+++第十七話:邪悪
瓦礫を押し退け立ち上がる。腰に軽い痛みはあるが、重い怪我はないようだ。
「はあ、はあ・・・・」
なにが起こった?
"
「セシル君はシルヴを追って?私たちはあの魔法陣を調べに行くから」
「うぇえ⁉」
「マジですか、ノセアダさん!」
「マジだよ。大丈夫、ふたりは私が守るから――――」
"
(あいつらは無事なのか?)
事故、と考えるのはあまりに不自然か。直前の魔法陣と、謎の人影。とにかくいまは原因究明を優先するべきだ。
そう考え歩きだすと、全身の身の毛がよだつ感覚を覚える。
さっきの邪悪な感覚。気づいていなかったのが不思議なくらいに、大きな魔力がすぐ近くにいる。
「なんだ、ここにもいるじゃないか」
「・・・・」
ゆっくりと近づいてくる、長髪の女。身長は2メートルを越えるだろう。容姿特徴は魔人族と一致するが、それにしても・・・・あまりに強力である。
「私はベルセベルデ。お前の名前も聞いておこうか」
「答える義務はない」
「ふふ、好戦的だな。だけど私はいま、気分がいい・・・・軽く遊んでやろう」
女が魔力を開放すると、真下の地面が盛り上がる。
(熱ッ)
舞い上がる蒸気は高温で、ぼこぼこという破裂音が届く。
「煉獄魔法:開門――――」
(――――ッ⁉)
とっさに飛びのくが、もし一秒遅れていたら焼き焦げていただろう。地面からあふれ沸く粘性物質は・・・・溶岩!驚くべきはその規模で、なにもないところから小規模の火山でも生み出してしまったような感じだ。
「ふははは、いい動きだぞ少年ッ」
余裕そうなセリフだ。しかし俺は回避しながらも、魔人族の姿をしっかりと追っていた。
(背後から、左・・・・上段の突き)
攻撃をいち早く察知し、腕に魔力を込める。森林、氷・・・・とりわけ俺は練度の高い炎系魔法を苦手とする。手の内を明かす前に――――一気に片を付けなくてはならない。
「氷魔法:レスターク!」
「・・・・!」
(なんだ⁇)
俺の思惑通り静止した腕に、ベルセベルデは不思議に頭を回した。レスタークは人体内部・・・・筋肉系に作用する魔法。一見、異変は感じ取れないはず。
(隙ができた!このまま拘束する!)
「森林魔法:ハドソン=トンプソン!」
生え出た木の根が絡まり合い、女に絡みつく。
「――――――――あ~、お前。いい魔法を持ってる。階級は?」
「訓練兵・・・・のはず」
「ふはは、嘘をつけ」
(縛りが強い・・・・樹木根本来のしなやかさだけではない)
ベルセベルデは会話をしつつも、しっかりと情報を分析していた。
おそらくは、少年の手元・・・・あの結び。つねに魔力を送り続けることで、これらは強固な状態を維持し続けているのだろう。
「ククク、フフ、ハハハハ――――ッ!!」
(〜〜〜〜⁉⁇)
女の笑い声に同調するようにして、根がミシミシと音を立てる。
「う、そ・・・・だろ・・・・」
全力でやってる、それがこんなに簡単に⁇破られるのか――――ッ⁉
「――――セシル君、あと三秒ッ‼」
(・・・・!)
ここで、ベルセベルデの両翼から二つの人影が迫った。新手・・・・すこし少年に集中しすぎたようだ。
「このままいくよ!」
(シルヴ・・・・うまくタイミングを合わせてくれたね)
ノセアダは左から、魔力を込めた短剣を振りかざす。人命優先・・・・これ以上暴れられちゃ困るんだよッ!
