晴れの日の外出はご用心 【前編】
あー、本日も晴天なりー。
なんてことを無意識に呟きそうになるくらいに、今日の天気は嫌になるほどのまったくの文句のつけどころもない快晴であった。
雲一つさえありゃしない。
太陽の光がこれでもかと肌に光を放ち、暑いを通り越してもはや鬱々とする。
しかも地面はコンクリートでできた道なので、光が跳ね返ってくる。
まったく…、今日は外出すべきじゃなかったなぁ……。
住宅路を歩きながらそう、俺こと上野弘樹は思うのであった。
朝、起きたところから嫌な予感がしていたのだ。
目覚まし時計にセットした時間より早めに起床した。ベッドから立ち上がり、寝ぼけ眼のままカーテンを開くと、
「うっ……」
とてつもない光が瞳を襲った。
すぐさまカーテンを閉じ、目をしばらく休ませてから再度開く。
「………」
窓から見えるとおり、今日は滅多にないようなそんな快晴だった。雲なんか見えやしない。それどころか空に鳥の姿も見えない。空は太陽だけが独占してしまっている。
なんだこれは……。
嫌な天気だ、それになんだかとてつもなく嫌な予感がする。
今日は外出しないことにしよう……。
しかしそう思った後の朝食中でのこと。
卵とハムが絶妙な旨さを醸し出すハムエッグを頬張っているとき、俺は気がついてしまったのだ。
「やべぇ…、明日学校に使うノートがねぇ……。…買いに行かなきゃならん…、くそっ」
舌打ちをしたくなるほどに嫌なことを思い出してしまった。
今日は日曜日で高校が始まるのは明日の月曜日から。
英語があるのだが、そこで先生が、月曜はノート使うから持ってこいよー、と言っていた。ちなみにただの普通の先生なら何も俺はそこまで慌てることはない。そう、普通の先生ならばの話だ。しかし今回はよりにもよって英語の先生。体は今トライアスロンかプロレスでもしてるんじゃないかと思うくらいの筋肉がゴッツゴツしており、生徒が忘れ物をしたら容赦なく拳骨を落とす性格であり、おまけに特に俺は先生に何かと目をつけられている。まぁこれは遅刻しまくったり授業中居眠りしているから当然と言えば当然なのだが。
つまり、忘れ物をしたらとにかくヤバい。
一般生徒と同じように拳骨だけですまされるとは到底思えない。
サァと血の気が引いてきた気がした。
しかもこのノートは一般のコンビニとかで手に入るような代物ではない。もしそうであったら俺は明日の朝にでもコンビニに寄ればいいのだ。でもこの教師が使う『英語ノート』はそうもいかない。なにせ先生はある文房具店を御用達にしており、それを生徒にも強制している。そこは古くからの老舗で、店主は八十を超えた優しげな顔の白髪頭のおじいさん。なんでも先生はこのおじいさんと仲がいいだとか…。その文房具店は確かにマスの取り方やページが特殊なノートになっている。先生曰く「これは使いやすいノートだ! 間違いなく使いやすいんだ! だからみんなこれを使うこと! むしろ使えよ! 使えよなコラァ!」らしくて……。(最後の方、脅迫だよね…) 泣く泣く生徒達は言うことを聞いている。まぁそのノートは確かに使いやすいし、おじいさんもいい人だし問題はない訳なのだが。
しかし今回は非常に困ったこととなる。その店は朝十時から午後五時までしか開いていないのだ。つまり明日の朝買いに行くのでは学校に間に合わない。今日買いに行かなくてはならない。
「…行くしかない、か……」
俺は覚悟を決め、十時過ぎに出かけることに腹を括った。
そんなわけで今、文房具店へと住宅路を通りながら移動している訳なのである。
じわじわと汗がにじみ出す。いくら夏とはいえ、暑すぎるだろう。たった十分歩いただけで汗が頬を伝う。文房具店は山の方にあり、比較的歩いていける距離だとふんだ俺は後ろで腕を組み、空を仰ぎながら歩いていた。
出かけるのであれば車や自転車を使えばいい。だが今両親は仕事があって出かけているので車は頼れないし、自転車はこないだ川に落ちて車輪が飛んでハンドルが変な方向にねじ曲がったので修理に出しているから、こちらも使えない。
「なんかほんとに今日は嫌なことが重なりすぎてんだよな…、厄日なのか?」
誰もいない住宅路で一人呟く。
多分今日は快晴から嫌だな、と思ったところから始まったんだよな…。
晴れの日なんか嫌いだ、ちくしょう。
そしてそれからしばらくして。
住宅街を抜けた森に囲まれた一本道で、花畑を見つけた。
「へぇ~、こんなとこあったんだ……」
目を奪われ、俺は花畑前で歩みを止める。
ここは黄色の花があたりを埋め尽くしていた。他の色の交わりなど無く、すべてが黄色。それらが風にゆられ、小さく音を立てる。学校の校庭か、またはそれ以上の面積に所狭しと太陽のような黄金色や黄色でびっしりと埋まっている。それはいわば、大きな黄色のカーペットのようであった。
光が照らされるたび、光が花に帯びて輝く。何にも染まらない純粋な黄色。まるでどこかの一枚絵のようで、芸術作品のよう。
俺は何かに引き寄せられるようしてに知らず知らずのうちに、花畑の方に足を踏み出していた。
「あれ……?」
少し歩いて前を向くと、
花畑の真ん中に美しい少女が立っていた。
髪は地面につくくらいに透き通っていて長く、花畑の花たちと同じ黄金色。服はふわふわとしたまるで花びらが何枚も合わさってできているかのような白いワンピース。そして服から伸びる白くて細い煌びやかな肢体。身長は低く、まだ小学生くらいのように思われる。小さな顔から覗かせる大きな青い瞳は、無表情で静かにこちらの様子を窺っている。これはまさに、金髪碧眼の美少女であった。
俺は驚きのあまり口をアングリとさせ、固まっていた。
一体どういう展開だ? コレ。
何、凄い美少女さんが目の前にいるのだが。
これは夢か、またはあまりの暑さで見てしまった俺の幻覚なのか?
