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第四話:完璧な仮面を剥がせ、二人の地雷物件

レオンハルト殿下との謁見を終えた翌日、私の手元には、もう一通の招待状が届いていた。差出人は、夜会で完璧な振る舞いを見せた侯爵令息、アルフレッド・リドリー。

「フローラ様、リドリー侯爵令息からの、午後のティータイムのご招待でございます」

エマが差し出した招待状を手に取ると、私は静かにため息をついた。レオンハルト殿下と並び、私が**「要デューデリジェンス」に設定した人物だ。殿下が「トップアプローチ」なら、こちらは「手堅いミドルマネジメントからの接近」**といったところか。

(彩奈のモノローグ)「殿下が探りを入れてきたのが『内面』なら、このアルフレッドは『スペック』を査定しに来るタイプね」

私はすぐにエマに指示を出した。

「エマ、アルフレッド様の家系図と、リドリー侯爵家の最近の事業、社交界での評判について、至急追加で情報を集めてちょうだい。特に、過去の女性関係や、兄弟との関係も。できれば、信頼できる筋からの情報が欲しいわ」

「かしこまりました!」

エマは素早く部屋を後にした。私はドレスルームに入り、どのドレスを着ていくべきか思案する。レオンハルト殿下の時とは違い、こちらはより「フローラ・ヴェルデール侯爵令嬢」としての価値を最大限にアピールする必要がある。アルフレッドは実務的なタイプだと推測している。

(フローラのモノローグ)「華美よりも品格を重んじる方よ。そして、その視線は常に『価値』を測っている……」

(彩奈のモノローグ)「うん、まるで、競合他社の財務諸表を見るみたいにね。ならば、ドレスは派手すぎず、しかし最高級の素材と仕立てであると一目でわかるものが良いでしょう」

私は、柔らかなアイボリーのシルクドレスを選んだ。レースの刺繍は控えめだが、その精巧さは一目でわかる。首元には、ヴェルデール侯爵家に代々伝わる、小粒のダイヤモンドがあしらわれたネックレスをつけた。華美すぎず、しかし圧倒的な「質」を誇る、まさに私の**「商品価値」**をアピールするに最適な装いだ。

アルフレッド侯爵令息との面談、そして徹底査定

リドリー侯爵家の別邸は、ヴェルデール侯爵家とは異なり、控えめながらも洗練された美しさを誇っていた。応接室に通されると、アルフレッド侯爵令息が満面の笑みで私を迎えた。

「フローラ様、本日はお越しいただき、誠に光栄です。夜会での貴女様の輝きに、わたくしは心を奪われてしまいました」

彼は、レオンハルト殿下とは全く異なるタイプの完璧さを持っていた。その笑顔は、営業で言えば**「満点のお客様対応」**。誰に対しても好印象を与える、計算し尽くされたものだ。

