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第7話 命

早朝。

まだ陽が登り切る前の薄明かりの時間帯に俺たちはそれぞれ装備の最終チェックを済ませて猫族のある集落に向かって歩いていた。

昨夜のうちに幸人が鍛冶屋はあったが矢は作れなかった代わりに数日分の食料と頑丈な布で出来たザックを2つ買ってアニとコロナに持たせていた。

最初の休憩場所としてA型シェルターを作った梨プラムのある木を目指して歩いていると、先頭を歩く彩女が突然右の掌を後ろに向け『止まれ』の指示を飛ばし後方を歩いていた俺たちはその場に立ち止まると流れる動作で今度は右手を下に下ろして『しゃがめ』の指示が来たから俺たちは身を屈めて姿勢を低くする。


アニとコロナには最低限のハンドサインを教えてあるが、流石に一度には覚えられなかったようでワンテンポ遅れてから同じように姿勢を低くする。

次に来た指示は人差し指を立て自分の方へ手招く仕草をする。俺は後ろを振り返ると後方警戒をしていた幸人にコロナがトントンっと背中を叩いて視線だけこっちを見てくると首で「行け」と言ってきたので俺は姿勢を低くした状態で彩女の元に近づき隣に座る。

それでも彩女は視線はずっと真っ直ぐ見たまま喋ろうとしないが、変わりに俺の手の甲に指先を置いてトントンっと叩いてくる。

これは……モールスタップか。

モールスタップは俺たち3人だけが使う通信手段で名前の通り光で信号を送るモールス信号と物音で送るタップ信号を掛け合わせたオリジナルの暗号通信だ。

というと大層に聞こえるが実際はモールス信号もタップ信号も通常アルファベットで構成されそれを繋ぎ合わせて言葉にしているが、このモールスタップはアルファベットを日本語の五十音順に並び替えただけの話だ。


(えーっと、目標に複数の足音……武装の可能性、有り……指示を。か)

凄いな。ここからでも梨プラムの木は見えるが、それでも目測で500メートルは離れてるぞ……最早彩女の聴覚は集音器並みと言っても過言じゃないな。

そんなことを思いながらも今度は俺が彩女手の甲をタップして信号を送る。

(鳥と先行する。猫と後続に続き目標から100地点に待機。弓を装備せよ)

