+++第二十六話:祭りの準備
「ただいま」
お昼どき、フェーラルスは茜荘の扉に手をかけた。一週間に渡る、北西支部での拘束。解放されたのはつい二日前の話だ。こうして、セシル・ハルガダナとともにエルシア・フェーラルスが第43地区に戻った。同じ部隊のロッカ・ノセアダも、それを待ちわびたように迎える。
「いやあ、長かったねぇ!二人ともお疲れさま!」
「うん。ありがとう、ロッカ」
「そういえば、先輩は何日ぶりなんですか」
「だいたい、2カ月くらい・・・・」
疲労に満ちた声で、フェーラルスはそう言った。そりゃ、いろいろ新鮮に映るかもなあ。誰かが学校で描いたであろう作品を、興味深そうに見つめる。
「セイヤッタも、ずっと会いたそうにしてたよ」
「そっか。この時間は学校だもんね」
「うんうん」
長廊下を歩きつつ、どこに向かうのか。
「・・・・」
「ちょーっと!セシル君!」
「あ?なんだよ」
キッチンに入ろうとした俺の前を、ノセアダが身体で塞ぐ。
「待ってって言ったの」
「だから、なぜ?」
「心の準備が必要、だから?」
「はあ?まあじゃあ、準備できたよ」
俺はそのまま扉を開ける。すると、かなり悲惨な光景が飛び込んできた。
「なん、だこれ」
「あちゃー」
そこかしこに散らばる、皿と食器・袋の山。控えめに言って、生活できないレベルだ。
「ああ、やっぱりごちゃごちゃだね」
「やっぱり、ってえ!先輩はそれでいいんすか!?」
「まあ、いつものことではあるから」
「きれいに使えって言ったよな!」
「うう!セシル君怖い〜」
そうして、ノセアダはフェーラルスに泣きつく。
「まあまあ、三人も頑張ったんだと思うよ。一緒に片付けてあげよう?セシル君」
「くッ・・・・」
「やーい、怒りん坊」
「情に流されすぎですよ!」
「でも、留守を守ってくれていたからなあ・・・・」
そう、動物でもできそうなハードルの低い褒め方をしたとき。フェーラルスの視線が奇妙な光景をとらえた。唯一整頓されたテーブルのうえに、おにぎりがいくつか置いてあるのだ。
「これは?」
「ああ、それなら」
「私が作っておいたの」
眠そうな目を擦りながら、階上から女の子が現れる。
「ガノーシャ」
「ひさしぶりね。随分と時間がかかったじゃない?二人とも疲れていると思って」
「・・・・そうだね」
そう呟くと、フェーラルスは無言で一口頬張った。
「お前、これ、、、、は、せめてもの償いのつもりか??残念だが、ぜんぜんなってないぞ」
「う、うるさいなあ!言っとくけど私は散らかしてないからあ!私はちゃんときれいに使ってたんだからね」
「クスクス」
「嘘だあ。裏切り者〜ぉ」
「――――ッ!あのねえ!」
(・・・・・・・・!)
そこで、あきらめたのか、冷静さを取り戻したのか、ガネーシャはため息をひとつついた。
「まあ、無事でよかったんじゃない?テラーリオがいても手間取るんじゃ、仕方ないわよ」
「作戦のこと?そうだねえ、私たちの実力不足だよお。私の代わりに、へルルが行けば良かったかな」
不貞腐れる子どものような表情は、さきほどまでとは真逆だと言っていい。
(あれ?)
「はあ?そこまで言ってないでしょ?まあ、リーダーとして責任は感じるべきだとは思うけど」
「――――ッ!ほら!言ったじゃん!
あとこれ、おにぎりしょっぱすぎるから!!」
「うるさいなあ!疲れてるときは、しょっぱいぐらいが丁度いいでしょ??」
(・・・・おいおい)
ついに口論が始まったようだ。
「なあ、あいつらって仲悪いの?」
「うーん、っていうよりも、ライバル意識が強すぎるって感じかなあ」
「ライバル、ねえ・・・・」
ノセアダの感じからして、日常茶飯の出来事だろう。そうなれば、特に気にすることもないはずだ。
「はあ、いちいち付き合ってられるか」
とりあえず寝よう。歩き出した俺の肩を、今度は巨大な掌が引き留めた。
(なんだ――――ッ!?)
振り返ったさき、そこにいたのは筋骨隆々とした二人の男だ。
【エルレット・ゴーリー】と【ミシマ・サントス】。彼らは土木工事の職に就く獣人族で、それぞれゴリラとカンガルーの血がある。
まだ詳しく知らないが、印象は熱く活発な人たち。イベントごとの盛り上げ隊長といった感じで、正直いま一番会いたくない人たちだ。
「なんですか二人とも、てか、力強すぎて動けないんですが・・・・」
「なに、気にするな。2階に上がる必要はないからなあ」
(・・・・!)
「な、なんでですか」
「おお、セシルよ。お前は貴重な男手だ。地区のために協力したいと思うだろう?」
「俺たちが、そしてお前を立派にしてやるさ」
「・・・・」
「あー、捕まっちゃったかあ」
ノセアダが声に出す。
「実はね、セシル君。地区ではすでに重要イベントが進行中なんだよ」
「イベントだと?」
「そのとおり!第43地区最大のお祭り!納涼祭が、今月末に開催だァ!!」
「うおおおおおおおおおお!!!!」
(しまった)
そういえば、外に資材が散らばってたりしたなあ。いま考えれば祭りの準備をしていたのだろう。
「そういうわけだ、セシル。祭りは第43地区に残された、貴重な娯楽のひとつでな。みんな楽しみにしている」
「だから俺たちみんなで、全力準備といきたいわけよ!」
「ゴーリーさん、サントスさん・・・・」
(そういうことでしたか)
この人たちも、やはりしっかりした大人なのだ。みんなのことを第一に考える姿勢はさすがである。
「もちろん、俺も協力しますよ!」
ただし、すこし休憩してから――――。
「じゃあ3時間後に、また呼びに来てください」
「おう!3時間後にまた休憩にしよう!」
「そうだな、ゴーリーよ。セシルにやる気があって助かったぜ」
(――――あれ?)
そのときにはすでに、サントスさんが俺を担ぎ上げていた。
「それじゃあ、セシルは借りていくからな」
「うん。私たちもあとで手伝いに行くね」
「・・・・」
すでに決定してしまったらしい。フェーラルスが、苦笑いでこちらに手を振るのが見える。
ちくしょう、やられた。
*第二十七話につづく




