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VS(鋏屋)シザー1

「我々に害をなす枝となった場合は剪定しなければなりません。」


悲しくも長い夜が明けて、異能ミステルは更なる波紋を呼ぶ。

蠍會の特殊部隊、その名も鋏屋シザー。組織に不要な”枝”を剪定するため、たとえ組織の人間であっても例外なく粛清する彼女達が動き出す。


一方、蠍會から人や大切なものを守るため、医雀が顧問を勤める異能研究部が発足。思いを一つに決起する彼らだったが、二降の様子がおかしい‥?


さらに正体不明の異能ミステル攻撃を受け‥?

異能ミステル×ミステリ2 VS鋏屋[シザー]


序章 狩人は兎の数を選ばない。


「クソッ!何なんだよ…。何なんだよアイツらァ!!」


夜、人通りのない路地裏に男が一人、走っていた。しかしその男からはなぜか足音は響かない。

角を曲がり、階段を降り、時に来た道を引き返し、それをいくら繰り返しても、自分よりも一回り小さい後ろの小柄な眼鏡の女との距離は一切縮まることはなかった。

寧ろじわじわと距離は縮まりつつある。

そしてとうとう行き止まり、袋小路に追い詰められてしまった・

「ハァ…。ハァ…。畜生!ウイングとなぜこうも出会えねぇ!あいつさえいれば俺は!」

「無駄ですよ。」

黒髪ボブカットに眼鏡とマフラーの少女はさっぱりと言い放った。


「残念ながらもうあなたとこの現世で会うことはないでしょうから。」

「は…?てめえまさか…!」

「あとはご想像にお任せします。ゲッコーさん。いや、保柴善伍ほしば ぜんごさん、ですか。」

「…っ!?」

「蠍會は来るものを拒みませんし、去る者もわざわざ追いません。ただ」


「我々に害をなす枝となった場合は剪定しなければなりません。これが仕事ですのでどうぞよしなに。」

「ふざけんじゃねええええええええ!」

ゲッコーと呼ばれていた男が持っていたナイフをかざして少女に向かって走り出した。

もう活路は前にしかない。体格差を利用して体当たりを試みた。


「俺の[忍び足]ミュートステップは地に足をつけている限り、自分とそれに触れているものの音を消すことができる…!お前の悲鳴も聞こえやしねぇ!最初からこうすりゃよかったんだ!せめてこの街から出られりゃなんとかなる!蠍會の金に手を付けたことからは見逃してもらえるかもしれねえ!」


「聞こえますかレンズさん。スナイプお願いします。」


パァン!


乾いた銃声音がしたのと同時に、男が勢いよく頭から倒れこんだ。異能ミステルが解除され、ゴシャッという音が響く。

「剪定完了です。お疲れさまでした。」


それは少女の独り言ではなく、少女の背後に立っていたもう一人の人物に向けられた言葉だった。

紫のキャスケットを被った小柄な女が立っている。

「なんだ。気づいていたのか。ボクの異能ミステルを使おうと思ったがいらぬ心配だったようだね。」

「まぁレンズさんがちゃんと仕事してくれましたからね。珍しく。あ、モグコさんは大丈夫ですか?」

「…大丈夫だったと思うかい?主にボクが。」

「…お察しします。」


愚問だったと心の中で反省した。苦虫を嚙み潰したような顔になっていたので、それを見かねた紫のキャスケットの小柄な女が口を開いた。


「あぁそうだ。クノ、もうすぐ朝になる。皆で拠点に戻って何かテイクアウトで食べるものでも頼まないか。もちろんご馳走するよ。」

「ご一緒させていただきます。ですが食べながら次の仕事の打ち合わせも行われると思いますので、残業代をいただきます。足がつきますのでもちろん手渡しで。」

「…キミも強かだね。」


鋏屋[シザー]。その名の通り蠍會に害をなす枝の剪定(平たく言えば粛清)を担当している影の部隊。四人編成フォーマンセルではあるが蠍會のメンバーでも、トップと最高幹部と言われる者たちしかその素性を知らず、詳しい顔と名前、異能ミステルは不明とされている。