そう送ると彩女はコクリと頷いて直ぐに幸人の元へ行くと弓とマチェットナイフを交換して幸人がやって来る。

合流すると俺たちは普通に立って梨プラムの木へ歩いていった。

後ろからは姿勢を低くした状態のまま彩女がアニとコロナがゆっくりと追従してくる。


あっという間に梨プラムの木に到着すると確かに複数の男達が梨プラムを食べながら小さな焚き火を囲んで談笑していた。武装は片手剣が2人に長剣が1人と槍が1人だ。

俺は遠くから「おーいっ!」と声をかけて手を振る。

向こうも俺たちがハンターだと思ったらしく同じように手を挙げて挨拶してくれた。

「こんにちわ。すみませんが焚き火を使わせて貰ってもよろしいですか?」

「おう、構わんぞ。寄ってけよってけ」

そういってごく自然に迎え入れてもらうと頼んでもいないのにお茶を分けてくれた。どうやらハンター同士の決まりごとらしい。

焚き火をしてる奴は他のハンターを迎え入れてお茶を提供する変わりに情報を貰うらしい。

「兄ちゃんたちはこの先にある村から来たのか?」

「はい。この先に昔お世話になった猫族の集落へ向かう途中だったんです」

その言葉に男たちの視線がギラリと輝くのが解った。

「……ほぉ。差し支えなければ教えくれないか?」

「実は共に旅をしていた仲間の1人があの集落の出身なんですが、数ヶ月前にバロに襲われて……せめて彼女の形見だけでも届けてやろうと思ったんです」

「そうか……それは気の毒にな。だが、あの集落には行かない方がいい」

「どうしてですか?」

「あそこには今王都から来た貴族が住んでいるんだ。村人は皆んなその貴族に奴隷のように扱われてる。そんな所に娘の不幸を言いに行くのは酷ってもんだろ」

「そんなっ……!」

「お前さんも一介のハンターなら解るだろう?貴族に逆らうとどうなるか……解ったらこのまま引き返した方が身の為というものだ」

「……」


なるほど、こうやって他のハンター達を近づけさせなかったのか。まぁそれだけ貴族の力は大きいということなんだろうな。

黙り込み落ち込む仕草を見せると男の1人が目の色を変えて話題を振ってきた。

「ところで、あの村から来たということはバロを狩ったというハンターの話を聞いたりしなかったか?」

「バロを狩った……?あぁ、はい。確か5人組のハンターが現れバロを4頭も狩ったという噂がありましたね」

「それはどんな奴らなんだ?」

「さぁ、そこまでは……でも見た人は美人揃いだったと言ってましたね」

「そうか、ありがとう助かったよ」

「いえ。でもどうして知ってるんですか?僕らが一番に村を出たと思ったのに」

その言葉に男達は先ほどまでの友好的な笑みを一変させ冷たい表情へと変わる。

「……なに。大した話じゃないさ。仲間が飼っていた家畜用のバロウを殺し仲間も殺していったやろうに落とし前を付けてもらいにいくだけだ」

今にも剣を抜いてきそうなギスギスとした殺気が流れる中。俺は渡されたカップを見ながら呟く。

「そうですか……これは独り言ですが、5人は大通りから外れた小さな宿屋に入っていったとか。美人なハンターはそれだけでも噂の的ですから探せばすぐに見つかるでしょう」

言い終えると男達は不敵な笑みを浮かべると懐から銀貨を一枚渡してくれた。

「若いのに見所がある。もし集落にまだ行く気があるなら貴族に会ってボイルに会ったと言えば村人に合わせてくれるだろう」

「ありがとうございます」

礼を言って立ち上がると俺たちも立ち上がって先を歩き出すと呼び止められた。


「ちょっと待て。そういえば名前を聞いてなかったな」

四人の男達から数メートルほど距離が開いたことを確認すると俺は不敵な笑みを浮かべて

「オープン・ファイアです」

「ふっ変わっ……」

男が最後まで言い終えれなかったのは突然、男の頭に一本の矢が刺さりと倒れる前に後ろにいた男の頭にも一本の矢がフランケン・シュタインのように串刺しになる。

そして最初の男。確かボイルといったか、そいつが倒れるのと同時に奥から2番目の男の喉に一本の矢が刺さるとようやくそこで1番先頭に立っていた槍持が振り返る。

「え?」

「Good by♪」

親指と人差し指を鉄砲の形にして撃つ真似をすると同時に最後の一人の脳天にも一本の矢が突き刺さって倒れた。

ふっと指先で煙でも吹くようにすると矢が飛んできた方から彩女とアニ&コロナが近づいてきた。

「流石神業級!腕は鈍ってないな」

「もー。茶化してもダメだからね!イガ兄のせいで腕がクタクタだよ!」

「はっはっは。たまには良いだろ?」

「良くない!」

「全くだ。一緒にいた俺の身にもなってくれ……頼むから」


篠原兄弟の怒声を聞いているとさっきまでちょこちょこと何かをしていたアニとコロナが戻ってきて俺の元に来ると2人は手に持った小袋4つを渡してきた。

受け取るとどうやらお金らしい。俺はジロリと彩女を見ると何処ぞの彼方を向いて「死体に金無し用は無しよ」と全く悪びれる様子もなく告げてきた。

まったく……確かにそうだがこんな子達に何やらせてんだよ。

「確かに死体に金無し用は無しだが……三途の手間賃くらいはいるだろう」

そういって受け取った小袋から銅貨を8枚取り出すと口の中に1枚を入れてもう1枚を額に置いて行くのをアニとコロナが不思議そうに見ていた。

「何してるんですか?」

「理由はどうあれ死ねば仏。口の金はあの世に行っても苦労がないように、額の金はあの世に行くための船賃だ。

覚えておけ。外道の理に落ちた奴は助からないが、死ねば誰もが同じ場所にいく。俺もお前達もな。

だが、行き着く先は同じでも少しくらい裕福でいたいだろうから余裕があったらこれくらいはしてやれ」

俺の話をコクコクと頷いて2人は親身に聞いてくれた。


え?最初の掃除屋気取りの四人組にはやらなかっただろって?

おう。あいつらの会話聞いてたらとてもじゃねぇがやってやろうとは思わなかったからな!

