+++第二十九話:不穏な話
「――――あ、怖気づかずに来ましたか」
俺の姿を視認してだろう。マニエッタ太極位が最初に放った言葉だ。
「怖気づくもなにも、俺としては願ったり叶ったりですよ。まさか王国軍太極位に指導を請えるなんて」
「ええ。なかなかないでしょうね。ですから私も、"教え方"についてはまるでわかりません。とりあえず、死なないでくださいね?」
くすくすと笑みを浮かべながら、彼女は恐ろしい発言をした。
「しかしながら――――今日は、身体がすこし疲れているようです」
「あ、え?」
そのとおりだ。俺は正直、連日の作業でクタクタであった。
「わかるのですよ。私は武術も嗜んでいますから。メカニクス面は重視しています」
「はあ」
「腕、出してください」
「・・・・」
なされるがまま、彼女に従う。
「って、いでででで!?ちょ!痛いですよ!!」
「はいはい。これでどうですか?」
「いやどうって?あ――――あれ?」
(腕の感覚が、ずっといい)
重い感じが消えたのだ。いったいどういう原理なのかわからないが、彼女が俺の腕を。
「治してしまった、なんて考えないでください。単純に、応急処置をしただけですから」
彼女は続いて俺の背中に触れ、体の痛みを和らげてくれた。
「ありがとうございます」
「ええ。でもこれくらいしないと、訓練になりませんからね。調子はどうですか?」
「だいぶ戻りましたよ」
「そうですか」
彼女は俺から一定の距離を置くと、ふたたび口を開いた。
「じつはこのとおり、腕が治ったんです」
彼女は隠していた左腕を顕にした。
「――――!それは、なによりです!」
「ですから、遠慮はいりません!」
「?
わかりました!」
不思議な距離感である。すこし声を張らないと届かないだろう。そうして視界の隅にあった彼女の姿は、一気に加速し大きくなった。
(〜〜〜〜〜〜!!??)
振り上げられた彼女の足を、なんとか腕でガードする。
「ちゃんとやらないと、怪我をしますよ」
「いきなり実践なんですね」
「それ以外教え方を知らないもので」
手・足、手・膝。つぎつぎに飛んでくる攻撃を、うまい具合に受け流す。それをどう判断したのか、彼女はペースを上げ、裏拳を俺の顔にぶつけた。
「ブァッ!!」
「ふむ、体術はまあまあですね」
「褒められてるんですかね!?」
俺はそのまま、魔力を地面に解放した。しかし、冷気を感じ取った瞬間、マニエッタは飛び上がり距離を取った。
「発動時間が遅すぎる。それでは決め手にはなりません」
「じゃあこれはどうです」
「!」
意表をつかれた彼女の足首に、蔦が巻き付く。
(森林魔法:ルガザルド)
「発動速度はいい。それに、組み合わせもね。しかし、強度がイマイチですね」
<ブチブチ>と音を立て、それは簡単にちぎられる。
「では、つぎです」
「――――やばい」
休む間もない。彼女は恐ろしく巨大な魔力を練り上げたようだ。こんなの、あのベルセベルデでも感じなかったぞ!?
「炎魔法:テルスペルタ」
巨大な炎の波。しかしそれはただの炎ではなかった。極限まで洗練された魔力による、より強靭な世界干渉。
「氷魔法:スワル=アイス!」
そして、俺にできることはこのくらいだ。前方に氷の壁を作る。
(なんとか、直撃を避ければ・・・・)
しかし、熱圧によるエネルギーで、前方の壁は瞬く間に溶け消えていく。
「ええ、、、、まじか、、、、」
これで、終わり。死ぬのか?訓練なのに??マニエッタさんは俺に恨みがあったのだろうか?