拠点まで黒髪ボブ眼鏡の少女(マフラー付き)クノと歩いていると、紫のキャスケットの女のスマホが鳴った。

「こちらレンズ。お腹が空いたよ。」

「…任務後の第一声がそれか…。2時間前に軽食は済ませただろう?」

「確かに食べた。でも異能ミステル使うととても空腹になるんだよ。キャップ、おやつ持ってない?」

「絶対そういうと思って予備で渡したはずなんだけど…。まぁいい。今から拠点に戻って食事にするつもりなんだ。クノも今、一緒だから現地で落ち合おう。」


「いいぞー!わたしもいくーーーーー!」

元気でハリのある声が紫のキャスケットの女、キャップの耳を見事につんざく。

「あれぇ~?おーい、きゃっぷー?くのー?」

無邪気な悪意なしの大音量。

軽く悶絶するキャップを他所にクノが電話を替わる。


「モグコさん、お疲れ様です。お電話変わりました。クノです。」


「くのか!わたしも、れんずたちといっしょにごはんたべたいなー」

「いいですよ。レンズさんと一緒なんですね。じゃああとで拠点で落ち合いましょう。時間帯的にまあ大丈夫だとは思いますが、人目はできるだけ避けてきてくださいね。警戒しすぎるということはありませんから。」

「おぉ!ありがとう!またあとでな!くの!あ、わたしははんばーがーがいいな!」


モグコは最後に自分の食べるもののリクエストだけして通話は終わった。

「おそらく思い切り人目の付くような場所で、ハンバーガーの歌を歌いながらスキップして来ると思います。」

「このような奇行を聞き慣れてしまった自分が心底怖いよ…。」

「あ、それとキャップさん。」

「何だい」

「話の流れから考えて、食事に誘ったのは貴方からですので朝食にかかる料金は全額負担していただけるんですよね?」

「…。」

「端的に言うと、奢ってください。」

「本当にどいつもこいつも…」


鋏屋[シザー]のまとめ役であるキャップは大きく肩を落とした。





20分ほど歩いて秘密の地下階段を下りて拠点に到着し、各々がキャップにリクエストしたメニューを食べながら打ち合わせは始まっていた。見た目は普通の少女にしか見えない、そんな彼女たちが居たのはかなり不釣り合いな小洒落たバー。そこが拠点。

鋏屋[シザー]は蠍會の中でもそこそこに上の立場なのだが、彼女たちは(特にキャップが)気に入っておりこの少し手狭な隠れ家のような場所を気に入り、拠点にしたのだった。


