第5話 登録
夜空がボンヤリと明るくなってきた頃。
やっと自分たちの休息場所に帰って来ると彩女が焚き火の前でシェラカップにコーヒーを二つ注いで待っていてくれた。
どうやら足音で俺が帰ってくるのが解ったらしい。
俺は礼を言って受け取ると対面に座って一口飲む。熱いコーヒーが喉を通って胃の中に入っていくのが解る。
興奮状態だった心臓が次第に落ち着きを取り戻していくと、そこでようやく彩女がずっと心配そうに俺を見ていることに気づいた。
「……イガ兄。大丈夫?」
「? 当たり前だろ。なに言ってんだ?」
何の趣旨もなくいきなり大丈夫かと尋ねられても正直なんの事だかさっぱりだ。聞き返すと彩女は立ち上がって俺の隣に座り寄りかかってきた。
「血の匂いがこびり付いてる……イガ兄。無理しちゃダメだよ?」
あぁ、そういう意味の大丈夫か。彩女は俺が怪我をしているんじゃないかと心配してるんじゃない。
心が、精神が病んでしまってるんじゃないかと心配してるんだ。
その事に気がつくと思わず笑みがこぼれてしまった。
俺は彩女の頭を抱き寄せると「ありがとう」と礼を言って出かけた時と同じ様に頭をくしゃくしゃと撫でてやる。
その後。
俺は服を着替えると幸人と交替して先に休む事にした。
流石に少し疲れた。生まれて初めての殺しは余りにも簡単で、開けっけなくて……続けざまにやった拷問では気分が悪くなるどころか楽しくてしょうがないといった感情だった。
血を見ても吐き気がするどころか食欲が湧いてくるような空腹感に見舞われたときは本当にヤバかったが、何とか抑え込む事が出来たのはきっと幸人と彩女の存在があったからだろう。
目が覚めると外は明るく、腕時計を見ると朝の10時を指していた。俺はシェルターから立ち上がると大きく伸びをして焚き火の側へ座る。
幸人はコロナと木の上で周辺警戒をしているが、コロナが落ちないかが気が気でならないといった様子だった。彩女はアニと梨プラムを薄く切りそれをアルミホイルの上に載せたバロの生肉と一緒に巻いてホイル蒸し作っていた。
俺は乾いた喉を潤そうと水筒を一口飲むと全員に集合をかけ、昨夜例の賊から仕入れた情報を話出すがもちろん逃げた村人の事は黙っておいた。
村を騙している主犯格は元ソリダンド王国の中流階級の貴族で名前はデイブ・バロ・ジェイス。
数年前まで軍の指揮官指導員をしていたが、些細なミスで国を追放される。それでも一足早く家中の金品を持ち出して逃げた事で無一文で追放されることはなくなったが、追放が決定してからも彼はしばらく王都に滞在し、軍の落ちこぼれ集団をかき集め自らが賊の棟梁となり王都から離れ孤立している小さな村を探して数ヶ月前にアニ達の住む猫族の村を国王より譲り受けたと偽造し占領した。
説明し終える頃には皆んなの顔が怒りに満ち溢れていた。
特にアニとコロナは中の状況をよく知っているせいで酷いショックを受けている。それを彩女が二人を抱き寄せて慰めるが、彩女自身も怒りに震えているのは間違いない。
「……それで、どうするんだコウスケ。このまま乗り込みに行くか?」
若干煽り口調の幸人が言うと他の三人も今すぐ行こう!って顔をしているが答えはノーだ。
「いや、予定通りまずは次の村へ向かう。お前らの言いたいことは解るが、まだ準備が出来てないからな。
準備が出来次第奴等には死ぬよりも辛い地獄を味あわせてやろう」
☆
歩き出してから数時間後。
俺たちは一つの村にようやくたどり着いた。
丈夫そうな丸太で村全体を覆っているのか村への入り口には3〜4メートルはありそうな門が開き、その上には歩哨もある。
そして入り口には皮の鎧と長槍を持つ門番が立っていた。
俺たちが村へ入ろうと近づいて行くとそのまま門番になって呼び止められた。
「待て。見慣れぬ格好をしておるが、貴様らどこからやってきたんだ?」
「こちらの二人は猫族の集落から来ました。俺たちは遥か東の地から旅をしてきました」
「猫族の集落……?あぁ、あの村の者か。
時折この村から食料を買い足しに来ていたから覚えている。だが随分と久しぶりじゃないか?」
「まぁ、少し色々とありまして……あ。そうだ、この村にギルドはありますか?それと、途中でバロを仕留めたものですから換金場所を探してるんです」
「ほぉ!まだ年若いのにそいつは大したもんだな。
ギルドはこの通りをまっすぐ行った場所にある。換金場所もここではギルドの中でやってくれてるから直接赴くと良い」
「ありがとうございます。助かりました」
「うむ、気をつけていけよ!」
