+++第四十一・一話:ジャレクソン・ピグレット
これは遠い、遠い昔話。
ある青年は答えのない難問に挑んでいた。
“人の命は平等なのか?”
この問題に直面したのは、辺境の村が深刻な飢饉に見舞われたからだ。ジャレクソン・ピグレットは迫られた。
“弟と姉、どちらを助けるか?”
彼は弟を助けた。理由は単純だ。弟はよく働くし、頭が良かった。ピグレットにとって、ふたりの命は平等ではなかったのだ。
やがてその弟も王国軍に殺された。反亜人族政策にかじを切った王国は、ピグレット以外の村民も全員虐殺したのだった。彼は解放戦線に入隊し、頭角を現していく。
“しかし、この憎しみはどこから来るのか?”
人の命は平等ではない。彼らにとって村民が、殺すに値する命だったのだ。自分が弟を助けるため、姉を殺したように・・・・彼らの大義のもとで殺人は行われたのだから。
“だとしたら、なぜ戦うのか?”
この問いを考え出したとき、ピグレットはすでに60歳を超えていた。解放戦線で主導的な位置に立ち、仲間を何人も見殺しにした。仕方がないのだ。作戦遂行のためには、犠牲もまた、必要だった。はずである。
”戦わなければ彼らは死ななかった。じゃあなぜ戦うのか?”
「それはそうだ。戦わなきゃ、結局いつか殺される」
そのとき、ジャレクソン・ピグレットはそう答えた。
“それは弱者の考えだろう?だって、命は平等じゃないんだ。王国軍がそれをどう扱おうと、自由じゃないか”
「だからこそ、戦っているんだ。
私たちが強者になれば、平等な平和の世界が実現できるだろう」
「あははははは!」ここまで言い切ると、心の中の自分は高笑いした。
“本当は、わかってるんだろ?だって命は、平等じゃないんだ”
「あ・・・・・・」
そうだった。
「じゃあ、俺が・・・・・・。
わしが・・・・・・どれだけ努力しても、変わらないじゃないか」
自分が一番理解していることだ。強者と弱者が変わっても、結局争いは絶えない。立場が逆になるだけだ。なんの解放もない、結局、死は避けられない。
「わしは、なんで戦っているんだ?」
もう、いいじゃないか。
答えはもう、出たんだろう?
・
・
・
・
「————ンバー」
「ん?」
「————シンバー・ベアード!」
「・・・・。
なんだ、誰だ?もう、起こさないでくれないか?」
それは、自分だった。老いてもいないし、若くもない。
それでも、鏡に映したように、完全な自己。今更いったい、なにを言いに来たというのか。
「駄目だ。お前はまだ、答えを出せていない」
「残念じゃったのう。答えならもう出たんじゃよ。わしの人生を振り返っても、答えはひとつだけだった」
「本当に?」
「うん?どういう意味じゃ?」
「本当に振り返ったのか?じゃあなぜ、そんなくだらない結論に至るんだ?」
心は完全に決まったと思った。それでも、どこかその言葉が、心に引っかかる。
「お前は本当に、死んでいった者たちの顔を見たのか?
どんな顔をしていた?彼らはなにを伝えていたんだ?」
(あ――――?)
姉さん――――⁇
“
「ジャレクソン、ありがとう。
賢いあなたが弟で本当に良かった――――弟を、頼んだわ」
”
そうだ、あのときわしは・・・・頼まれたんだ。
弟の方を助けろと、そう言われて――――どうして忘れていたんだ?
“
「シンバー、お前は俺たちの希望だ!
お前ならきっとやれる!だから、俺たちにかまうな!」
「そうだ、シンバー!俺たちは、夢のために戦って死ぬのは、怖くねえぞォ‼」
「そう、俺たちの夢————!」
『「「「————平等な世界!」」」』
”
なぜ、忘れていたんだろう。無視していたのかもしれない。
簡単な答えにたどり着こうと、必死だったんだ。仲間たちのあの言葉、嘘偽りのない、真実があったから、わしはここまで走ってこれたんだ。
「————おれは、シンバーさんといっしょに、たたえて、しあわせ、でした!」
「カルロス!」
そこには、ついさきほど名誉に死んでいった仲間の姿もあった。
「そう、か」
————————
————————
————————
「そう、だったのか」
その言葉を発端に、かつての仲間たちがつぎつぎと浮かんできた。
「そうだぞ!シンバー!」
「お前があっての解放戦線だ!」
「お前が悩んでたら、誰が引っ張る?」
「みんな心配になるだろうが!」
「理想を見せてくれ~!」
「平和な世界をつくるんだろ?」
「みんな・・・・!」
「さあ、どうする?シンバー・ベアード。もはや命は長くないのはわかるだろう。最後に、べつの答えを出すべきじゃないか?」
なんてことだ。
殺してしまったとまで思っていた。それがいま、この場でもなお、わしの背中を押してくれるのか。
「ほほほ、そうじゃのお。
そのとおりじゃ。まだ答えを示せてない。わしは、まだやらなくてはならない」
「ああ、ようやくか。
頼んだぞ――――やってきてくれ」
それは、つぎの刹那にはすっかり消えてしまった。
まるで、長く続いた心のしこりが、無くなったかのように。
「————まだまだァ!」
「ッ!