「それでさ、私たち皆で会議ってことは何か重要な仕事が近づいてるのかな?」

(見た目だけは)一番大人っぽい銀髪のダウナー美女、レンズが話題を変えた。

「仕事自体はいつもと変わらないよ。だけど少し困った状況でね。これを見てくれ」

キャップは2枚の写真をバーカウンターの上に置いた。


「名前は女の方が二降澪奈。男の方が天札詠だ。」

「わー。れんずみたいなきれいなおんなのこ!と、ちょっとどうがんっぽいおとこのこ!」

「この2人が剪定すべき ‘枝‘ なのですか?」

「そうなるね。ただこの2人はこちらの構成員を2名返り討ちにしている。男の方は異能ミステルに当日目覚めたばかりで、だ。」

「ふーん、この男の子、かなり強力な異能ミステル持ちなんだね。ウチの兵隊だって能力の大小はともかくとして異能ミステルの練度はかなり高めてるはずだけど。」


「だが昨日、男の方は埋葬傷奈の手によって始末された。」

「…!蠍會の大幹部の一人が自ら!?…ということはこの写真も埋葬傷奈本人が撮影したもの…?いったい彼は何者なのですか?」

「でもさー、くの。おとこのこはしんじゃったんでしょ?だったら」

「いや…。」


キャップが珍しく答えに困るような反応を見せた。

「どうしました?」

「その男の生死なんだが、確かに組織からの伝達では死亡扱いになっている。この手で始末したと実際に埋葬傷奈から報告があったらしい。だが…。」

「歯切れが悪いねキャップ。もしかしてだけど埋葬傷奈の報告が虚偽で、実は生きているって…。ごくん。こと?」

レンズの周りには個包装されたきな粉おはぎの袋が散乱していた。


「あの方の報告に嘘偽りはない。仕留めそこなったにしてももう虫の息のはずだ。理由は特に無いんだが、言いようのない胸騒ぎが私の中に渦巻いているんだよ。」


「じゃあ私が確かめてきますよ。」

軽く手を挙げて答えたのはクノだった。

「えっくのがか?」

「この写真の2人が着ている制服、これは私が通っている高校のものです。」

「何だって⁉」

「しかもリボンの色からして女性の方は私と同学年ですね。どこかで見たことのある顔だと思ったら割と校内では有名人ですよ彼女。」

「悪いが確かめてくれないかクノ。」

「はい。では女性の方、二降澪奈のみ生存していた場合、口封じを。もしも二降澪奈、天札詠両名が生存していた場合は…。」

4人の考えはクノが言わずとも揃っていた。個性や好きなものもバラバラ、お互いの本名も年齢も詳しく知らない。いや知る必要はない。でもただこれだけは、この瞬間だけは考えることは同じだった。


「揃って剪定、その一択ですね。」

彼女たちは鋏屋[シザー]。蠍會の飛び道具。クノは眼鏡を軽く上げて、彼女は全員の目を見ながら言った。。






一章 異能研究部・チュートリアル

夕方、市立巾離高校の地下一階。5人しか知らない謎の地下室、そこには一人の教師と四名の生徒がいた。

「よし、まぁ振り分けとしてはこんなもんだな。黒板に貼っとくから適当に見とけー。」


顧問

医雀いざく 与一郎よいちろう

部長

二降にふる 澪奈みおな

部員

芥丸あくたまる 大我たいが

豊花 ひのり(とよはな ひのり)


「医雀先生!それ間違ってますよ!欄が足りない!」

「あり?本当だ。悪い悪い。ちゃんと印刷するからちょっと待ってろよ。」

医雀はくしゃくしゃに丸めた紙を3ポイントシュートのようにゴミ箱に投げ入れ…


ようとしたが二降から睨まれたため、ゴミ箱まで歩いて捨てた。

「よし、これでいいだろ!」




顧問

医雀いざく 与一郎よいちろう

部長

二降にふる 澪奈みおな

副部長

天札あまふだ よみ

部員

芥丸あくたまる 大我たいが

豊花 ひのり(とよはな ひのり)


「そうそう!こうじゃなきゃな!そうだよな!」

芥丸が自分の横の机の白髪の少年に話しかける。


「ヨミ!」

「だからオレの名前はヨミだって…え?」

「よかったね天札くん!芥丸君やっと名前覚えたんだよ~?目覚めたら俺が最初に名前で呼んでやるんだ!って張り切ってたなぁ。」

「おいっ!別にいいだろその話は!とにかく待ってたぜヨミ!」

「あぁ。ありがとなみんな。本当に心配をかけたよ。まだあれから一日も経ってないけど、なんというか…ただいま?」


長いような、短いようなそんな彼らの夜が明けて全員揃ってここに集まることが出来た。そう思っている一人、詠の目の端に小さな水たまりが出来ていたことは二降澪奈しか知らない。


「(でもなんでだ…?俺は確かにあの女…埋葬傷奈に斬られて今度こそ命を落としたはず…。ウォルフの時とは違う。あの時はグラトが俺の中にいたから何とかなったけど…。繋いでもらった命なのに分からないことが山積みだ。髪も真っ白になってるし。というか)」

