第6話 準備
「それじゃ、全員見てくれ」
宿屋の一室でアニとコロナの証言の元に作られた猫族の村が書かれた地図を全員に見えるように壁に張り出す。
二人用の部屋に5人も押しかけているからかなり狭く感じるが、身動きが出来ない程じゃないし地図も余り大きくないから返って丁度いいのかもしれない。
まぁ、多少暑いが我慢出来るレベルだ。
村は全て木造建築で貴族が住むと言われる北の屋敷……というよりは少し大きめの民家だけ石造りで家の周りには高さ3メートル程の塀があるらしい。
村の周りにはこの村のように高い塀で囲まれた壁はなく、杭とロープで作られた柵があるだけだという。
それでも魔獣や害獣に襲われる事はないらしく理由は村の周りにコルンカという猫族に伝わる獣除けの土を柵と一緒に混ぜ合わせ、そのコルンカが大量に入った土嚢のような匂袋を村から15〜20メートルほど離れた場所に置かれているからだという。
人体に影響はなく匂いもそれほど気になるものではないというが獣人族の鼻の利く一族にはかなりキツイらしい。
それを聞いて皆んなが一斉に彩女を見ると物凄い嫌そうな顔をして「が、がんばります……」と力なく落ち込む姿がそこにはあった。
特に何が出来るわけじゃないが……ご愁傷さま。
「えーっと、話を戻すぞ。
敵の数は全部で11。武装は剣持ちが8人に弓が2人魔法師が1人だ。
クソも忌々しいことに魔法師は元貴族様のクソ野郎だ。
配置は村の外に監視塔の櫓が東西南北の全てに設置されて常時1人はそこで見張りをしてる。
残りの7人の内2〜3人は村の中を夜間は定期的に巡回してる。
今回の作戦は幸人は上空から偵察と支援攻撃。矢の数を確認しておけ。
彩女は敵を撹乱しろ、派手に暴れまわっても良いが怪我はすんなよ。怪我したらその傷にタバスコ塗ってやるからな。
俺はその間に屋敷に入って目標を確保する。質問はあるか?」
「はいはーい!」
小学生が手を挙げるように彩女が声を上げる。
「アニちゃんとコロナちゃんはどうするの?」
「連れてく。っていっても村までの案内だけだ。
作戦時には村から最低1キロは離れた場所で待機してもらう。
ありえんとは思うが、万が一俺たちが殺られたらお前たちだけでも逃げろ。幸人。その時はよろしく頼む」
「そんにゃ!」
「そんな事出来ません!私たちのわがままに付き合って下さるだけじゃなく、そこまでして頂く必要なんてありません!」
俺の回答に2人は怒ったように激怒するが、そんな二人を俺はこれ以上ないくらいに睨み付け大声を上げて怒鳴り散らす。
「今のお前たちが来ても足手まとい以外何者でもない!」
突然の怒声に驚いたのか二人はビクッと体を震わせ、怯えた表情で見つめてくる。
そんなベッドに座る二人に俺はしゃがんで目線を合わせると睨むのをやめていつもと同じ表情で話す。
「良いか?確かに俺たちはお前たちの依頼を受けた。でもなそれは同情や哀れみなんかで受けたわけじゃない。純粋に怒れたからだ。どこの世界にだって理不尽な環境ってのはある。そしてそれがなくなることがないのも俺たちは知ってる。
だが、だからと言って知ってるからといってそれを見過ごすことは俺たちには出来ない……もしもお前たちに同じ気持ちがあるのなら大人しく逃げろ。振り返ることなくただ全力で逃げるんだ。そしていつか力をつけた時に戻って来い」
話を終えると二人は俯きながらも納得してくれたのか小さな声で「はい……」と返事をしてくれた。
俺は、いや。俺も幸人も彩女も復讐を肯定しない。だが、否定もしない。
確かにそれは悪い事かもしれないが法の目を潜り抜け弱者を虐げ続けるクソを許す気はない。
だからと言って復讐を遂げて弱者から英雄しされ、神様的扱いをされても俺たちはそれを良しとしない。
復讐なんてものを遂げた瞬間から俺たちは犬のクソ以下の存在だ。この世で最も恥ずべき存在だ。
もしこの世に絶対悪があるとしたらそれは間違いなく俺たちのことだろう。
そんな事を思いながら最後に確認だけする。
「ここから猫族の村までは丸一日かかる。明日は早朝0500時にここを出て作戦開始時刻は0100時だ!良いな!」
「「Hoo−ah!」」
幸人と彩女の突然の返事についさっきまで俯いていた二人だったが、飛び跳ねるくらい驚いて「え、何なに?」と俺たちを見回すが直ぐに彩女に回収されて隣の部屋へと戻っていった。
その光景を俺と幸人は笑いながら見送る。
確かに初めて聞くと驚くよな。
「まだ19時前だがどうする?」
荷物の整理と武器の点検をしていると不意に矢の数を数えていた筈の幸人が訪ねてきた。
「俺はこいつ研いでやったりしないといけねぇからその辺遊びにでも出かけたらどうだ?」
「ふむ……まぁそれもありか」
そう言って数え終わった矢を専用のケースにしまい肩にかけると真っ黒な弓と一緒に立ち上がる。
