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+++第二十三話:ラナ・マニエッタ

 

 *

 

 【ベルセベルデ討伐作戦より、遡って13年前】

 

 ラナ・マニエッタは、ひとりでいる時間を好んでいた。いや、好んでいたという表現は正しくないかもしれない。それ以外の場所を与えられていなかったのだ。

 貴族家系で異母の子として生まれた彼女は、家でも、学校でもつねに”いない方がいい存在”として扱われていたからだ。声をかけられないのは当然で、むしろありがたいこと。視線を向けられるときはたいてい、好意とは別の理由があるからだ。

 

 だから、その日。

 休日の昼間に中庭で本を開いているとき、誰かが隣に座るとは思っていなかった。

 

 「ここ、いいかな?」

 声が落ちてきた瞬間、どっきっとした。また、なにか文句を言われるんじゃないか?私はただ、ここに居るだけなのに。

 しかし、その人物からとくに悪意は感じない。知らない人物だが、断れば面倒なことになるかも。そう思った。

 

 「・・・・どうぞ」

 短く答える。すると彼女は、当然のように近くに腰かけた。

 「面白そうな本だね」

 「・・・・」

 本をのぞき込まれると、反射的にマニエッタはそれを閉じてしまった。

 

 「純文学ですから。はたして、あなたにわかるでしょうか?」

 そう、これはけん制だった。あまり深くかかわるつもりはない。しかし彼女も引かなかった。

 

 「へえ、タイトルは?」

 「・・・・【白真怪火】です」

 「ああ、セーデルスね」

 

 「あ、あれえ?」

 即答だった。

 (偶然?それとも見えていたのでしょうか?)

 彼女は本を抱えなおした。

 

 「では質問です。ハルオネッタは誰でしょうか?」

 「え~っと、主人公がいるでしょ?その幼馴染の・・・・母親の、隠し子、、、、ね。結構難しいの出してきた・・・・」

 「当たり前です。テストですから」

 

 しかし、正解だった。目的はわからない。しかしすくなくとも、話は通じる相手である。

 そうなれば無碍にはできない。彼女は認められたと気づくと、嬉しそうに会話のボールを投げかけてくる。不思議なことに、不快な感じはしない。

 

 「この本、愛について書いてるよね?」

 「ええ。そのようです」

 

 「私からも質問。愛ってなんだと思う?」

 「男女間に生じる、本能的な感情、です」

 

 「うわ、即答だし。しかもそれ、本に出てくる【マセイユ大佐】のセリフそのままでしょう?私は、そういう考えじゃないかなあ」

 「へえ?」

 「愛って、もっと、自由でいいと思う」

 彼女は大空を見上げて言ってから、こう続けた。

 

 「家柄とか・・・・常識も関係ない。誰がなんと言おうと、一緒に居たいと思えば、それは愛なんじゃないかなって」

 「危うい考え方ですね。既存の観念をすべて破壊してしまいかねない」

 

 「そう?」

 しかし少女は気にした様子もなく笑った。

 「でも、正直でいいじゃない」

 (理解できない)

 

 彼女は最初そう感じたが、否定をすることもまた、できなかった。

 

 *

 

 驚くべきことが起こった。

 あの少女は翌日、高等校でも話しかけてきたのである。

 

 「同じ学校だったのですか・・・・?」

 「え!気づいてなかったの。私、シルフ・コーリー」

 彼女はただ、そう言ってみせた。そして、その次の日も、そのまた次の日も・・・・彼女はコーリーの顔を見ない日はなくなった。

 特別な話題はない。天気や授業、本の続き。本当に、友人同士がするような会話であった。確実に、距離は縮まっていく。だからこそ――――マニエッタは言わずにはいられなかった。

 

 「忘れていませんか?」

 少女はその言葉に振り返る。

 「私は、学校中いえ、地域全体から嫌われているのです」

 

 忠告のつもりだった。自分と関わることで、相手は損をする。実際、そう言う理由で人は離れていった。

 とはいえ、ここまで言われて関係を続けるはずもない。また、ひとりに戻りますね。そう考えたが、コーリーはほとんど間を置かずに答えた。 

 

 「うーん、それって関係あるかな?」

 「え・・・・?」

 

 「嫌われているかどうかと、私が一緒に居たい気持ちは完全に別物でしょう?」

 彼女が言ったのはそれだけ。すこし怒っているようにも見えたが、その後は普段通り。なにも変わらず話した。

 正論でも、理想論でもなく、彼女は事実としてそう思っていたのだ。

 胸の奥で、なにかがひっくり返る気がした。

 

 *

 

 それから数週間。

 

 ある日ふたりは変わらず一緒にいた。並んで座り、殆ど言葉を交わさない日すらあった。そんな日は、お互いがページをめくる音だけが響く。

 以前のマニエッタなら、耐えられなかった沈黙かもしれない。けれど、いまはどこか違う。共有された沈黙は、心地が良かった。

 一緒にいる必要はないでしょう?