比喩ではなく共に命を散らしたもう一人(?)の戦友の声がまだ聞こえていないことに詠は気づいた。


「(グラトは…?そもそもみんなは存在すら知らないから仕方ないけど、)」

「イるぜ…詠ィ…。」


「グラト!」

「おわっ!何だよヨミ。急にシャウトして。あっ!俺がヨミの名前をずっと間違えてたからか?あんときは本当に悪かった!ごめんな!」

「いや、全然気にしてない。悪い。目覚めたばっかりでまだ本調子じゃないかもしれなくてさ。ちょっと手洗いにでも行ってくるよ。」

「分かったわ。ここを出て角を左よ。」

「いってらっしゃい天札くん。」

「あぁ。悪いな。」






「ふう。まずは礼だよなグラト。ありがとう。」

「礼なんか…いらねェさ。オレとオ前は一心同体、一蓮托生…なん…だからな…。」

「…やっぱりどこか悪いんだな。俺を生き延びさせてくれたのはグラトなんだろ?お前のその不調は、オレの復活と何か関係がある。そう考えるのが自然だ。原因を聞かせてくれないか?」


「…じゃア結論から言ウぜ…悪イが詠。オレはしばらく出て来れねェ…異能ミステルの黒いもやの方の力は一端休業だ…。」

「な…。」

知ってはいた。何となくその前から察してはいたのだ。グラトの考えは詠にも理解できるし逆もまた然り。他でもないグラトの口からそれを言わせてしまったという事実が、詠を苦しめた。原因を聞かせてくれ、だなんてズルい言い方をした。ただの不調なだけ、だと淡い希望を抱いてしまった。

「大丈夫だ。完全に…消エてなくなる訳じゃねェ。異能ミステルとしてのオレの力を多めに、オ前に注イだ…だけだ。後生の別れにはならねェ。他人の異能ミステルを理解して、オ前の解釈でオマージュする咀嚼チューイングの方の力はまだ残ってる…。人を、世界を知るほどオ前は強くなる。これ以上ねェ異能ミステルだろ?今度アの蠍會の埋葬傷奈とかイウ女が来たら、リベンジマッチだぜ。次は絶対に負けんじゃねェぞ詠。だから、」

次にいつ会えるかは、分からない。

でもあえて、グラトにはこう伝えたい。


「おいグラト。長い。」

「オイ!?」

「いや悪いな。でも」

「お前の言いたいことは分かる。そウだろ?」

「分かってんじゃん。」

「一心同体、一蓮托生、運命共同体。それが俺たちだ。イわばオ互いがもウ一人の自分ってことだなァ。」

「ははは。なるほどね。」

「さてと、そろそろ本当に時間が来ちまったなァ…。」

その時が、来る。


「また会オウぜ…。詠!」

「あぁ。安心して寝てろ。お前がその気でなくても叩き起こしてやるよ。」


グラトは一度詠の中で眠りについた。

お互い、長く言葉を交わしたわけじゃない。大の仲良しなはずもない。ただ彼らはあの一夜の共闘だけで十分だった。運命共同体とは誇張でも比喩でもなく、本当の事。詠が直面したある事件を知っているのもここではグラトだけ。共有してくれる存在がいるという事実に救われたのだ。そして芥丸、ひのり、二降先輩、医雀先生は詠がもう一度前に進むきっかけを作ってくれた。

本当に打ち明ける覚悟が出来たら、異能研究部のみんなにも話したい。

文字通り、オレの全てを。



戻ってきた詠が全員に声をかける。

「悪い。待たせたな。」

異能研究部の各々が返事をするが、詠の吹っ切れたような表情を見て特に何も聞かなかった。この短い間に何があったのかは当然分からない。でもその双眸を見れば、十分だった。



