+++第三十五話:エルク・ダンヴァード
【一年前】
「どういいつもりだ、ジジイ・・・・‼」
その日、エルク・ダンヴァード【組織内名称:バッド=ガット・シュルク】は恩師に対して牙を向いた。灰色の体毛を逆立て、表情はいっそう強張る。
解放戦線の幹部である彼と、そのリーダーたる人物、シンバー・ベアードの間には、日常的にいさかいが絶えない。
それもそのはずで、解放戦線内でもきっての強硬派であるバッド=ガット・シュルクと、穏健派でもあるリーダー。意見が合うはずがないことは、仲間たちが一番わかっていた。
昔は仲が良かったと聞くが、新参者にとってそれは嘘のような話でしかない。
「王国軍と新しく協定を結ぶ、だァ⁉ふざけんな!俺は納得いかねえぞ‼」
「・・・・。
シュルク、これは決定事項だ」
「うるせえ‼
だいたい、あんたの政策のせいでどれだけのやつらが死んだと思ってる⁉専守防衛が聞いてあきれるんだよ、クソったれがァッ‼」
シンバーのいたって冷静な態度がまた、彼の情緒を逆なでた。近くの小机を蹴り壊し、息を荒げる。
「逆じゃよ、解放戦線の勇気ある決断で、尊い命がいくつも守られた。なくなったものを数えるばかりでは、なにもできんさ」
「―――――――ギリッ‼」
(だから、それで説明を済ませんのかよッ・・・・‼)
大勢を守るため、王国軍の畜生共と協調して・・・・ほかは知りませんご愁傷さまでしたってか⁉そりゃ、もう解放戦線と言えねえだろう‼
作り上げたこぶしから、血の雫が滴る。
「大人になれ、シュルクよ。
お前の言うように、王国軍と全面的な戦闘を続ければどうなる?解放戦線や亜人族に、昔のような力はもうない」
「ああ、ああ。確かにそうだよなァ‼
昔のあんたなら、同胞たちの死を黙って見てるなんて、絶対しなかったはずだ」
(・・・・)
「なんとでも言え、若造が」
「――――ッグア゛‼」
ここで、ガット・シュルクは脳天でなにかが切れたのを感じた。
「そうか。なら俺にとって、解放戦線のリーダー、シンバー・ベアードは、死んじまったってことだよなァ⁉」
爪先に膨大な魔力を溜めあげ、右腕を振りかぶる。
「だったら、てめえも消え失せろッ‼なんだかよくわからねえ、老いぼれがよォ!俺が代わりに、理想をかなえてやるから―――――」
【ジュバア――――――――ッ】
黄色交じりの、赤黒い閃光とともに乾いた発散音が振動する。解放前の魔力は、その一瞬不安定な状態がぶつかり、彼の魔法は消滅した。
シュルクは自分の腕が老人に届かなかったこと。そして何事もないように彼がお茶を一口含んだことを確認し、横にいる少女をにらんだ。
「てめえ。ホワイト・ピア‼」
それまで壁際で黙って会話を聞いていた彼女が、すらりとした腕を伸ばして攻撃を無力化したのだ。
それでも、いつもの無表情は変わらない。
「それはないでしょ、シュルク」
「てめえもそっち側か。まあそうだよな。みんな死んだ後に、せいぜいジジイの介護でもしてろよ」
(・・・・)
そう言い残すと、シュルクは二人に背を向けた。
「どこへ行く気かな?きみは―――――――」
「死ね、関係ねえだろ」
二人のやり取りを聞きながら、シンバーはどこかかさみしそうに、しかし表情は変えなかった。
「――――ジジイ、俺は出てくからな。ほかにも、同じ考えのやつはたくさんいるんでね。俺は、俺のやり方でやる。邪魔すんじゃねえぞ‼」
(ああ、そうか)
戻れ、後悔する、死ぬぞ、止めておけ。さまざまな文句が浮かんだ。
しかし、去り行く大きな背中に、ジャレクソン・ピグレットは結局・・・・最後までなにも言えなかった。
*
理想じゃねえ!現実にするんだよ。
――――――――軍。いや王国自体を破壊し、誰もが平等な世界を作ってやる。
「グハハハハハッ‼
いいねえ、今度こそ強そうなのが来たじゃねえかァ」
バット=ガット・シュルクは西の境に、巨大な魔力を感じる。かつての恩師、シンバー・ベアードにも引けを取らないレベルだ。
(興奮物質が出すぎて、逝っちまいそうだァ‼)
兵士の遺体でできた血の海。パシャリと音を立て飛び出すと、スピードを上げる。
(てめえを殺して、巨大なのろしを打ち上げようかッ‼)
だいぶ王国兵も姿を出し始めた。潜伏してたのは、全体のナンパーだ??
