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第11話 雨

翌朝。

夜中に目が覚めたと思ったらいつの間にか眠っていたらしく幸人に体を揺すられて起きるとまだそれほど高くない日差しが窓の隙間からチラリと見えている。

時計に目をやるとまだ朝の6時半だというのに外を見てみるとハンターらしき男たちがポツポツとギルドへと続く道のりを歩いていっている。

ーーなぁ。ハンターってのは皆んな早起きなのか?

(そうですね。基本的にハンターの方は皆さん朝起きたら最初にギルドへ行ってその日の依頼書を確認してから宿に戻って朝食を取る方が多いですね)

なんか朝の市場みたいだな。

でも郷に入っては郷に従えっていうしな。俺は幸人にギルドへ行く事を告げると宿を出て一人ギルドへと続く街道を歩いていった。


ギルドに着くと数人のハンターが依頼書が貼られている掲示板を見てその日の依頼を何にしようか話し合っている。

ただそれほど大きな掲示板じゃないから溢れた人は近くの椅子に座ってパイプを煙らせながら人混みが散っていくのをゆっくりと待っていた。

俺も少し離れた椅子に座って煙管を楽しみながら人混みが散るのを待っていると「よぉ!久しぶりじゃねぇか!」と聞き覚えのある声と共に背中に衝撃が走り振り返るとそこには最初の村で出会った黒のハンター、ドルトさんが立っていた。


「これは……本当久しぶりですねドルトさん。おはようございます」

「あぁ、おはよう。まさかこんなところで会うとはな」

そう言ってドルトさんは隣に座ると懐からパイプを取り出したので火をマッチで火を付けてやると「すまんな」と礼を言ってくれた。

「それはこっちのセリフですよ。僕らはまだ駆け出しのハンターですが、ドルトさんは黒レベルじゃないですか」

「はっはっは。確かにその通りだが、俺みたいな黒の低レベルから中レベルのハンターは時折この村に寄って新米ハンターに狩りの何たるかを教えるんだ。

ハンターはハンターが育ててやるってのが暗黙の了解だ。それに一度パーティを組んで狩りで得た報酬は全員が均等割りするってのも鉄則だな!」

へぇ〜、そんな決まり事があったのか。

これは後で他の皆んなにも話してやらないとな。


「ところで、お前たちだろ?レッドフォースを狩ってきたっていうハンター!一体どうやったんだ?!」

んー。なんでバレてるのかなぁ?しかもこの言い方だと確実に言い逃れはできないってか寧ろ確信されとるし。

仕方なく答えるとするが多分信じてはくれないんだろうなぁ。

「あれは俺の仲間がやったんですよ。空が急に暗くなったと思ったら二匹のレッドフォースが旋回しながら降りて来てたから仲間が弓でそのうちの一匹を仕留めたんです」

「二匹のレッドフォースだと?!一体どこでみたんだ!」

俺の言葉にドルトさんがギルド全体に響き渡る声で叫んだせいで全員が俺たちの座る席に注目する。勘弁してほしいなぁ〜。


「東の門を出て半日ほど行った場所にある草原地帯ですけど……どうかしたんですか?」

俺の言葉にドルトさんは頭を悩ませると仲間の一人を呼んだと思ったら受付嬢の元へと急がせた。

「レッドフォースは基本的に群れることはない。だが、個体によって違うが繁殖期に入ると最大で六匹の群れを作り小さな村を襲うんだ。

そしてその村を住処にして最初に二匹のレッドフォースが交尾し、生まれるまでの間は常に二匹が住処の上空を巡回して残りの二匹がその周囲を偵察し続けるんだ。

そして獲物を見つけるとゆっくり旋回しながら降りて胃液を降らせて仕留めてくるが、途中で一匹が殺られると残りの一匹は仲間の元へと戻ると仲間を引き連れて攻撃された場所で復讐をする為に何ヶ月も住み着くんだ」

「じゃあ、俺たちが通ってきた道にはもう……」

「あぁ、間違いなく三匹以上はいるだろうな」


なんつー厄介な……狡猾な手口で攻撃してくるだけじゃなく仲間を呼び寄せて復讐するなんてとても普通の動物がとる行動とは思え……ん?

