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第3話 狩り

時々吹く気持ちのいい風を浴びながら、俺たちは何処へ着くとも解らずただひたすら南へ向かって歩いていた。

ここが異世界だと認識してから山を降りて半日。

今はこの何もないだだっ広い草原をコンパス片手に歩き続けていた。


基本的に俺たちは歩いてる最中に会話をしない。話すネタがないからとかじゃなくて、これはデビットさん達からの教えでもある。

『限られた水分しかないのにわざわざ口を開けてくっちゃべる奴は、余程の馬鹿か自殺志願者のどちらかだ。歩くときは常に口を閉ざして黙って歩け。それが出来なきゃ口を裁縫してやる』

と裁縫グッズを片手に脅されるものだから気がついたら黙って歩くことが習慣になっていた。

お陰で学校行事の登山活動では俺たちだけ黙々と登り続けてたから生徒どころか教職員も引いてたのを覚えてる。


しばらく歩き続けていると、前方に一本の巨大な大木をみつけそこで昼食兼休息をとる事にした。

重たいザックを降ろし日陰に座り込んで水筒の水を一口だけ口に含むと乾いた口内に水を満たして少しずつ飲み込んでいく。

汚いとは思うが、少ない飲み水をこうでもしながらやっていかないと水が無くなったときの恐怖を思うと耐えられる。幸人と彩女も同じように飲んでいるから恥ずかしがる事もない。


それにしても立派な木だなと感心しながら上を見上げていると、赤い実がなっているのを見つけた。

「幸人。ちょっとアレ取ってきてくんねぇか?食べれるかもしんねぇ」

そいうと幸人はすぐに了解してくれてバサバサと翼を羽ばたかせてあっという間に木の実の場所まで登っていく。

便利だなぁ……俺にも生えてくれりゃいいのに、翼。

「おーいっ康介、彩女!食ってみろよ、めっちゃ美味いぞ!!」

そう言って幸人が木の上からポトポトッと二つの木の実を落としてくれた。キャッチして一つを彩女に渡すが、なんかプラムみたいな木の実だな。大きさといい、形といい小学校の給食で何度か食べたことがある果物だ。

まぁ百聞は一見にしかずと言うし、幸人も美味いと絶賛してるのだから腹を下す事はないだろう……たぶん。

心のそこで「大丈夫、腹は下さない。腹は下さない」と自己暗示をかけながら彩女と目が合い、小さく互いに頷くと思い切ってプラム似の木の実にガブッと齧り付く。


その瞬間、口の中全体に大量の甘い汁と弾けるような爽快感に包まれた!見た目こそプラムな上、歯ごたえなど殆どないが間違いない。この味と風味は……

「「……梨だっ!」」

二人して同時に叫ぶと幸人にもっと沢山落としてもらうように告げて梨プラム(俺命名)を大量に手に入れた。

といっても食べられそうな木の実は実際にはそれほどなく、せいぜい2〜30個といったところだろう。

一つひとつの実もあまり大きくないから俺たちはザックの中を整理して空いたスペースに入れることにした。

自分の分の整理を終えた俺は木の上で周辺警戒に勤しむ幸人の分のザックも整理していると、不意に上から声が降ってきた。


「康介。このまま南へいった所に村のような集落があるが、流石に今日中に行けそうな距離じゃない。

少し早いかもしれんが、今日はこの辺で休むことにしないか?」

幸人の提案に腕時計で時刻を確かめると針はちょうど15時を指していた。この世界にも四季があるのかは不明だが、あと3時間もすれば夕暮れになる。

そんな時間にいくら見晴らしの良い草原だとはいえ、肉食の野生動物がいるとも限らない。安全性を考えるとこの辺りで今日は野営する方が良いだろう。

「解った!幸人はそのまま周囲の監視をしててくれ。彩女、野営の準備だ」

「えぇ〜、せっかく詰めたのにぃ……」

文句をいう彩女にすまんと言って頭を軽く撫でてやるが、それでもふくれっ面が戻ることはなかった。

結局テントを見つけることは出来なかったので防寒対策として少し大きめのシェルターを作ろうと長さがそれぞれ違う薪を集めて回った。

その中から長さが同じ二本をトランプを立てる様に並べ交差する先端を紐で硬く縛り、次はそれより大きい薪を同じ様に並べて縛る。それを数回繰り返して骨組みを作り、最後に草やなんかを並べて完成だ。