 でもなぜ、そうしたいと思うのだろう。たいていは遅れて、そういった疑問がわいてきた。

 

 ある日は廊下で、ひそひそと話す声がした。マニエッタを見て、すぐにそらされる視線。慣れっこだ。そう思ったとき。

 コーリーが一歩前に出た。なにも言わないのは、争いになれば私に不利益が出るとわかっているからだろう。それでもただ、私とそのくだらないたわごととを隔てるようにして、そこに居てくれた。

 次第に、廊下からの声は聞こえなくなった。

 (なんで?)

 

 どうして、彼女はここまでしてくれるのでしょうか?

 

 *

 

 「ねえ、マニエッタってさ」

 学校で名前を呼ばれると、反射的に身構えてしまう。コーリー以外からであれば、それは決まって、良くないことだ。

 

 「————コーリーと仲いいよね!」

 「あ、、、、え?」

 

 「私、ずっと話してみようと思ってたの」

 「えっと・・・・ありがとう、ございます?」

 「あはは、変なの。でもよかった。勇気を出してみて・・・・私、ユッカーっていうの。これからよろしくね」

 

 それは、はじめての出来事だった。もちろん、彼女が私を好意的に思ってくれたのはうれしい。しかしそれ以上に、コーリーとの関係で自分が語られたことがうれしかった。

 周りからは、そう見えてるんですね。

 友達・・・・というやつでしょうか?

 

 *

 

 そして、ある日はコーリーから突拍子もない誘いが届く。

 「ねえ、今日はテニスをしよう!」

 「なぜ・・・・テニス?」

 「え?それはさあ・・・・?」

 

 理由はあいまいだった。でも、断らなかった。

 「いいですよ、やりましょう」

 本当に、なぜでしょうか?彼女と同じコートに立ち、向かい合う。ラケットを握った瞬間、胸がすこし高鳴った。

 走る。打つ。話す。笑う。

 この繰り返しに、息が切れる。

 体力に自信はあったが、今日ばかりは、心臓の音が妙にうるさい。

 

 (おかしいですね)

 休憩しているときも、ずっとだ。運動のせいじゃないのかもしれない。コーリーが近づくと、身体がさきに反応する。このとき、はじめて気が付いた。

 

 ————なんでしょうか?この感情は。

 いろいろな本を読んできたからわかる。この現象は、文学においてもっとも頻出するテーマであると言っていいからだ。

 

 「お疲れさま、ちょっと・・・・気合い入れすぎちゃったね」

 そう言って、彼女は汗の舌たる髪を直した。そして、飲みかけの水筒をこちらに差し出した。親切、のつもりでしょうけど。

 

 <どっくん、どっくん・・・・>

 「あ、っと・・・・私は、必要ありません・・・・」

 

 なんで?どうして?そんな本読んだことないし、聞いたこともない。私が、コーリーに?

 待ってください・・・・これは、これは、、、、愛。いえ、恋なのではないでしょうか!!!?

 マニエッタは自分こそが、自由なのであると実感した。しかし数日後、ふたりで行った劇場で、彼女は思い知る。

 舞台上で、男と女が抱き合っていた。

 

 「————好きだ!付き合ってくれ!」

 「はい。私も、あなたを愛しています」

 クライマックスで、客席が一斉に沸いた。

 

 「いいなあ、ああいうの」

 コーリーが、そう言った。

 「やっぱり、恋ってああいうのだよねえ」

 彼女は、本心でそう言っているだろう。横顔は迷いがなかった。

 

 (そうですよね・・・・)

 胸の奥が冷えていく。理解してしまった。

 彼女の自由は、そこから外れるものを含まない。べつに、矛盾しているわけではない。自由な愛。彼女にとっての正解は、あれだったということ。

 そこに私の居場所はない。それでも――――。

 それでも、視線を逸らすことは、できなかった。

 

 

 ・

 ・

 

 卒業を迎えても、答えは出なかった。自分の気持ちにどう整理をつけたらいいのだろうか?わからなかったのだ。

 だから、マニエッタは地元を離れることを選んだ。彼女から距離を置き、別の環境に身を置いて考える必要があると思った。

  

 だからって、王国軍兵士を選ぶ必要はあるのだろうか?

