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第六話「一日」

第六話「一日」

 真鯉が去り際、辰巳に明かしたのは《魔法使い》の最大の利点であり、弱点でもあった。

「魔法使いの命は九つ。僕たちは九回、殺さないと死なないんだ」

 辰巳の拳銃を指差しながら言った。

「九回、か」

「心当たりがあるのかい?」

「……殺し損ねた、やつがいる」

 後日、全校集会で黙祷が執り行われる。一人は顔なじみの教師、もう一人は生徒のほとんどが知らない生徒。

 その日の帰り、辰巳は保健室に出向いた。そこには学年主任が、一人でベッドに座っていた。流子のいたベッドだ。

 そのごつい手には、濡れたハンカチが握られている。

「大の大人が情けないね」

 辰巳に気付くなり、袖で眼元を拭った。

 主任は、川鍋の担任をしていたこともあった。川鍋が主任をどのように思っていたのかも、今や辰巳だけしか知らない。

「大人も子どもも、関係ありません」

「すまない。すまない。二度目なんだ、生徒を亡くすのは」

 学校は真鯉により修復され、死体もやはり真鯉が形だけ直して、適当な道路に並べた。明け方、警察の手で交通事故として処理される。

 辰巳は保健室を一周だけして出ていく。川鍋に関して、喋るようなことはしない。

「お先に失礼します」

「気を付けて、帰るんだよ」

 校門で、橘が鞄をぶらぶらさせながら待っていた。辰巳を見つけるなり、声をかける。

「うっす」

「無理はするなよ」

「うん。大丈夫だよ」

 二人は、寮ではなく駅へ歩いて行く。



 向かい合う席に着き、二人は鈍行列車に揺らされる。

 山を一つ抜けると、景色ががらりと変わり、きらめく海が窓の外に現れた。

「きれいだねー」

 橘は窓際から外を眺める。その車両に、他の乗客は見られない。

「そうだな」

「……猫塚さんって、どんな人?」

「見ただろ。そういうやつだ」

「見た、っていっても、全部じゃないし」

 がらりと、窓を開けて、暖房の効いた車内で風を楽しむ。

「猫塚さん、良い人だよね」

「寡黙なやつで、人気者だった」

「その人気者に嫌われようと、しつこく声をかけたんだよね」

「嫌われようなんて思ってない」

「周囲がうるさいから、一人で都会に進学したんだよね」

「親父への抵抗だ。文句あるか」

「バイトも一人になるため。女の子への告白も、その子が好意を抱いていたことを知って、わざと気持ち悪いように、振る舞ったんだよね。私の時もそうだった。あんな寒いギャグ、私じゃなきゃドン引きだよ」

「嫌味か」

「変なの。辰巳くん、変なの」

 海を見ながら、橘は泣いた。

 涙の雫は風に吹かれて椅子へ落ちる。

「正反対。私と、辰巳くん。これって、なにか意味があるんだよね。意味を求めていいんだよね。シロちゃんと別れたから、出会えたんだもん」

「いいんじゃないか、別に」

「こっちにきた時、もう友だちはいらないって、化け物の自分には相応しくないって、思ってたんだ。けど皆、そんなこと知らないから話しかけてくれるんだよね。その時、やっぱり諦められないって、思わされた。私、人が好きなんだよね」

「……」

「私も、辰巳くんを変えたい。きっと、そのためにここに来たんだから」

「……勝手にしろ」

 それからしばらくの間、会話という会話はしなかった。



 あと一駅になったところで、辰巳は眠りこけていた橘を起こす。駅に着き、改札を抜けて、澄んだ空気をマフラー越しに吸い込んだ。喉の渇きに、違いを感じる。

 メールを送り、辰巳と橘は駅前で待った。

「うへええ、緊張してきた」

「メールきた。直にくるってよ」

「うわああ心臓バックバク」

「なんなんだ。こっちからは伝えてあるからな、お前の事」

「え゛まじすか。なんだよう、どこまで話したんだよう」

(うるさい。)

