プロローグ
雨が降っている。土砂降りだ。
曇る視界では敵の位置を探ることは難しいが、そのかわり雨の中に自分の気配を溶け込ませることができる。とはいえ気配に敏感な者がいたらきっと自分の生はここで終わってしまうだろう。
むわりと雨の匂いと自身から立ち上る鉄の匂いが鼻をくすぐり、吐き気に襲われそうになったがそれをなんとかやり過ごす。冷たい雨がただでさえ冷えた体から体温を容赦なく奪う。歯の根があわずがちがちと鳴る音をどこか夢見心地で聞きながらそれでも一歩一歩と進む。
致命傷がないのは幸いだった。走ることはできないがそれでも歩いては行ける。
戦はさらに泥沼にはまってしまっていた。最初はとても小さな諍いだったはずなのに今では主の命さえも脅かされるほどのものになってしまった。
ああ早く帰らなければ。自分の任務はもう終わった。囮としての役目は果たした。
城で仲間も待っていることだろう。何よりも姫の安否が心配だ。
お優しい姫のことだから自分のこんな姿を見てどんなに嘆くことだろう。それは悲しいが、生きてその姿を見れるだけでもいい。姫の元へ。笑顔の柔らかい彼女の元へ最期に行けたらどんなに幸せだろう。
足を引きづり、血止めの布はもう真っ赤になってしまって役には立たない。常備している薬も仲間の治療でとうに尽きてしまった。
自分でも分かっている。もはや命の灯が消えるのは時間の問題だと。
それでも一歩でも道を進み、一歩でも姫の近くへと進みたかった。
雨がさらにひどくなってきた。もう歩いて進むのは困難なほどに。
目の前に大きな木の洞が目に入った。中はあまり湿ってはいなく、敵から隠れつつの雨宿りにはちょうどよさそうだった。
雨足が軽くなるまで少しだけ休もう。そう思って腰を下ろすともう限界だった。
緊張の糸が切れてしまったのか、疲れがどっと出てきて、瞼が下がる。
ここで寝ては死んでしまう。そう思い懸命に睡魔と格闘するが体は言うことを聞かない。
だんだんと視界が暗くなり、そこで彼の意識は闇の中へ落ちた。
最後に聞いたのは激しい雨の音。