シ、シンバアアアアア!」
そろそろくたばれ!
「この、老いぼれがァァァ!!!!!!」
間違いなく重い一撃。しかし、まだ受けきるのか⁉
このジジイ、もはや精神力だけで動いてやがる。身体はすでに使いものにならないはずで、命をつないでいるのは、絶え間なく供給される自然エネルギー!
自然までもが、いまとなっては完全に奴の味方なのだ!
(駄目だ、この男はいますぐにでも)
――――殺さなくては!
「貴様は、もはや亡人!
そうだろう!?戦闘中に周に気をもむものなど、もはやここにいるべきですらない!」
強力な魔法を、出そうと思えばもっと出せたはず。
状況は依然有利だが、決着がつかない。とてつもないレベルの戦闘が続く。
「おおおお!炎魔法:ヂラッダァ!!!!」
業火の塊が、シンバー・ベアードに向かう。これを避けようと思えば、できただろう。しかし彼はそうせず、真正面から素手でそれを払った。
「――――ッゥア゛!」
「魔力で強化してたとはいえ、熱いだろ?なにしてる?」
理由は明白。
「後ろの家だ」
生命反応がある。ジジイが見逃すわけもねえ。
「なぜだと聞いている!」
「ほほほ。人の命は、平等じゃ」
「――――ッ!!!!これ以上!戦場を汚すな!シンバーッ・ベアードッ!!!!!!うおおおおおおおおお!!!!!!」
「はあああああああああ!!!!!!」
両者は最後に、鋭い魔力を練り上げた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「闇魔法:べレッド・レッド!!!!!!!」
「光魔法:ヤニンムゼ!!!!!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
終極位に向かっていく光は、ナノサイズの無数の槍で構成される。
「はあ、はあ・・・・うッ!!!???」
光が過ぎ、それをいなしきったと確信した男は、激しく吐血する。
「ッああ!?なん、、、、だこれは!?!?」
シンバー・ベアードは、火力重視の闇魔法に対して正面から挑まなかった。彼は透過性質が高く、かつ殺傷能力を維持したヤニンムゼを選択。確実に終極位の命を奪うことを意図した。
「お、おい待て待て。
これは、、、、回復しない!?身体が動かんぞ!!!!」
呼吸も次第に弱くなる。心拍が衰え、視界が限られた。巨体は地面に膝をつくと、そのまま倒れ込んでしまう。
「ジ、ンバー!!!!ぎ、、、、ぎざま!!!!」
まずいまずいまずいまずい。
本当に死ぬ。このままでは、死んでしまう。
「なんとか、いっだら――――どうだッ!!!!」
懸命に顔をあげる。するとそこには上半身の無い、ただの物体が転がっていた。
「さきに逝く――――」
「ふざけるなァ!お前と一緒にするなよ!
俺にはまだやることが山程あるんだ――――ッ!
シンバアアアアアアアァァァァァァ――――――――――」
・
・
「――――戻ってきたか、シンバー」
「ああ、ありがとうみんな。わしにもう一度チャンスをくれて」
「本当は、お前にはもう少し生きていてほしかった」
シンバー・ベアードを迎える無数の人影は、そう言ってみな複雑な表情だ。
「いいんだよ。そもそもわしは、覚悟をしていた。戦場であの男の姿を見つけたときから、こうなる覚悟を」
(改めて、すまなかった・・・・)
そして、こんなわしのことを想ってくれてありがとう。
このことを知ったら、彼らはどう思うだろうか?いまも必死に作戦を続けている、現解放戦線の彼らは。
わしは、みんなには嘘をついていた。
本当に動けなくなる前に、せめて納得のいく形が欲しかったんじゃ。まさかこうなるとは思っていなかったが・・・・終極位を道連れに逝けるなら本望。
「信頼できる仲間がいるんだろう?」
「ああ。彼らがいるから、わしは、安心して退場できるわい!」
(うむ)
解放戦線。それはわしの人生で大部分を占めたからのう。良くない思い出も多い、いや・・・・ほとんどか?
ほほほ・・・・。
じゃが、それを通じて出会った人たち。思い出の一つひとつが、わしにとってのかけがえのない財産じゃ。
あとは、任せたぞ――――みんな!!
・
・
・
・
*
【シンバー・ベアード】。
彼がジャレクソン・ピグレットとして生を受けてから、早くも二百年弱。男はその間、世界に確変的な変革をもたらした。
三百年続いた魔王時代から、英雄フェリックスによる魔王討伐が二百五十年前。亜人族差別の全盛期を生き抜いた彼はまた、それにあらがう抵抗の象徴だった。
そして激動の時代からもう一人。【ダルウィン・エリクアッツェ】は王国軍きっての右翼。亜人族撲滅を語り、その背中で兵たちを引っ張ってきた実力派である。
彼の死を受け、臨時に指揮官となったハーヴェスター・ロドリゴ大将位でさえもが一瞬報告に間違いを疑う。信じたくない――――そのような気持ちがどこか、襲ったのかもしれない。
総合的な戦力、士気の低下。そしてなにより王国側の被害の増大を踏まえ、軍は支配地域への撤退を決定した。
*第四十二話につづく