まだまだこんなものじゃねえだろ!!
「――――オラオラオラオラッ、どけどけェ!!」
目につく敵を切り刻みながら進む。
わかりやすく制服なんて、着やがって・・・・格好の獲物なんだよ。
そして――――。
そんな彼には民家から、羨望の眼差しが集まる。危険を承知で窓から顔をのぞかせ、男の勇姿を目に焼き付ける。
「かっこいい・・・・」
どこかの子どもはそう呟いた。
人間族と亜人族の間に隔たる壁。それが、計り知れないほどに大きなものであると実感させる。
「――――!!」
そんななかで、ある女の後頭部から30センチというところ。バッド=ガット・シュルクの爪が鈍い音を立て、空中に止まった。
「あら?
なにかと思えば――――」
彼女は胸にまでかかる長髪をなびかせると、シュルクの方に向いた。
(なかなか強力なプレッシャー・・・・)
「坊や、名前は?」
「バッド=ガット・シュルクだァ!!」
「・・・・!」
その名前に、女は聞き覚えがあった。というよりも、作戦を立案する段階でもっともよく聞いた文字列かもしれない。
アラン・フェバス大将位はにこりと笑みをこぼすと、左腕を彼の顔面に伸ばす。
(・・・・なんだァ??)
この、違和感・・・・。
いままでに感じたことのない不安定な感覚――――‼
(体が動かねェ)
「そう、あなたが・・・・覚えておくといいわ、女性に触りたいときは―――――
――――
――――――どこまでも丁寧に、ね」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
「―――――――――――ゲボァ‼⁉」
頬に冷ややかな体温が伝わったと思えば、今度は腹部に強烈な打撃を受けた。高速で風を切る音が耳に伝わり、冬の冷たい空気が体を刺激する。
(~~~~~~~~~~‼
この威力は―――――――ッ⁉)
そのまま後方の壁に突っ込むと、頭上からがれきの山が崩れてくるのを受ける。
「・・・・いいわぁ。
でもこれで終わりではないはず。デニョンム?――――もう一度、振っておこうか」
フェバス大将位がそらにそう言うと、空中に漆黒の円が渦を巻き始めた。ぱちぱちと放散音を立てると、なかから異形の巨体が現れる。
(魔獣、じゃねェなァ・・・・どう考えても)
そもそも生物ですらないように思える。下半身にかけて一本の線のように細くなり、顔には目や鼻などの器官が存在しない。
「――――悪魔かァ?」
「そう、正解・・・・!」
これは私が使役する悪魔。デンニョム=ジバルンデージョは、魔法とはまた別の強力な能力で世界を改構できる。
(それがなんなのか・・・・深く考える必要はないさ)
大切なのはデンニョムが私の駒であり、契約に基づいて行動するということ。
「どうしたの?早く振りなさい」
「あ゛い゛・・・お゛まじない゛、し゛てまし゛だ・・・」
そう言うと、頭上の悪魔は立方体を放った。
それは空中で数度回転すると、黒い光とともに軽い衝撃波を放る。
(・・・・⁇)
なんだァ?
シュルクをはじめ、常人には一連の行為を理解することは難しいだろう。しかしながら、アラン・フェバス自身は、彼女に一定の効果が付与されたことを感じ取った。
|流血条件に対して、効果は魔力出力の倍化|
(・・・・‼)
「――――――はは。
まじない効果はてき面のようだね、デンニョム!」
躊躇はない、彼女は手の甲を爪で搔き切った。大きく大気を吸い込み、懐で魔力を圧縮する。
(炎魔法:エスディラ――――――――――――‼‼‼)
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「・・・・おいおい、冗談だろ」
見たことないような規模の魔法に、さすがのシュルクも額に汗をつたらせる。たとえるなら、オレンジ色の山が高速で向かってきているような感じだ。
(熱ッチいなァ・・・・)
本当に、このままじゃ――――――――。
焦げちまいそうだぜ。
「―――――‼‼‼」
巨大な破裂音が響き、地面から巨大な噴煙が巻き上がる。
地割れ、崩壊。爆発によって地形が大きく変化した。フェバスの炎は空中に放散し、そこから現れた人影は自慢げに頬肉を上げる。
(爆発、、、、魔法―――――⁇
馬鹿な、聞いたことがない‼)
それにこの威力、馬鹿げているわね。くわえて・・・・彼はあの状況下で、後ろにいる住民までを守り切った。
「これで終わりじゃねえ」
(――――⁉)
今度は、フェバス大将位直下の地面が大きく隆起し始める。まさか―――――‼
「爆発魔法:ジラニガルアム!!!!」
激しい上昇圧力にさらされ、彼女の視界は半透明の紫に揺れた。
(クッ――――――‼)
しかし・・・・面白い。
この程度かわして見せなければならない。
だからこそ、の。王国軍大将位だ。
「魔力の無駄使いだったようだな!」
(―――――チッ‼)
なにごともなく、無傷でかわした大将位。
シュルクはさらに気性を荒げる。
魔力の無駄遣いは――――できねェ!