でも代わりに小袋はそのままにしたからそれなりに裕福になってんじゃねぇかな。





相変わらず夜になると今にも落ちてきそうなほど巨大な月が夜空を照らし出す。

初めて見たときはそのあまりの大きさに圧巻して驚くばかりだったが、それ以上に美しいと思った。

でも、今夜ばかりはその美しく巨大な月が不気味に思えてしまうのはきっと気のせいではないだろう。


遠くで集落の明かりを見守る中、俺たちは交代で休むことにした。時間はまだ20時になったばかりだ。

残念ながら焚き火は出来ないが、それでも月明かりのお陰で近くのものは見えるから問題ない。問題があるとしたら夕食のご飯が固くて食感がボソボソとする旅の定番食といわれるドイツパンみたいな形をした黒パンだ。

保存食の中では優秀なんだろうが、味が乾パンみたいなんだよなぁ。食べ慣れてるから良いんだけど……。

主食はその黒パンに干し肉なんだが、この干し肉。何の肉を使ってるのかしらんが兎に角堅い!

さっきからずーーーっと口の中に入れてふやけさせてるが、一向に喰い千切れる気配がない。そろそろ顎が限界になってきだぞ。


「ん?コウスケ。お前大丈夫か?」

そういって干し肉と格闘しているところに幸人が話しかけてきた。俺は顔だけそっちを向け何のことかと首を傾げてやる。

「顔色悪いぞ。少し休んだらどうだ?時間になるまで俺と彩女でみてるからよ」

「むぐ……んー、うん。頼むわ」

ようやく喰い千切れて程良い大きさになるまで噛み砕くと俺はすぐに横になった。正直ここ最近夜は眠くならない。

どちらかというと昼間の方が辛いのだが、少し我慢すれば良いだけなのでここまではなんとかやってこれたが、全体的に寝不足には違いない。

まるで眠くはないが、それでも昼寝感覚で目を閉じると時間がゆっくりと過ぎていくのが解った。


いつの間にか深い眠りについてたらしい。

俺は何もない場所でただ呆然と立ち尽くしていた。

そしてここは夢の中なんだなと直ぐに理解した。

だってさっきまで草むらの上で寝ていたのにいつの間にかこんな場所にいるんだから誰だってここが夢の中だと理解出来る。

ただ夢というのは気まぐれだ。何もない世界かと思ったら今は真っ黒な世界に早変わりして……そこに映ったのは背後から2人の男の首を刈り取り、吊るし上げた男の四肢を切り落とし、両足の膝から下を切り落とすと肝臓に先の尖った枝を何度も刺して最後には焚き火に放り込む光景が何度も繰り返している。

俺はその光景をみてマンガやアニメでよく聞いたセリフを思い出した。

『何十人の人間を殺しても最初の一人は忘れない』

全くもってその通りだ。さっきから壊れたビデオテープみたいに流れてくるこの光景は俺がこの世界に来て、いや生まれてきて初めての殺しの光景だ。

いくら慣れた動作で殺しているように見えても、それは今までの訓練のお陰であって決して殺しに慣れてるわけじゃない。


それらを理解した瞬間。なんとなくだけど、俺は一生この夢を見続けて苦しむんだろうなと感じた。

そして最後には殺した人間が常に追いかけてくる錯覚をするんだろうとも思った。でも同時に「まぁ仕方ねぇなよな」とも思ったのも確かだ。

理由はどうあれ俺はもう人殺しだ。

ならば終わる事のない悪夢を見続けるべきだ。

それほどまでに殺しとは罪深いことだと散々デビッドさんに言われてきたからな。

流れ続ける殺戮&拷問シーンを見送って俺は目を覚ました。


重い瞼をゆっくりと空けると空はまだ暗く、側にはアニとコロナ。それに彩女が小さく寝息を立てていた。

体を起こすと草むらの上とはいえ堅い地面に寝ていたのに違いないからあちこちでバキバキと音が鳴り出す。

「はぁ……どのくらい寝てた?」

俺はザックから水筒を出しながらずっと見張りをしてくれてた幸人に話しかける。

「4時間ってところだな……大丈夫か?寝る前より顔色が悪いぞ」

「そうか?まぁいい夢みたからだろうな。それより状況は?」

悪夢と言わないのはちょっとした皮肉だ。

「村の明かりはもう殆ど消えてる。櫓には20分前に交代が入ったが西側の櫓には歩哨すらいない。次の交代まではあと3時間はある。

村の中を巡回してる奴は昼間偵察に人員を割いたせいで歩いてないな」

「だろうな。残存兵力は7人。1人は貴族。他の6人で北と東と西の歩哨の警備をしてるんだからな。

こりゃ面倒な誘導するより1人ずつ確実仕留めた方が早そうだな」

「作戦変更か?」

「あぁ。ちょっと彩女ら起こしてきてくれ」

そういって幸人に席を外してもらうと俺は視界をサーモグラフィーに切り替えて集落を見ると櫓には歩哨が確かにいるが、どいつもこいつも眠そうに欠伸をかいたりうたた寝したりと怠けた奴らばかりだ。

