰も居ないことは解っているのだが、この部屋にいると「もしかしたら……」と思えてしまう。

理由は背中に魔法陣を掘られた彼女の最後を俺がこの部屋で奪ったからだろう。

あの時、彼女の全身の血を飲み干した俺はそれまで感じた事のない充足感に満たされると同時に自分の中に別の存在が流れ込んできた気がした。

その正体が何なのかは解らないが、あれ以来昼も夜もふとした時に側で囁かれる声が聞こえるようになった。

最初は何のホラーだよ!ってツッコミたい気持ちと薄気味悪さばかりが気になっていたが、だんだんとその囁きに慣れてくると不思議な安心感が湧くようになった。


最もその安心感が強くなるのは今のようにこの部屋の窓辺で外を眺めている時だ。

視線の先には村の全体が見え、少し見下ろすと屋敷の庭に建てられた小さな石の墓標が見える。彼女はその墓標の下で眠っている。

何故そんな場所かというと遺族を探しに行った彩女が同じように捕らえられてた女性に聞いた話では彼女は元々この村の住人ではなく、貴族が連れて来て書斎の奥の部屋に監禁していたのだという。

それ故に誰も彼女の名前を知る人はいなかったが、俺はそんな彼女にレイミーと名付けて庭先の木陰に墓標を立ててやった。たった一人で名前も知られないまま消えるのはいくら何でも淋しいからな。


吸っていた煙管の葉っぱが燃え尽きるとナイフの先端で皿の部分に溜まっていた灰を穿り新たな葉っぱを詰めて火をつけるのと同時に部屋の扉がノックされ返事をする前に扉が開かれた。

こんな風に入ってくるのは幸人か彩女のどちらかだ。俺は少し考えてから幸人だなと思って来訪者を見ると……彩女かよ。

「……今なんか凄い失礼なこと考えなかった?イガ兄」

「まさか!可愛い妹にそんなこと思うわけないだろ?

HAHAHAHAッ!」

「絶対なんか思った!!」

む?狼族ってのは勘もよくなるもんなのかな。

一応、念のためこれからは気をつけよう。

「それで、どうしたんだ?文字は書けるようになったのか?」

「むぅ……字は、まぁもうちょっとかな。それよりも処刑内容と日時が決まったよ」

その言葉に眉を潜めて身を乗り出す。

「処刑方法は火刑。日時は明日の夜に陽が暮れたら直ぐにやるみたい。今村人たちが準備のために森へ薪を取りに行ってる」

「まるで魔女狩りだな……ん?いや、確か貴族は魔法が使えたからある意味これで良いのか」

最も女ではなく男、それもむさい中年クソオヤジときてるからたぶん燃やしながら誰か石でも投げつけるんじゃないかな。

「それじゃ、ちゃんと伝えたからね。あともう少しでお昼が出来るから下に降りてきてよ」

「あぁ、キリの良いとこまでいったら降りるよ」

そういって彩女は部屋から出て行き俺は再び煙管を咥えながら本へと視線を移した。


昼食は乾燥野菜のスープと黒パンを浸して食べる旅の途中の食事と変わらないが、それでも俺たちには十分な食事だった。

食べながら俺は本で知り得た情報を話し出す。

「この世界には元々人種族・亜人族・獣人族の三種族しかいなかったようだ。そしてその三種族は絶えることのない戦を何百年も繰り返していたらしい。

だが、その戦も突然現れた強大な敵……魔王の出現で戦いは更に激化することになった。魔王は余りある魔力を使って自らの眷属となる魔族を作り上げた。


そして魔王率いる魔族軍は同時に三種族に攻撃をした。

初めの内は魔族軍が次々と戦局を押して行き、危険を感じた三種族は互いに手を取り魔族軍に徹底抗戦を決めた。

しかし結果は左程変わる事はなかった。

魔王と魔族のみが魔法を使う事が出来たからだ。

それに対して三種族は魔法を使う事が出来なかった。

それでも抵抗が出来たのはそれぞれが個々の能力を活かし力を合わせていたからだ。

一進一退の日々が続き大勢の者が嘆き苦しんだ。そんなとき、夜空に忽然と太陽が浮かぶと光の雪を降らせた。

そしてその光の雪を浴びた者は次々と魔法を使えるようになったらしい。

だが、光の雪は魔法を与えるだけでなかった。魔族がその光に触れると何かから解かれたように三種族に味方していった。


そしてとうとう魔王を討伐することに成功した。魔王討伐で最も功績を残した者は英雄と呼ばれるようになり他の者からも絶大な信用を得ることとなった。

だが、それで終わる事はなかった。

魔王は殺られる寸前に自らの体の一部を切り離し、世界のどこかへ飛ばした。切り離された魔王の一部はそれだけでも危険な魔力を秘め周囲の環境にすら影響を与える危険な物だった。

