直人と小松
「はあ?高校生ぐらいの子拾って今一緒に暮らしてる?しかも男?何考えてんのよゆかりん」
「しーっしーっ!音量下げて!!」
呆れたように直人は声をあげた。私は慌てて口元に人差し指を添える。
小さな声で話しているとはいえ、こんなことを周りの人に聞かれたくはない。
ちなみに自称忍びということは伏せさせてもらった。
直人はごめんごめんと適当に言ってから私の方に身を乗り出す。
「で?家族恋しがってふさぎこんでるって?」
「うんまあそんなもん」
「でもゆかりんはその子の家族は知らないと」
「だって行き倒れてたの拾っただけだし」
「ふんふん」
なるほど、と直人はこくこくと頷いた。
そして顔をあげて私をきりっと見据える。
「ほっとけ」
「はあ?」
「そんぐらいの年だったらまあふんぎりは勝手につくと思うし?ゆかりんの話だとしっかりしてる子みたいだから帰ったらもう何かしら自分の中で線引きぐらいしてるでしょ」
「で、でも・・・」
「ゆかりんはお人よしだなぁ」
直人は机にノートを出してじゃあと鞄を覗き込みながら天気の話をするかのように発言した。
「今日お前ん家行くか」
「はあ?」
何を言ってるんだと問いただそうとしたその時きーんこーんかーんこーんと間抜けなチャイムが響いて教授が教室に入ってきた。
「なんであんたが私の家に来るわけ?」
「だーかーらーさっきも言っただろ?その小松とやらが気になるんだって。 いいじゃんどうせ一軒家で一人暮らしだろ?俺一人止めても問題ないよな?」
「そういう問題じゃなくて」
「あ、大丈夫お前には全く興味ないから。毛一筋ほども」
ばん、と思いっきり鞄で叩いた。おっと今日は重いファイルが入ってたっけざまあみろ
直人はよほど痛かったらしく頭を押さえて道端にしゃがみついている。
今私たちがいるのは私の最寄駅だ。家まで15分の距離。
どうやら直人は私の話を聞いて小松に興味を持ったようでうきうきと私の後ろをついてきた。
今日バイトとか言ってたんじゃなかったのか、と睨むとオーナーが快く休んでいいよって言ってくれたと奴はけろりとした顔で言う。
どうせ猫なで声で落としたのだろう。このオカマが。
何にしてもこいつが私の家に来ることは決定事項らしい。私はため息をついた。
細い見かけをして直人は食う。そりゃあもうその体のどこに入るのかと不思議に思うほど食う。その分の買い出しをしなくてはならない。
荷物持ちは幸い道端でしゃがんでいることだし、10キロの米をもって帰ることもできそうだ。
直人が私の家に来ることは予想外だったけれどお米が少なくなってた頃だったからちょうどいい。
私はしゃがんだままの直人を立ち上がらせて近くのスーパーへとはいって行った。
「おーもーいー」
「そんぐらいなら持てるでしょ。あんためちゃめちゃ食べるんだから」
「しょうがないだろ、燃費が悪いんだよたぶん」
「食い意地がはってるだけだとおもうんだけど」
「やだゆかりんいじめかっこ悪いよ?」
馬鹿な会話をしながらも家には無事着いた。
がちゃがちゃと鍵を開けてただいまーと声を掛ける。直人のお邪魔すんよという声も続いた。本当に邪魔だよ。
玄関のマットに荷物を置いてブーツを脱ごうと屈みこむ。と、とたとたと足音が聞こえてぎいと玄関と居間を繋いでいる扉が開いた。
「おかえりなさい、姫・・・・・・」
「姫?なにお前姫って呼ばれてんの?ぶっ」
「笑うな変態」
笑いをどうにか抑えようと震えるオカマに蹴りを入れてやる。オカマはおっとと体制を立て直した。倒れればよかったのに。
私たちの行動を何を思ったのか、小松がシュ、と動いた気配がして気づいたら私と直人の間に入り込んでいた。言っておくが我が家の玄関はそんなに狭くない。少なくとも三人もいられるほどスペースはない。つまり狭い、超狭い。
私の方に背を向けて直人と立ち向かう形で小松は堅い声で静かに私に問う。
「姫・・・この者は?」
「姫って、姫って!笑い死ねる、今なら逝ける」
「勝手に一人で逝ってろ変態。ああ、うん一応友人だから。たぶん害はない」
「害はないなど・・・このように完璧に変装しておきながら害がないとは思いませんが」
「・・・変装?」
「まるでおなごのような姿形をしていますが、どこから見ても男です、姫、騙されてはいけませんよ」
「いやそうじゃなくて・・・小松、直人のこと男ってわかったの?」
「は・・・どこからみてもそうでしょう?」
「おーすっげーなー居候。初めて見たぜ、俺のこと男って分かったの」
直人が目を丸くしながら頭を掻く。そして頭でも撫でてやろうと手を伸ばしたのだが、それは簡単にぱしり、と小松に払いのけられた。
「触るな。まだ害がないと決まったわけじゃない」
・・・なんかぶわあと冷たい水を浴びせられた気分だ。たぶんおそらくきっと発生源は小松。
直人はその空気を直接あびているはずなのに怖っと一言言っただけだった。
それはともかく。
「・・・そろそろ上がらない?魚とバターが大打撃を食うわ」
「あ、姫すみません!重いでしょう?俺が運びますから!」
「あ、助かる。そこのドア開けてテーブルの上置いて」
「・・・てーぶる?」
「机」
「ああ、はい!了解しました!・・・お前、ことごとくも姫に触れるなよ」
最後に直人を一瞥して小松は足音を立てずに移動した。直人は最後に言われた言葉を気にしてないのか、私の肩に手をまわして軽く笑った。
「・・・なんていうかよかったな?吹っ切れてるみたいだぞ?」
「予想外だったわ・・・」
私はひとまず肩にまわされた手を振りほどいて直人を蹴飛ばすことに成功したのだった。