そんなことを思ってると幸人が彩女たちを連れて戻ってきた。


「屋敷があるのは北側だからまず北の歩哨を潰す。その後俺と彩女が屋敷に潜入するから幸人は弓で上空から東と西にいる歩哨を叩いてくれ。

彩女は屋敷内に浸入したら残りの3人を縛り上げろ、俺は貴族様を起こしにいく」

「殺さないの?」

「あぁ、奴らはこいつらを苦しめた。その罰を与えるなら俺たちが直接手を下すより村の連中に決めさせた方がいいだろう。

あくまで俺たちはきっかけを作るだけだ」

コロナの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら言うと彩女と幸人は少し複雑そうな顔を浮かべる。

「どうした?」

「いや……良いのかなってちょっと思ってよ」

「うん、私も兄ちゃんと同じ」

「良いか悪いかでいえば悪いだろ。殺しを強要してるようなもんだしな、でもだからといって俺たちが手を下すのも間違ってる。

これじゃこいつらの村の連中は人に頼ることしかしなくなっちまうからな。自分たちで判断させるべきだ」

2人はまだ浮かない顔をしてるが、しばらくすると漸く飲み込めたのか力強く頷いてみせる。

「よし、それじゃ状況を開始する。あ、アニとコロナはここで俺たちの荷物を見ててくれ。終わったら迎えに行く」

「解りました」

2人が了承するのを確認すると俺は幸人と彩女に「行くぞ」と言って野原を駆け出した。


北の櫓まではあっという間に到着すると茂みの中から拳程の大きさの石を拾って櫓の近くに投げるとゴンツンっという鈍い音がするのと同時に櫓の上から「誰だ?!」と声を上げて男が見下ろしてくる。

次は反対側にも同じように石を投げると男は櫓の梯子を下りて音のした方へと剣を構えて歩いていった。

それを彩女が素早く駆け寄ると背後から首を絞めて血流を止め気絶させた。

後は幸人が残りの歩哨を片付けてくれるから俺と彩女は屋敷の裏口から浸入することにした。

塀の高さは約3メートルはあるが、俺が塀を背中にして両手の掌を重ねると彩女が助走を付けて突っ込んでくるが、走り幅跳びでもするようにタイミングを合わせ、着地点が俺の掌になるようにジャンプすると俺は両手を上に押し上げて彩女を塀の上へと追いやる。

……ありゃ、加減間違えたかな。どう見ても4〜5メートルの高さまで飛んでるぞ。

それでも彩女は丸太で組まれた塀の上に着地すると寝そべって手を貸してくれたから少しの助走だけで簡単に塀を乗り越えられた。


石造りの二階建ての屋敷は塀で囲まれているとかなりデカそうに思えたが、入ってみると意外と手狭だ。それでもちょっとした集会所のような広さはある。

俺は彩女に一階の詮索を任せると二階へと上がっていく。

階段を上がると左右に通路が広がりその先には扉があった。

最初は右の部屋に浸入しようとゆっくり木作りの引き戸を開けて中に入るとそこは書斎のような部屋で本当に読むのか?と疑いたくなるほど壁の棚には本がビッシリとうまっていた。

足音を消しながら書斎の奥に入るとその奥にはもう一つ扉があった。普通に考えるとそこが私室になるんだろうが、嫌な気配が立ち込めていた。

ゆっくりと扉に近づき中を覗き見るとそこには頭の横から耳が生え、腰の辺りまで伸びた髪の女性が裸のまま両腕を鎖で繋がれて力なく首を垂れ下げていた。

俺はマチェットを右手に持ちつつ彼女の方へと歩み寄ると視界を通常モードからサーモグラフィーに切り替え生きてあるかを確認すると女性の体温は平均に比べると明らかに低く衰弱仕切っているがギリギリのところで生きていた。


俺はマチェットで鎖を断ち切り倒れかける彼女を受け止めた瞬間べちゃっとして感触が手に伝わってきた。

最初は何か解らなかったが、ぬるっとした感触からそれが血だと直ぐに気づき、髪で隠れていた彼女の背中を見ると背中の中心に円が描かれ円の中には三角を上下に重ねたマークとそれを囲むように文字がビッシリと彫られていた。

「ぐぅっ?!」

そのマークを見た瞬間。突然腹の底から例えようのない空腹感がまるで火山でも噴火するような勢いで込み上げてきた。

慌ててそのマークから目を逸らし上着をかけて視界に入らないようにするが、ドクッドクッと脈打つとそれに合わせるように空腹感が収まることがなかった。

ーーヤバイッ早くこの人から離れねぇと喰いそうだ!

