+++第十五・一話:私たち、幼馴染だよね?
ヘルル・ガノーシャが茜莊に戻った。セシル・ハルガダナをくわえた新生第43部隊は、エルシア・フェーラルスの帰還を待つのみである。
午前10時。
この日は喫茶店での仕事はない。手持無沙汰となったセシルは、なんとなく一階のリビングに腰かけていた。最近は動いてばかりだったが、いざ暇な時間ができると困ってしまう。
しばらくぼーっとしていると、二階から古い木材のこすれる音が響く。誰か起きた――――意識せずともそうわかってしまうほどに、この建物は古いのだろう。
「・・・・おはよ」
「お、おはよう」
つい昨日、顔を合わせたばかりの少女と目を合わせる。寝起きだというのに、彼女の髪はしっかりと整えられ・・・・表情もどこかご機嫌に見える。
よかった。昨日の第一印象は、あまり気持ちいいものではなかっただろうから。そわそわしながらも、俺の隣に座ったヘルル・ガノーシャに俺は安堵を得る。
「――――紅茶、淹れようか⁇」
「ありがと」
彼女から好意的な返事を得ると、俺はおもむろに椅子を引いて立ち上がる。視線に多少緊張しつつも、手順を間違えることなく完成させた。
「・・・・お待たせ」
絶え間なく湯気を上げながら、まずは心地よい香りが二人に届く。
(・・・・)
自分のコーヒーは、すでに冷たくなってしまっている。紅茶はあまり得意ではないが、この香りが興味をそそるのもまた事実だ。
種類は関係なく、やはり淹れたては格別なのだろう。
(さて――――)
これ以上は会話も続かないだろう。そう判断すると、俺は棚の学術書に手を伸ばした。
(等速直線運動と、運動エネルギーに関する相関――――力学書、か)
ガノーシャはセシルの横顔と、そのさきにある書物を垣間見る。
変わらない、やはりセシル・ハルガダナ君だ。あの頃も、小難しい内容の本をよく見てたっけ・・・・わざわざ山を下りて、可愛くなにをねだっているのかと思えばそれだもんね。
いつのまにかじっと見つめる視線にさえ、気づいてもいないだろう。それも、まるであの頃のまんまじゃない?
(だからこそ・・・・)
まじで・・・・なんで気づかないわけ⁇一日たったガノーシャの表情は、ほぼほぼにあきれ顔に代わっている。
まあ、あんたにとってはその程度の思い出だったってことか。しばらくして、ため息をつくように思わず口を開く。
「—―――それ、もしかして学術院関連で読んでる?」
「・・・・?
いや、ただたんに、おもしろそうだと思っただけだけど」
「そう・・・・ちなみに今度王立の研究機関が、”真空環境での魔法”を実証実験するそうよ」
「――――‼まじか‼」
やっとこちらを向いて、子どものようにわかりやすく声調を上げる。懐かしさに心躍らせると、彼女の口角は自然と上がっていた。
「まじ。ちなみに、それはかなり古いエディションだから――――加速度については、新しい定理が出ているわ」
「・・・・!」
(なんだ・・・・)
チェスのこともそうだ。せっかく王都に来たっていうのに、小難しい話ができる相手がいなかった。
「めっちゃ話し合うじゃん!」
「そ、そうね・・・・まあ、なんでも聞くといいわ」
胸を高ぶらせるセシル。一方のガノーシャも、十年前とは逆転した立場に自慢げである。二人は旧知の仲のように打ち解けあい・・・・嘘のように会話も弾みだした。
(――――あれ?)
