+++第五十話:男の正体
人間は変化を嫌う生き物だという。
考えてみれば当然の話であり、慣れたものから「わざわざ変えよう」ということは、なるべくしたくないものである。
既存・従属・敬愛・慣用・・・・長く時間をともにすればするほど、それらへの執着はより強固なものとなるだろう。
そしてそれは、物に対して、であれ人間に対して、であれ同じこと。
失いたくなかった。
ずっとそのままでいたかった。
でも、そうはいかないものだ。ときに組織は変革を強いられる。古い細胞はもはや、押し出され剥がれ落ちることに抗うことができないように。
定義された避けられない事象、それが"変わる"ということ。
(あ、ああ・・・・長くなったな)
つまり、俺が言いたいことは、だ。偶然か、必然か、きみも変革の渦に在るんだよ。
「セシル・ハルガダナ」
「・・・・?」
商店が並ぶ街の中心部には、大きな噴水が印象的な広場がある。俺が、そこで大人しく連れの帰りを待つ間の話だ。
俺の名をつぶやき、隣に座った男。
無精ひげを生やした中年。全身を緑色のスーツに包む独特な格好だが、残念ながら、俺は心当たりがない。
「すみません、なにかご用でしょうか?」
(この人、なんで俺の名前まで・・・・)
「あー、なに。きみにみっつほど言っておきたいことがあってね」
「————????」
「これは、申し遅れた。俺はカーペンター・スリーといってね。解放戦線の、まあ、リーダーということになっている」
(・・・・?)
カーペンター・・・・スリー・・・・‼
"
「だからこそ、私はカーペンター・スリーのやり方には納得できないんだ‼」
"
キャロットが言っていた、あの男か。
"解放戦線"が、俺に?まあ、言いたいことは山ほどあるかもしれない。
「まあ、聞くだけなら構わないけどな。あまり時間もない」
「ふふ、そうか。世間話は嫌いらしい」
「すくなくとも、あんたとは話したくないな」
(・・・・!)
俺の言葉に、彼は多少驚いたような反応を見せた。しかし、すぐにそれを消化したようで、冷静な顔つきに戻る。
「嫌われたもんだが、まあいい。
俺も、もたもたしてるとまずいんだ。手短に済ませようか」
男は俺の前で人差し指を一本立てると、「ひとつ目」と言った。
「セシル君、きみ、解放戦線に入らないか?」
「・・・・」
(またそれか)
「なんというか、きみの話は聞いている。ただ、色々あっただろう?だからいま、本音を聞きたいと思ってね。もし入る気があるなら、歓迎したい」
男は笑顔を見せた。話は聞いている、か。それはそうだろう、俺はいままで彼らと共闘したこともあれば、決別したこともある。
ただ、基本的に俺は。
「何度も言うように、解放戦線の考え方には納得ができない」
「はは、そのことはね・・・・?」
(そのことなら、徐々にわかるさ)
セシル・ハルガダナは、まだ未熟なだけ。彼はまだ、世界の広さを知らない。そのときには・・・・いずれかならず、きみは我々のようになる。
カーペンター・スリーからすると、そう確信できる。だから勧誘しているのだ。
「でもまあ、慣れていけばいいだろ?」
(ちょっと強引になっても、ね)
不敵な面である。もちろんセシルも、彼に信頼をおいていない。
「入らない。あんたがリーダーなんだったら、なおさらそう思うだろうな。それに、俺には――――」
「————はあ〜!そうか、そうか」
まだ発言の途中だったが、男は心底残念そうな顔を作った。が、しかし・・・・どこか、はじめからわかっていたという風な感じもした。
「きみの稀有な魔法の才能、大将位をもしのぐその実力。喉から手が出るほど欲しいんだけどなぁ。まあ仕方がないか、考え方が違う。うん、これは非常に重要な問題だ。それは俺も、もちろん理解している」
(・・・・)
「そう、だからこそ。我々も、きみに協力することはないね。これがふたつ目だ」
ニヤッと子どものように笑い、そう言い放つ。そして彼は右手の人差し指に、中指を足した。
「何度も言いますが、それはお互いにとって不利だと思うがね」
「関係ないよ。僕らは仲間ではないし、考え方も違う。そうだろ?」
「はあ・・・・」
「それから、みっつ目。これがもっとも重要な話なんだけど・・・・」
どうやら、そうらしい。男は意味ありげにためを作って、こちらの注意を引いた。
「キャロットはあげないよ?」
「・・・・!べつに、欲しいとは思っていないですよ。ていうか、数日一緒にいただけですしね」
「ああ。そのことは、非常にありがたく思っている。彼女とはこのあいだ、《《いさかい》》があってね。お互い頭を冷やす必要があると思っていたんだ」
(やっぱり。あいつ、俺の見舞いに来たっていうのは口実だったのか)
「有難く思ってくれるなら、彼女の世話代を解放戦線から出してくれてもいい」
「はは、それとこれとは話が別さ」
(別ではないだろ)
「それで、彼女。つまりキャロットは、きみと同等とは言えない。はるかに我々にとって重要な能力がある」
「感知能力、か?」
「おお、なんだ知っていたのか。でも、それだけじゃない。彼女がいれば、魔道具がなくとも離れた場所への通信ができる。これはとても便利な魔法だ」
つまり、"通信魔法"のことである。たしかに、高価で持ち運びのしづらい魔道具よりも、よほど簡単に、そして有効に情報のやり取りができるだろう。
「情報を制する者が戦を制す、ってね。とにかく彼女は我々に必要なんだ。もし、キャロットがベクラマを辞め、きみたちに協力するなどと言い出した場合は――――」
「ああ、どうなる?」
「悪いね。きみと、それからきみたち部隊の皆さんには、死んでもらわなくてはならなくなる」
「・・・・。迷惑な話だ」
「はははは、そうかもしれない。だけど俺たちとしても、仕方がないことなんだ。だから、理解して欲しい」
「頼んだよ」と言ってもう一度、念を押したカーペンター・スリー。彼はそれから静かに立ち上がり、群衆の中へと消えていった。セシルはそれを静かに見送るが、あまりいい気分とは言えなかった。
*第五十一話へつづく