「よし、じゃあ全員集合ってことで、俺たちの活動の根幹を話していくか。多分1年生諸君が一番気になっているであろうことだからな。」

そう言うと、医雀が黒板に異能研究部と蠍會の二つを大きく書いた。


「まず異能研究部ってのは端的に言うと、異能ミステルを文字通り学んで、蠍會をぶっ潰そうぜ!っていう集まりだ。」

「蠍會ってあれだろ?詠をあんな目に遭わせたあの埋葬傷奈、とかいう女がいる悪の組織!」

「…でも芥丸君、はじめてその人と会ったとき、美少女とか何とか言ってなかったっけ?」

「そ、それは確かに人を狂わせる系のオーラをまとった美少女だとは思ったけどよ!もう許さん!次会ったら俺が滅多打ちにしてくれるわぁ!」

「貴方じゃ滅多打ちどころか秒で返り討ちよ。ボロ雑巾確定ね。」

「なぁ詠。女性陣俺に塩対応すぎない?」

「いやオレに縋られても…。」

ボロ雑巾呼ばわりされた芥丸は半泣きだった。



「脱線したけれど、埋葬傷奈は、昨夜襲ってきた狼男と透明男とはレベルが遥かに違う。蠍會の中でも5本の指に入る実力者よ。まだ異能ミステルも不明。私でも1対1の勝負ではまず勝つことはできないわ。」

「そんなにすごい人だったんだ…。それがなんでうちの学校に乗り込んできたんだろう…。というかそんな人があと4人もいるって…。蠍會っていったい何なんですか?二降先輩。」

ひのりが隣に座っている二降を見て声をかける。二降は分かりやすくするわね。と声をかけて黒板の前まで来た。


「蠍會とは、異能ミステルの力で、社会の裏側から手を施し改革しようとする組織のことよ。」

「んん?あたしは改革って聞くとそんなに悪い感じもしないって気もするんですけど、違うんですよね?」

「えぇ。蠍會は裏社会の住人で、その名を知る者は私たち以外では少数よ。スタンスは異能ミステル至上主義。ゆくゆくは既得権益者を次々と引きずり下ろして異能ミステル持ちの自分たちで世界を変えること。そのために私や天札君のように異能ミステルに目覚めた人間をスカウトし、従わなければ脅威になり得ると考え、無力化、排除することも厭わない。」


「思った以上にヤバめの思想さんだな…。その異能ミステルに目覚めた人間っていうのは、うちだとヨミと二降先輩になるけど、多分誰でも使えるものじゃないんですよね?」


異能ミステルを目覚めさせる条件は人によって違うけれど、多くは生死の狭間のような限界状態がトリガーになることが多いわ。肝心の能力に至ってはその人間の深層心理を反映したものになる。まぁ芥丸君の言う通り、そうそう現代社会で生死を彷徨い続けるようなシチュエーションはないから、誰でも異能ミステルが使えるようになるわけではないわ。」


「(なるほど。じゃあオレがウォルフに窓から投げだされたときに、その生死の狭間を体感したから異能ミステルが開花したってことか。あれ?ってことは二降先輩も同じことなのか?)

「いや二降…。そろそろ俺にも解説させてくれない?俺、一応顧問なんだけどさ…。」

「そして恐らく、いやほぼ確実に蠍會の次の尖兵は私に接触しに来るでしょうね。天札君は死亡扱いになっているとはいえ油断はできない。それに備えて、大まかにどんな異能ミステルの種類があるのかを説明しておくわ。」

「聞けよ!それこそ俺の仕事だろぉ!!!」

情けなく喚く医雀を他所に、二降の凛とした解説は続いた。


「分類は主に5つ。肉体強化系、物体生成系、事象操作系、精神干渉系、そして特殊異能系。全ての異能ミステルはこれらに分類されるわ。」

二降は立てた5本の指を順番に減らしながら答えていく。

その横では医雀が天念パーマの茶髪を触ったり、顎髭を触り、うずうずしながら解説を聞いていた。


「最初に肉体強化系、これは昨日の狼男のように肉体の一部をそのまま変化させたりする。シンプルだけど、強力なものが多いわ。一対一サシでの戦闘ならかなり有利よ。」

「次に物体生成系。これは実際に観てもらった方が分かりやすいかしら。天札君。ちょっと昨日の氷の刀を出してもらえる?」

「あーはい。分かりました。」

そう言うと、詠は二降の異能ミステル咀嚼チューイングした氷の刀を右手に生成した。質感は冷気を発していて、触るとかなり冷たい。

「うお!近くで見るとすげぇな。」

「わ~!綺麗だねぇ天札君。」

「このような実態のあるものを生成するのが物体生成系ね。そしてそれにプラスして何かギミックが隠されていることが多いわ。それを相手に見透かせずに戦うのがセオリーよ。」