 どこかにまだ、未練があるのかもしれない。頼もしさは魅力になる。性別は変えられないが、守れること・折れないこと・一緒にいて安心できること――――それなら私にも可能性がある。わずかながら、そう思っていた。

 

 【1年後】

 「見てください!王国軍のワッペンですよ!ついに、私も王国兵です!」

 ひさしぶりに顔を見せると、マニエッタは胸を張った。もちろん、コーリーが兵士である兄を慕っていると把握したうえでのこと。きっとこれで、彼女は褒めてくれるだろう。そう思っていた。

 

 「どうですか??」

 「うん。やったね、エッタ」

 彼女の笑顔は本物。しかしその答えには間があった。

 

 「でも私はちょっと心配かも」

 「心配、ですか?」

 「だって、王国軍は過酷な訓練もあるでしょ?兄のことがあるから、よく知ってるんだ」

 

 想定していた反応とは、すこし違う。

 「それなら大丈夫です。私は優秀らしいので」

 

 格好をつけたマニエッタを見て、コーリーは複雑な心境を表情にした。

 「大丈夫なのはわかってる。でも、つらくなったら帰ってきてね?」

 「・・・・?

 むう、なぜ頭を撫でるのですか?」

 「頑張ったからだよ。応援の気持ちと、ね」

 「解せません」

 

 まるで子ども扱い。むしろ町を出る前より、状況が悪くなっているのでは?どうやら、兵士になったくらいでは足りないらしい。彼女に"認めて"もらうには、もっと上に行かないと。

 

 ・

 ・

 

 【さらに二年後】 

 

 「じゃーん!この度私は、王国軍中将位に抜擢されました!」

 「ええッ!!??まさか、たったの3年で!?」

 

 このときコーリーが見せた表情は、忘れられない。まさにあっけにとられた、という感じ。

 「まあ、私レベルになると出世も早いということです」

 冗談めかして言ったが、内心は必至そのものである。だからこそ、彼女の真意を無下にしてしまったのかもしれない。

 

 「わあ・・・・すごいや。私も頑張らなくちゃね」

 「は、はは。そうですね」

 

 褒められても、胸は満たされなかった。

 コーリーの浮かない表情。距離が縮まらない。

 (また、思っていた反応と違う)

 よく考えてみれば、領地の状況もあまり良くないようだ。

 

 「あ、そうだ!私こっちに戻って手伝いますよ!」

 「駄目駄目、そんなのもったいないよ。せっかく中将位までなって、エッタには才能があるんだから」

 「うーん」

 (どうして、うまくいかないのでしょうか)

 王国軍への未練なんて1ミリもない。だって私は、コーリーを"見返す"ために強くなったんだ。あなたに見合う存在だと、証明したかっただけなのに。

 

 ・

 ・

 

 【その1年後】

 十一月。北方で、革命勢力が旗を挙げたという報せが届いた。とくに冬を前に下コーリー両派、決して盤石とは言えなかった。兵も、資金も、士気さえも。底へ牙を向かれれば、巨大な犠牲が生まれるのは明らかだった。

 そのときラナ・マニエッタは、自ら志願した。

 対革命勢力特別隊。その指揮官として――――である。

 戦記は短かった。

 敵は数を誇っていたが、質が違う。彼女の力はもはや一個師団にも等しく、主力を効率よくつぶして回った。

 

 「主力部隊はすべて滅びました。あとは、傭兵にまかせても問題がないでしょう。王国軍はこれで撤退します」

 「は!」

 本部にて最後の指示を出す。指示通り動き始め、忙しなく支度する部下を見ると、ある感情が浮かぶ。

 (私も、偉くなったものですね)

 

 「隊長、お客様が外でお待ちです」

 「わかりました」

 客?誰であれ、手短に済ませよう。今日はもう十分すぎるほど働いたのだから。そして落ち着いたら、あいさつに行こう。きっと、今回は、いまの私なら――――。

 

 「おかえり」

 そんなふうに考えていると、聞き慣れた声が胸に届いた。

 「あ!コーリーですか!!」

 その必要はなくなった。そこにいたのは変わらない姿。しかし、その目はほんのすこし潤んでいた。そう、彼女はついに私を"優先して"くれたのだ。

 

 「遠慮せずに、なかに入ってくれればよかったのに!」

 「ううん?邪魔できないよ。全員、みんなを助けてくれたヒーローだもの」

 

 「そんな、ヒーローなんて。そんなつもりありませんよ。でも・・・・どうですか?私、強くなりました!」

 

 ひさしぶりの再会。シナリオは完璧である。

 「まあ、私はこの領地の出身ですから!当然のことをしたまでです!」

 「・・・・エッタ」

 

 つぎの瞬間、視界が揺れる。

 

 (!!!???)