いづれにせよ、もうすこしすれば俺は文字通り焦げ死ぬ。が、次の瞬間。
地面から、今度は巨大な土壁が現れた。それは俺の魔法の2倍ほどあるが、迫りくる業火をしっかりと防いでくれた。
「土魔法:エル・ダンテ」
「あ・・・・マニエッタさん。き、肝を冷やしましたよ」
「そうですか?まあ、本当に当てるわけはないでしょう。しかしハルガダナ君、あなたの対応にはいくつか物申したいことがありますよ」
動揺する俺とは真逆に、淡々と指導を進めるつもりらしい。彼女はすると、さきほどの魔法戦を振り返った。
「まずははじめの選択です。なぜ防御をしたのですか?あなたは、回避を選ぶべきでした」
「・・・・」
たしかに、俺と彼女の魔法差は歴然だった。そうであるならば、魔法に魔法をぶつけても解決策にはならない。
「単純に、範囲が広すぎたんですよ。炎であれば熱も考慮しなくてはいけません。一瞬で回避できるとは思いませんでした」
「そう、気がつきましたね。それがあなたに足りないものの、ひとつ目です」
「どういうことですか」
「つまり回避策ですよ。魔法戦で対抗できないのであれば、必須のスキルです」
太極位はそう言って、魔法を唱えた。すると、俺の近くに魔法陣が展開され、あの羊が一匹現れる。
「メェ~」
一言そう鳴くと、二者が瞬く間に入れ替わった。
「!!??」
「このような魔法です。これがあれば、つねにイレギュラーにも対処できるでしょう?」
(・・・・)
彼女の提案は有用、というよりも、現実離れしすぎてぎゃくに難しくする。
「そんなの、特殊例ですよ。俺にはできません」
「できないと決めつけるのは簡単ですよ?しかし、あなたも気がついているはずです。自分の魔力が、特殊であると」
「たしかに、俺は基本七大属性が使えませんし、かわりに希少魔法は扱えますが・・・・」
「そうですね。自覚がないようですが、あなたにはかなり伸びしろがあります。無駄にしないように」
「はい・・・・」
伸びしろ、かあ。そう言われても、難しい面はある。希少魔法は使い手がほとんどいないのだから、その発展や工夫はすべて一人でやらなくてはならない。
いろいろ考えていると、しかし彼女はまだ言い足りないらしい。留まることなく改善案が飛んでくるのだ。
「それから、防御を選んでからの対応も最低でしたね。炎に対して、氷ですか」
「あれが俺の最防御策なんですよ」
「だとしても、氷は溶ければ熱湯として襲ってきます。高温の蒸気で呼吸も難しくなる」
たしかに。彼女は俺が経験した場面を振り返るようである。
「たとえすべて守れるとしても、氷でやるべきではなかった」
「逃げるしかなかったということでしょうか?」
「いえ。守るのであれば、氷をべつの物質に変えてしまえばよかった」
(・・・・??)
「あれ?このくらいは、テラーリオに教わりませんでしたか?」
彼女はそう言って、魔力を練った。
「物質魔法:転」
「――――!?」
すると、彼女が触れていた木の幹が、まるで岩のように変わった。
「触れてみてください」
「・・・・わかりました」
それは、"木"の形状を保ったままだ。しかし触れるとザラザラ硬く、さらに砂が掌に付着する。
「中身だけ、岩に変わったみたいだ」
「そのとおり。これが物質魔法です。あなたはまず、これを覚えなくてはならないでしょう」
会得難易度はC。基本七大魔法の次、汎用魔法に分類されるらしい。
「ですからあなたのセンスであれば、すぐに会得できるかもしれませんね。あくまで、適性が合えばの話になりますが――――」
彼女はそこから、流れるように話し続ける。魔法の説明、コツ。戦い方の基本と、俺の改善点。
正直、なにが彼女を駆り立てるのかはわからない。俺としてはありがたいが、一度に覚えられるとも思えなかった。
・
・
「・・・・はあ、そうですね。では今日はこのあたりで終わりにしましょうか」
一時間ほどたった頃。俺の状況をようやく察してか、彼女はそう終止符を打った。
「あ、ありがとうございました・・・・」
瞬間、俺はその場に座り込む。いろいろ、頭を整理する時間が必要である。マニエッタ太極位はそれを見て、顔を一瞬しかめた。おそらく、身体の使い方に注文があるのだ。
「教えましたよ?怪我のリスクには、十分気をつけるように」
「すみません、わかりました」
「・・・・ええ、はい」
(・・・・?)
しかし、彼女はその場にとどまったままだ。訓練が終わったのだから、さっさと帰ってしまいそうな印象もあったが・・・・。
「どうしたんですか?」
「いえね、迷っているんですよ」
「はあ」
(・・・・?)
本当にそんな感じである。彼女はただこちらを見つめ、表情を変えない。
「・・・・・・。いったい、なにをです?」
辺りが静まり返ったような感覚。一方ではなにか、これ以上踏み込んではいけない領域のような気がする。
「気になりますか」
「ええ、まあ?」
しかし、とくに気にすることはない。結局、探究心が勝ってしまうからだ。
「そう、そうですね。私が伝えなくても、いずれわかることかもしれません。でもいま、これを伝えるのは私のエゴでしょう」
彼女は言い聞かせるように前置くと、ゆっくりと口を開いた。
「王国軍は今朝、ある作戦の実行を決めました。多種族都市セントレーネにおける、亜人族殲滅作戦です」
無表情のまま、彼女はそれを言い切った。
*第三十話につづく




