+++第十八話:結末
場を支配する、じりじりと締め付けるような緊張感。しかし、体感ほどの時間は経っていない。
瞬間――――ベルセベルデは背の翼を開き、飛び上がる。攻撃に転じてノセアダを無力化するよりも、距離を取り、魔法効果を弱める判断をとった。
(魔法的な繋がりが、身体接触をトリガーとするなら・・・・物理的距離も影響するはずだ)
その分析は正しい。同化魔法の効果を高めるべく、ノセアダは可能な限り二者間距離を縮めていた。
ベルセベルデの動きに呼応し、彼女の腕も勢いをつけて動き出す。
(逃がさない・・・・!)
私の命を犠牲にしてでも、かならず無力化するッ!ほかには誰も死なせない、壊させない。昔の私じゃ考えられなかった。でもいまは守るべき大切なものを、たくさんもらいすぎちゃったんだよね‼
この距離なら、いける!
ベルセベルデが何重もの魔力障壁を作り上げ、彼女のナイフが胸に届く寸前に・・・・ノセアダの腕は透明の結晶に覆われた。
(・・・・冷たッ)
え、氷――――?
(腕が止まった・・・・ためらったか⁇)
ベルセベルデが状況の変化に気が付いたときには、すでに手遅れであった。ノセアダ方ばかりに気を取られていた彼女は、別方向からの攻撃にかつてないほど無策だったのだ。
「――――どりゃあッ‼」
「―――――――――‼‼‼」
セシルの蹴りは、上空からベルセベルデをとらえる。想定外の一撃が、頭部へ本日二度目のクリティカルヒット。
「~~~~~~~~~~~~~」
勢いそのまま、地面に落下したベルセベルデはなんとか二人と距離を取る。
(あの少年・・・・)
「セシル君・・・・」
彼が民間人の被害を考えないはずがない。ここに来たってことは、つまり――――。
「―――――ぐベッ!」
ノセアダの憂わしげな考えとは裏腹に、セシルは格好付かずに着地をミスした。
「・・・・へへ、締まんないなあ」
「うるせえ・・・・」
(・・・・)
セシルは立ち上がると、ノセアダの右腕を掴んだ。
「―――――ッ⁉ちょ、なになに⁇」
「動くなって、解凍するから」
「・・・・ああ、そういう」
「悪かった。それから――――お前は変に察しがいいから、先に言っておくが。俺は自分のために選択したし、なんの悔いもないからな」
「・・・・そっか」
(無理してるんだろうなあ)
でも――――。
だからこそいまは止まっていられない。
「どうだ?」
「うん、万全だよ」
二、三度腕を振ると、腰に手を置き視線に敵を捕らえる。
「――――さて、お姉ちゃんについてこられるかな⁇」
「ああ、当たり前だ―――――」
(・・・・)
さっきの一撃、ち密な魔法操作をしながらあの威力か。若く未熟だが、底知れぬポテンシャル。
「普通に考えれば、近いうちにまた会えるだろうな」
そう言い残すと、ベルセベルデの足元に魔法陣が展開され始める。
(すぐ近くに、いくつかのおおきな魔力反応。王国側の増援だろう)
かなりの魔力を消費してしまったうえ、女の方が持つ”道連れ魔法”の脅威が消えたわけではない。撤退が妥当だ。想像を超えてタフな状況にはなったが、本来の目的はとっくに達成しているからな。
「――――くそッ」
一方のセシルらも、吸い込まれ消えていくベルセベルデを見ていることしかできない。ノセアダは限界が近いし、セシルも自分一人でどうにかできる問題ではないのはわかっているからだ。
(むしろこうなったのは、偶然の結果だからね)
ここで引いてくれることを感謝するべきかもしれない。ノセアダはそう結論付けるが、最後まで警戒は緩めなかった。
・
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――――――脅威が去った町の風景は、王国の中心でいったいなにが起こったのかを如実に表している。さびれた地区であることは幸いしたが、それでも死者数は四十を超え、二百以上の負傷者が出た。
のちに31動乱と呼ばれることとなる今回の事態は、王国の支配体制に再編を迫り、時代の大きな転換点となるに至った――――――。
*
【エピローグ】