魔王の一部はどこにあるのかは今も解らない。だが、それは必ずあると信じられている。理由はその魔力に影響されて生まれるのが魔獣だからだそうだ。

つまりこの世に魔獣が現れる限り魔王はまだ生きていてそれを見つけるのが狩猟冒険者(ハンター)の務めというわけだ」


漸くそこまで話して一息付くと彩女が淹れたてのお茶をくれた。

この世界のお茶は薄い緑色をしてマテ茶のような味がする。別に嫌いではないし飲めないわけじゃないが、お茶はマテ茶よりも緑茶の方が好きだ。個人的に。

「魔王……ねぇ?なーんか話がファンタジー過ぎて付いてけなくなっちゃいそうだよ」

「全くだ。しかもその話ツッコミ所満載過ぎるだろ」

二人は文句を垂れながらもその顔は明らかに楽しんでるようにみえ……いや、絶対楽しんでる!新しいおもちゃを手に入れた小学生みたいな面してるし今物凄い笑顔でニヤって笑いやがった!


重たい頭を更に重くして悩む俺の心情を誰でも良いから察して欲しいもんだ。そして確かに幸人の言う通り、この話にはやたらツッコミたい所が満載だ。

一つは何故魔王は魔族を作ったか。

効率的に他国を侵略するには軍隊がいる。その為の魔族というのは解ったが、それなら初めから意識など持たない土人形でも作れば良いはずだ。なのに歴史の後半では光の雪を浴びただけで三種族に魔族が味方したってのはどういう事だ?

二つ目は魔王が何故三種族を同時に攻め込んだのか。

侵攻の効率をよくする為に軍隊を作ったのは解る。

だがそれなら一つずつ確実に潰していった方が遥かに効率的だ。こちらには魔法があるからと侮ったか?

例えそうだとしても誰だって戦争は早く終わらせたい物だ。こんな茶番を繰り広げるような真似はしたくない。


まぁこんなことを考え始めたらキリがない。

それにこの程度の考えなら彩女も幸人も直ぐに考えついたはずだ。それでも念のため釘は刺しておくべきだよな。

「ツッコミたい気持ちは解るが……俺たちは別に世界の隠された陰謀を暴こう!なーんて大それた事を考えてるわけじゃない。

だいたいどこの世界にだって知らなくて良い話ってのはあるんだから今更気にかける必要はない。

まぁ、だからといってこのまま無視する気もないからまずは力をつける事から考えるぞ。

例えどんな組織やら戦力から追われる事になっても対抗出来るだけの力を付けてからこの世界の隠された歴史を暴いたって遅くはないはずだ」

「だからそれまで大人しくしてろってか?用心深いねぇ」

茶化す様に幸人が答える。

「当たり前だ、俺は喧嘩大嫌いだからよ。お前らみてぇに正面から啖呵切って立ち向かえるほど勇敢でもねぇんだよ」

最後に「どの口が言うんだか」とか言っていたが気にしないでおいてやる代わりに幸人にはさっさと彩女に文字を教えるのと同時進行で書斎の本を調べて置くようにも言っておいた。

彩女にはまず文字の読み書きが出来なければ話にならないので頑張れと一言だけ残して俺は再び書斎の奥の部屋へと足を運んで行った。



その晩。俺は狭い部屋の中で蝋燭の灯りも着けず、月明かりを頼りに窓辺で本を読み続けていた。

静まり返った周囲からは虫の鳴き声がチラホラ聞こえてくる。

コオロギに似た鳴き声の虫だ。だからどうしたってわけじゃないが知らない世界で知ってる物を見つけた時は何となく感動する。

そんな事を思っていると不意にまたあの囁くような声が聞こえた。もう大分慣れてしまったから今更恐怖心はないが、逆に安堵感を覚えてしまってる自分はきっとどうかしている。

そう思いながらも俺は読んでいた本を閉じて煙管を咥えて火をつける。ゆっくりと吐き出された煙は窓から入り込む風に乗って外へと出て行く。

その様子をボンヤリと眺めていると(ーーー。ーーー)というまるで寝ている時に起こされる時のような声が直接頭の中に響いてきた。

これには流石に驚き思わず「誰だ?!」と誰もいない空間に問いかけてしまった。だが誰もいない空間にいくら問いかけても返事が返ってくるはずなぞありえない。

それでも最初は囁き声だったのが今はハッキリと聞こえ……いや、感じることが出来る。

(……にち……しゅ…….ん)

「何だって?頭の中で喋ってないで出てこいよ!」

「そ……ません。あた……ご主人の……で生きて………から」

声の声量が段々とハッキリしてきて話しかけてくるのが誰なのかようやく解ったが、俺は驚きを隠しきれず咥えていた煙管を床に落としてその場に立ち上がってしまう。


「……レイミー、なのか?!」


(はい、ようやく話す事が出来ましたねご主人)


やたらと澄んだ声にちょっとだけいたずら小僧と同じ雰囲気を漂わせた殺した筈の女性の声が頭の中で響き続けた。












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