ちいさな秘密 大きなひみつ
「昼間っから不倫ですか……」
琴葉が見つめるテレビ画面。
芸能人の不倫の経緯を、わざわざフリップボードにでかでかとまとめ、
大人たちは大真面目に頷いていた。
どこか滑稽なその様子を見ながら呟く。
「こきおろしてるけど、この人たちだってわかんないよねぇ。裏ではなにしてるかなんて」
リモコンを手に取り、テレビの電源を切った。
せっかくの休みだと言うのに、無駄に時間を使ってしまった。
家事はほとんど終わっている。共働きの颯太が、出勤前に片付けてくれた。
颯太は真面目な人。
学生時代からの付き合いで、お互いのことは大体知っている。
銀行員だと友達に言うと
「わー、それっぽいね!」と反応されることが多い。
酒タバコ女ギャンブル。
これをやる男には注意しなさい――そう言っていた父。
「全部やらない人なんていないよ」なんて反論していたが……
颯太は父の言う理想の男だった。
正確には酒は飲むが、缶酎ハイ一本で酔いつぶれるのでさして問題にはならない。
そんな真面目な彼の"ちいさな秘密"。
琴葉は知ってしまった。
一週間前のその日、琴葉は珍しく夜中に目が覚めた。
リビングに起きてくると、充電中の颯太のスマホが目に入る。
琴葉は何の気なしにそれを手に取ると、迷いなくパスワードを入力した。
"見られて困ることはない"
信頼の証に、パスワードは互いの誕生日になっていた。
もちろん今までスマホを盗み見たことは一度もない。
颯太に怪しいところがあったわけでもないのにこの日に限ってスマホを盗み見たのは、何かのお告げだったのだろうか。
何も無いとわかってはいても、人のスマホを盗み見ると言うのは、なかなかスリルがある行為だった。
心臓をどくどくいわせながら、スマホ画面をスライドさせる。
汗ばんだ手がへばりつく。
ラインにもネットの履歴にも不審なものはない。
「当たり前か……」
何もないことを確認するために見ているのだと気づき、苦笑する。
しかしメールを開いた時、手がぴたっと止まった。
『ご購入ありがとうございます』の文字が目に飛び込んでくる。
「なに? これ……」
『あくまで予測であって、順位を保証するものではありません』
とあり、その下には
ゴールドホース
カケルオー
などと書かれている。
「競馬の……順位予想?」
琴葉は震える声で呟き、後ろを振り向く。
誰もいない。
真っ暗な廊下が続いているだけ。
(もう止めよう)
しかし"颯太の秘密が知れるかも"
――その誘惑に勝てずに、震える手でもう一度メールを開く
最近増えてる詐欺メールかと思ったが、送信メール欄には、颯太から送ったメッセージも残っていた。
「え……一万円もするの?」
気づけば額から汗が噴き出していた。
ギャンブルの話なんて、颯太の口から一度も聞いたことがなかった。その彼が、少ないお小遣いから一万円も払ってレース予想を購入している。
――その日から、琴葉は注意深く颯太を観察するようになった。
だが、競馬に興味のある素振なんて見つけられなかった。
ただの一つも。
◆
「夜ご飯どうしようかな」
琴葉は伸びをすると、颯太にLINEを送る。
すぐに「早く帰れるから駅前で一緒に食べよう」と返信があった。
メッセージの外にある"夜ご飯を作りたくない"という琴葉の気持ち。
それを読み取ってくれる颯太は、やっぱり"できた旦那さん"だ。
久しぶりの外食を楽しんだ帰り道。風はすっかり冷たくなり、冬の訪れを感じさせる。
他愛もない話をしていると、競馬のポスターが目に入った。
琴葉は思い切って聞いてみることにした。
「ねぇ、颯太はさ……馬とか興味ある? 」
颯太もポスターに目を向ける。
琴葉はごくっと唾を飲み、畳み掛ける。
「最近の競馬場ってすごくきれいなんでしょう? ほら、馬が走るところも結構きれいみたいで、若い子もデートで行ったりするみたい……」
喋りすぎている。
分かっているが口が止まらなかった。
胸を押さえて颯太を見る。
彼の返事はあっけなかった。
「どうなんだろうな。競馬、興味ないからなぁ」
◆
帰宅後、見たいドラマがあるからと颯太には先に寝てもらった。
デカフェの珈琲を入れながら、琴葉は先ほどの颯太を思い出す。
――競馬、興味ないからなぁ
颯太の答えは、琴葉が考えていたものとは違っていた。
『実は競馬をやっている』と告白されるか、もっと動揺するかと思っていた。
予想はどちらも外れた。
「颯太ってあんなに普通に嘘つけるんだね……」
珈琲から薄く立ち上る湯気を見つめる。
琴葉が知っている颯太。
真面目な颯太。
煙と一緒にぼんやりと薄く揺らいで行く。
どれくらいそうしていただろうか。
琴葉は、目に見える颯太だけを信じることにした。
「知られたくないことって誰にでもあるもんね」
――そう、私にも
琴葉は自分のスマホを手に取ると、ためらいなく"信頼の証"であるパスワードを変更する。
「これで、颯太には見られないね」
そう呟きマグカップに口をつける。
珈琲はすっかり冷めきっていた。
これから先の二人を象徴するように。
――終――