俺は急いで彼女から離れるとその場に寝かせてその部屋を後にする。

空腹感は部屋を出て行ってからも続き何とか押さえ込もうとするが、ぜんぜん収まることが無かった。

ーー何だこれ?!どういうことだ?!

混乱する思考の中で再びぬるっと滑る掌を見ると彼女を受け止めたときに着いた血が未だべったりと付いていた。


それに気がつくと……いや、気がついたときには舌でその血を舐めとっていた。明らかに異常な行動だとは思ったが、口の中に広がる血の味がとてつもなく

美味しく感じた。

あっという間にその血を舐めとると漸くそこで先ほどまでの空腹感はなくなり平常心を取り戻せた。

「何なんだ一体……いや。それよりも今は奴を捉えねぇと」

俺は立ち上がると書斎を出てもう一つの部屋に入っていった。

部屋の中は暖炉の明かりで何がどうなってるのかすぐに解り、思わず反吐が出そうになる。

広い部屋の中心にはキングサイズのベッドがありその上には肥え太った男と両脇にアニたちと同じくらいの子裸の状態で眠っている。

だが、それ以外にも部屋の壁側には複数の女性が裸のまま首に鎖で繋がれて座っている。

その内の何人かが俺に気づき声を上げようとするが人差し指を口元にやり「静かに」というと女性は慌てて自分の口を抑える。

俺は男の両脇で眠る女の子5人を起こし、男の両手足を抑えておくように言うとマチェットを握りしめて気持ち良さそうに眠る男の逸物切り落とした。

「ぎゃあああぁあぁあっ?!?!」

豚のように泣き叫ぶ男を無視して俺は暖炉に近づくと、暖炉の中には焼印用の先端が平らになった判子のようになった鉄の棒を見つけそれを持ち上げると、ずっと暖炉で熱せられてたお陰か赤々と鉄が燃えていた。

「なっ何だきさまぁ?!わ、わ、わたし……私が!や、やめろ、や……ぐぎゃあああぁあぁあッ!!」

何か叫んでいたが、俺は切り落とした男の股間にその焼けた鉄棒を押し付けそれまでドバドバと流れていた血を止める為に根性焼きをして止血する。


部屋の中には異臭が漂ってしまったが、女性たちの顔は恐怖で彩られるよりか嬉しそうに喜びで満ちていた。

男は味わったことのない苦痛に気を失い口から泡を吹いているが死んではいないようなので、ベッドにいた子に鎖の鍵を解除する鍵はどこか聞き出し、鍵見つけて一人を解放すると残りの人も解放するように言って俺はその間にクローゼットから彼女たちが切られそうな服を探すがどれもこれもロクなのがなかった。