ぱっと見だとモスラの幼虫かあるいはチョココロネのようにみえなくもないこのA型枠シェルターは様々な環境下であっても即席で作ることの出来る万能シェルターだ。


あとは近くに焚き火でも作れば良いが、明るい内からそんなことやる必要もないし薪の無駄使いだ。

俺はザックから煙管を出すと火をつけてプカプカとタバコを楽しむことにした。彩女はシェルターの前にちょっとした穴を掘っているが、たぶん焚き火の準備でもしているのだろう。

そんなことをしていると再び上から幸人の声が降ってきたが、それは先ほどよりも鋭い声で警告してきた。

「7時方向、距離500!子供二人が何かに追われてるぞ!」

「全員武装準備!彩女は幸人に弓を渡せ!幸人は上空から支援!俺が先攻するから彩女は後から付いて来い!」

「「了解!」」


俺はそう言って二人に指示を飛ばすとザックから真っ黒な刀身をした高炭素鋼のマチェットナイフを二本取り出して一本を彩女に投げ渡す。

彩女はそれを背中に付けるが、マチェットを下から抜けるように取り付けている。解りやすくいうとビームサーベルを肩から抜くのではなく、後ろ腰から抜く感じになる。

まぁ自分の抜きやすいようにするすればいいから文句は言わないけど、俺は普通に左腰のベルトの隙間を通して付けるよ。

全員が装備を整えたのを確認すると幸人は先攻して空高く飛び上がり、俺と彩女は全速力でその背中を追うように幸人の言った地点目掛けて走り出す。


数十秒後。200メートルほど先に頭からすっぽりとボロボロの外套を被った子供が何かに追われているようにこちらに向かって走ってきてるのが見えた。

「いたぞ!彩女、あの子たちを保護しろ!」

「あいあいっ!」

返事をすると同時に彩女はすぐ後ろに居たはずなのにビュオッという風の音と共にあっという間に子供の近くまで走っていっている。

スッゲェ!なんだ今の?!見た目犬っぽかったから速いんだろうとは思ってたけど、あれじゃ犬っていうより狼じゃねぇか!いいなぁ〜、あーっくっそ羨ましい!

そんなことを思いつつ俺もできるだけ速く走って彩女を追いかけていく。


ようやく到着すると彩女は何か困った顔をしながら子供たちは彩女に抱きよせられて泣いているようだった。

「どうしたんだ?」

「なんか、バロに追われてる。早く逃げなきゃバロが来るって怖がってるのよ」

「バロ?」

なんだそりゃと思っていると、上空から幸人も降りてきた。

「この子たちが走ってきた方から大型犬並みの大きさのキツネが4頭近づいてきてる。それからその後ろには四人組の男たちが焚き火をしていた距離的には5キロ以上離れてるから問題ないとは思うが……」

「5キロ?ちょっと待てお前望遠鏡って持ってたか?」

「いや、裸眼だ。何故かものがよく見えるようになってな。この姿の追加効力かな?」

幸人は、はははっと笑って流そうとしてるが、5キロ先のものが普通に見えるってお前は一体どこのマサイ族だよ!千里眼でも持ってんのか?!

「イガ兄ッ!囲まれそうだよ!」

咄嗟に彩女から告げられて俺はツッコミもそこそこに二人の子供を幸人に任せて野営場所まで退避してもらうと戦闘態勢に入る。


辺りからグルルルッと唸る獣の声が聞こえ俺たちの周りに取り囲むようにして迫ってきてる。姿こそ見えないが、呼吸の音や唸り声、足音に草木を踏みにじる音で大体の場所を把握できた。

