私と疑惑
夕食を何にしようかと悩むのは家事を任されている人ならば逃れることはできない、いわば宿命のようなものではないか。
そんな馬鹿なことを考えて現実から逃げだしたくなるのはまあ、仕方ないことと思いたい。
「姫にはすでに許嫁である松本様がいらっしゃるのです。他の男などと一つ屋根の下に置かせるわけにはまいりません」
「なにお前婚約者いたの?初めて知ったんだけど。松本ってあれ?中学のあの松本?」
ああ、夕飯どうしよう。
事の始まりは簡単。家に泊まるという直人の言葉に小松は必要以上に反応したのだ。
やれ姫の近くにいるだけでも許しがたいのに泊まるなどと言語道断
やれそもそも姫を害するかもしれない人物を連れて帰るとは何事か
などということを鼻息も荒く。
・・・私弟と同じ年の子に説教されるのは初めてだったわ・・・
ため息をつく私に関わらずに小松は小言の標的を変更したようだった。
「だいだい姫!その露出の高さは何ですか!」
「だってじめじめして暑いんだもん・・・」
ちなみに私の今日の服装はちょっとかわいいタンクトップに薄手のシャツをはおって、ホットパンツにレギンスを組み合わせたものだ。けして露出狂しているわけではない。
しかしうんざりという私に対して小松は一刀両断して見せた。
「だもんじゃありません!」
「まあまあ俺も似たようなもんだし?」
「お前には言っていない!そもそも姫に危害を加えぬと言い置きながら何故おなごの服など身につけている!?」
「えーと・・・趣味?」
「・・・姫、この者との交友は諦めたほうがいいかと・・・」
「私もそう思うけど奴は本気だから。こっちが諦めたほうがいいと思うよ小松」
「ひっどーい☆ にあってるんだからいいじゃなーい☆」
「気持ち悪い、近寄るな!」
真剣に忠告してくれているのであろう小松はしかし真性の馬鹿に離れていないようで、直人の言葉に振り回されている。
けれどその表情に深刻なものはなく、いい感じにほぐれて見えて私はほっとした。
さすがの私も重い顔をしている相手と一緒にいられるほど厚い顔をもっているわけではない。しかもそんな顔をさせているのは私が原因なのだ。
・・・ああ直人がいてくれて本当によかった。
お礼にちょっと夕飯を多めにしてやろうとぼんやり考えてると時計が目に入った。
「あ、もう5時。夕飯の準備しないと」
「ひ、姫!まだ話は終わってません!」
「まーまー小松君は俺とお話してよーぜ?」
「お前と慣れあう気はないと言っている!」
ぎゃーぎゃーと騒ぎつつも楽しそうだから放っておく。
米は・・・5合で足りればいいなあ・・・
ざりざりと米を研いでいると二人の声と別にテレビの音もまじってきた。どうやら直人がつけたらしい。
ほどなくしてすっと音もなく小松が移動してきた。未知のものを目にした驚きで目を開いている・・・というかお前はテレビも知らないのか。
「姫!この物体は!?いきなり音が出て人が中に!?」
「・・・え、テレビもなかったの小松の家。田舎にもほどがあるわよ」
「世の中にはあのようなものがありふれているのですか・・・?無精ながらこの小松、知る由もありませんでした・・・」
「いやまあこれから知って行けばいいんだし・・・えっとテレビ?まあ見てたら面白い程度に思ってくれればいいわよ。詳しいことは直人に聞いて?」
直人という言葉を聞いた途端、小松の綺麗な顔が露骨に歪む。
そんなに直人が嫌いか。
「・・・どうしても聞かなくてはなりませんか・・・?」
「いやまあ私手が離せないし・・・ ああなんだったら夕飯の手伝いお願いできる?」
「はい!料理ならば少々心得があります故・・・?」
「ん?何?どうかした?」
直人以外の選択肢を出され嬉々として台所を見渡す小松の動きがふと止まった。
ごく一般家庭にある台所は不審な点など有りようはずもない。私が首を傾げていると小松も心底不思議そうに私に問いかけた。
「姫。竈や井戸はいったいどこに・・・?」
「・・・そこからか・・・」
「はははっ 世間知らず過ぎてめっちゃ純粋だな!逆にすげえよこの天然記念物」
がくりと肩を落とした私に直人の言葉が降り注ぐ。
意味は分からなくとも馬鹿にされたのを感じたんだろう、小松が直人を睨みつける。
ひとまず小松は全く電化製品を知らないことが分かった。そもそも電気という概念があるのかどうかすらも危うい。
・・・・・・もしかして小松は今の時代の人間じゃない?
出会った時の服装もそうだし、電化製品を知らない、私を姫呼ばわりするなど証拠は充分にあるような気がする。
けれど。
「・・・ははまさかね・・・」
私はそのSFじみた考えを頭を振って撤回し、ひとまず小松と直人の口喧嘩を収める作業に集中した。