プロローグ
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水面下で溺れる辰巳に、少女は不敵な笑みを浮かべた。
少女は手を伸ばし、艶やかな水流を割く。
「どじっこさん。うふふ。おいしそうだなあ」
その細い腕で、辰巳の首を掴み、川の中から引き上げた。
辰巳は川の中にいた。
後頭部にぼってりとした腫物が出来ていて、辰巳はようやく理解した。
河原で滑って転び、溺れた。
大きな丸石に頭を打ち、ふらついたところでもう一度、足を滑らせた。半身が川に浸かって、そのまま流されたわけだ。
徐々に眼から光が失われていく。腕一本分、先にいる少女と視線が交差する。気を失っていた辰巳は、川に流される前、確かに見た。
辰巳を掴んでいる少女が、川の中央から直立しながら浮かび上がってくる瞬間を、目の当たりにしたのだ。そして、凍り付くような寒気に襲われ、身体を震わしながら川上に逃げようとした。
辰巳の記憶はそこで途切れている。
少女は、見惚れるほどに整った顔立ちをしていた。
(まるで、妖精だ。)
水面の上をつま先だけで立ち、少女を中心に小波が生まれる光景は、浮世離れしている。
「妖精じゃないよ。魔法使いだよ」
心臓の鼓動をもみ消すように、少女の口から言葉が発せられる。
対話は許されない。少女の白く細い指が、首にめり込んでいき、血を噴出させた。
鬱蒼とした木々がざわめく。少女の腕を汚す血液が、ぎらぎらと照る。
(悪いことなどしていないはずだ。)
辰巳は父が嫌いなだけで、その父にすら汚い言葉を吐いたことがない。
何より、正体不明のおぞましい何かに最期を告げられることが、腑に落ちなかった。
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少女が望んだことは、《魔法使い》になることだった。両親との唯一の思い出である、童話の読み聞かせ。その中に出てきた魔法使いだ。
少女は、少女の運命を呪い、他者も同じような境遇に貶めることで、欲求を満たす。不幸な連鎖の起点となる。いわゆる、悪だ。最初の標的は、少女を捨てた両親だった。