いや、待て。レッドフォースは確か魔獣だったから並みの生物なわけがない、ひょっとして知能がとんでもなく発達してるのか?だとしたらこんな統率が取れてるのにも納得がいく。

見た目で騙されちゃいけねぇってことだな。


「ドルトさん。ギルド長から偵察の依頼を貰ってきました」

「解った。お前は先に宿に戻って他の連中に知らせて来い。飯食ったら早速出かけるぞ」

「了解です」

先ほどドルトさんが呼び寄せた仲間の一人が戻ってくるとすぐにギルドを出て行った。

どうやらドルトさんが率いるパーティがレッドフォースが集まってきているのかを確かめに行くようだ。

なんだかこっちの不始末をドルトさんたちに押し付けてしまってるようで嫌な気分だ。

それを見抜いたのかドルトさんは二カッと笑って答えてくれる。

「心配するな。今回は偵察だけだから夕方には戻ってくる」

「すみません……僕らの不始末のせいで」

「気にすることはない。駆け出しのハンターがレッドフォースと遭遇して逃げられる可能性はゼロに等しい。

生き残るには奴らを狩るしかないからな。それをやって退けたお前たちを非難する奴は誰もいないさ」

そう言って慰めてくれるとドルトさんはすぐに立ち上がってギルドを出て行った。


宿屋に戻ると幸人を連れて彩女達の部屋に入り事の顛末を四人に話す。それまでワイワイと騒がしかった部屋の中は今じゃ殺伐とした空気が流れている。

「それで。イガ兄はどうしたいと思ってるの?」

状況の説明を終えて直ぐに彩女が聞いてきた。

「もちろん他人に任せるわけにはいかんし任せるつもりもない」

それを聞いて安心したのか彩女はウキウキした顔で笑っているが、レッドフォースの脅威を知っているアニとコロナはちょっと引きつった笑いを浮かべている。幸人は

「だな。それに元々は俺が撒いた種みたいだし、このまま知らん顔するのも良くねぇわな」

俄然やる気満々だった。


「じゃーやるか!……とは言ってもこの人数で行くのもドルトさんに迷惑かかるからな。俺と幸人だけで行くことにする」

「えぇーーっ!そんな殺生な!」

どんだけ行きたいんだよ彩女さん。気持ちは解るけどさ。

きっと家族旅行に行くけど自分だけ置いていかれる気持ちなんだろうが、今回ばかりは自重してもらおう。

「そんなゴネるな。

それよりも彩女には今回みたいな事態を防ぐ為に魔獣に関する資料を集めて纏めといてほしい。また誰かの世話になるのは願い下げだからな」

「ぶぅー……了解」

「すまんな。ギルドに行けばきっと図鑑とか売ってるだろうから買ってきてくれ。他にも必要な物があったらコレで揃えといてほしい」

そう言って俺は彩女に銀貨数枚と銅貨十数枚が入った小袋を渡す。


「幸人はコンパ(コンパウンドボウ)持ったら早速出かけるぞ。飯はーー」

「もう食った。これコウスケの分な」

そう言って手渡されたのは保存食の干し肉だった。

嫌いじゃないから良いけど、新手のイジメじゃないよな?

「……サンキュー。それじゃ、行くか」

「応!」



東の門で俺と幸人が立っていると、村の方からドルトさん率いるパーティメンバーがやってきた。

俺は片手を上げて挨拶するとドルトさんも半ば呆れた様子で返してくれた。

「すみませんドルトさん。俺たちも付いていって良いですか?」

「はぁ……俺もハンターやって長いからな。お前みたいな奴はダメと言っても付いてくるんだろ?離れないように付いて来るんだぞ」

「ありがとうございます!」


「おい、ドルト!」

礼を告げると仲間の一人がドルトさんに怒鳴りだした。

見るとドルトさんと同じくらいの歳をした壮年で無精髭を生やし背中には弓を携えている。

「お前こんな新人を連れてくなんて……気は確かか?!」

「落ち着けリグル。確かにこいつらは新人だが、ハンターになる前から以前俺がいた村でバロを四頭も狩ったり、レッドフォースを狩った奴らだ。

実力だけで言えば俺たちと同じかそれ以上と見て間違いない」

「なんだと?!こんなひょろっちぃ奴らがバロを四頭にレッドフォースだ?!バカを抜かせ!」

ーーカチーン。

確かにリグルと呼ばれたこの男の言うことは最もなんだが、流石にイラってきたぞ?ちょっと反撃するか

「確かに。僕らはハンターとしてはまだまだ未熟ですが……そこまで信じられないのであれば試してみますか?」

「……言うじゃねぇか青二才が」


俺の言葉に反応したリグルは持っていた荷物と武器を下ろすも腕まくりをしてボクサーのように構える。

ドルトさんはやれやれといった表情をして口にパイプを咥え、幸人も同じように静観する。お仲間の二人はあわあわと心配そうに見ているが、もう止まらないし止まる気もない。

俺も荷物と武装を下ろすと両腕を90度に曲げ八の字になるように頭の前で構え右足を一歩後ろに下げて左足を前にやる。

そして二人が構えるのを見計らってドルトさんがポケットから出した硬貨をピーンッと親指で弾き


ーーチリーン。


硬貨が地面に落ちた瞬間リグルが右のストレートを顔面めがけて打ってきた!