幸いにも大きめの毛布をみつけたのでそれをナイフで適当に切り裂いて一人ずつ渡していく。

切り終わる頃には彩女が一階から上がってきたので後を任せると俺は男の足にロープを巻いて他の兵士が集められているであろう広場に向かう。


広場には既に村中の老若男女が松明を片手に兵士たちを取り囲んでいた。その顔は怒りに満ち溢れていることからどうやら幸人が大方の事情を説明したらしい。

俺が男を引きずってくると村人は道をあけてくれた。

「誰か!村の長を呼んできてくれ!事情を説明したい!」

村人に言い渡すと正面から道をあけて杖を持った老人が現れた。

「その必要はないありませぬ。先ほど幸人殿と名乗った方が我々に説明して下さった次第……貴方方には感謝してもしきれません」

「いえ、それよりも突然の騒動。申し訳ありませんでした。そして感謝をするなら私達よりもこの村の娘のアニとコロナに感謝するべきです。

彼女たちはまだ幼いなくも4頭のバロに追われながらも逃げ切り自分たちよりも村の助けを求めて来ました」

「アニとコロナが生きてるのですか?!」

俺の言葉に村長の隣にいた青年が駆け寄ってきた。

「はい。もしもの時を考えて離れた場所に待機させていますが、そろそろ来られると思います……ほら、あそこに」

そういって俺が空を指さすと幸人が2人を抱えて飛んできていた。幸人の腕の中でアニとコロナが嬉しそうにこっちに手を振ってきている。

「アニ!コロナ!」

青年が駆け寄るとアニもコロナも抱きついて涙を流している。

よく見ると何処と無く顔つきが似ているからきっと兄弟なんだろうな。


そんな微笑ましい光景を見ながらも俺は村長に話しかけた。

「ところで村長さん。何故私たちが彼らを殺さずにわざわざ捕らえたのか……その意味はわかりますか?」

「……我々でどうするか考えろということですかな?」

「はい。アニとコロナから聞いています。貴方たちは優しく争いを好まない種族であると。ですが、その結果が今回のこの惨状で彼女たちは癒える事のない傷を背負わされました。

そしてその内の一人は重症です。背中に見た事もない魔法陣を刻まれていました」

話をしながら俺は屋敷の方を見ると次々と毛布で身を包んだ猫族の女性が出てきて泣きながら家族の元へ駆け寄っていく姿が映った。

魔法陣を刻まれた彼女には出てくるときに彩女に話したから手当を受けているはずだ。

「念の為に聞きますが、村長は彼らをどのようにするお考えですか?」

「そうですな……貴方が話した通り、娘達は酷く傷つけられた。ならば相応の報いを入る為にも法の裁きの元……」

「そして繰り返すのですか?」

村長の言葉を遮り周囲が俺たちに注目する。

「法の裁きの元彼らを裁く……実に立派な考えだと思います。ですが、そんなことでは彼らは軽い罪で済まされてしまいますし何より彼、いえ彼女たちはそれを良しとしないでしょう」

俺の視線の先には毛布で身を包み俺たちの会話を心配そうに見つめる彼女たちの姿があった。村長もそれに気づいて彼女たちも見つめる。

「貴方たちは平和を愛した愛し過ぎた。その結果貴方たちはなんの抵抗をすることなく奴隷のように働かされ、守るべき女も守れず、小さな子供に危険だと知っていながらも助けを求めさせた!

そして助けられたら自らの手を汚したくないばかりに法に助けを求める……何とも情けない話だ。

そんな他人に助けを求め続けるだけの平和が欲しいのなら、意地も張れない繁栄を続けるのならいっそのこと滅んでしまったほうが楽になれますよ」


その場の全員が俺の言葉に黙り込む。

……これじゃ俺が彼らを「殺さないなら殺してやる」「死にたくないなら奴らを殺せ!」とでもいって脅してるみたいじゃないか。確かに脅してるけどさ!間違ってないかどさ!

まぁどの道この空気はマズイな。俺は魔法陣を刻まれた彼女の容態も気になっていたのでそれを言い訳にしばらく席を外す事にしたが幸人には貴族共の監視も兼ねて残ってもらった。


屋敷に入って二階の書斎に向かうと彩女が奥の部屋からちょうど出てきた。その服と顔にはベッタリと血がこびり付いていたが、先程のような空腹感は出てこない。

俺は「容態は?」と聞くと彩女は黙って首を横に振り「もう助からないからせめて家族には知らせてくる」といって部屋を出て行った。

交代するように今度は俺が奥の部屋に入ると、彼女は真っ白なシーツの上で横たわっていた。顔を覗き込むと彼女は薄っすらと開いた目でこっちを見て優しく微笑むと掠れた声で「綺麗な瞳」といってきた。

「ありがとう、でも貴女の方が俺よりもずっと綺麗な瞳だ」

「ふふ……おとこの、ひ……ほめられた……です。それ、に……おきな、きばで……ね」

大きな牙?

俺は慌てて自分の口に手をやると上の八重歯がやたら長く伸びていた。吃驚して思わず声を出しそうになるが、彼女はそれを見ておかしそうに笑っている。

その笑顔を見た瞬間ドクンッと鼓動が高鳴った気がしたが先ほどのような空腹感はなく気のせいかと思ったが胸の内を抑えると確かに高鳴っていた。

「きゅ……き、さん……あ、たしを……ってくだ……い」

殆ど聞き取ることが出来なかったが、それでも彼女が何を言ったのか、解った気がした。だから俺は彼女に良いのかと聞き返すと彼女はニコリと笑ってそれに答えた。


『吸血鬼さん……』


全く本当になんて日だ。ロクなもんじゃねぇ。


『……あたしを』


嫌な夢見て、反吐が出る光景を見て。

終いにゃ助けた子からこんな事を頼まれるなんて……。


『吸ってください』


本当、なんて日だよ。


ーーーガブッ。




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