第4章 騎士からの依頼Ⅰ
行きつけのカフェテラス、本来ならとってもくつろげる場所なのだけれど、生憎今はそんな空気じゃない。
それもそうだろう、小さいころに会ってそれっきりだった幼馴染の女の子が成長した姿で僕の隣の席に座っているのだから、緊張だってする。
リリア・ルノアール。
騎士の名門ルノアール家の一人娘で、『獅子軍将』と名高いイルフォール王国騎士団長レグルス・ルノアールを父に持つ。
もちろんリリア本人の才能も相当なもので、数か月前の隣国との戦争では多大な成果を上げたとか。
そんな有名人が昔僕たちみたいな平民と遊んでいたなんて今でも信じられない。
「リンク、顔赤いよ?調子悪いの?」
「い、いや何でもないよ」
早口でまくしたてるように何事もないことをリリアに告げる。
落ち着け、僕。リリアは平気な顔してるんだ、僕がこんな反応してたらリリアだって不審がるだろう、平常心だ平常心。
「しっかし久しぶりだなリリア、少し見ない間に随分女らしくなったじゃねえか」
「それは私が女らしくなかったって言いたいの?」
あっ、リリアのこめかみに青筋が。
このバカ地雷踏みやがった、しかも気付いてない。
「ぶっちゃけリンより男やって」
「口に気を付けるんだイルド、命は一つしかないんだよ」
早口でイルドの言葉を遮る、というかイルド僕に対しても宣戦布告しようとしたぞ。
それをリリアは不機嫌そうに鼻を鳴らしてコーヒーに口をつける。
「まあいいわ、今日は談笑しに来たわけじゃないからこの辺で勘弁してあげる」
「えっ、じゃあ何をしに……」
「仕事だろ」
そう言ったイルドに対し、リリアは薄い笑みを向ける。
仕事?この時期に騎士団からの依頼って……
「大方、ヒッポグリフ関係だろ?」
「流石イルド、昔から見た目のわりに頭回るわよね」
「ほっとけ」
今度はイルドが鼻を鳴らしてコーヒーを啜る。
ヒッポグリフって……あのヒッポグリフ?
「ちょっ、リリア。ヒッポグリフって……」
「あら、リンクはヒッポグリフを知らない?」
「いや知ってるよ、毎年来るじゃないか」
ヒッポグリフは、王都イルフォール周辺を生息地としている魔物だ。
鳥の頭と翼、馬の胴体を併せ持つ魔物だ。
それだけならまだ焦りはしない、見た目のおぞましさならまだサイクロプスが勝っている。
僕が焦っている理由は、奴のランクだ。
「あのー……つかぬ事をお聞きしますがリリアさん、ヒッポグリフのランクって知ってます?」
「あらリンク、教科書にも載ってるヒッポグリフのランクを私が知らないと思ってるの?」
「だよねー……」
思わず溜息を吐く。
そうなのだ、溜息も吐きたくなる。ヒッポグリフのランクは上から二番目、つまりSランクなのだ。
いつか置いてたAランクより上のランクの危険度について説明すれば、どれだけ溜息を吐きたくなるか分かるだろう。
まずはAランクだが、これについては魔殻が少し強固になっていて、Bランク以上の武技でなければ致命傷になり辛い。さらに面倒なのが、このAランクの魔物たちは群れを作る傾向があるということだ。
基本的にBランク以下の魔物は群れを作らずに単独で行動することが多く楽に討伐も可能なのだが、Aランクは違う。
群れになっていたら魔物の思わぬ連携や死角からの攻撃で命を落とすことが多くなり、必然的に死亡率が高くなる、更には気性まで荒くなっているのだから笑えない。
さらに笑えないのがSランクの魔物だ。
ここまで来ると魔殻も堅牢になり、半端なCランクの武技では弾かれてしまうのだ。
もちろん問題はそれだけではなく、個々の戦闘能力も半端なく高い。
しかもこのヒッポグリフ、この穏やかな気候になった時期に決まって王都周辺に出没するのである、それも毎年欠かさず無遅刻無欠席の優等生っぷり。
唯一の救いといえば必ず群れを作らないということで、王国はこの習性を利用してヒッポグリフを包囲して討伐する大規模作戦を毎年展開しているのである。
誰かが言った「Sランクは国ひとつ総力を挙げてようやく倒せるレベル」という言葉には概ね同意できる。
ちなみにその上にSSランクがあるが、それに該当する魔物は一匹しかいない上教科書にまで載っている。
そう、言うまでもなくソラナキオロチだ。
誰かが言った「SSランクは国ひとつどころか世界の総力挙げても倒せるかどうか分からないレベル」という言葉にはもう同意しかできない。
「んで、リリアは俺たちにその化け物倒すの手伝ってほしいってか?」
「そんな危険なことリンクにはお願いできないわ、リンク達にしてほしいのは周辺の安全確保よ」
「あぁ、確かにそれぐらいなら僕たちでも出来るかも」
毎年恒例のヒッポグリフ討伐作戦ではヒッポグリフを討伐する本隊と、周辺の魔物などの危険因子を殲滅する別働隊に分かれる。
恐らくヒッポグリフを討伐するのは騎士団で、周辺の安全確保を傭兵がやるのだろう。
【ヒッポグリフ】
王都イルフォール周辺に生息するSランクの魔物。
非常に獰猛で、穏やかな気候になったイルフォールに毎年出没する。
【ソラナキオロチ】
かつて世界を破滅寸前にまで陥れた最悪の魔物。
五十年前に救世の英雄によって滅ぼされた。