 片目を引き攣らせる。

 淡い灰色の雲から、雪が降る。駅の屋根下に避難して、杉の並木が染まる様子を眺めていた。右手から駆け音が聞こえ、猫塚が現れる頃には、道は雪に覆われる。

 猫塚は上からロシア帽、コート、ブーツと白一色の格好で、橘はそれに見惚れていた。

 辰巳は雪だるまのようだと思った。同時に胸を撫で下ろす。猫塚の身は健在である。

「は、初めまして。猫塚愛理と言います。動物の猫に貝塚の塚。愛しいの愛に、倫理観の理で、猫塚愛理です。え、えっと上村くんの幼馴染です」

 ぺこりと頭を下げられ、橘は我に返る。

「こちらこそ初めまして! 橘音色です! えっと、うーんと……お、オンガクのネイロで音色っていいます、はい」

「た、橘さんは、上村くんのクラスメイト、なんだよね?」

「ガールフレンドです!」

「え」

「バカやってんな。とりあえず、うちに行くぞ」

「わ、私は馬鹿じゃないよっ」

「間接的に馬鹿扱いされた……」

 あぜ道も雪で埋まっていた。あまり広がると田に落ちるので、辰巳は二人の先を行く。

 橘と猫塚は、話をしながら歩いていた。二人の性格からして、打ち解けるまで時間はかからない。

「二人とも、人間じゃないからな」

 辰巳が何気ない一言を発しても、一度、驚いたきり、楽しそうに互いのことを喋る。

 雪は降り続ける。積もるほどではないので、坂を上る際も苦ではなかった。

 辰巳の母にも、電車に乗る前、連絡を入れていおいた。

 不用心にも戸の鍵は閉められていなかった。戸を開けるなり、母が出迎えた。

「おかえり。愛理ちゃんと、辰巳のお友達?」

「橘音色、って言います。辰巳くんの、お友だちをさせてもらっております」

「愛想のない子で大変でしょう」

「そんなことないですよう」

「そう? 愛理ちゃんもよかったら、これからも仲良くしてやってね。居間に炬燵とみかん、用意しておいたから、ほら上がって上がって」

 母は胸の前で手を叩き、台所へ戻り、三人分のジュースを注いだ。それから夕食の支度に移る。橘と猫塚が泊まることになったので、張り切っている。



 三人は言われたとおり、炬燵でみかんを貪る。

「《魔法使い》っていうんだ、この力」

 橘が人差し指に火を灯した。話をしていたわけだが、必然的に流れがそちらに傾く。

 辰巳は、真鯉から聞いたこと、拳銃のことも含め、一から話した。また猫塚には、川鍋との接触についても説明する。

これから、どうするべきか。辰巳は猫塚とその話をするために地元へ戻ってきた。

「バカ、消せ。見られたらどうすんだ」

「へーい」

 辰巳の家には祖母も住んでいる。幸い、祖母は空気を呼み、自室で火鉢にあたりながら読書に耽っている。

 指の火が消えるのを見て、猫塚が聞いた。

「ね、音色さんは、火を操ることが得意なんだよね?」

 名前で呼び合うようになっている。呼び捨てを頼まれるが、猫塚は頑として頷かない。

「昔、火事でね、家が丸々焼けちゃったんだ。その時、この力に目覚めたの。辰巳くんが言うように、それが起源になっているみたい。なんでもできる、なんて初めて知ったよ」

「……こわい思い、たくさんしたよね。辛かったよね」

 猫塚は手を伸ばそうとして、途中で止めた。

 そのひっこめる手に、橘はほほ笑む。

「誰かに襲われるようなことはなかったけど、親友が《魔法使い》になったときが一番、しんどかった。多くの生徒を巻き込んで、私を殺しにきた。ずっと側にいたのに、彼女の苦しみに気付けなかったことが、何よりやるせなかったよ。その反面、死にたくないから、彼女を殺した。何度も殺した」