力強く地面を蹴ると、自慢の脚力で一気に加速した。そうして戦局は移り、接近での肉体戦の様相を呈し始める。
正面から迎え撃つフェバスに対して、体格的に有利のあるバッド=ガット・シュルク。彼は、積極的に攻撃を繰り出す。
「――――――そろそろ死ねよ」
圧倒的な腕力と、天性の強さを持つ鉤爪・・・・彼の攻撃力は最高峰。そのはずだ。フェバスはそれを踊るようにしてかわし続ける。
「はあ、はあ」
(なぜ当たらねェ)
「ふふふ、教えてあげようか?」
これも悪魔の能力と考えるべきだろうか?いや、しかしさっきから目立った動きは見せていねェ。
体とともに頭までを動かす。その状況はシュルクにストレスを積み上げていく。
「あッははははは、面白いなあ。戦闘っていうのはね、体格がすべてじゃないんだよ」
美しく白い歯をのぞかせ、彼女は大きく笑った。
(そう。むしろ才能持ちは、フィジカル一辺倒になりやすい)
ここで舞踏会は終焉を迎え、フェバスの上段がシュルクの頭蓋を揺らした。
「ガア――――ッ!!」
「私からしたら、きみのような馬鹿が一番やりやすい・・・・」
(・・・・‼)
シュルクは結局、顔面血だらけで地面に転がった。
馬鹿――――ねェ。
そういえば、いままで言われたことはなかった。俺とやればほとんどは、ただじゃ済まねェ。唯一ボコされた爺さんには、なんだっけなァ。
まあ、関係ねえよなァ・・・・。
「土魔法:ドリュ=エンドクス‼」
(――――‼)
瞬間、フェバスの視界が暗転した。
周囲をかたい岩石に囲まれたようだが。彼女が試しにそれを小突くと、魔力波の影響で指の皮膚が剥離した。
(簡易的な魔法柵が施されているのか⁇)
そうはいっても、かなり高度な結式。まさか、先ほどからこれを狙って――――――?
(・・・・・・。
なるほど、馬鹿ではないということだ)
ただ閉じ込めるだけとは考えずらい。
もちろんここからなにか仕掛けてくるはずで、私一人では脱出に時間がかかる。仕方がない。
「――――――デンニョム」
・
・
・
「らああああああッ‼」
勢いよく手を突くと、ドーム状の石壁は反対側から爆散する。なかに居れば、ただでは済まない。そういう魔法だ。
「・・・・しぶとい」
「それは、こっちのセリフだと思うがな?」
バッド=ガット・シュルクの背後から、めらめらと燃え盛る炎剣が彼の腹部を貫く。
「はは、私の勝ちだな」
悪魔、デンニョムの能力はシンプル。サイコロを振り、出目による効果をフェバス自身に付与。または場合によって、それを相手や周辺環境に強制的に受けさせるというもの。
だからこそ、その都度のランダム要素も強い。その一方で効果は、ふたつまで保持できるのだ。
つまり、ひとつはホールド可能。
(私がキープしていたのは、無条件で一分前に自分がいた位置まで移動できる能力)
戦闘中、極めて有用なこの能力はしばらく使わずにいるつもりだった。
「強さは認めようか」
「いらねえよ、俺は誰にも媚びねェ。それにお前、いまから死ぬんだぜェ⁇」
(・・・・⁉)
この亜人族、なぜ死なない?
私は確かに急所を突いたはず――――獣人族であろうが、基本的な内臓の位置は人間族と変わらない。
では、なぜ⁇
「知ってっか?内臓、血管。全部筋肉でできてるんだってなァ」
血液であふれる口元が、そう動いた。瞬間、フェバスは彼の言っていることを理解した。
嘘だろう?
内臓を、意図的に動かすことが可能なのか――――⁉
(まあ、俺はろくに教育も受けてねえから。知らねェけどッ‼)
そのとき――――日に輝く鋭爪が、女の《《のど元》》を切り裂いた。
シュルクの強烈な一撃は、王国軍大将位に致命傷を負わせるだけではすまず、その体を遠方に薙ぎ払った。
「最初に言ったよなァ?どけ、ってッ‼」
*第三十六話につづく