それをタイミングを合わせて左斜め前に半歩前進しながら左の肘で打ってきた右ストレートを落とし、半歩前に出たことで相手の懐に潜れた俺はそのまま右の肘を打ち上げてリグルの顎にクリーンヒットさせる。

普通の人間ならこれで終わるかなんとか耐えてもフラフラになる筈なんだが、流石は黒レベルのハンター。

一瞬だけふらつくがすぐに持ち直している。

「っのやろ!」

だが、今回は最初に一撃を入れられられたことで頭に血が上ったらしくタックルをしてマウントを切ろうとしたが、雑過ぎる。

全身を屈めて突っ込んできたタックルを俺は再びタイミングを合わせて半歩前に出ながら下げていた右足でリグルの顔面……よりはちょっと上の額に向かって膝蹴りを食らわす。もちろん逃げられたり威力を減少されないように後頭部を両手で押さえてだ。

ドシンッと音を立ててリグルはその場にうつ伏せになって倒れ込んだ。


「はい。イガの勝ち〜」というドルトさんの声でお仲間の一人がリグルを仰向けにしてペチペチと顔を叩いて起こしている。

俺はふぅっと息を吐くと腰に装備ベルトを巻いてマチェットを下げザックを背負いこむとドルトさんが話しかけてきた。

「今まで色々な喧嘩や格闘技を見てきたつもりだったが、初めてみたぞ。自分で作ったのか?」

「いえ、今のは軍隊式格闘技(マーシャルアーツ)という格闘技です。昔師匠に叩き込まれた相手を無力化する為だけに作られた技術です」

「無力化?」

聞きなれない単語だったらしく聞き返してくるドルトさんに俺は笑「殺す事です」と笑顔で返してやると慌ててリグルの方を見るが、目を覚ましたことにホッと胸を撫で下ろしたようだ。

「流石に殺りませんよ。自分はハンター(狩人)ではありますが殺し屋じゃありませんからね」

「はぁ……あんまし驚かせるなよ。これでも小心者なんだからよ」


笑いながら俺は目を覚ましたリグルに手を貸して立ち上がらせるとリグルは渋々手を取ってくれた。どうやら認めてくれたらしい。

「……すまんかったな。好き勝手言っちまって」

「いえ、こちらこそ熱くなりすぎました。申し訳ありません。……怪我は大丈夫ですか?」

「何、これくらい何ともない。フォルス」

「はいはい。『退け(ヒースリーフ)』」

フォルスと呼ばれた青年がリグルの頭に手をかざすと呪文?のようなものを唱えた瞬間。かざした手の平から緑黄色の光を発する。

数十秒もするとフォルスはかざした手を退け、リグルがゴキゴキと首を回すと何事もなかったようにする。

「ん?どうしたんだ?」

「……もう平気なんですか?」

「当たり前だろ。フォルスに治してもらったからな。……ひょっとして初めてみたのか?」


コクコクと頷くとリグルを含めた全員が驚いた顔を見せる。

「こんなの誰でも使える初級魔法だぞ?お前たち一体今までどんな生活してたんだ」

どんなって言われてもなぁ〜、魔法のない世界でしたってのは流石に言えんし……あ、そだ。

「解りません。『帰らずの森』から出てきた事は覚えてるんですが、それ以降の記憶がないんです」

「「「「帰らずの(だと)?!」」」」

え、なにこの反応……ちょっと怖いんだが。

心配になって幸人に目を向けると、幸人もちょっとたじろいでいるようだった。

四人は驚きの表情からしばらくすると今度は何故か何か何かを納得したような表情になる。

「すまん、帰らずの森へ足を踏み入れた者が時折現れるという噂は聞いた事があったんだが、実際に会うのは初めてでな。驚いたんだ」

「あぁ、そういうことでしたか。何か意味深な事があるのかと思いましたよ」

「まぁあながち外れてはいないな。帰らずの森から出てきた者はそれまでの記憶を全て無くして現れるが、とんでもなく強いと聞いた事がある。その若さでこれほどの強さを誇るのも納得がいくというものだ」