 目尻に涙を溜めている。

「うおおお、私は泣かんぞう」

 袖で眼元を拭き赤くしては、みかんを口へ放った。甘く、さわやかな酸味は元気の源になる。

「話してくれてありがとう。音色さんみたいな人に会えて、嬉しい」

「こっちもだよう。色々あったから、愛理ちゃんや辰巳くん、学校の友だちとも巡り会えたんだよね」

 その後、猫塚も自分の能力の起原について、話をした。

――かくれんぼをしている時に、見つけてもらえず、おまけに迷子になってしまい、泣きそうになったところで《魔法使い》となり、気付けば家の前にいたそうな。

 拍子抜けする話だが、辰巳には、嘘を吐いているようには思えなかった。

 夕食をやかましく済ませて、温かい風呂にも入り、それぞれ寝床に分かれていく。辰巳だけ自室、二人は客間だ。



 吊るしてあったコートのポケットに、猫塚が手を入れると、中から衣類が山のように溢れ出てくる。

「て、手品でーす。な、なんちてー」

「そんなこともできるんだ……。これが女子力の差なのかね」

 橘と猫塚は、布団をくっつけて、夜が更けてもこそこそと談笑していた。電気スタンドの下で、たまにケータイで辰巳へ茶々を入れる。

 互いに、学校での思い出を語った。

 猫塚はいままで会ってきた魔法使いたちとの戦闘を脚色しながら、話しもした。

「た、助けてもらわなかったら、いまごろ井戸の底ですよ。漱石の猫じゃないんだから、こ、困ったもんだよ」

「うへー、そんなやつもいるんだ。わたしまだ三人くらい。五人か。それくらいしか会ったことないんだよね。珍しいのかなあ」

「こ、こっちは探していたからね。そ、そういえば、真鯉って言う人は今、この近くにいたりするの? へ、変身が得意なんだよね」

「川鍋が死んだのを見届けたら、いなくなっちゃった。あの人、私のバイト先の店長のこと好きだったみたいなんだけど、私のせいで店長が川鍋に殺されちゃったんだよね」

「ご、ごめんなさい」

「謝らなくていいよう、勝手に話してるの私だし」

「助けに、なりたい。けど音色さんは《魔法使い》だから、どうやって助けになったらいいのか、分からない」

「んー、愛理ちゃんも私も、困ったら助けてって言えばいいんじゃない。《魔法使い》とか関係なくて、友だちなんだからって、うっわあ、私すごい恥ずかしいこと言ったあ」

 ごまかすように、ケータイを弄る。うー、と唸り、辰巳へメールを送り八つ当たりする。猫塚が目をぱちくりさせるが、気付かない。



 しんしんと降っていた雪が、ようやく止んだ丑三つ時のころ。

 橘が花を摘みに起きた。戻って、寝床に着くと、猫塚の小声がした。

「音色さん、手、貸してくれる」

 橘は洗った手を再度、パジャマの裾で拭き、寝ぼけた頭で布団の外に手をやる。

 夜がこわいのか、と橘は思った。実際、橘は早足で済ませてきた。

「ちゃんと洗いましたからあ」

「ふふっ。音色さんって、ちょっと上村くんに似てるね」

「そう?」

 猫塚の手は冷たかったが、次第に温まっていく。

「上村くんのお面が、そのまま人になったみたいな、そんな感じ」

「え……?」

「上村くんには、内緒だよ?」

 横になったまま、橘は猫塚の顔を確認しようとしたが、暗くて分からなかった。



 辰巳は自室に戻るなり、声をかけた。

「真鯉さん、出てきてください」

 辰巳の影が立ち上がり、間を取った。スーツの紺色に変わり、人としての厚みが出来る。

 影に化けていた真鯉は、ネクタイを直してその場に正座した。両手も挙げる。