「ん?どうすんだ、そんなん持って」
「あぁ、少し練習してこようと思ってな。ついでに鍛冶屋があったら矢の量産が出来るか聞いてきたいんだ」
「ならこれ持ってけよ。無一文じゃ追い返されるだけだ。
あ、だからって宿代も払えなくなるくらい出すんじゃねぇぞ!」
「わーってるって、さんきゅーな」
そういって俺から銀貨が入った小袋を受け取ると廊下の外へと出て行った。
幸人……いや、正確には彩女の持ち物だがあいつが持つ弓は何というか少し変わってる。
日本の和弓とは違い、どちらかといえばアーチェリーに似た弓だ。確かコンパウンドボウとかいう種類の弓で特徴的なのは弦の上下に付いた車輪のような《カム》と呼ばれる滑車が付いていることだろう。
コンパウンドボウは通常の弓に比べて弾く力が強い。だがこのカムと連動することで効率よく弦を弾くことができるのだという。
サプレッサーが発達し普及する近代兵器に何故今さら弓なんだろうという疑問をデビッドさんに投げたら同じチームの元グリーベレーのマッドさんにこっ酷く怒られた。
ちなみ彩女にコンパウンドボウをプレゼントしたのはこのマッドさんだ。
曰くコンパウンドボウは命中精度が小銃よりも高く音もしない上に射程距離も同等或いはそれ以上あり慣れると連射も可能だと力説されたのを今でも覚えている。
最初は信じられなかったが、一度だけ山へ害獣駆除のボランティアとしてデビッドさん率いるチームに連れられて行った事がる。
その時マッドさん以外は全員狩猟用散弾銃を手にしていたが、マッドさんが突然立ち止まると徐にコンパウンドボウを取り出して木々の隙間を縫うように射ると100メートル程離れた場所にいた野兎の胴を正確に射抜いていたのには本気で驚いなぁ……。
ただそんな凄すぎる弓でも欠点が一つだけあった。それは扱いが非常に難しいのだ。慣れるまでに何日も練習を重ねたが俺は結局途中で断念した。
幸人は狙った場所に当てられるくらいにはなったが、それ以上伸びることはなかった。唯一彩女だけが自在に扱えるようになりマッドさんと張り合った結果ほぼ互角の腕前にまで成長しマッドさんも「これはもう才能としかいえん」と断言するほどだった。
まぁそんな弓の名手になった彩女でも今は弓よりもマチェットを振り回す方が楽なようで幸人に貸したままになっているのも事実だ。
話は変わって部屋に一人残された俺はバロを解体する時に血糊でベッタリになった軍用ナイフを研ぐためマチェットに軍用ナイフと砥石を持って井戸のある宿の裏庭に来ていた。
バラした後に水洗いはしたが、しっかり研いだりしないとあっという間に切れ味が落ちゃうからな。
井戸から水を汲み上げて丁度いい感じの台座があったのでそこでナイフを研いでいると背後に誰かがいる気がして振り向くとそこには驚いた顔をした黒い皮服姿の男が立っていた。
「驚いたな……気配を消してたはずなんだが」
「……」
悪びれるわけでもなく純粋に驚いているようだが、俺はマチェットに手を置き柄を握ると男は両手を挙げて降参のポーズしだす。
「すまない。怪しいものじゃない、ただ珍しい得物を使ってたから見てみたくてな……俺の名はドルトこの村のハンターでレベルは黒だ。見ての通りの人種族だ」
ニカッと笑って近づこうとする男に俺は逆手に持ったマチェットを持ってギルドカードの提示を要求するとドルトと名乗った男は「用心深くて結構だ」と言って首から下げていたギルドカードを見せてくれた。
どうやらカード本物らしい。確かギルドカードには特別な魔法陣が組み込まれ本人以外が持つと銀色の金属プレートが赤く染まるらしいからな。
確認が取れたところで俺はマチェットを下ろすと非礼を詫びた。
「失礼しました。魔族のイガと言います。レベルは1です」
「知ってるよ。ギルドに行ったら有名だったからな」
その言葉に少し驚くとドルトは一頻り笑ってから答えてくれた。
「《バラバラの種族の5人組がバロを4頭も狩って新規登録に来た!しかも全員美人揃い!》って噂で持ちきりになってたからな。
お前たちの事だろう?一目で解ったらぞ。確かに美人だ」
……なんか一人で自己完結しちゃってるけど俺は男だ。
確かに昔から女顔だとは言われて来たが、俺は男だ。
大事な事だから何度でも言ってやりたいが、経験上それを信じてくれた人は小・中一緒だった同級生くらいで高校に入ると寧ろそれがイイ!なんて抜かすバカもいた。
だからこういう手合いは弁解も弁明もせず無視してず放ってこ置くのが一番だと思っている……が、借りにも目の前にいるのは先輩ハンターだ。この世界についてまだ何も知らないのに敵を作っちゃマズい。
果てしなく気が進まないが……郷に入っては郷に従えとも言うしな。少し話でもするか。
「ところでバロってそんなに言うほど凄い話ですか?」
「そりゃ凄いだろ!