「——――風魔法:エンジ=ガイア」
「え?」
魔人族が術式を呟くと、まずセシルの両掌がはじきほどけた。
「その剣が、届くと思ったか?」
つづけて周囲に凶絶風が舞起こる。
「グアッ‼」
「きゃあっ‼」
当然空中でふたりは移動制御を失い、はるか後方へと高速で消失した。
「――――悪いな少年、興を削ぐようなことを言うが。私はいつでもこうすることができた。しかしわからないな・・・・お前なぜ、一瞬縛りを緩めた⁇」
「・・・・!なんの話だ?」
「ふふふ、まさか無意識ではないだろう。あからさまな動揺がその証拠だ。私を助ける義理はないだろうが――――よもやお前、”人”が殺せないのではないか?」
(ッ‼)
”この兵士殺しが――――――”
「そんなわけがないだろ!」
俺の返答に、女はなぜか興味を示したらしい。地面をけると、こちら向きで一気に加速した。
「果たしてそうか、試してみよう――――」
(速い―――――ッ‼)
さっきまでは遊びだった。本当にそう感じさせるようだ。辛うじて接着点を魔力で覆うが、俺の体はそのまま蹴り出される。
(――――――――――――――圧ガッ―――――⁉‼)
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【ッゴオ――――‼】
衝撃音とともに全身に広がる痛み。かなり飛ばされたらしく、意識があるだけまだましだと感じさせる。ただし、魔力を込めた《《ただの蹴り》》でこれである。
「なんだ・・・・?」
すると、視界に桃紫の光がぼんやりと広がる。地面に展開されるのは――――魔法陣。そこから男が二人、現れた。
「やっと出番かよ、待ちくたびれたゼ?なあ、サビ兄ちゃん」
「そうだなエレ。獲物ハあいつらしい。どちらにせ殺すけどナ」
「「―――――――あア、人間族めッ‼」」
「・・・・!」
*
「さて、実験は終了。私はそろそろ――――⁉」
振り返ったところで、ベルセベルデは興味深い光景を目にする。
「普通に、殺す気の魔法だったんだが」
「どうだろ?たいしたこと、なかったかなあ」
(どういうことだ?)
この女、小傷は目立つが逆に不気味で仕方ない。重い傷だけを選んで避けたような感じ、面白い。
「これは、直接目にしなくてはな」
(————来るッ!)
ノセアダも万全に構えを施すが、敵はそれを優に超える段階にあった。
「煉獄魔法:ダ=ランクス」
次の瞬間には、うねりを上げる黒炎がノセアダの胸部を貫いた。
「————ッ!!!!」
思わず意識を集中させるが、彼女にはそれがみづからの命を奪わないことはわかっていた。実際、彼女は吐血すらすることもない。まるでマジックのように、彼女には傷一つできていないのだ。
(馬鹿な、私はたしかに実体を突いているはず――――)
困惑の中、ノセアダの魔力が右腕に集まる。彼女は大きく踏ん張りを効かせると、そのまま腕を振り下ろした。
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「————ドリャアッ゙!!」
(雷魔法:ビルドマ‼)
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拳がぶつかると、ベルセベルデの頭部で激しい電雷が暴れた。
「————フフフ」
(これほどの直撃・・・・久しぶりだぞ)
ベルセベルデは顔面を抑え、魔力で止血を試みる。いまだに視界が揺れ動き、立ち上がることができない。
「しかし、カラクリはだいたい読めた」
「————!」
「説明しようか?」
「いいよ、たぶん間違ってるから」
ノセアダはそう強がるが、さきほどの流れで意識を奪っておきたかったと落胆を募らせる。実際、ベルセベルデは魔法の正体を見破りつつある。
「お前の足元にある亀の人形、先程まで存在しなかったはずだろ?」
加えて胸部の大穴、わかりやすく綿が飛び出しているが・・・・あれはなにを意味する??