「僕らのは強さなんかじゃありませんよ。ただの技術です」

とリグルに言い訳をするが、どうやら単なる謙遜だと思われたらしく笑って流されてしまった。



とりあえず同行を認めてくれたところで改めて俺たちは自己紹介をする事となった。

ドルトさん率いるパーティメンバーは後方支援担当のリグルさんとフォルスさん。フォルスさんの武器は長さが60㎝ほどある杖で頭の部分には小さな魔石が埋め込まれていることから魔法使いようだ。

前衛を担当するのは長剣使いのドルトさんと片手剣を使うエレックさんだ。全員ハンターレベルは黒で魔法師ランクはフォルスさんはB級でそれ以外はB−級とのことだ。

俺たちは名前とハンターレベルだけを告げ種族に関しては俺は魔族とだけ言っておいた。魔法適正に関してはまだ測っていないというと呆れられて早めにやっておくようにだけ告げられた。

「コウスケにユキトか……変わった名だな。少なくともこの辺りでは聞いたことすらないな」

リグルさんが顎髭を撫でながら告げる。


まぁそりゃそーでしょうよ。国どころか住んでた世界が違うんだから聞いた事があったらビックリだよ。

でも、それだと少し問題があるな。

今更ではあるが俺たちは出来れば目立ちたくない。それなのに狐を狩ったり鳥を撃ち落としたりしただけで有名人なんだから本当に嫌んなる。

そこに名前まで知れ渡るとなるとどこにいっても目立ってしまう。せめて名前だけでも変えようかと本気で考えてじう今日この頃。


通りを歩き続けること早数時間。

突然先頭を歩いていたドルトさんが立ち止まると全員にしゃがみこむように言ってある一点を指差した。

「見えるか?あそこにレッドフォースがいる」

そう言って言われた方向をみると、2㎞ほど先の上空に豆みたいな鳥が見えた。

俺は視覚を拡張して望遠モードにすると確かに赤い鳥が三匹グルグルと回りながら飛んでいるのが解るが、ドルトさんはどうやって解ったんだ?ひょっとして魔法でも使ったのかな。

「チッ……もう仲間を呼び終わってたんだな。どうする?ドルト」

横からリグルさんが悪態をつきながらドルトさんに指示を促す。

「今回の依頼はレッドフォースの確認だけだから気づかれる前に立ち去るのが良いだろう。流石に俺たちの手じゃ終えないからな」


懸命な判断だな。

自分たちの技量に見合った相手をするのはハンターに限った話じゃない。それが解っているドルトさんはきっと良いリーダーなんだろうな。

そんな事を思いながらしばらくジッとレッドフォースの群れを観察していると、だんだんと降下しているように見えた。

「?」

不思議に思って上空ばかりに向けていた視線を地上にも向けて全体を見渡すと、最悪なことに気がついた。

「ドルトさん!馬車がレッドフォースの下を通ろうとしてる!」

「なにぃ?!」

俺の声に慌てて全員が地上を見渡すと馬車を確認したらしく青い顔になる。

「クッソ!降下も既に始まってやがる!」

「ここから行ったんじゃ間に合わんぞ!」

「どうしますかドルトさん?!」

「早く助けましょう!」

毒吐き言い合う四人を他所に俺と幸人は顔を見合わせて立ち上がる。


「ドルトさん、俺たちが先行して奴らの注意を引きつけますから馬車の救護をお願いします!」

それだけ言い残すと俺と幸人はすぐさま駆け出していった。

そして走りながら幸人に作戦を告げる。

「俺が馬車を誘導しつつ地上から奴らの注意を引きつける!

お前は上空に上がって目標を撃破しろ!」

「了解!確実に逃がさないよう奴らより上空に上がる!」

「時間は?!」

「5分だ!」

「了解、確実に仕留めろよ!」

「Hoo-ah!」

お決まりの掛け声をすると横を走っていた幸人がそれまで閉じていた翼を広げて空高く飛びたつ。

その背中は小学校の頃に歌った童謡を思い起こす姿だったが、生憎と幸人の翼は蝋で固めた翼じゃないからイカロス(レッドフォース)に落とされる事なくさらなる高みへと昇るだろう。っていうかそうじゃなきゃ下からバレット(対物ライフル)で撃ち落としてやる。


幸人が飛び立つのを確認すると俺は走る速度を更に加速させた。

流れる景色から大凡(おおよそ)の時速を推定するが、どう見ても時速20〜25㎞は出てるぞ。普通の自転車を漕ぐ速度が15㎞だからこれだと競輪選手がガチ漕ぎしてる時の速度と同じになる。

ーー本当人間離れしてんなぁ俺。

(ご主人!馬車がっ!)

