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私と忍者  作者: 亀山
6/8

私と学校


私が家に帰ると小松は深い眠りについているようで布団の近くにいくと微かに寝息が聞こえた。

仮にも忍者を名乗るなら私の気配で飛び起きるとからしいものを期待したんだけど、まあ、怪我人にそこまでされても困る。傷が開いたらどうすんだ。


がさりとそこそこの重量をもったビニール袋を台所において中身を冷蔵庫に収める。


台所と小松が寝ているリビングは繋がっている。明かりがもれて目が覚めたのだろう、小松が目をこすりながら台所に来た。


「・・・お帰りなさいませ、姫・・・」

「ん、ただいま。ああ、眠いなら寝ていいから」

「いやそうじゃなく・・・」

「水?夕食だったらちょっとまっててくれない?」

「人の話は聞いてくれませんか?」


やべ、ちょっと怒らせた。

小松はにこりとはしているがなんていうか身にまとう空気が冷たい。なにが聞きたいのかは分からないが、まあ冷蔵庫にしまい終わったし、聞く姿勢にはならないと失礼だ。

そう思って椅子に座ってみる、ととたんに最初起きた時のように小松が膝まづいた。

私は慌てた。人を膝まづかせて悦ぶ趣味なんてない。私は善良な一般市民なのだ。


「ちょ、ちょっと、ちゃんとここに座ってよ」

「仮にも主従関係にあるのですからそれは聞けません。いくら姫がお優しいとはいえ、それでは回りのものに示しがつきませんよ」

「ああもう頑固なんだから・・・はい、立って!この椅子に座る!」

「・・・それは命令ですか?」

「なんでもいい!」


そうですか、と小松は頷いて今度はちょこんと椅子に正座した。しかし顔はあげないままだ。ああもどかしい。

けれど顔をあげろといっても首を振るだけ。仕方ないから私は小松の話を進めるように言った。


「で?どうしたの?」

「さっきから思っていたのです。・・・みんなは、他の忍たちはどこにいるのですか?どれだけ探っても気配はなく、使用人も姿が見えない。おかしいでしょう?」

「あー・・・」


困った。

小松がいたところではいたのだろう、仲間たちが。けれどここは小松が思いこんでいる場所じゃないし、私は『姫』じゃない。

さてどうしたものか。私は考えている間、小松の手は小刻みに震え、見えないながらも口は一文字に引き結ばれているのがわかった。


「・・・いない」

「・・・そうですか・・・やはり・・・・」


長くなって私が口から出した答えに小松はゆるりと首を振った。

でも、と言いかけた私を制し小松は顔をあげた。

黒い目は熱以外の理由で潤み、唇はよほど強く噛みしめられていたのか、口紅を塗ったように赤かった。


「いいえ、言わないでください。・・・薄々は分かっていました。姫が一人異国の服を着て暮らすそのわけも」


わかってないだろ、といいたくなる気持ちを抑えて私は心の中でごめん、といった。

小松が私を姫と信じる以上、そして小松の帰る場所がわからない以上、私はどうすることもできない。

小松の仲間が、両親が生きていることもわからないから希望的なことを口に出せない。それで違う場合絶望はもっと大きくなるから。


小松は失礼しました、と頭を下げるとおとなしく布団に戻って行った。

夕飯だよと呼びかけても小松は布団から出ようとはしなかった。







「どうしたもんかなー」

私は頭を抱えた。

今は授業の間の休み時間だ。さすがに2日連続大学を休むと私の成績が痛むので授業に参加している。

小松には冷蔵庫の中におかずがあるから食べろとは言っておいたけど、あの様子じゃあ食べるかどうかも疑わしい。

はあ、とため息をつくとまわりが賑やかになってきた。学生が教室に集まりだしたようだ。

突然のしり、と体が重くなる。


「お、ゆかりんじゃーん。なーにため息ついてーそうそう、昨日どうしたの?風邪?」

「ゆかりん言うのはやめてって・・・あと重い」


私に背後からのしかかってきたのは今どきの女の子。華奢な体にギャル風味の化粧と可愛らしい服がよく似合っている。彼女はきゃははと笑って私の体に手を回すとよりいっそう体重を掛けてくる。苦しい。


「だってー体力馬鹿なゆかりんが風邪なんてないと思うしー?言ってくれれば見舞いくらい行ってあげたのにー」

「風邪じゃないし重いから放せセクハラ魔人」

「やーだーゆかりんってば冷たいー」


きゃっきゃと何か楽しいのか笑う彼女に私は静かに呟いた。


「放せっていってんだろオカマ直人」

「直人っていうなつってんだろ馬鹿由香」


耳元でささやかれる低い声に私は鳥肌が立った。さぶいぼ、それと気持ち悪さでぶるりと震える。

直人は私を拘束する腕を離すと乱暴に隣の席に座る。不機嫌そうにする顔は女の子のものでそこから男の声が出たなんて信じたくはない。


「この姿んときはなおって呼べって言ってんだろ?もーゆかりんったらご・う・じょ・う」

「やめてその声はマジで止めて!その姿でその声は本当気持ち悪い!」

「気持ち悪いっていうな☆まじへこむー☆」

「☆とか本当いらんから。ああもうそっちのがマシ」


耳をふさぐ私に直人・・・いやなおはめんどくさそうに答える。またきゃぴきゃぴ声に戻って私はほっと耳から手を外した。


彼は宮島直人。大学に入って女装をしだした変人だ。もともと可愛らしい容姿をしていたからか、見事に一致してしまい、初見で男と見破れる奴はまずいない。時々男の姿で登校するが、なおと同一人物だとは信じられていないらしい。

私は高校の時からの知り合いだからなんともいえない。直人曰く姿で簡単に騙される奴らを見るのが楽しいんだそうだが、悪趣味なことだ。


「で?昨日の自習休講の理由は?」

「なんであんたに教えなきゃいけないわけ?」

「じゃあノート見せてやらなーい。あーあーここテストにでるって言われてたんだけどなー」

「ぐ・・・卑怯・・・!」


ノートを人質にされたら黙れるはずがない。

直人の目が怪しく煌めいていた。



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