「悪気はなかったんだ」

「川鍋を殺そうと、街で起きていた異常の解明に繋がるわけじゃない。アンタが余程の無能なら話は別だが、さらにその場に滞在して異常の有無を確認するはずだ」

「ご名答。それに、キミや橘くんのことも報告書にまとめなければいけなくてね。しばらくは、観察することにしたんだ」

「アンタも、殺しておいた方がいいのかもしれない」

 辰巳は布団を敷いて、構わず横になった。

 目を瞑ると、川鍋の記憶とその最後が蘇える。ケータイが唸っても、額に乗せた手をどけない。

「なあ、真鯉さん。人を手に掛けたときって、どんな感じなんだ」

「自己嫌悪で吐く。どんな悪人を殺しても、幼い頃の記憶や、良心の一角を見てしまうと、どうしようもないくらい、自分を責めたくなる」

「認めたくないけど、俺はたぶん、復讐だと思って、川鍋を殺した。それでも頭から離れない。殺したくなかった、わけじゃない」

「けど殺さなきゃ、自分が、自分の周りの人間がもっと災厄に巻き込まれていた」

「分かってる。分かっているんだ」

「それじゃあ、僕は、キミの言っていた心当たりってやつを、探しに出てみるよ」

 真鯉が猫に化けて、窓から出ていった。

 部屋が冷え切る前に窓を閉め、電気を消して布団にもぐる。

 人の記憶を覗く、と言う行為ですら、辰巳には耐えがたいものだった。

 覗こうと思わなければ、覗くことはない。

(一人が良かった。それなのに変わっていた。いつのまにか、失うことに一憂するほど。)

 何度も唸るケータイをいじる。

 橘と猫塚から、メールが何件も届いていた。未読のまま、ケータイの電源を落とした。

 目に手を被せ、暗闇を生んだ。寝られず、別の記憶に苛む。

 シロという人物が、三十人もの生徒を操って橘に襲い掛かる。笑いながら生徒同士を争わせる。操ることの出来ない橘を罵倒し、刃物、鈍器で殺した。

「私はアナタと同じなはずなのに、アナタは頭がいい! 友だちもたくさんいる! いじめられるのはいつもアタシ! 好きになってもらえるのは、いつもアナタの方!」

 それを一度、橘は受け入れた。黄泉返りを体験し、シロとの決着の際には、何度もシロの顔を、心の臓を、腹部を潰すこととなる。

 その後の葛藤が、辰巳の胸の内で息を吹き返す。使命だったのか、あるいは逃避だったのか、橘の中でさえ答えの出ていないことを、辰巳がどう処理できる。

 もはや毒だ。下唇を噛んで、別のことを考えだす。

(猫塚は、どうなのだろうか。)

 猫塚と橘は姉妹のようだと、辰巳は思った。



 雲も早朝には彼方へ去っていった。

 三人は炬燵から出ることなく、今後について話し合った。

 徒党を組むことになった。敵を見つけても無理はせず三人で相手をすること。敵に襲われた際は逃げることを優先すること。いくつかのルールを決めた。

「そ、それと、紙芝居のネタを考えること」

「紙芝居?」

 橘が食いついた。

「う、うん。紙芝居作り。上村くんの趣味なんだけど、お、面白いよ」

「おぉ! いいね、賛成!」

「趣味じゃないけど。まぁ、良いんじゃないか」

 早速、制作に取り掛かった。厚紙や色ペンは、辰巳の部屋から持ってきた。

 どこからともなく、猫塚がルーズリーフを取り出してプロットを書いた。

「悪役のいない、コメディがいいな。ちょっと地面を掘ればジュースが湧き出て、空からはマシュマロが降ってくる。争いが起きても、剣や鎧はビスケット、大砲の弾はゼリーやプリン。おかしな世界って、名前でね」