俺たちを囲むように四方向。退路は絶たれて背後には彩女が握るマチェットを震わせて構えている。

たぶん、怖くて震えてるんだろな……でも、あの夜に見たやつに比べたら緩いにもほどがある。

俺はマチェットを強く握りしめると囲んでいる一体に向かって飛びかかり、下から上へと切り上げるように大型犬ならぬ大型狐の首を跳ね上げる。

途中『ギャッ…!』という断末魔が聞こえたが、最後まで聞くことなくもう一頭に目を向けると、別の二頭を相手にしている彩女の背後に飛びつこうとしていた。

咄嗟に手にしたマチェットを投げようとしたが、彩女に当たる可能性が高く止めて、右の腰につけていた軍用ナイフを素早く抜き取るとそれを投げつけてやる。


ナイフは回転しながら飛んでいくと飛びつこうとしていた大型狐の右脇腹に刺さり投げられた方向に吹っ飛んで沈黙するのと同時に彩女も一頭をマチェットで腹から突き刺して黙らせていた。

残りの一頭は瞬く間に死んだ仲間たちに恐怖して逃げ出そうとするが、俺がそれを許すわけもなく。持っていたマチェットを投げると背中に突き刺さって絶命する。

あとは歩いて投げたマチェットとナイフを回収するのだが、彩女が「この肉食べられないかな?」と聞いてきたので大型狐をよく見ると、脂の乗ったらいい感じの肉質をしていたので引きずって持ち帰ることにした。


「ただいまー……って何してんの?」

「お、おぉ。おかえり……ちょっとな」

シェルターに戻ると二人の子供に羽を弄られ弄ばれている幸人の姿がそこにはあった。絵的には子供と遊ぶ大人って感じなんだけど……なんでこんなシュールな絵図らを見ている気分になるのかが不思議だ。ぜんぜんどこもシュールじゃないのに。

まぁ、何は共あれ無事に帰って来れたから良しとしようと持ってきた大型狐の首の動脈を切ると足をザックから取り出したロープに縛って木の上から吊るして血抜きをしていく。

その様子を不思議そうに二人の子どもが見つめていた。

二人とも女の子で一人は白髪でもう一人は黒髪だ。

見た感じからしてまだ小学生くらいだろう。そして、彩女と同じように耳と尻尾が生えているが、こっちの二人は恐らくネコ耳だろう。

四頭とも吊るし終えると血が抜けるまでしばらくかかるが、この光景だけみると処刑された人がぶら下がってるように見えなくもない。俺は血抜きが終わるまでしばらくの間、煙管を出して一服することにした。


「ふぅ……そんで、嬢ちゃんたちはどうして追われてたんだ?

生態にもよるが野生の動物が群れることは珍しくない。だが、その後ろに四人の男がいたってのを考えると嬢ちゃんたちは何かから逃げ出してそれを捉えようと追われてた……一体どこから逃げ出したんだ?」

俺の問いに二人はビクッと震えると俯いて互いの顔を見合わせて何かを相談しているように見える。カマかけてみただけなんだが、どうやら半分正解ってところかな?

「安心しろ。別にどこかへ突き出そうとか思ってない。だが、理由はなんであれ俺たちはお前たちを助けちまった。

ならお前たちを追ってるどっかの誰かも俺たちを捕まえようとしてくるに決まってる……それなのにこっちは追ってくるそのどっかの誰かすら解らないってんじゃ対処のしようがねぇから聞きたいんだ」

そこまでいって俺は消えた煙管の葉っぱに新たな葉っぱを詰めて火をつけると横から彩女が「今日はそれで最後だからね」と釘を刺してきた。手厳しいねぇ、俺の体を気遣ってくれてんのは解るけどさ。

とりあえず返事をしながら火をつけて二人を見るとどうやら結論が出たようだ。表情は暗いものだが、それでも藁にもすがるような。そんな小さな希望にかけた表情をして白髪の子が口を開いた。


「私たちここからずっと離れた北と東の間にある村から逃げてきました。以前は私たち猫族の住む平和な村だったのですが、数ヶ月前。突然王都から来た貴族様が村を買い取ったと言い、私たちは奴隷として働かされて来ました。