(・・・・かりに私の考え通りだとして)
大きな力にはそれだけの代償があるはず。この期に攻めてこないのは、そういうことだ。
(————とか、思ってそうだよねえ)
戦闘中とは思えない、異質な沈黙。しばしの探り合いに、ノセアダは次の手を考える。
大正解だよ。正直、もうほとんど魔力が残ってないんだよなあ。
ロッカ・ノセアダの"代替魔法"は、対象への効果を別の物へと移すことができる。【物】は生物である必要はないが、その分魔力消費は増え、連発もできない。
(最初の爆発で、ダッタとセーファン、計二回・・・・)
ここまでに、シルヴとセシル君、私に一回ずつ。さっきので、さらに一回。
合計、六回か。
敵のレベルが高すぎて、普通に避けられないのが痛いな。魔法がなければ、すでに全滅。
(・・・・)
駄目だ、ポジティブになれ。覚悟を決めて、いまここで全力を尽くすことこそ、私の使命なんだから。
「そんなに悠長でいいのかな?私にはまだ切り札が残ってるんだけど?」
「ふふは、まさかこの私に魔法をかけるとでも言うか?それこそ、悠長な考えだろう」
「それはそうだね」
(なぜなら、魔法は世界に干渉する能力だ)
では炎や土魔法のような環境変築と違い、人に直接作用する魔法はどうなる?それには、基本的に魔力の洗練や質量も関わってくる。
つまり、とノセアダは考える。
(私がこの女に代替魔法を使えば、魔力の潰し合になり・・・・)
そこで間違いなく敗北する。
「でもそんなこと、最初からわかってるって」
「――――なに?」
「そのプロセスは終わったんだよ。さっき胸を貫通されたときから、私たちは繋がってる」
「・・・・!まさか!」
「そう、私の魔法は代替だけじゃない。同化魔法って言ってね?自分の身体変化を相手に同化する魔法もあるんだよ。こっちは煩わしいことはなにもない、トリガーは相手の皮膚に触れることだけ」
ノセアダは試しに唇を噛み切る。彼女の赤い唇を滴る液体・・・・同じようにして、ベルセベルデの顎からも赤黒いしずくが垂れた。
(なるほど、時差はほぼない)
「だとして・・・・お前にその覚悟があるのか?」
「うん?試して、みる?」
王都防衛の最前線で、ロッカ・ノセアダは覚悟を決めた。
*
「――――ウア゛」
右足の激痛。見なくてもわかる、まちがいなく骨折しているだろう。
(しかしそれで済んだだけ、ましだ!)
おそらくは――――やはり、ロッカ先輩の魔法。カーンは近くの人形を拾い上げた。足なしお化けの”デデン”ドール。
だからである。俺への効果は足だけ適用されなかった。
(単純に魔力消費を気にしての行動?)
違う、おそらくもっと計画的なものだ。こっちに来るな、そう伝えようとしているとしか思えない。ひとりで背負うつもりですか!?あの強敵を相手に。
「――――ッ」
なにか策はあるんですか、ロッカ先輩――――――⁉
”
「はあああ・・・・」
その日、彼女のため息はいつもより大きく感じた。
「どうかしたんです?」
「いやね、欲しいものがあるんだけどさあ~」
聞けばロッカ先輩の御所望は、キッチン用品一式ということだった。
「・・・・意外です」
「馬鹿にしてるでしょ?私だってもう22歳、立派な大人なんだよ」
だとしても、家事や自炊に積極的なタイプには見えないからだ。
「まあ、それは良い事ですね。俺が決済しますから、ぜひもっと健康的な生活を送ってください」
「ああ、ううん?急用ってわけじゃないんだよ。新しく来た子が、またすっごくわがままでね?こんなさびた包丁で料理なんてできねーって、うるさくてさあ」
先輩は身振りで、その新人の行動を表現する。そうは言うが、表情は終始笑顔だ。
「シルヴも、せっかく稼いだお金はもっと有意義に使わないとねえ」
「・・・・」
俺は知っていますよ。軍の実力主義とは名ばかり、あなたの少将位という地位は過小評価されている。本当ならもっと報酬だってもらえるはずが、新兵と同等の劣った条件。
あなたは本来、そんなことで悩む必要なんてない。
それもこれも、第43地区という呪縛のせいであることは明白でしょう。
(しかし・・・・)
カーンには、そんなこと言えるはずがなかった。それは、先輩にとって悪でしかないのだと・・・・言ってしまえば、彼女は不幸になる。
だって俺には、あなたをそんな笑顔にすることなんて、できないだろうから。
”
「だったら―――――ッ‼」
カーンは折れた方の足を引きずり、衝撃音のする方へと歩いた。
「責任をもって最後まで、それを通せよ‼」
(・・・・!)