 ページに長い縦線を引きながら、猫塚が机に伏した。炬燵の熱にやられたわけではない。

 高熱を出していた。息も荒い。

 家の他の住人は他に居なかったが、布団を敷いて氷水とタオルを用意するのに、苦労はしなかった。

 落ち着いてくると、猫塚も目を開ける。

「二人ともごめんね。ちょっと、風邪、ぶり返しちゃったみたい」

「黙って寝てろ。いま、水持ってくるから」

 辰巳が部屋を出ていった。

 橘もその後を追おうとした。枕元に座っていたので、猫塚に簡単に止められてしまう。

 汗で湿った手が、橘の足首を捕まえた。

「お願い、もう少しだけ」

「……本当に、いいの?」

「うん。ごめんね、音色さん」

「私のことは、いいんだよ」

 辰巳も橘も、一日中、看護に付いた。容体は良くなっていった。夕食を摂ることはできなかったが、自力で起き上がれるほど回復した。

 就寝時には、辰巳だけその場を離れる。

 翌日の明け方、橘が辰巳の部屋を訪ねた。狼狽した表情で、辰巳を揺り起こす。

「愛理ちゃんが、いないの」

 ほぼ同時に、真鯉も戻る。その口から、他の《魔法使い》の存在が確認されないと、伝えられる。



 辰巳は着替えもせずに部屋を飛び出した。

 玄関の戸を開けた。靴も履いていないその足を止めたのは、辰巳の母だった。

「辰巳、待って」

 手に持っていたおたまを落して、辰巳の背後に立つ。

「こんな朝早くから、どこに行くの」

 話している暇がなかった。母の言いたいことは理解していた。

「散歩だよ」

「お父さんも、あの日、休日なのに、そんなことを言って出て行ったの」

「散歩なんてする柄じゃねーよな、親父」

 一言、大丈夫、と付け加えて、走った。坂を少し下ったところで、周囲よりも暗い山の中へ飛び入った。木の幹を蹴り、猿のように枝に捕まって、川を目指す。

 川上から川下へ。砂利で足の裏が血まみれになるが、決して泊まることはない。

 後ろから橘と真鯉が追いかけてくるが、差は縮まらず、辰巳は一人で狭まっていく道をひたすら行く。おぞましくざわめく木々。川はちろちろと細く流れるようになった。

 川と道を塞ぐ二本の木を、体当たりでへし折る。



 足元が霧で満ちる湖に、たどり着いた。

 僅かに濁った雲が、空を覆う。地に生い茂る草。湖を囲む木々。辰巳が夏の日に訪れた場所と、同じ光景が目の前に広がる。

 風光明媚とはまた違う、幻想的な風景だ。

 草は僅かに湿っていて、足の傷が染みる。一歩一歩の苦痛に耐え、辰巳は辺りを散策した。霧は濃くなっていて、湖も手前の三分の一ほどしか確認できない。

 丁度、半周したところで、木の一本に寄りかかる猫塚を見つけた。

 辰巳は駆け寄った。

「おい、猫塚。おいっ」

 辰巳が頬を触ると、薄目を開ける。

 その頬は氷のように冷たい。辰巳は覚えていた。流子に触れた時と、同じ感触だった。

「あはは、上村くんだ。おはよう」

 声は小さい。薄く開けられた眼にも、光が見られない。

「上村くん、いろんな顔、できるようになったよね。変わった、よね」

「……初めは、お前だ。お前から逃げても、物好きなやつに捕まった。親父が死んだのも、あるかもしれない。俺は親父を負かしたかった。親父はあんな性格でも人望、あったから」