セシルはその時間に、既知感を覚えた。
彼の興味は少し変わっている。もともと人口が極端に少ない地域の育ちということもあるが・・・・それゆえ同世代と、こういった会話をした記憶はあまりないのだ。
(いたっけな、昔――――)
同じような感覚を共有できた女の子。
「・・・・?なあ、ガノーシャってどこの出身なんだ⁇」
「――――ッ!」
(気づいてほしい)
そう思っていたとはいえ、突然の状況に彼女は困惑する。寝起きでまだ白かった肌は、すっかり健康的に紅潮した。
「えっと、それは――――」
核心に迫る回答。結果的に、彼女の心が緊張し、少しそれを戸惑ったことで・・・・状況はまた振り出しに戻るのだった。
「―――――――ふあああああ。おはよう、二人とも」
「「―――――――‼‼‼」」
やましいことがあるわけではない。
しかし二階から降りてきたノセアダの姿を見ると、二人はとっさに距離を取った。
(あれ、なんでだ・・・・⁇)
「うんうん、ふたりとも仲良くなれてよかったよ」
そう言うと、彼女は目の前の席に座り、あくびをしながら手を挙げた。
「セシル君、ごはんお願いしますっ!」
(まったく・・・・)
「もう昼が近いんだ、自分でやってくれ」
「え~~〜~」
思い通りに行かなかったノセアダは、頬を膨らませ、足をばたつかせる。
(痛てっ・・・・まったく、子どもかよ)
「――――だいたい、今日は会議じゃなかったか⁇」
「ギクッ――――――――いや、あはは。なんていうか、私が居ても変わらないしねえ。いっかなぁって・・・・」
(仕事だろ・・・・)
「・・・・。あーッ‼セシル君いま、私をろくでなしって思ったでしょ!きみは大切なお姉ちゃんに、お堅いおじさんたちにいじめられに行けっていうのかな⁉」
「ああ、悪かったよ・・・・」
俺が軽くあしらうと、彼女は恨めしそうに立ち上がりシンクに向かう。
「――――段ボール」
「それはやめてくれ・・・・」
(――――はは、段ボールね)
ガノーシャも、セシルの話は昨日だいたい聞いている。あらためて、人間を郵便で送る”自分の上司”の無茶苦茶さを思い知ったわけだが。
「でも、それはあんたも変わらないんじゃない?王国軍に狙われてるのをわかってて、戻ってくるなんてさ」
「・・・・」
(まあそれに関しては、たしかに考えが足りていなかった)
「だけどな、お前ら俺を馬鹿みたいに言うが。まったくの考えなしにやったわけじゃない。もしかしたら、頭の隅ではそう思ったんだよ」
「・・・・どういうこと?」
ソースをかけたパンを片手に、戻ってきたノセアダは彼に問う。もしかしたら、彼女に備わるセンサーのようなものが発動したのかもしれない。
ここから、セシルは興味深い昔話を始めた。
「――――居たんだよなあ。俺が小さいころに、頭が良くて、可愛い女の子が。負けず嫌いで、チェスで負ければいつも大泣きするような子だったんだが・・・・誰よりも優しかった」
「・・・・ふう~ん、それでそれで?」
頬杖を突きながら、にやにやと俺の顔をのぞき込む。ここでセシルは、自分がからかいの対象となっていることに気が付いた。彼は純粋に思い出を語っていたが、ここの住人にとってはゴシップに違いない。
「たいしたことない。そいつは結局王都に引っ越して、いつの間にか疎遠になったんだ。はい、終わりー」
「へええ~、じゃあセシル君は、その子が助けに来てくれるんじゃないかって。そんな淡い気持ちをもってたんだねぇ・・・・くぅ、可愛いじゃんんん!」
(こうなると思った)
「――――ねえねえ、もっとお姉ちゃんに話聞かせてみ⁇」
「やだね、俺はもう部屋に戻る。ガノーシャ、俺の分のカップも洗っておいてくれ――――――って―――――なんだよ、ぼーっとして?」
「――――え?」
二人の視線で我に帰される。
「もしかして、体調悪い?」
ノセアダの心配の声・・・・しかしうまく否定ができない。
口角が上がっちゃって、どうしよ、表情が上手く作れない~。
「・・・・。大丈夫、そうだね」
ノセアダは変顔のような感じになったガノーシャを見て、逆に心配になりながらもそう言った。
「――――ッ‼あ、えっと!私、とりあえずこれ洗ってくるからっ‼」
(結構、うれしいや――――)
そっか、セシル君も覚えてたんだ。あんたの言ってる女の子は、すぐ近くにいるわよ?
いつか会えるといいわね。
「ふふっ」
よし、また明日頑張るぞーーーーっ!
*第十六話に続く




