第5章 騎士からの依頼Ⅱ
「でも珍しいね、騎士団が傭兵にそんな依頼をするなんて」
「人手不足なんだろ、何しろ隣国との戦争からまだ数か月しか経ってねえんだからな」
「あっ、そうか」
今から数か月前、隣国であるエレガイト王国との大規模な戦争にイルフォール王国は辛くも勝利したけど損害は決して少なくはなく、今も復興の最中だ。
ちなみにエレガイト王国は戦争に敗北した直後、運悪く魔物の大群に王都を襲撃されて壊滅したと聞いた。
「それで、引き受けてくれる?」
「うん、もちろんだよ」
「まあ、そっちが良いって言うんだったらな」
「えっ、それってどういう……」
「危険な仕事でしかも王都イルフォール名物ヒッポグリフ討伐作戦なんだ、生半可な実力の奴にやらせるわけにはいかねえだろ。この分だと実力テストか何かでもあるんじゃねえのか?」
そう言うイルドに、リリアはにっこりとほほ笑む。
「ホントにイルドは勘が鋭いわね、そこだけは尊敬するわ」
「そりゃあどうも。で、あるんだな」
「ええ、二人には私の部下二人とと簡単な手合せをしてもらうわ」
騎士と手合せと聞いて、僕は息を飲んだ。
騎士といえば国を守るために厳しい訓練を積んだエリート中のエリートだ、そんな相手との手合せに合格できるのだろうか。
「リンク、勝てとは言わないわ。貴方の持つ全ての実力さえ見せてくれればいいの」
「そうだぞリン、それに俺はお前が負けるとは思えねえし」
僕の様子を察したのだろうか、二人が僕を励ましてくる。
「大体お前、魔物と戦うよりも人間と戦う方がよっぽど得意だろうが」
「それはそうだけど……」
イルドの言う通り、僕は魔物と戦うよりも人間と戦う方が戦いを有利に進められたりする。
その理由は僕が習得しているある武技なのだが、それはまだ置いておく。
「じゃあ、リンクも覚悟は決めたみたいだし訓練場に移動しましょうか」
「おう、行くぞリン」
「だからリンはやめてってば」
僕たちはカフェテラスを出て、ここから徒歩で十分ほど離れた場所にある訓練場へと向かう。
訓練場について簡単に説明すると、その名の通り訓練に使う施設としか言えない。
強いて言うなら模擬戦だったり、武技の練習ぐらいだろうか。
あそこはとても広いから模擬戦をするにはもってこいなのだ、まあ広くなければ意味はないのだが。
「でも驚いたよ、まさか後ろを振り返ったらリリアがいるなんて」
「ごめん、驚かせちゃったよね?」
「ううん、むしろ嬉しいよ。リリアに久々に会えて」
「あ、ありがとう」
頬を染めてリリアが照れたように頬を緩ませる。
その行動がとても可愛らしくて、思わず僕まで頬を緩ませてしまった。
またこんな風に話せる日が来るなんて夢みたいだ。
「そういえばリリア、隣国との戦争では大活躍だったんだってね。隊長に昇格したとも聞いたよ、おめでとう」
「えっ……あー、うん、ありがとう」
「昔からリリアはカッコいいよね、僕もいつかリリアみたいになりたいな」
「……ならなくていいよ」
底冷えするような声が脳に響いた。
例えるのなら氷、その言葉が炎を髣髴とさせる彼女から発せられたと気付くには、少し時間がかかった。
何か、マズイことを口走ってしまったのだろうか?
頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも必死に言葉を模索していると、リリアはハッとしたようにすぐに笑顔を浮かべてイルドに話を振る。
「そっ、そういえばイルド。さっきリンクが魔物と戦うよりも人間と戦う方が得意って言ってたけどあれってどういう意味なの?」
「ん、あー……まあそれは見てからのお楽しみってことで」
「えー、教えなさいよー」
「そうしてやりたいのは山々だが……ほら、見えたぜ」
そう言ってイルドは正面を指さす、目の前には目的地である訓練場が見えた。
「あっ、着いたわね。それじゃあ私先に行って申し込みしてくるわね」
「あっ、リリア!」
僕が呼び止めるのも聞かずに、リリアは走って訓練場の受付へと向かった。
さっきのことを聞きたかったんだけど……
「おい、リン」
「イルド」
イルドに肩を組まれて、耳元に声が当てられる。
イルドは、何故リリアがあんな冷たい反応をしたのか知っているのだろう。
「リン、リリアは隣国との戦争で多大な成果を上げたって言ったよな?」
「う、うん」
「なら、戦争で多大な成果を上げるっていうのは何を意味するかは知っているか?」
「それは……敵兵をたくさん倒したとか……あっ!」
そこまで来て、ようやく僕は理解した。
リリアは戦争において多大な成果を上げた、それはつまりエレガイト王国の兵士をたくさん殺したということなんだ。
人を殺した、あの優しくて誰よりも慈悲深い彼女が人を殺したとは考えたこともなかった。
「リリアが、殺したの……?」
「勿論、あの聖人君子の体現者が好き好んで人を殺したわけじゃねえよ。こいつは傭兵仲間に聞いた話なんだが、リリアの所属していた部隊は何をどう間違えたのか、敵兵に四方八方を包囲されていたらしい」
僕は黙ってイルドの言葉を聞くことしかできなかった。
その後、包囲されたリリア達に残された手段は、包囲網の一点を集中攻撃して一か八かの大脱出しかなかった。リリアは先導して向かい来る敵兵をなぎ倒しながら進んで行って、リリア達は奇跡的に脱出できたらしい。
そこに運よく別の隊が救援に駆けつけ、リリアは別の隊と合流して敵の部隊と正面からぶつかり合った。
敵の部隊からすれば包囲していたはずの敵兵を逃がした上に他の隊と合流までされて逆襲までされたのだ、あまりの動揺に戦局が瓦解しても何らおかしくない。
その後エレガイト軍を撤退させたイルフォール軍は、戦場で立ち尽くす彼女の姿を見た。
血に濡れた白銀の鎧、頬にべったりと付着した血、手に持った得物である巨大な突撃槍は元の色が分からないほどになっていたという。
彼女がどんな表情をしていたのかは、誰も見ることができなかった。
でもきっと、リリアは泣いていたのだろう。
優しい彼女が、平気な顔をしていられるはずがない。
いっぱい傷ついただろう、泣きじゃくっただろう。
なのに僕は、人を殺してしまったリリアにおめでとうと言ったのだ。
それはきっと彼女だからこそ到底許せないことだったのだろう、幼馴染の口から発せられたのは慰めでも労いでもなく、祝福の言葉だったのだから。
【エレガイト王国】
イルフォール王国に隣接していた国。
一年中花が咲き乱れるその優雅な様から花の国と呼ばれていた。
半年前に起きたイルフォール王国との戦争に敗北し、疲弊した時期を見計らったように襲撃してきた魔物の大群によって王都は陥落、事実上の滅亡を迎えた。