そう言ってロクに質問に答えないまま村の中へ入り、言われた通りに真っ直ぐギルドへと向かって歩いていると、ここはどうやら村の大通りらしく様々な店が立ち並びそれなりの村人達が通りを行き交っている。
雑貨屋に肉屋に酒場や宿屋。その他にも変わった店が立ち並んでいるから村というよりは町に近い感じだ。
アニとコロナもこんなに多くの人が行き交う中を見るのは初めてなのかビックリして幸人の後ろに隠れてしまっている。
そのまましばらく通りを歩いていると少し大きめの三角屋根をした一際目立つ建物が建っていた。
建物から出入りする人を見ると殆どがやたら大きな長剣や槍、弓や斧などを装備した屈強そうな男たちだ。
服装は基本的にバラバラだが、全体的に見ると皮服の上下を着込んでいるからアレがハンターの所謂正装のようなものなのだろうが、俺にはカウボーイを連想させてならない。
対して俺たちの格好はデビッドさん達から貰った軍の払下げ品で上下共に緑と黒が入り混じった迷彩服だから草むらだと全く目立たないが、ここだと素晴らしいくらいの注目を浴びる事となった。まぁ、気にしないから良いんだけどね。
ちなみにアニとコロナは布服だが、かなりボロボロになっているから後で一緒に新調してあげよう。
そんなことを考えながら俺たちはギルドの中へ入っていくと、ギルド内では酒場も兼用しているようでまだ陽が高いというのに酒を飲み交わす連中がちらほら見える。
奥の掲示板にはA4用紙程の紙が沢山張り出されてそれをハンター達が見ているところからすると依頼書のようだ。
全体を見て思ったが、このギルドの作りを解りやすく表現するとしたらモ○ハンだな。うん、それしかねぇ。
全体を見回してからカウンターのお姉さんのところへ行くとお姉さんは一瞬ビックリしたような顔をしてから「今日はどういった要件で?」なんて言ってるが、そりゃ驚くだろうよ。迷彩服なんかこの世界にはまだまだないんだからさ。
「ハンター登録が出来ると聞いて来たんですが」
「新規登録ですね。ではこちらに必要事項を記入してください」
そう言ってお姉さんが渡してくれた用紙を見るとそこには見た事もない文字が羅列していた。
「……幸人。彩女お前らのこれ読めるか?」
覗き込む二人に聞いてみるが、二人は首を振りアニとコロナも読めないと言ってきた。
「すみません。字の読み書きが出来ないんで代筆をお願いしても良いですか?」
「それなら奥の方へ行きましょう」
と、お姉さんはカウンター奥にある別室へと案内してくれた。
室内はちょっとした待合室のようになっており、長椅子が背の低い長テーブルを挟んで2つ並んでいる。
勧められた席に座ると早速お姉さんは羽ペンを用意して記入事項の質問をしてきた。
名前・年齢・種族・出身地・魔法適切ランク・使用武器など基本的な事を聞かれ、最後に個人の技量を図るために占い師とかが使っていそうな小さな水晶に手をかざした。
お姉さんに言われるまま手をかざすと水晶は薄く青白く光っては消えた。
それを全員が終えるとお姉さんは水晶を持って別室に行き俺たちは結果が出るまで外で待っているよう言われた。
「あ、そう言えばバロの牙と毛皮ってどうすれば良いんだろ?」
彩女が思い出したようにザックを揺らして見せる。
「そういや、そうだったな。あとで聞いてみるか」
それから10分もしない内にお姉さんは人数分の薄い木板に金属板がはめ込まれた小さな首から下げれるくらいのプレートを持ってきた。
「お待たせしました。
これが皆さんのギルドカードになります。
無くしたら大変な事になりますから肌身離さず、常に持ち歩いて下さい。それでは詳しい事をお話しする前に登録料として銀貨1枚がかかります」
「コレを換金してそれで支払うことは出来ますか?」
「はい、問題ありま……え?」
彩女がザックからバロの牙と毛皮を出してカウンターに載せるとお姉さんは突然動きを止めて固まってしまった。
「あっ、失礼しました!。えーっと換金されるのはこちらでよろしかったですか?」
「はい。バロの牙と毛皮を4頭分です」
「少々お待ちください」
そう言ってお姉さんは再び奥の部屋へと言ってしまうのだが、一体どうしたんだろう?気がついたらそれまで酒をかっ喰らっていたハンターの何人かが俺たちの様子を見ていたようで固まっている。
直ぐにお姉さんは戻ってきて小さな小袋を渡してきた。
「バロの牙4つで400Dと毛皮の状態が良かったので1枚50Dで引き取らせてもらいましたから合計銀貨6枚になります。