 抱きしめられた。思考が止まる。

 

 「あ、、、、コーリー??」

 「うっ、怖かったよ・・・・。私、みんな殺されてしまうんじゃないかって、怖かっだよ゛お゛」

 震える声。

 突然の出来事に、マニエッタは思考が停止し、言葉がすぐに出ない。この距離では、高鳴る心臓の鼓動も聞こえてしまうだろう。

 幸いなのは、真っ赤に染まっているだろう、顔面をみられずに済むことくらいか。

 

 「でも、も・・・・もう、大丈夫です!」

 「うん、う゛ん゛!!ありがとう、エッタ!」

 その言葉だけで、すべてが報われた気がしてしまう自分が、すこし怖かった。

 

 ・

 ・

 

 【さらに半年後】

 (やった、ついにやりました!)

 王国軍は、コーリー領での貢献を踏まえ、ラナ・マニエッタを太極位に昇進することを決定した。

 

 太極位といえば、王国軍のなかでもほんの一握り。これできっと、ようやくコーリーが、自分を"見て"くれる!

 そうですよね、コーリー――――!

 

 「――――エッタはさ」

 不意にコーリーはきり出した。

 「どうして王国軍に入ろうと思ったの?」

 

 小さなカフェの外席で、どこか名残惜しそうである。目の前にはラナ・マニエッタが、もちろん、突然の問いに戸惑っている。

 「どうして、ですか??」

 「うん、なんでそんなに頑張れるのかなって?」

 「私は――――あなたに、、、、」

 言いかけて、止めてしまった。

 

 「うん?」

 

 「あ、、、、いいえ。ある人に認めてほしくて、というよりも――――」

 (せめて視界にだけでも、入りたいんです)

 

 「・・・・。そっか、エッタは家族と疎遠だって聞いてたから、ちょっと驚いたかな」

 「誰なのかは内緒です」

 「えー!あーあ、残念だなあ!でも安心したよ」 

 本当に、心の底から。

 

 「セーデルスもそう、書いていたしね」

 

 "

 人間がなにかを行う動機の、99%は他人によるものである。

 "

 

 「エッタにも、そういう人がいるのなら」

 「・・・・」 

 私たちの、共通の趣味でうまく言ったつもりだろう。でも、彼女は気づいているのだろうか?そのセリフは、恋に悩むハルオネッタに向けて、育ての母親が放った言葉だ。

 

 "

 誰のためなのか、家族や友人と考えうる可能性を当てはめていく。それでも最後に残った感情を、人は恋と呼ぶのです。

 "

 

 私は、とっくに気がついているよ。この気持ちが、恋だって。

 

 「コーリー、私は――――」

 「ああ、待って。私から言わせてほしい」

 

 彼女はそう言って、マニエッタの発言を遮った。決心がついたような表情。さらに驚くべき言葉を、さきにつなげて。

 

 「――――実は私ね、結婚することになりました」

 「はあ、結婚・・・・」

 

 結婚って、なんだっけ。どうせたいしたことのない、、、、。

 (――――けっこん?)

 あれ――――?

 「うそ・・・・」

 

 それは、こぼれ出るようだった。私は信じられず、信じたくないので、ただ呆気にとられた。

 「相手はレルヴェ領主様。面白いことに、昔から決まってたらしくて」

 「つ、つまり・・・・コーリーは、その人のことを、、、、愛しているのですね・・・・」

 

 「うーん、どうだろ。ちょっとよくわからないかもな。だいたい、まだ1回しか会ってないんだ」

 (え?)

