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小さな焚き火を囲んで俺は時折薪を焼べていると「ほい!」と彩女から眠気覚ましのコーヒーを渡された。


彼女、篠原彩女(しのはらあやめ)は近所に住む二つ歳下の女の子で物心がつく頃から一緒にいた妹のような存在だ。その隣には彩女の兄であり、同級生の幸人(ゆきと)が同じようにコーヒーを片手に俺たちの様子を見守っている。


夜の山は意外と寒い。今は夏だから秋や冬のように凍えるとまではいかないが、それでも肌寒く感じてしまう。


俺。伊賀康介(いがこうすけ)含む三人がどうしてこんな山奥で夏休み早々からこんなキャンプ(まが)いなことをしてるかというと、1週間ほど前に遡らなければならない。


7日前。

俺と幸人と彩女がいつものように一つ隣町にあるアウトドア専門のサバイバルゲーム会場で知り合いのチームでゲームを堪能していると休憩中に同じチームのアメリカ人。チームリーダーのデビッドさんから

「お前達は筋が良い。だが、まだ足りない。夏休みに入ったら山籠りをして土の感触を身体で味わうといい。そしたらもっと俺たちに近づけるはずだ」と言われた。


初めは何を漫画みたいなことをと思ったが、デビッドさんはアメリカ陸軍特殊部隊、通称グリーンベレーの元隊員で彼らは5人の弱小チームでありながらそこのゲーム会場では最強のチームとして有名な人達だった。

そんな彼等に俺たちは年若いせいか、何故か気に入られ1年ほど前から休日になる度に様々な訓練をしてくれた。


実弾射撃は勿論のこと徒手格闘から銃剣術に偵察技術、外国語など戦闘に関する知識や術を教えてくれた。

そんな人達に俺たちは尊敬と憧れを抱いていたこともあったのだろう。


高校最後の夏休みに入ってすぐに俺たちはデビッドさんに言われたように1週間ほど山籠りをする準備を整えると早速近くの山へと足を運ぶ事となった。


そして現在。山籠り5日目の夜を迎えていた。

腕時計で時刻を確かめるとまだ夜の20時を少し回ったくらいなのに身体中が悲鳴を上げて睡魔に苛まれながらも必死に目を開けて彩女から貰った濃いめのコーヒーで目を覚ます。


チラリと視線だけ幸人と彩女に向けると幸人は焚き火の炎を見つめ、彩女に至っては完全に寝落ちてしまってる。

俺はグイッとコーヒーを飲み干すと立ち上がって彩女を抱き起こすとテントの中に入れて寒くならないように毛布をかけて寝付かせてやる。

俺達よりも二つも歳下の女の子がこんな山奥で5日間も少ない食料と飲み水に耐え、風呂にも入れず汗ばんだ服を着続けているのだ。

精神的苦痛は俺たちよりも辛いだろう……。


テントから戻ると幸人が「ありがとう」と礼を言ってきた。

気にするなと言って俺はさっきと同じ場所に座り直す。

「……俺達、今年はもう就活とか受験だってのに何やってんだろな?」

不意に幸人が渇いた声でケラケラと笑いながら呟くが、こいつも相当精神的に参っているのだろう、顔は笑顔でも眼は死んだ魚のようになってる。

「さぁな。思い出作りじゃねぇの?」

「ハハッ濃い思い出だな」

「一生もんの思い出になんだからそういうなよ。

それよりお前も先に寝てろ、バンは俺がやっとくから5時間後に起こしてやる」

「……すまんな、助かるよ」

そう言って幸人もテントの中へと入っていった。


人里から離れた山奥には野生動物が数多く存在する。

それが兎や狸などの可愛らしい奴ならまだ良いが、当然熊や猪だっている。

もし焚き火の炎を絶やしたらと思うとゾッとするが、それを防ぐ為に普段は1人が最初に休んで2人が火の当番をしている。でも山籠り5日目にもなると精神的にも肉体的にもつらくなり、何処かで誰かが頑張らないと残り2日も山の中で生活するなど到底不可能だろう。

だから今夜だけでもまだ気力も体力もある俺が頑張れば何とかなるはずだ。


そう自分に言い聞かせ、俺は自分のザックから細長く、パイプを小さくしたような煙管(きせる)を取り出すと皿に葉っぱを詰めて火をつけ眠気覚ましの一服をする。

初めは普通のタバコを吸っていたが

「煙を肺に入れない煙管を使えば禁煙が出来るんじゃないか」

と思い始めた品だが……今じゃむしろこっちの方にハマってしまった。

こういうのを本末転倒っていうんだろなぁ。

そんな事を思いつつプカプカと煙を吹かしてザックから読みかけの小説を取り出すと暇潰しがてら読み進めていく。


時々焚き火に薪を入れて時計に目やり時間を確かめるといつの間にか夜中の1時を回っていた。

夜明けまではまだ4時間以上ある……はぁ、気が遠くなりそうだ。


その瞬間、盛大な溜息をつくと同時に正面の草むらからガサッと物音が聞こえ俺は反射的に右の腰につけていた軍用ナイフに手を掛ける。

草むらを睨み付けるように凝視しているとガサガサと何かが動いてるのは解るが姿がまるで見えない。

薪を足して火の勢いを強くするがそれでも一向に物音は止まない。まるでこちらの隙を伺うようにただただ見られているような……そんな気さえしてくる。


この状況が一体どれだけ続いてるのか、俺にはもう解らない。

まだ10分程度しか経っていないのかそれとも何時間も続いているのか検討すら付かない。

周囲はやがて濃い霧に包まれ暗闇で見えずらい視界が更に見えずらくなる。

俺はナイフを右手に持ち直し構えた状態でゆっくりと焚き火の目の前からテントの入り口前へと移動する。

声を上げて寝ている2人を起こしてやろうかと考えたが、獲物がどこにいるか解らない以上下手な行動はしない方が身の為だと思い結局この膠着状態が続いている。

無言のプレッシャーが飛び交う中、俺は腹を括って朝まで付き合ってやる覚悟を決めた途端。


それは一瞬で終わってしまった。


突然現れたさっきまでとは比べ物にならない程の冷たくて全身を氷に包まれたような感覚がすると、目の前の濃い霧の向こうに3メートルを優に越す巨大な影が現れた。

「ハハッ……冗談キツイって」

自嘲気味に呟くが、足元は恐怖でガクガクと震え上がり体はもう指先一つ動かすことが出来ない。

生まれて初めて感じた本気の殺意。そして死への直面に頭を過ぎったのは走馬灯などではなく、何も知らずに眠りこけている2人の兄妹への深い謝罪だったら。


「ごめんよ。幸人に彩女。

守ってやれなくて本当にごめんよ」


それを最後に霧の中から現れたのは巨大な狼のような口が見えて視界の全てが真っ黒に染まった。









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