自分の身体能力に関心しているとレイミーの声が聞こえて馬車を見ると空から大粒の雨のようなレッドフォースの胃液が降り注ぎ、それに気づいた馬車が急いで逃げているようだが、荷物が多いせいか速度がそれほど出せていない。


馬車までの距離はあと500もない。俺は更に速度を上げようとするが、流石にこれ以上は上げる事が出来ず、何とか追いつく事を願っていると、馬車が荷物を捨て出した。

それのおかげで速度がだいぶ早まっているぞ。

ーーこれならなんとかあの雨を振り抜けられるか?

そんな事を思った瞬間、馬車から荷物と一緒に明らかに違うものが投げ捨てられたのが見えた。

「〜〜ッのどクソ!!」


一瞬で見えずらかったが、ハッキリと投げ捨てられたのが人の形をしていたのが解った。

しかも両手足を直立させて不自然な状態で投げ捨てられていたから手足に枷をつけられているんだろう。

俺は足の筋肉が全て切れても良いくらいの勢いで馬車を見捨てて投げ捨てられた子の方へと駆け寄ると数十秒でなんとかたどり着いた。

だが、その間もその子は強力な胃酸の雨を浴び続けていたせいで体のあちこちからジュワァーッと音を立てて強烈な臭いを発しながら皮膚を溶かし余りの熱さと苦痛に悶え苦しんでいた。

「あヅイっ!だずゲで、ダずげでっぐたさいぃ!」


ゴロゴロと転げ回るその子の周りには未だに酸の雨が降り続いているが、俺は何の躊躇いもなくその子に駆け寄ると強力な胃酸が頬に触れると同時に激痛と強烈な熱が流れ混んできた。

まるで錆びた鉄釘を真っ赤になるまで熱してそれを打ち付けられた感覚だ。

「〜〜〜ッ!」

声にならない苦痛に耐えながらその子に駆け寄ると上着を頭に被せて雨の中を抜けようと抱きかかえて走り出そうとするがーーボトッーーっと最悪なものが最悪なタイミング降ってきた。


「がアァアぁあっ!?」

激痛が走った所をみると巨大な胃酸の塊が降ってきたらしくそれが膝に当たって皮のズボンなど一瞬にして溶けてなくなり皮膚だけでなく肉の方まで穴が開いて骨が見えた。

余りの激痛に膝を着くと地面に染み込まずに溜まっていた胃酸に触れてどんどん皮膚が溶けていく。

「ぐぅ〜〜ッ!」

(ご主人!ご主人!しっかりして下さい!その子はもう助かりません!だから早くそこから逃げて下さい!)

「ふざげるなっ!」

心配するレイミーの言葉に怒声を上げて返す。

「ごいつは絶対みずてん!」

そう叫ぶと俺はその子の体の下に手をやって酸が染み渡った地面に体を付けないようにするとジュウゥッと鉄板に押し付けられるような熱に耐え、そしてその子に覆い被さり(うずくま)ると今度は背中全体に酸の大粒が当たっていくのが解る。


激痛に堪え、何度も気を失いかけるが頭の中に響き渡るレイミーの叫び声で目を覚ますのを何度も繰り返していると、途端にピタっと拷問のように続いていた酸の雨が止んだ。

顔を上げて空を見上げようとするが、酸を浴びすぎた背中はボロボロで起き上がる事すら出来なかったが、どうやら幸人が仕留めてくれたらしい。

俺は残った力を振り絞るように手の中にいる子を抱えたまま仰向けになると、ジュワァーっという音が聞こえてくるが最早痛みすら……いや感覚すらない。麻痺してるのかな。

そしてバサバサと羽音を立てて幸人が空から降りてきたが地面には着地せずに空中で待機するよう言って抱えていた子を幸人に渡す。

「おぜぇー、ぞ。ばかやろー」

「すまん。平気か?」

「おれは……べつに、いい。それより、この子、を。きぃつけろ……酸が……つい……る」

掠れる声で告げると幸人は上着でその子を包んで先に酸の影響のない場所まで運んでいってもらった。


その背中を見送る途中で俺の意識はブラックアウトした。


ーー流石にちと疲れたからしばらく寝るわ……。

(はい……おやすみなさいご主人。ゆっくり休んで下さい)









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