 その言葉に、傷心のマニエッタもさすがに違和感を覚える。

 

 「――――ッ!?そんな!じゃあどうして!?言っていたじゃないですか!愛は、その人と一緒にいたいって気持ちと、そのためなら、なんでも出来るって力のことだって」

 何度も繰り返した、一言一句違わないだろう。

 

 「結婚は、愛している人同士がするべきです!」

 「・・・・そう、だね」

 

 「コーリーは、考えを変えてしまったのですか?」

 「たぶん、変わってないと思う。でもそれは、たんなる理想なんだ。私は領地を守りたい。そのためにはレヴェル家の力が必要なんだ」

 「そんなの・・・・間違っていると思います」

 

 彼女がそう言うと、しばらく沈黙が訪れた。それも楽しんでいるように感じるコーリーは、思わず声に出した。

 「――――ふふふ」

 「なんですか?私は真剣に話しているんです」

 

 「うん、ごめんね。でも、たとえ意見は違っても、こうしてエッタと話していると楽しくて」

 「ま、まじめに話してくださいよ!つまり、私はその結婚には反対です!」

 

 「でも、結婚はするよ。私はエッタのように、才能があるわけじゃない。そろそろ、時期が来たんだよ」

 「じゃあ――――!」

 (じゃあ、私を選んでくれてもいいじゃないですか)

 私なら、守れます。私なら、愛せます。ずっと伝えてきたつもりです。届いていましたか?それとも・・・・。

 

 「本当に、、、、いいんですか・・・・?」

 「そんな顔しないで?いいんだよ。

 だって、いままで生きてきて、あなたのためならなんでもできる、なんて・・・・そんなふうに思ったのは、エッタだけだから――――」

 

 ・

 ・

 

 そのあと、どこぞの仰々しい迎えが来た。彼らはコーリーを馬車に乗せると、どこかへ去っていく。彼女は、まったく話さなくなった私を、心配してくれていたようだ。でも、それに応えることはできなかった。

 

 「悲惨ですね」

 しばらくしてから、おもむろに上半身を起こす。私が腕を振ると、【ガシャン!!】と音を立てて、食器類が散乱した。

 くだらない。本当に、どうしょうもない感情である。それをせずに顔を上げれば、あの人が使っていたカップに視線が向いてしまっただろう。

 

 「彼女なら、なんとも思わないでしょうね」

 たぶん気づいていないだろう。でも私は、いままで彼女と食器を共有したことはない。

 だって、そうしてしまえば、ズルになるでしょ?卑怯で、姑息だ。私は、女性だからそれが許されるだけ。意識されていないから、別にいいかと流されるんだ。だったら、そんな手段を使うことを、ほかでもない自分が許せない。

 机上に、ポタポタと雫が垂れた。

 

 彼女を邪魔したくない。私が気持ちを伝えれば、きっと迷惑になる。本当は、行かせたくないんだ。両思いだとしても、引きずり降ろしてやりたいよ。

 「でも私は・・・・土俵にも立てないから!」

 

 

 *

 

 

 (・・・・。)

 最後に随分、昔のことを思い出しましたね。

 魔力が大きく展開される。数刻後に、私は真っ二つになることだろう。その割に、思考がすっきりしていると、マニエッタは感じた。

 もはや悔いはないですが、やはりこれが、私の人生で大きな出来事なのでしょう。

 彼女も同じ思いなら・・・・何度そう考えただろうか?そうでなくても、あるいは私が強くなれば、そうなるかもしれない。あのときは淡い期待を抱いて、戦っていた。兵士である理由なんて、そんなものだ。

 

 「――――じゃあ、どうして?いまもあなたはここにいて、戦っている。なぜ、わざわざ命を危険にさらすの?」

 頭のどこかから、本質的な質問が飛んできた。

 

 「・・・・そうですねえ。きっと、、、、きっと、新しく戦う理由ができたのでしょう」

 彼女から、そして王国軍からも、たくさんのことを学びました。人と接することの楽しさ、喜びも。そうしているうちに、私は気づいたんです。

 一人ひとりが、同じ人間だということに。

 孤独なままでは気づけませんでしたね。だから、すくなくとも善良な市民が傷つくことのないように、私は戦うのでしょう。

 

 「それに、この町でも約束してしまいましたから」

 彼女はここに来るまでにあった、町の人達を思い返した。彼ら彼女らの暮らし、幸せ。そのために貢献できるなら、私は――――。

 

 「――――守ってみせる、と!」

 刹那、マニエッタは自分の左腕を切り落とした。

 

 「――――な!?」

 「出血も傷も。私であれば、塞ぐことができますからね」

 「だからなんだというのか・・・・ヤケになったとしか思えんぞ」

 

 「さあ?どうでしょう?」

 マニエッタは素早くその場から離れる。すると驚いたことに、風刃は彼女を追わず、地面で大きな粉塵を上げた。

 

 「!!!!!!」

 「切り離す瞬間、大量の魔力を左腕に移しました。あなたの必中魔法は、そちらを認識したようですね」

 「あの一瞬で・・・・その判断・・・・!!」

 

 急速な治療により、彼女は身体から蒸気を上げる。左腕を欠損したが、それ以外は完璧な体勢と言っていい。

 

 「さあ、これが最後ですね。残りの30秒、全力で行きますよ」

 「ああ・・・・どうなるのか、見てみよう」

 

 》》》》》》》》》》》

 ズア――――――ッ!!!!!!