……でもそれにしても可愛い子だな。
まるで、人間じゃないような――――
「私はこの花畑の妖精です」
突然少女が言葉を放った。
しかも真顔で。
「はい……?」
なんですと、妖精ですと。
「だから私は花畑の妖精です」
俺の惚けた声に、律儀にも少女は言葉を返してくれる。フリーズした頭を無理矢理動かしながら、俺は考える。
いやぁ、たしかにその美しさはもはや人間の領域を越えてるような気もするけどさ~。「いやいや、それはないっしょ」
普通に考えてあり得ないでしょ。一瞬納得しかけたけど、やはりあり得んだろ。俺の否定の言葉に少女は少しむっ、とした顔をする。
「何ですか、信用できないんですか」
「そりゃそうだろう。いきなり『わたし、妖精なんだぁ☆』とか言われても、ただの頭がアレな人としか思わんだろう」
「私はそんな風に言った覚えはないのですが」
とここでややあきれ顔で少女は言葉を句切る。
「しかし証拠はあります」
「ふ~ん? 自信あるんだ。じゃあ見せてよ」
挑戦的に少女に投げかける。
そんなもん、あるはずないさ。だって妖精なんて存在自体がありえんのだからな。どうせ証拠なんかないに決まってる。…さて、ここで少女はなんと言うのか…。
「花さんの冠をつくることができます」
ズベーン 俺はマンガとかでありがちなあれ、ステーンと転んだ。
「? どうしたのですか?」
そんな様子を見て、少女が不思議そうにする。俺はすぐに立ち上がり、すぐさまツッコミを入れた。
「それはねぇよっ! 証拠になんねぇよ! 妖精じゃなくても出来る人普通にいるよ! つかあと花さんの冠とかえらい可愛いな!」
「ありがとうございます」
「褒めてねぇよ!?」
俺の言葉に少女はふむ、と反応を示す。
「では私はその花さんの冠を三秒でつくります」
今度は別の案を提案してきた。
「三秒ね……。…ってすげぇ! それはあり得ないだろう! できるはずないだろう!」
「はい、できました」
「んでもって早ぇえ!! しかもマジだし! ほんとに花冠できてるし!」
確かに少女の手には黄色の花冠が存在していましたとさ。しかもとてもじゃないが三秒で造ったとは思えない恐るべきクオリティーの高さで。
「これで信じてもらえましたか?」
「いやいや、全然だよ! まだまだだよ!」
「しかし先程まで涎を垂らしながら、ハァハァ、お嬢ちゃん凄いねぇ、という顔をしていましたが」
「してないですよっ!? つかその反応ヤバイだろう! 犯罪臭がプンプンするよ! もはや即刻逮捕だよ!」
「すいませーん、警察の方来てくださーい」
「だから俺してないからね!?」
「ふぅ……」
「ため息つきたいのは俺の方なんですけど!」
次に少女はやれやれと肩をすくめた。
…いや、それしたいのはむしろ俺……。
なんか、この子と会話するのは疲れるなぁ……。
「では本当に証拠をお見せしましょう」
無駄に疲れた俺に少女は向き合う。今度は少女はさきほどまでの無表情な顔にさらに真面目さを帯びた顔をしていた。小さな腕を空に向け、大きく広げる。
「これから花の雨を降らせましょう」
声が変わった。あどけない少女の声だったものが、大人の冷たい圧倒されるような声が少女の口から洩れる。碧眼の瞳をうっすら細め、腕に何か力を溜めているようである。俺はただただそれを見ているだけしかできなかった。行動、言葉、雰囲気のすべてに圧倒され、動くことなどできなかったのだ。
数秒が経ち、閉じられていた少女の瞳がパッと開かれたその瞬間。
情景が一変した。
空の色が青からオレンジ色になったのかと錯覚させられるほどに、本当に花が無数に降ってきた。
これはこの花畑に生息している花と同じ種類の物だ。
それが空から溢れ出すようにして落ちてくる。手の平を空に向け、手に乗った花を自分の顔に近づける。それは偽物なんてこともなく、本物の花であった。
俺は落ちてくる花だけを見つめる。
そしてもう、ここまでされてしまえば、認めざるおえなかった。
あぁ、この子は本当に妖精なんだって――――
三分くらい経って、少女が腕を降ろすのと同時に花も止んだ。確認するように、碧い瞳をこちらに向ける。
「あー…、分かったよ、信じるよ。君は妖精だったよ」
俺は少女に降参のポーズを取る。それを見て、少女は嬉しそうに少しだけ微笑んだ、ような気がした。なにせ元が無表情なのでほんとうにそうだったのかは分からないが。
少女は次に切なそうな顔をした。
そして俺に、こう言ったのだ。
「あなたにお願いしたいことが、あるんです」
目と目を合わせて、少し切羽詰まったような声色で。
「水を、この子たちに水をもらえませんか?」
読んでいただきまして、ありがとうございました。
これは【後半】に続きますので、そちらもよろしくお願いします。