その日の夜は、月明かりが際立って届いた。建物の屋上は、淡い黄色に染まる。階段を上り切ったテラーリオは、落下防止の柵にもたれるように空を眺める青年を見つけた。
(なんだかんだ言っても、まだまだ子どもってか)
小説の一コマをまねするような彼の行動は、「悩んでます、助けてください」そう言っているようなものだ。
「――――やあやあ、大変だったみたいだね」
「来てたんですか」
「まあね、たまたま近くにいたから。さすがにあれだけの騒動は、私の耳にもすぐ届いた」
テラーリオは彼女自身も、セシルと同じようにして外を眺めそう言った。
「でも良かったよ。きみとロッカ・・・・二人が無事で良かった」
「良くありませんよ」
「いや、良いんだよ・・・・私にとってはね。たしかに、きみ以外の新人ふたりはまだ立ち直れず、ロッカの後輩は足に大けがを負った」
「・・・・」
「亜人族も、人間族も死んだね。当然のことだよ」
――――ガラムバトでの一件。あの後からセシル・ハルガダナは兵士殺しと呼ばれるが、それは違う。彼は人を殺したことなんて、《《なかった》》。
氷・森林はおろか・・・・あの場において魔法が直接の死因となった遺体は、兵士側にはほとんど存在しない。むしろ、氷によって腕や足を使用不能にされた"負傷者"が圧倒的だった以上、兵士殺しは彼ではなく住人と考えるのが妥当。
「先に言っとくけど、今回は助からなかったみたいだよ。軍としても、彼らは情報源として有用だから、最善は尽くしたはずだけどね」
「・・・・それは俺が一番わかってますよ」
「まあ、そりゃあそうか」
そう・・・・今回の場合は、相手が自死の強い覚悟を持っていた。彼らは特別な魔法により、いつでも最初のように【自爆】を決断できる状況にあった。セシルがそれを把握していたかは別として、周りの住民がターゲットにされる危険を考えれば、確実な戦闘不能に至らしめなければならなかった。
当然、頭の良いきみはその結論に行きついたんだろう?
「――――で、どう?初めての感想は⁇」
「・・・・!デリカシー」
「あはは、ごめん。しかし、あまり回りくどいのもね」
セシルはテラーリオに向けて一度顔をしかめたが、すぐまた夜空を見上げた。
「・・・・べつに。
ただ、やることははっきりしました」
「へえ?」
いつもの奥深い笑みを浮かべ、テラーリオはセシルの横顔を眺める。
「どうやら、俺は強くならないといけない。正直俺は、弱くはないと思ってました。でもそれは違ったんですよ。いまのままじゃ、なにもできないし、守れない」
(――――少し違う)
「きみは弱くはないと思うよ?でも、強くはないね」
魔法、身体能力・・・・天性の才能は十分だ。しかし、それを活かしきれていない。たまらなくもどかしい状況だよ。セシル、私がきみを引っ張ってきたのはね、たぶん崇高な理念や考えあってのことじゃあなかった。
単純に、興味が湧いたんだ。セシル・ハルガダナという人間に。
「つまり、ここで終わるきみじゃないだろ?」
「どういう意味ですか?」
「王国は、今回の襲撃を受けて迅速に対応を決めた。ベルセベルデという危険人物を、一刻も早く屠るべきだとね」
「それはそうでしょう。実力だけじゃなく、奴は王国の結界を抜けるすべを持っています」
「他人事じゃないよ?討伐隊の編成に際し、現場で応戦した兵士は重要だ」
「――――!それって」
「ああ。セシル・ハルガダナには、特別討伐班への参加が要請されている。もちろん、断るなんてしないよね?これは私の持論だけど、強くなるには実戦が一番だ」
「も、もちろんだ!俺の実力は及ばないだろうが、役には立てる」
(テラーリオもいて、正面から戦えば勝てるはず)
余計な犠牲が増える前に、対処しなくてはならない問題。力になれるなら、そうしない理由はない。
「ははは、やっぱりきみは面白いね」
死ぬかもしれない経験なんて、怖がる暇もないのかな?どちらにせよ、私の目に狂いはないね。
「じゃあさっそく、明日6時に正門集合だ。遅れるなよ?」
そう言い残すと、テラーリオは夜の闇に紛れていった。
*第十九話に続く