登録料として銀貨5枚を頂きましたので残りは銀貨1枚ですが、現在銀貨が不足しておりますので大銅貨1枚と銅貨5枚にさせて頂きました。よろしかったですか?」
「はい。構いません、ありがとうございます」
「では詳しい説明をさせて頂きますね」
そう言ってお姉さんは説明を始めてくれた。
通貨に関してはあとからアニ達に軽く聞いておこう。
ハンターとは詰まる所何でも屋だ。
依頼をこなしていく内にそれぞれの得意分野を見出していくのだという。
魔獣・害獣の討伐を専門にするモンスターハンター。
遺跡・迷宮で宝探しを専門にするトレジャーハンター。
賞金首や賊の討伐を専門にするリストハンター。
など大きく代表的な物ものをいうとこの三つになるが細かく調べるともっと沢山あるらしい。
だが最初の内は基本的に採取系の依頼しか受けられないというのだから上の話はまだしばらく先のことだろう……たぶんな。
そしてハンターには魔法適切ランクに似たハンターレベルというのがある。ハンターレベルは先ほど渡されたギルドカードに記載されており、よく見ると円形の小さな魔法陣みたいなのが刻まれていた。
聞くとコレにはギルドだけが知ることの出来る特別な魔法陣が刻まれそこにはハンターの個人情報とハンターレベルが記録されてる他に以前はどこのギルドにいたのかなどの情報も入っているそうだ。
「皆さんは本日ハンターになったばかりですからハンターレベルは1で無印になります」
「無印?」
なんだ?日用品のあれか?
「はい。ハンターレベルは最大で5まであります。
レベル3からプレートに黒→銀→金の色が贈られます。そうすることで下級ハンターは先輩ハンターに頼ることができ、上級ハンター同士でも些細な喧嘩やいざこざは少なくなりますから」
なるほど、事前の予防措置みたいなものか。
確かにそういうのはあった方が良いな。
感心しながら聞いていると、基本的な話はそこで終わり後はギルドカードを無くした時や死亡が確認された時などの注意事項をキツく言われ、最後に質問があるかと聞かれたのでお勧めの宿屋を訪ねるとお姉さんは快く教えてくれた。
☆
「なぁ、バロの肉ってひょっとして売れたりすんのかな?」
ギルドを出て大通りを歩いてる途中に何気なく目に写った肉屋を見て呟くと他の4人もそういえばと言った顔でそれぞれのザックを見つめる。
確かに昨夜は久しぶりの肉で腹一杯になるまで食べたが、それでも一頭分だけで残りの三頭分の肉は解体して表面を炙り、布で巻いてザックに入れられてるがもし売れるなら売ってしまいたい。とてもあれだけの量を短期間に食べきれる自信がないし腐ったら勿体ない。
そんなこともあって試しに肉屋に立ち寄ることにした。
「すみませーん」
「あいよ!お、変わった格好のお客だな。今日は何にするんだい?」
「バロの肉を買い取って欲しいんですけど、大丈夫ですか?」
「バロの肉だと?!是非買わせてくれ!」
なんか物凄い食いついてきたけど、そんなに珍味なのかな?確かに美味しかったけど……そういえばギルドでもバロを狩ったといったら周りの人も驚いてたな。
「狩ったのは昨日の昼間でそのあと解体してから表面だけ炙って布で巻いてありますから、まだ大丈夫だと思いますよ」
「ほぉ、ハンターなのに防腐処理までしてくれるとは助かる。それでいくつ買い取れば良いんだい?」
「三頭分お願いします」
「……はあぁぁああ?!ちょ、ちょっと待て!良いのか?!バロだぞ?!自分たちで食べようとは思わんのか?!」
え、なにこの人の慌てよう。
後ろの4人もめちゃめちゃ引いてんじゃん。
「え、えぇ。俺たちは昨日散々食べましたし、このまま腐らせてしまうよりかは遥かにマシです」
そう言って俺たちはザックから布で巻かれたバロ肉を店主にドサドサと渡すと唖然とした表情をしながらも肉の査定していく。
途中聞こえてくる「信じられん……どれも極上じゃないか」などの声が聞こえてくるが、まだしばらくかかりそうだったので幸人達には先に宿屋へ向かうように告げたが、彩女だけ残ると言って幸人はアニとコロナを連れて大通りを歩いていった。
「待たせたな。極上の肉質だったか三頭を300Dで買わせて貰うぞ!」
「はい、ありがとうございます」
「礼をいうのはこっちの方だい。バロは見た目通り凶暴な上動きも素早く魔法を探知するからレベル3のB級魔法士でさえ手こずるというのに……それを三頭もくれるとは有難い話だい。良かったら今後ともよろしく頼むぞい」
代金を受け取ると俺たちは硬い握手をして肉屋を後にしていった。