魔法を使うと事前にそれを探知して距離を空け回避行動をとる。その上見た目以上に素早いから剣を振り下ろそうとも追いつかん。
おまけに皮膚の下は分厚い脂肪で出来てるから中々致命傷にはならない。毎年何十人も奴らの餌食になると聞く程だそれをまだハンター登録すらしてなかった奴らが4頭も一度に仕留めてくれば驚く他ないだろう。一体どうやったんだ?」
不思議そうに尋ねてくるドルトには悪いが、そんなに言うほどだろうか……?確かに動きは早いし脂肪も分厚かったがそれだけだった気がするのは俺だけか?いや、何だかんだ彩女も仕留めてたからそういうわけじゃないはずだ……。
「飛びかかった時まで待つんです。空中なら動く事が出来ませんし脂肪の薄い部分にナイフをさせばそれなりに致命傷を与えれますから」
そういって研いでいたナイフを手に投げる仕草をして説明するとドルトは「信じられん……」といって呆然としていた。
一体何が信じられないのか解らないが、バロの話をしていて一つ思い出した事があったので聞いてみる事にした。
「噂で聞いたんですけど、バロって獲物を捕らえると四肢を食い千切って犯して食い殺すと小耳に挟んだんですが、本当なんですか?」
「……あぁ、本当だ。といってもそれは正確じゃない」
本当だけど、正確じゃない?どういうことだ?
「確かに野生のバロは四肢を食い千切り巣穴に持ち帰ってからゆっくりと捕食する。だが、品種改良により家畜化されたバロ……バロウというが、こいつが強い魔気という自然界に時折発生する魔力を浴びるとバロウは種の生存本能が異常に高くなり人間であろうとなかろうとあらゆる生物に性交を行うようだ」
「仮に……仮に四肢を食われ性行為をされても生きていたら、その人はどうなるんですか?」
「ほぼ100%の可能性で孕み、生まれたのはただの肉塊だったと聞いた事がある。ちなみに母胎は精神が崩壊したのか、それとも何か別の理由により人形のようになるとも言っていた」
人形のように……?
それはつまり全くの無反応&無表情の放心状態ということなのだろうか?どちらにしても惨い話だ。
「ふむ……ついでに聞きますけど野生のバロがさっき言った。えーっと魔気でしたっけ、それを浴びるとどうなるんですか?」
「バローガという種に変わり身体が通常のバロの2〜3倍はデカくなる。討伐レベルは1体につき黒以上の4〜6人のハンターが必要だ。
何度か対峙したが……アレは恐ろしいものだ」
普通のバロの大きさが大型犬サイズでもっと言うと土佐犬を狐にしただけだが、それの2〜3倍というと……たぶん中学生の平均身長よりも高い物になるぞ?!
「まぁ図体は半端なくデカイがその反面。こいつは急激に成長し過ぎるせいで通常のバロに比べて動きが遅い。そしてバロウにも言えることだが魔気を大量に浴びた奴は寿命も短いんだ。
物好きな博士が調べた結果。バロは通常3〜6年は生きるが魔気を浴びたバロウは約3ヶ月。バローガは2〜3週間といったところらしい」
それを聞くと魔気とは相当な有害物に違いないな。
「ありがとうございます。勉強になりました」
「おう。解らなかったらいつでも聞いてくれ。ただ……その前にお前さんのその片手剣を見せてくれないか?」
そういってドルトが物欲しそうに見つめるのはマチェットだった。確かにドルトの背にも片手剣と思しき柄が見えることから気になって仕方ないんだろうな……まぁだからって触らせないけどね!
「すみません。誰かにお渡しすることが出来ない決まりなんです。遠目から見て頂くのは良いんですが……」
「そうか……それは残念だが、他種族には厳しい戒律や規則があると聞くからな。俺はギルドにいつでもいるから気軽に声をかけてくれ。またな」
「はい。失礼します」
片手を上げて何処かへ行ったドルトに一礼してまだ研げていないナイフを持って再び作業に取り掛かり「あとで彩女にもやるよう言わないとな」と思いながら研ぎ続けた。