+++第十三話:第43部隊の仕事
その日の深夜のこと。
王都のように大きくないこの町では、明かりなど消え去ってしまう。静けさがあたりを支配する時間に茜莊のドアが開き、人影がセシルに近づいた。
「――――やあやあ、久しぶり。良かった、まだ起きてたみたいだね」
「――――!」
暗がりだったが、さらにはそのシルエット。175センチほどある身長は、人間族の女性にしては珍しい。思わず目が集まりそうな、豊満な胸部も特徴的。結局、それが誰であるのかは容易に推察できる。
「おたくの部下たちのせいだよ、ヤーマ・テラーリオ、さん。片付けという概念を、知らないらしいですね」
「ははは、そっか。あの二人だもんね。うまくやれているのかな?」
「なんとかなっているのが不思議なくらいです。おかげさまで、とんでもない出会いだったので。今日も歓迎会を開いてくれたのは、嬉しいんですが・・・・ちょっと自由人過ぎませんかね?」
俺がそう皮肉ると、彼女は椅子にドカッと腰かけた。相変わらず、一挙手一投足が派手である。
「ごめんごめん、その辺の人選を含め私の配慮が足りていなかったね。でも私たち、あの後用事があったからさあ。あのままにしといたら・・・・きみ、殺されてたかもしれないでしょ?」
まあ、後ろ盾がなくなれば・・・・秘密裏にやってあとは知りませんなんてことも考えられる。
俺を思っての行動だった、そう言いたいんだろ?
(にしても、思考が無茶苦茶すぎる)
形勢が悪いことに気が付いたか、彼女はこの議論を早々に切り上げる。
「ま、結果オーライオーライッ!」
「・・・・」
「――――あ゛あ゛!て、言うか‼
私抜きで宴会かよ!町のみんなも冷たくなったねえ‼」
結局、彼女はこんな夜中になにをしに来たのか――――しかしそれはよほどの不満ごとらしく、両手を広げてアピールを始める。
(それを俺に言われても)
「助けてもらったことには感謝してます。あなたの言う通り、あのまま死ぬべきじゃありませんでした」
「・・・・。やっぱり、いい目になったね。私は、いまのきみの方が好きかな」
「そりゃどうもありがとうございます」
(・・・・!)
「はは、棒読みだよ。まあいいけどさ。今日はきみに、仕事を与えに来たんだ」
「仕事・・・・休む間もなくってことですか?」
「悪いねぇ。でもたまには、指揮官らしいこともしないと」
そう言うと、今度は眠そうに大きく口を開ける。お疲れのようだが・・・・それなら明日でも良いはずだが。それに――――。
「――――伝えに、来た?またどこかへ行くんですか?」
「まあなに?ここは曲がりなりにも、王国軍の管理地なわけで。追放された私は本来、入ることすら許されてないんだよね」
長年の不満――――愚痴をこぼすようにそう言って、やれやれとジェスチャーした。
「だから指揮官は自称。名目上は、エルシアってことになってる」
「エルシア?」
「あれ?そうか、直接は会わなかったんだよね。エルシア・フェーラルス中将位、臨衆議六にも参加してたよ」
(あ・・・・たしか青みがかった髪の)
俺を擁護してくれるような口調の女の子が、ひとりいたな。
「そ、詳しくはエルシアから聞いてくれ。
言っとくけど、丸投げじゃないからね?こっちのことは任せてる、私は私でやることがあるってこと」
重い腰を上げるように立ち上がったテラーリオ。
無茶苦茶にも思えるが――――彼女の言うことには、やはりどこか説得力がある。
「だから、きみもやるべきことをやってくれ。うん、うまくまとまった」
「・・・・」
「では、発表する。きみの第43部隊での初仕事だ。心して、かかるように――――」
楽しむようにしてテラーリオは、なにかを予感させる不敵な笑みを浮かべた。
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・
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*
「――――セシル君、セシル君!!」
「あれ?」
「ちょっとほら。
ぼーっとしてないで、目を覚ましてよ」
「な、なるほど。夢だよな、そりゃそうか」
昨夜の出来事は、いろいろあり過ぎで幻覚でも見ていたのかもしれない。しかし、じゃあなぜ俺はこんな場所にいるんだ?
茜莊からほど近いこの建物は、43地区のほぼ中央に位置するという。特徴的なのは幾重もの木製柱、それから開放的で明るいフロア。カウンター席から放射状に丸テーブルが並べられ、住民はそこで憩いのひとときを過ごす。鼻を突く香ばしく優雅な香りもまた、ここがなんであるのかを知らせるのである。
「カフェ、だよな?」
「そうだよ。きみの仕事はカフェ店員!テラーリオから聞いているよね?」
「・・・・は?なんでこんなことになった?」
「ほらセシル君。お客さんが来たら、『いらっしゃいませ』でしょ?」
ぼーっと突っ立っている俺に対し、ノセアダがそう指示を出す。
「・・・・はいはい、いらっしゃいませ~」
「うん、だいぶ様になってきたねえ。じゃ、これ向こうに持って行って?」
「・・・・。」
俺の仕事――――――⁇
”「―――――カフェ店員だぁッ‼」”
「・・・・⁉」
(どういうことだ―――ッ⁉)
「――――なんだよ大将、今日は元気ねえなぁ」
渡されたコーヒーカップを運んだ先で、虎の獣人が俺にそう声をかけた。
彼の名前は【ガーウイン・エダルク】。昨晩茜莊にて行われた宴会で、多少親しくなった間柄である。
「エダルクさんこそ。昨日あれだけ騒いでおいて、よく元気ですね」
「んあ?当り前よお、俺は農家だからな。朝一で作業して、小休止ってわけさ」
(それは寝たほうがいいんじゃ?)