お茶を淹れる彼の動作も、一つ一つが優雅で無駄がない。

「この茶葉は、我が領地で栽培されたものでして。フローラ様のお口に合えば良いのですが」

彼は、さりげなく自分の領地の豊かさをアピールする。私は、前世で何度も耳にした**「自社製品のアピール」**だとすぐに理解した。

「まぁ、素晴らしい香りでございますわ。ありがとうございます」

私はにこやかに答えながら、内心では彼の言葉の一つ一つを分析していた。

「最近、ヴェルデール侯爵家は、王都でも活発に事業を展開されていますね。特に、魔導具の分野においては、目覚ましい発展だと伺っております」

アルフレッドは、本題へと切り込んできた。彼は、私の「価値」を測るために、ヴェルデール侯爵家の資産状況を探ろうとしているのだ。

「ええ、父もその事業には並々ならぬ情熱を注いでおりますので」

私は曖昧に答えをはぐらかす。具体的な数字や事業内容については、部外者に話すことではない。

(彩奈のモノローグ)「はい、来たわね、競合他社の情報収集。この男、自分のメリットになる情報しか興味がないわ」

(フローラのモノローグ)「彼は、結婚相手を『ビジネス上のパートナー』として査定しているのよ。財産、権力、そして将来性。全てを数値化しようとしているわ」

私は、今度は彼について、探りを入れる番だ。

「リドリー侯爵家も、領地の特産品である香辛料の輸出で、ご成功を収めていると伺っております。その輸出ルートの開拓は、大変なご苦労があったのではございませんか?」

私の質問に、アルフレッドの目がわずかに見開かれた。彼が予想していなかった質問だったのだろう。

「……ええ、それはもう。父も兄も、そのために多大な労力を費やしました。わたくしも、その手伝いをさせて頂いております」

彼は優雅に答えたが、その表情の裏に、私はわずかな**「苛立ち」と「不満」**を感じ取った。

(彩奈のモノローグ)「『父も兄も』……。つまり、彼は家督を継ぐ立場にない、ということね。家督争いがあるか、あるいは、彼自身に野心があるか……。もしかしたら、私との結婚で、侯爵家の権力と財産を手に入れようとしている?」

彼の「完璧な仮面」の裏に隠された、野心という名の「欲望」が、わずかに見え始めた。それは、レオンハルト殿下の持つ「完璧さ」とは異なる、冷たく計算された、**「利益追求」**の視線だった。

二人の「完璧」な地雷、そして新たな情報

アルフレッドとの面談を終えた夜、私は自室でメモ帳を開いた。

レオンハルト殿下:

* 評価: 知的で洞察力に優れている。

* 懸念点: 完璧すぎる振る舞いの裏に、何か大きな秘密を隠している可能性。私の「前世」に気づいているかもしれないという不気味さ。

* 結論: 超高リスク・超高リターン案件。 最高のパートナーになるか、あるいは人生を破滅させるか、両極端。

アルフレッド・リドリー侯爵令息:

* 評価: 社交的で立ち居振る舞いは完璧。家柄も悪くない。

* 懸念点: 露骨な「価値」の査定。家督を継ぐ立場にないことから、私との結婚を自身の野心のための「道具」として考えている可能性。

* 結論: 中リスク・中リターン案件。 堅実に見えるが、パートナーとして尊重されるかは疑問。

「どちらも、前世で私が踏んだ**『地雷』**と似たタイプね……」

レオンハルト殿下は、優しげに見えて、その鋭さでこちらの全てを丸裸にしようとしてくる。アルフレッドは、誠実に見えて、その裏で損得勘定を働かせている。

その時、エマが私の部屋に静かに入ってきた。

「フローラ様、殿下の情報について、追加で侍従から情報を得ることができました」

「話して」

エマは声を潜めて囁いた。

「レオンハルト殿下は、幼い頃から周囲の人間を**『完璧に』評価してきたそうです。それは、家臣の能力、侍従の忠誠心、そして、婚約者候補の令嬢たちの美貌や才覚……。しかし、その中でも、フローラ様のことだけは、どういうわけか『評価できない』**と、信頼する侍従に漏らしていた、と」

「評価できない……?」

(彩奈のモノローグ)「私の存在が、彼のロジックから外れている?」

「はい。殿下は、フローラ様を**『完璧に理解できない存在』**として、強い関心を持っていらっしゃるようです」

その言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。完璧に分析され、評価されることに慣れ切っていた彼が、私だけを「理解できない」と?

そして、もう一つ。

「それから、最近になって、王宮内で**『呪い』**に関する書物がひそかに殿下の元に集められているそうです。病気を治す奇跡の呪文や、人の記憶を……」

エマの言葉が途中で途切れた。彼女の顔は、恐怖で青ざめている。

私は、息をのんだ。

(彩奈のモノローグ)「人の記憶を……? まさか、私の急な快復と、フローラとしての記憶……。それと、私の**『転生』**に、殿下は何か関係があるの……?」

そして、私はもう一つの疑問を思い出した。

夜会でアルフレッドが私に近づいてきた時、レオンハルト殿下の視線が、わずかにこちらを向いていた。

「……まさか。二人は繋がっているの?」

完璧な王子と、完璧な侯爵令息。

二人の**「完璧な仮面」**の下に隠された、それぞれの「欲望」と「目的」。

私の**「婚活」という名のプロジェクト**は、思わぬ方向へと舵を切ろうとしていた。

アルカディア王国の夜空には、今夜も満月が輝いている。その光は、私に与えられた新たな人生と、その裏に隠された巨大な「謎」を静かに照らしていた。


第五話へ続く


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