 》》》》》》》》》》》

 

 (1秒でも無駄にはできない)

 マニエッタは全力で地面を蹴り、加速した。

 

 「炎魔法:エレヴア」

 「――――!?」

 容赦なく襲い来る業火を、剣で振り払う。迂闊だった。火傷でじんじん指が痛んだ。

 

 「必中魔法は、あきらめたのでしょうか?」

 「それは、迂闊には言えぬことだ」

 そう言いつつ、両者ではほぼ同じ確信があった。

ここからは、単純な魔法戦になると。

 

 「・・・・」

 この兵の武術は危険だが、左腕のない状態。

 (いなしつつ、魔法でとどめを刺すのが最善のはずだ)

 私はそう、理論的に考えたのか?いや、違う。私は本能的に判断したのだ。

 たとえ30秒であっても、この女の連撃を受け入れぬと・・・・!

 

 「水魔法:アザラ!」

 「水魔法:オレイヴ」

 (必中は捨ててきた。しかし、油断はできない)

 魔法の練度ではあちらが上。残り魔力はほぼ同じ量のはず。だけど、私には武術がある!

 魔法同士を相殺させ、残りの魔力を剣に込める。炎をまとったそれが、男の腹部に深く傷をつけた。

 

 「これで終わりです!」

 「まだだ!終わらぬ・・・・!」

 (風魔法:イッシャーヴ!)

 

 発生した強風が、ラナ・マニエッタの体を弾いた。 粉じんが舞い、視界が制限される。命が奪えたかはわからない。しかし、しばらく動きを封じられる・・・・はずだった。

 

 「ぐッ!!!???」

 (なにか、刺さった!)

 これは、奴の剣か。魔力を感知し、投擲したといったところ。しぶとい・・・・。

 

 「ならば!このまま・・・・焼き払う!

 炎魔法:エレヴア――――!!!???」

 (――――ッ)

 魔力が、魔法がうまく作れぬ!


 ギリギリの戦闘のなか、このときはじめて、エレムルスはそれを悟った。

 「雷性質の魔力・・・・この剣か!」

 この剣が、私の魔力系統を乱している!男は痛みを堪えつつそれを引き抜くと、地面に投げ捨てた。

 そして同時に、炎の剣が胸に突き刺さる。

 

 「そろそろ、終わりしませんか?」

 「ぬ、おおおおおお!!??」

 このとき、エレムルスはそれを強く感じた。死、である。

 (魔力が尽きる――――体の再生ができない!)

 お構い無しに、マニエッタは剣を振るう。油断はもちろんなく、敵の右足を切り落とした。

 「が、あ・・・・!!!!」

 体がバランスを失い、前後に揺れる。

 ここまでか・・・・人間族に敗北するとは。しかし、強敵であった。であれば、気高き魔人族として、魔王様の配下である"魔"として、最後になにかできることはないか?

 「――――!!うおおおおおお!!!!」

 「――――なんですか、まだ!?」

 

 エレムルスの右足が再生し、傷も急速に塞がっていく。

 このままではまずい。

 刹那の判断で、マニエッタは男の首を切った。魔人族であっても、急所は同じ。間違いなく絶命するだろう。

 (これでいい)

 しかし、エレムルスは最後にすこしだけ口角を上げた。

 「数百年ぶりにふさわしい、有意義な時間だったからな・・・・」

 「・・・・。それは、よかったですね」

 最後に、全魔力を投入したあの気迫。プレッシャーに押し切られてしまいましたね。

 (結局、捕獲はできませんでしたか)

 しかし、おそらくは実力で負けていただろう。いままでの思い出、経験がなければ、あのまま敗北していた。

 情報はほとんど得られなかった。作戦で言えば、私は失敗しているのである。

 (まあその辺は、ほかの三人に任せてもいいですかね)

 「とにかく、合流して報告をしないといけません」

 

 

 *第二十八話に続く

 

 

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