「しかしラッキーだな、これからも大将の料理が食えるなんて。昨日のグリルベルフは最高だったからよ」
「だから大将はやめてください。それに、なんなんですかここは。俺はコックじゃないですよ?」
ノセアダの目をうかがいつつ、俺は彼の前に腰かけた。この際、誰でもいいから状況を説明してほしいものだ。
(しかし――――)
「おいおい、それを俺に聞くか?」
「聞きます、もう俺にはなにがなにやら」
迷いなくそう答えると、男性は表を付かれたように笑いだした。
「がはは!ま、たしかにテラーリオのやつが詳しく説明するとも思えねえな。んー、なんて言うかな。俺も得意じゃないんだが・・・・」
「・・・・それなら私が説明をしましょう」
渋い顔をして考え出したエダルクさんに、となりの席から中年の男性が声をかけた。
「うおっ⁉ベッカンか‼脅かすな」
「あなたこそ、初対面の彼を前にその呼び方はやめてください」
まるで王都のビジネス階級のように、きちっとした黒スーツを着こなす。周りを見ても亜人族が多いこの地区で、俺や第43番部隊と同じ人間族のようだ。
「――――私の名前は、イリテ・ベッカンフォード。きみのうわさは聞いていますよ、セシル君。昨日の宴会になぜか私が呼ばれなかったことは・・・・ひとまず置いておいて、あなたの上司の代わりに私が説明をしましょう」
(・・・・なんだ?)
説明はありがたい。しかし彼は、すこし怒っているようにも思える。
「そう言えばベッカンさん、昨日いませんでしたね?町の人、結構皆来てたのに・・・・」
(・・・・・・・・!)
窓際でモーニングを頬張りながら、女性がそう声に出す。するとベッカンフォードは、ピクッと体をこわばらせた。
「楽しそうな声は聞こえていましたが・・・・あいにく昨日は、大型の受注が残っていたので」
「ふん!だから王都向けの鋳物鍛冶なんか、やめちまえって言ったんだ!」
「それは私の一存で、どうこうできる問題ではありません。さて、話を戻しましょう。ここがなんなのかという質問でした」
そう言うと、彼はなにかを考えるように一口、コーヒーに手を付けた。
「ここは喫茶店でもあり、居酒屋でもあります。ですがそれは表の姿。裏では第43地区の様々な問題に対応している、いわば役所のような場所です。当然ながら、第43地区には王国のサービスは及ばない。なのでこの場所が、治安維持から日々の困りごとの相談まで、あらゆる事象に対応してくれます」
「・・・・そうか!」
「気づきましたか、ハルガダナ君。第43地区はあらゆる民族の調和を目指す特別区域。約120年前に創設されて以降、それは部隊の核をなす活動であり続けている」
なるほど、だから喫茶店の風貌なのか。中心として住民が気軽に集まりやすく、町の雰囲気も良くなる。
”―――――――43部隊の仕事は多岐にわたる。43地区の治安維持、通常の王国兵としての職務に加えて、各種雑務も多い―――――――――”
ヤーマ・テラーリオの”あの言葉”・・・・つまりは、すでに説明は済ませていたってことか。
(・・・・)
俺がなんとなく感覚をつかんだ様子であるのを見ると、ベッカンフォードはまた一息ついた。
「――――ここまでにしましょうか。あとは現役の隊員に聞いてください。私は、仕事に戻ります」
「・・・・?あ、ちょっと!現役ってなんですか⁉」
席を立った彼を、追いかけるように俺も椅子を引いた。するとそこに、ちょうどノセアダも現れる。
「ベッカンさんは元第43部隊なんだって。私も、詳しくは知らないんだけどさ~。聞いても、話してくれないし」
彼女は少し不満そうに、そう付け加えた。
「自分を語るのは得意ではありません。それに・・・・いまのは本来、私の仕事ではありませんでした。ノセアダさん、ハルガダナ君にしっかりと教えてあげるように」
「はーい!じゃあ行こっか、セシル君。オーダー、グラミノーゼ二個とハルチョ焼きが三個入ったぜ」
(・・・・)
仕事を変える。それ自体はおかしなことではない。しかしここ、43地区で・・・・それも五体満足に王国軍をやめる。
心理的な変化――――彼になにがあったのか、興味はあった。しかしまあ、それもいつかまた聞けるだろう。
それより・・・・。
「なにか聞こえた気がした・・・・グラミ、、、なんだって⁇」
「グラミノーゼ!崩さず運ぶのは任せて⁇私、運搬は得意だから――――」
「――――⁉俺が作るのかよ!?レシピはあるんだろうな⁇」
「あはは!私料理できないから!頼んだぜ、たいしょー!」
「おい、手伝いくらい頼むよ」
仕方ない。待たせるわけにもいかないし、とりあえず大急ぎでそれっぽい料理を作るしかないだろう。ノセアダに裾を引っ張られるまま、キッチンの方へと歩み始める。
「――――ハルガダナ君」
(・・・・?)
「応援してますよ」
どこか切ない声でそう言ったベッカンフォードは、少しだけ笑っていた。
*第十四話につづく