でも2日前に村長さんの手引きで村から出られたんですが、追っての人がバロ……あの獣を放ってきて私達は必死に逃げてきたんです」

なるほどね。つまり俺たちは奴隷のこの子たちを助けちゃったことで王都の貴族様を怒らせちゃったと……異世界に来てたった1日でとんでもねぇ地雷踏んじまったなぁ〜。

最早笑いすら込み上げて来るが、気分的には悪くない。

この世界の貴族の影響力ってのがどの程度のものなのかは分からんが、それでも踏ん反り返ってえっらそうにしてる奴の鼻っ柱に膝蹴りをブチかましてやるのは悪いどころか爽快感すら覚える。


そんなことを思っていると、どうやら顔に出ていたらしく彩女が注意してくる……が、お前もそーとーエグい顔してるぞ。

「お願いですハンター様!どうか村を救ってください!」

お願いします!と二人揃って土下座をするように頼みこんでくるが、こんな子供たちに頭を下げさせてたらせっかくのいい気分が台無しだ。

俺は慌てて二人の頭を上げさせ、一旦落ち着かせる。

「とりあえず直ぐに返事は出来んな。だいたい俺たちはハンターでもない。ただの旅人だ、訳あってこの世界の事情なんざ何一つ知らねぇから下手に動く訳にはいかん。

とりあえず次の村までは一緒にいてやるからそれまでは安心しろ」

そういって立ち上がると二人はショボくれたように耳と尻尾が垂れ下がり、背後からは彩女と幸人の殺気混じりにの痛い視線が降りかかってくる。

あー、ヤバイ。これはマズイ。彩女はともかく幸人も知的そうに見えて感情で動くとこがあるからな。絶対怒り爆発ボンバーマン状態だぞ。

「イガ兄なんで直ぐに引き受けないのさ!」

「全くだ……お前そんな冷たい奴なのか?」

と、さっそく盛大な毒を吐いて来やがったよ。怖ぇーなぁもう。


「まぁ待て、そして聞け。誰が引き受けないなんて言った。まずは情報収集が先だ、そうだろ?」

俺の言葉に二人は毒を吐くことを止める。

「あの子達の服装を見るにこの世界の文化水準はやたら低そうだ。たぶんジャンヌ・ダルクが生きてた頃よりずっと昔の時代だ。

そんな時代に王都から突然貴族がやってきてこの村を買いとっただと?誰が村を売った?誰に金を支払った?

何よりわざわざ王都からこーんな山しかないド田舎に来る理由はなんだ?

それに奴隷ってのは体の見える位置に焼印なり刻印なりと何かしらのマークが入ってるはずだ。それなのにあの子たちの体には一切それが見られない。どうしてだと思う?」

俺の問いに二人は顔を見合わせて考えるが、先に幸人が気づいたらしく答えてきた。

「奴隷じゃないからか……?」

「恐らくな。ひょっとしたら服の下にあるかもしれんが、可能性としては低いな。

だからまず近くの村なり町なりで情報を仕入れてから動かないと俺たちはただの賊になっちまう」

「でもそれで動いたとしても結局俺たちが賊になるだけじゃ……そうか、ハンターとして登録して賊を狩るんだな?」


幸人が気づいたらしく、俺は黙って頷く。

あの子たちは俺たちを見て即座に『ハンター』だと思った。

それはつまりこの世界にはあのバロのような獣が沢山いてそれを討伐するためのハンターなる組織があるということだ。

俺の知ってるハンターは基本的に増えすぎた獣を狩り、自然の生態バランスを整えるだけだが、たぶんこの世界にはそれ以外に所謂傭兵稼業も兼ねているんじゃないかと思う。

まぁこれは憶測だしなんの根拠もない話だからもしなかった時は幸人の言う通り俺たちは賊になるだけだ。

それでも踏ん反り返ってる奴の鼻を開かせるんなら願ってもないことだ。

どちらに転んでも俺たちのリスクは変わらない。

合法か非合法かのどちらかだ。


「さて。それじゃ俺はあれの皮剥いでるから彩女はあの子たちの相手でもしててくれ。幸人は周辺警戒を頼む。奴らに動きがあったら教えてくれ」

「「了解」」

血抜きもそろそろ終わっただろうし、何より腹が減った。

吊るしたバロの下は予想通り血だまりが出来てある意味血の池地獄のようになっていた。

そういえばあの子たちの名前聞いてなかったけど、あとで聞くことにしよう。








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