+++第二十五話:王国軍北西支部より
その部屋は、書類にまみれていた。
「うっわ、なにそれ。やばすぎるでしょ」
ヤーマ・テラーリオは、山積みの紙類を見て発言した。机に向かっているのは彼女の部下である。エルシア・フェーラルスはしびれを切らして、そのだらしなさを指摘した。
「もう!そう思うなら、手伝ってくださいよ!」
「わ、私がこれをぉ?無理無理!書類作業とか、世界一苦手なんだよねえ!」
「わかりました。ならせめて、枢密院に報告をお願いします」
「えー、またジジイどもの相手かよ〜」
(・・・・、・・・・・・‼)
「テラーリオ?」
フェーラルスの声色が変わる。
「あ、はは。わかった、わかりました!あとで、行くよ・・・・」
「約束ですからね」
「えっと、うん。そ、そういえばセシルは?サボりか?」
「一緒にしないでください。彼ならマニエッタ太極位のところに向かいました。回復したようで、本当に良かったです」
「相手が相手だ。元魔王軍十三怪人の一人。それでも、死ぬとは思えないよ。まあ、昔から不死身みたいなやつだったしねえ――――」
*
「――――ほおら、いい子いい子。めえ、めえ」
「・・・・?」
俺が到着したときにはすでにその状態だった。マニエッタ太極位は真っ白な羊と会話をするようにして、月明かりに照らされる。
(どうしたものだろうか?)
結局、邪魔しては悪いと結論し、しばらく建物の張り出しに腰を掛けることにした。
「なにをしているのですか?」
「うわ!気づいていたんですね」
「ええ。途中からですが・・・・」
彼女はそう説明すると、ゆっくりとこちらに近づいてくる。ついに隣に座ると、ずいぶんと距離が近く感じた。
「あ・・・・」
「スピってる変なやつだ、って思いましたか?」
「いえ、そこまでは。太極位は羊と会話するんだなあ、という程度です」
「一応、説明はしておきますが、彼女は私の護獣。【シンダーガード】と言います」
『メエエエ・・・・』
呼応するように、シンダーガードは声をあげた。
「この通り、戦闘には向きませんが・・・・彼女はクローン。ほかに百数個体が存在します」
「ああ、そういうことでしたか」
言うように、森のほうにはいくつも同じ影が見える。ためしに魔力を比較してみるが、やはりまったく同一のようだ。
「この間、彼女のうち一匹を失ったので、謝っていたんです。状況を説明したら、致し方のないことだと納得してくれたようで、なにより・・・・」
(・・・・)
「強敵だったと聞きました」
「ええ。正直、勝てる見込みの方がすくなかったでしょう」
「まさか!
いえ、であったとしても・・・・腕のことは、残念です」
「ああ、これですか」
彼女はそう言って、体の左側を軽くさすった。
「そうか。さきほどから、きみはこれを気にしていたのですね。
私は、腕を失って済んだだけ良いとも思っていましたが。どうやら、戻る見込みがあるようです」
「本当ですか?」
「ええ。王都にいる勇者の力によれば、欠損部位を再生できる。そう本部から通達がありました」
「勇者・・・・?」
「そうです。なにか気になることでも?」
「いえ、すみません。とにかく元通りになるのなら、良かったですよ」
俺は内心、両方に安堵していた。太極位のこともそうだが、おそらくその勇者とはミヤダイのことだろう。彼女らなら無事だろうとは思っていたが、ようやく確信が持てた。
「そんなこんなで・・・・私は王都で治療を受ける間、暇になりますから。時間を有意義に使うため、あなたを強くしようと思います」
「――――はい、え?あれ?」
「不服ですか?めったにないことですよ」
「そういうわけではありませんが、急ですね」
「うーん」
彼の言うとおりだ。普段の私ならそんなこと、考えもしないだろう。なにか理由があるとすれば、あの戦いで昔のことを思い出したからだろうか?セシル・ハルガダナは昔の自分に似ている。なにかに取り憑かれて戦う姿が、そっくりだ。
けっして、誰かに理由付けられたわけではない。
"
「マニエッタには、もうひとつお願いがあるんだよね」
「なんでしょうか?いきなりの呼び出しの時点で、借りは帳消し。むしろ貸しですよ」
「はは・・・・勘弁してよ」
嫌みを付けつつ、マニエッタはとりあえずお願いとやらを聞くことにした。
「部下を一人ね、見てあげてほしいんだ」
「なぜ私が?あなたがやればいいでしょう」
「そうだね。あえて言うなら、きみと彼の相性だろうか。魔法だけじゃなく、性格もきっと合うはずだよ」
"
「・・・・」
結果として、テラーリオよ言う通りになった。あの女はどこまで見通していたのだろう。思い通りに動くようで癪だが、そうなってしまった以上仕方がない。私はあなたに、いざというときのための力を授けたい。そのときに、後悔しないための力を。
「マニエッタ太極位?」
「ええ、すみません。私があなたを見るのはね、ハルガダナ君。つまりは自己満足ですよ。ですから、あなたはなにも気にする必要はありません」
ラナ・マニエッタはそう言って、表情を緩めた。
しかし彼女との出会いが、非常に短いスパンでセシルの運命を左右ことは、まだ想像もつかない。
*第二十六話につづく