セシルは二人の魔人族との戦闘中、声のする方にカーンがいることを視認した。
(あいつ、足・・・・!)
怪我をしているのに、いったいなにをしているんだ?助けを求めているのかと言えば、そうでもないらしい。耳を傾けると、それはセシルへの不満で満ちていた。
「セシル・ハルガダナッ!!お前はなんなんだ⁉」
(なぜそんな雑魚ども、さっさと片付けない⁇)
そうすることで、なにが起こってもいいってか?
「お前は神じゃないだろ!全部助けて、全部を得るなんて不可能だろうがァ‼」
「————‼」
”兵士殺し”は、まさか本当に人が殺せないとはな。しかし理想を語れるのは強者だけだ。この状況でエゴを貫こうとすれば、間違いなく失敗する。俺たちは絶対に、選ばないといけないんだよ‼
「ここからさき・・・・さっきの場所でまだ先輩が戦っている!あの強敵相手に、一人で、だ‼」
「ノセアダが・・・・?」
「自分が犠牲になることで、先輩は俺たちを守ったんだ!それでいいのか⁉」
カーンは悔しさのなか、振り絞るように大声を挙げる。
「お前はまだ走れるはずだ‼なぜ助けに向かわない⁉」
「それは・・・・」
もちろん、この二人が邪魔をするせいだ。ここの場所には民間人も多い。目を離せば、犠牲者が増える・・・・かと言って、このままじゃノセアダが危ない。両方を成り立たせるためにはこいつらを、殺すしかない。
「そうなる前に、投降してください」
「アあ?馬鹿か?俺たちは止まらねエ、皆殺しにスルマデなア‼」
「オウよ、兄貴!アあ、早く見てえナア。半殺シで命乞いをスル、人間族の顔ガ」
拳を交える魔人族は、どこまでも憎悪に満ちている。でもそれだけで、彼らを殺していい理由にはならないはずだ。
「ノセアダ・・・・俺は、そっちには行けないかもしれない」
”
「いいよ?セシル君がそうしたいなら、私のことは気にしないで」
”
「あれ?」
脳裏に浮かんだ女性は、そうこちらに語り掛けた。妄想ではない。実際に問えば、彼女はそう言っただろう。
”
「私は、みんなが幸せになるのが夢だからねえ」
「・・・・?なんじゃそりゃ。でかすぎるだろ」
「あ!やっぱり言った!セシル君こそ現実主義者のようで、ぜんぜんそうじゃないでしょ⁉でも、それでいいじゃん。自分が決めたことなんだしさ!」
”
今度は数日前の世間話が頭に浮かんだ。そのせいか。彼女が、どこまでもまっすぐだったから、俺は助けたいと思ったんだ。
「俺は、ノセアダを死なせたくない」
「ナニ言ってんダ?コこに居るやツハ全員死ぬんだよ‼」
振り出された炎魔法の拳を、俺はスムーズに避けきった。
「んナ⁉」
驚くのも無理はない。体勢からして、この男はいま完全に無防備だ。覚悟を決めるしかない。これは戦いであり、カーン大佐位の言う通り、守るものは選ばなくてはいけないのだ。俺は氷で剣を作り上げ、それを一気に振り上げた。
「————ッ‼」
・
・
「なんだ、やっとか・・・・」
状況を眺め、カーンはそう呟く。とはいえ、かなりの時間ロスである。
(・・・・先輩になにかあれば、殺す)
地面に倒れこんだカーンは、セシルと自分に対してそう戒めた。
*第十八話に続く




