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わたしをみて――ねじれた承認欲求が、恐怖と快感を倒錯させる――【短編集】  作者: 雪城 冴 @新選組小説 連載中


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2/2

わたしをみて ※微妙にホラー、R15要素あり


 通知音が鳴ったのは、午前二時過ぎだった。


 花音は、うっすらと目を開ける。

 隣では、彼氏が規則正しい寝息を立てていた。暗闇の中、スマホの画面だけがぼんやりと光る。


 ――この時間に?


 胸の奥が、わずかにざわつく。

 手探りでスマホを掴み、画面を開く。


『今日は、いつもより近くに感じました』


 "ゲストさん"

 名前のないアカウントに、花音の喉が、ひくりと動いた。


 ◆


 最初は、ただの遊びだった。


 顔は出さない。部屋も特定されない。

 どこにでもいる女子大生の、どこにでもある身体の一部。


 切り取って、ネットに上げるだけ。

 親指でボタンをクリックする。

 それだけで、誰かが反応する。


 “いいね”の数が増えると、それが最高に気持ちよかった。

 

 現実の花音は、少し地味で、どこにでもいる存在だったから。


 ――わたしをみて


 つまらない人生に、絵の具でぐちゃぐちゃに色を付けてほしかった。



 メッセージは、無数に来た。


 軽いものもあれば、目を背けたくなるような露骨なもの。

 


 その中で、あのアカウントだけが異質だった。


『無理はしないでください』


『寒いので、体調に気をつけて』


 踏み込まない。

 でも、見ている。


 その距離感が、妙に心地よかった。


 いつからか、花音はその相手にだけ返信するようになっていた。


 ◆


 違和感に気づいたのは、ほんの些細なことだった。


『そのカーテン、柔らかい色ですね』


 送られてきたその一文に、花音の指が止まる。


 写真には、カーテンなんてほとんど写っていない。

 背景の、ほんの端。

 意識しなければ気づかない程度の色味。


(……よく見てるだけ、だよね)


 そう思おうとした。


 けれど、その後も。


『今日は床、冷たそうですね』


『少し疲れてませんか』


 まるで、同じ空間にいるかのような言葉が続く。花音は、投稿した写真を見返した。


 床材や、光の入り方。自分の影。


 ――確かに、読み取れなくはない。


 そう、自分に言い聞かせる。


 また父と母が言い争う声がする。

 家のことを考えると、頭が重くなる。


 父は相変わらず金を入れず、母は疲れた顔をしている。


 「ちゃんとしなさいね」という言葉が、耳の奥に残る。


 ()()()()()()()()つもりだった。


 大学にも行っているし、彼氏もいる。

 普通の人生。


 ――違うのは

 夜になると、別の自分が浮かび上がる。


 見られる自分には価値がある。

 評価する人が、光に群がる醜悪な()だとしても。


 花音はぼふっとベットに背中を預ける。


「ううん、汚い()は私の方だ」


 自分を傷つける言葉。

 なのに、言ってしまってからうっとりしている自分に気づいた。


 ◆


『一度、会いませんか』


 そのメッセージが届いたとき、花音はすぐに断れなかった。

 怖い、という感情はあった。


 でもそれ以上に、どんな人なのか知りたいという好奇心が勝った。


 

 待ち合わせ場所に着いたとき、花音は一度だけ、帰ろうかと思った。


 人通りの多い駅前を指定したから、逃げることもできる。


 それでも、その場に留まったのは、“生の私を見てほしい”という衝動だった。


「花音さん」


 背後から声をかけられる。

 振り返って呼吸が止まった。


 スーツ姿の男。

 落ち着いた風貌だが、年は父と変わらなく見えた。


(……こんな普通の人が、あんなサイトで私の身体を見てるんだ)


 視線が合うと、男は穏やかに微笑んだ。


「来てくれて、ありがとうございます」


 その声に、既視感がある。

 文章の向こうで感じていた温度と同じだった。


 花音の背筋に、冷たいものが走る。


 カフェに入り、向かい合う。

 男は丁寧で、無理に距離を詰めてこない。

 会話も下品ではなく、自然だった。


 なのにどこかで、測られている気がする。


「緊張してますか?」


 やわらかな問い。


「……少し」


「大丈夫ですよ。無理はさせませんから」


 その言葉に、ぞくりとする。


――この言い方。


 メッセージと、同じだ。



 店を出たあと男が言う。


「少し、歩きませんか」


 断る理由は、いくらでもあったのに花音は付いていこうと思った。


 そのとき、男の視線が、花音の肩口に落ちた。


 ほんの一瞬。


「その服、似合ってますね。前に似た色、着てましたよね」


 心臓が、強く跳ねた。

 そんな写真は、上げていないはずだ。


 なのに、男はにこやかに言い切っていた。


(……なんで、知ってるの?)


 頭の奥で、何かが噛み合う。

 カーテン。

 床。

 光。


 “写真から読み取れる範囲”だと思っていたもの。


 その線が、一気に崩れる。



「ごめんなさい……今日は、帰ります」


 震えた声に、男は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑みを戻す。


「そうですか。また、機会があれば」


 引き止めない。

 いつでも会えると言っているようで逃げ場がない。

 それが逆に怖かった。



 駅までの道を、ほとんど走るようにして戻る。


 振り返らずに。

 振り返ったら、何かが終わる気がした。



 部屋に戻り、かじかむ手で鍵を閉める。

 カーテンもちぎるようにかたく閉める。

 それでも、落ち着かない。


 スマホを手に取り、あのアプリを開く。


 通知が、一件。


 恐る恐る開く。


『今日は、会えてよかったです』


 息が止まった。

 汗ばむ指先でそっとスクロールした。


 その下に、続く一文。


『あの部屋、やっぱり落ち着きますね』


 ――違う。


 違う違う違う。


 ちがうちがうちがうちがうちがう





「いやあぁぁっ!!」




 スマホが、床に落ちた衝撃で割れた。


 部屋を見回す。


 何も変わらない。

 いつもの自分の部屋。


 なのに、どこかから、“視線”が残っている気がする。


 震える手で、アプリを削除する。

 アカウントも履歴も、すべて消した。


 それでも消えない。

 あのねっとり絡みつくような男の視線だけが、確かに残っている。



 ベッドに座り込むと、

 彼氏、友達の声、母の疲れた背中など現実がつぎつぎに頭の中をよぎっていく。


 さっきまでの自分の場所。

 ほんの少し踏み外しただけで、簡単に別の場所に繋がってしまう。


 花音は、震える手でスマホを取り直す。

 割れた画面で指が切れた。

 血は気にならなかった。


 カメラを起動する。


 前を引きちぎるようにはだけて、シャッターボタンを押した。


 カシャッという音に背筋が震える。

 写真に写っている姿は、いつもの自分だけれど、少しだけ違う。


 その違いに気づけるのは花音だけ。


 見せるための、見られる顔。


 恍惚とした。





 お願いします。





――わた し を み 

           て







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