「私ね、上村くんのお父さん――甲さんと一緒に、魔法使いを倒していたんだ。あの日、助けられなくて、ごめんなさい」

 辰巳は猫塚の中を見た。

「私、いっぱい助けたよ。朝さんも松村くんも、お父さんもお母さんも。いっぱい殺しもした。上村くんのことも、殺そうとした。けど、これで最後」

 猫塚の記憶の中には、辰巳の父の姿も見られた。宵闇月を頼りに、名前も知らない《魔法使い》へ拳銃を向けている。ふいを突き、猫塚が《魔法使い》に止めを刺す。

 似たような光景が、繰り返された。湧いて出る《魔法使い》を次々と、殺害する。

 辰巳は猫塚の力の抜けた手を握る。やはり、熱を吸い取るかのように冷たい。

「お前はもっと、周りに、無関心になるべきだった」

「そう、だね。ちょっと疲れちゃった。上村くんの気持ちがよく分かるよ」

 辰巳の後ろから、橘と真鯉が歩いてくる。間をとって、それ以上、近づきはしなかった。

「私の中に、あの子がいる。今も食い合っていて、たぶん私の方が先にいなくなる。可哀想な子だけど、それでも人を手に掛けたこと、手に掛けようとしたことは、許されない」

 霧を吸い込み、猫塚は空いた手を胸に置いた。

「その子と一緒に、殺してほしい。どうせ死ぬなら、上村くん、アナタに殺されたい」

 咳をして、背を丸めたかと思えば、口端から血を垂らす。

 辰巳はいつのまにか泣いていた。涙の一滴一滴が涙腺を辿る。

 しかし、時間がない。水の少女の毒牙が、刻々と橘の身体をむしばんでいく。

 水の少女にも、《魔法使い》へ変わる起因、悲惨な過去があった。実の親に、川へ投げ捨てられた過去だ。溺れ死ぬ寸前で、力に目覚めた。

 イッカ――という名前もあった。それらを知ろうと、辰巳は発砲を止めない。自覚し始めた感情を、抑えることができない。



 辰巳は拳銃を、猫塚の上腹部に宛がう。

「紙芝居、いっしょに作れなくて、ごめんね」

「俺がお前の代わりになってやる」

「うん」

「俺がお前を、死ぬまで、見ていてやる」

「うん。うん」

 抱き合い、互いの肩にぼろぼろと涙が落ちる。

 銃声が鳴り響いた。湖も、跡形もなく消えた。



 寮に戻って、待ち受けていたのは、長髪の女子生徒だった。

 いつもと変わらず、壁際の席につく。

「浮かない顔ですね……なにかありましたか?」

 おちょくるように、隣から長髪女子は尋ねる。

 辰巳は拳銃を取り出した。撃鉄を起こす。銃口も向けて、いつでも発砲できる準備をすませた。

 長髪女子にも動きが見られる。持っていた箸を置くと、食堂にいた他の生徒全員が、その場で動きを止めた。まるで時間が止まったかのようで、そこに意識は存在しなかった。

「ご主人様に刃向うのは、いただけないなあ」

 長い髪を掻き揚げ、オールバックとなった女子生徒。

 その顔は、流子の顔と瓜二つだ。

「魔法使いは全員、殺す。手始めにお前からだ」

「その意気や良し。だが、全員と言ったな? それはお前の知人も含めるのか? それにこの体も、お前の知人のものだ。直に目を覚ます」

「少なくとも、お前の言う運命ってやつには逆らってやる。俺はもう、昔の俺じゃあない」

「私も殺して、出来損ない共も殺すっていうのか。出来損ないの出来損ないのくせに、一丁前な口を効きやがる。赤ん坊のころから、ずっと見てきたが、やはり甲の方が利口だな」

 女子生徒は自らの頬をなぞりながら、裂けてしまいそうなほど口を開けて笑った。肩で息をして落ち着いてから、また辰巳の方を向いた。

「私に死と言う概念はない。ましてや、私が唯一無二の存在になるために与えてやった力で私を殺すだなんて、おかしな話だ。私こそが、お前の言う魔法使いの、真なる存在よ。他の紛い物どもは消えて当然」

「唯一無二だと? そんなことがお前の目的なのか」

「お前らとは文字通り血を交し合った仲よ。その血に聞いてみると良い」

「……クソが。俺は、お前を殺すためにも、《魔法使い》を殺す。お前もそうやって、より人外へ変わっていったんだろう」

 女子生徒は席から立ち上がる。

「まあ、だからって、猫塚愛理は戻らないがな」

 それと同時に動き出す生徒たち。その雑踏に紛れ、辰巳の耳元でささやいた。

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