第2章 アルテミスの日常Ⅱ
「ヴォアアアアアアアアアア!!!」
「マジうるせえし!」
サイクロプスのあまりの大音量の咆哮に、イルドが悪態をつく。
正直僕も耳を塞ぎたかったが今は戦闘中、塞いでいる余裕はない。
「っ、イルド来るよ!」
「分かってらぁ!」
サイクロプスが棍棒を振り下ろす、当たればひとたまりもない。
だがイルドは立ち止まらない、彼は最低限の動きで振り下ろされる棍棒を回避し、腰に身に着けていた物に素早く触れる。
イルドはそれを慣れた手つきで展開、その姿をサイクロプスに見せつける。
それは斧、長身の彼に匹敵する大きさを持ったその武器は、彼の最も信頼する武器だ。
「まずはその腕切り落としてやるよ!」
斧を両手で持ったイルドは振り下ろされた棍棒を握るサイクロプスの右腕に向けて斧を振り上げる。
だがサイクロプスは、それを阻止するかのように今度は左腕でイルドに殴り掛かる。
それを見たイルドは、ゾクッとするような笑みでサイクロプスを見る。
「あめぇよ!」
イルドは深く腰を落とし、斧を自分の真正面で構える。
その姿はまるで、巨大な盾を構える重歩兵のようだ。
そのままサイクロプスの左腕はイルドの斧に突き刺さるように衝突した。
サイクロプスの巨大な腕を真正面から受けたイルドは吹き飛ぶかに見えたが、僅かに後ろに下がるだけでそれ以上はびくともしなかった。
それもそのはずだ、イルドの構えた斧は、溢れんばかりの青白い光で覆われていたのだ。
「喰らいなァッ!!」
瞬間、イルドは驚異的なスピードでサイクロプスの左腕を弾き、青白い光を纏った斧を斜めに切り上げる。
その弾いてから攻撃に移るまでの圧倒的な速さに、サイクロプスは反応出来ない。
肉を引き裂く不愉快な音と共にサイクロプスの左腕は、イルドの一撃に抗う術もなく肘から上を切り落とされた。
「ガアアアアアアアアアア!!!」
耳障りな悲鳴とも聞き取れる咆哮が響く、切断されたサイクロプスの左腕は宙を舞い、大量の血液が左腕から噴き出す。
血飛沫を被りたくないのだろう、イルドは後方に跳躍してサイクロプスとの距離を開けた。
「どうよ、ハマるだろ?」
余裕の笑みでそう言うイルドを、サイクロプスが睨み付ける。
先程のサイクロプスの左腕を容易く切断した青白い光の一撃、あれこそが『武技』だ。
武技とは、人間の全身に流れる『マナ』と呼ばれるエネルギーを消費して繰り出される技のことを言い、魔物に対抗できる唯一の手段とも言えるものだ。
では、何故武技が魔物に対抗できる唯一の手段と言われているのか、それは魔物が『魔殻』と呼ばれる薄い膜にに覆われているからだ。
魔殻は、あらゆる攻撃から身を守る魔物特有の防御機構で、あらゆる攻撃から身を守ると言われている。
それを唯一突破できるのが武技で、マナを纏う武技の一撃は魔殻を無効化できるのだ。
ただ、魔物の魔殻を突破するには、魔物と武技のランクが大きく左右する。
先程魔物にはランクがあることは説明したが、武技にもランクは存在し、上からA、B、Cとなっている。
その基準というのは、消費するマナの量だ。
マナを多く込めれば込めるほど武技自体の破壊力は上がり、魔殻を切り裂くことが出来る。
逆に言えば、マナを込めなければ魔殻を切り裂くことは出来ずに薄皮一枚どまりという結果になってしまうということだ。
魔殻を突破するための武技のランクは、Cランク武技がBランクの魔物まで、Bランク武技がAランクの魔物まで、そしてAランク武技がSランクの魔物までとなっている。
しかしサイクロプスのランクはC、どの武技のランクでも倒せるのだ。
ちなみにさっきイルドが使用したのは斧スキルBランク『タイラントブロウ』である。
あの武技の発動条件は、斧を真正面に構えた状態で攻撃を防御するという面倒なものだけれど、攻撃することしか能がないサイクロプスとは中々の好相性といえる。
ちなみにタイラントブロウが特殊なだけで、他の武技はそんな小難しい発動条件はない。
【武技】
人間の体内に流れるマナと呼ばれるエネルギーを消費して繰り出される技。
魔導書によってのみ習得することが可能で、魔物を唯一滅することが出来る唯一の手段。
【マナ】
人間の体内を流れるエネルギー。
これがなくなると強い虚脱感に襲われ、立つことすら困難になる。
主な回復方法は睡眠と月の光を浴びること。
【魔殻】
魔物の表面を覆う薄い透明な膜。
あらゆる攻撃から身を守る防御機構で、武技でのみ突破することが可能。
ただし、眼球には魔殻が存在しない。
【武技のランク】
上からA、B、Cとある。
基本的にランクが高くなればなるほど消費マナが多くなり、威力も比例して大きくなる。
このランクは魔殻を突破する際に重要で、
CランクはBランクの魔物まで。
BランクはAランクの魔物まで。
AランクはSランクの魔物までとなっている。