「でも天札のこれは、物体生成系じゃないよな。」

「そうね。医雀先生は分かると思うけれど。」

「ん?じゃあオレの分類はどれになるんですか?」

「順番通りに話した後にまた説明するわ。次、事象操作系は私の吹雪く花弁グリッタースノウが該当するわね。気温の変化という事象を操作している、というイメージかしら。」


「やべ…。国語26点の俺、そろそろパンクしそう。」

「あたしも、芥丸君ほどではないけど難しいな。」

「あともう少しよ。そして芥丸君は天札君にでも教わりなさい。低すぎ。」

「へい…。」

「いやオレも精々頑張っても80点くらいしか取れないけどな。」

「いや高ぇよ!充分ストロングポイントだよ!無自覚マウントやめてくれって…俺が惨めだろ!」

「精神操作系はまだ共通の該当者がいないから簡潔に話すけど、読んで字のごとくよ。このタイプには根っからの戦闘狂気質の人間はいないわ。戦略、謀略、罠。それらを張り巡らせて自分の勝ちパターンに持っていくのが上手いわね。そして最後に、」

二降の立てた指が小指だけになった。


「特殊異能系。これは今述べた4つのパターンに該当しないものはすべてこれになるわ。そもそも数が少ないのもあるけれど謎が多い。」

「まあ天札が当てはまるのはこれだろうな。」

「そうなんですね。オレが特殊異能系…。」

自分自身の深層心理の中にグラトがいて、様々な能力を使うことのできる自分がカテゴライズされるとしたらその特殊異能系で間違いないだろう。そう詠は思った。


「以上が異能ミステルの主な分類になるわ。少し長くなってごめんなさい。」

「ありがとうございます。二降先輩。今、オレたちを取り巻いている状況が分かりました。オレはオレの異能ミステルをもっと深く知る必要がある。こんなオレと向き合ってくれる人をちゃんと見て、知って、そして守るために。」

以前は叶わなかったこと。やらぬ悔いよりやった悔いという言葉は割と本当だ。後悔は今も詠の中に息づいている。

「自分よりも大切なもののために戦える人たちがいるんだ。」

異能研究部、そして今ここにいない口だけの黒い靄のバケモノの姿が浮かぶ。


「それを蠍會が脅かそうとしているなら徹底抗戦だ。オレが全部、喰らってやる。」

「…。」

「えーと、二降先輩?」

「え?あぁ。なにかしら。」

「大丈夫ですか?いきなり静止して。あ、透明男に刺された傷がまだ…」

「ま、まだ少し痛むけど大丈夫よ。普通に生活する分には何も支障はないわ。」


「へーぇ。」

医雀が少し間の抜けた声を出した。なぜか嬉しそうにニヤついている。

「今の流れでなぜ口元が緩むのよ。意味不明ね。」

「べっつに~?意味なんか俺が知ってりゃいいんだよ。」

また二降が医雀をじろりと睨むがそんなことは意に介さず、丸椅子に体を預けて足を組んでいた。


「それにしてもやっぱり異能ミステルってすごいね…。誰にでも使えるようなものじゃないけど。いつかあたしも天札君や二降先輩みたいなすごい異能ミステルを使えるようになりたいなぁ。」

お気に入りの毛布を撫でながらひのりがそんなことを言った。

「あぁ。分かるぜ。俺も今度は役に立てるように、戦えるようになりてぇんだ。そのためには力がいる。やっぱり蠍會のやり方は気に食わねぇ!俺が異能ミステルを解放できたらそのときは」


「私は反対よ。」

二降が少し怒気をはらんだような口調で言った。

「貴方たち二人は部員であって決して戦闘員ではないわ。天札君は不可抗力で異能ミステルに目覚めてしまっただけ。特例よ。本来この異能研究部は私と医雀先生とで蠍會を壊滅させるべく、発足したもの。部員としてサポートしてもらえるのは本当に助かるけれど、自ら力に手を伸ばそうとするのは話が別よ。私は貴方たちに前線に出てもらおうとは微塵も思っていない。」


「…ごめんなさい。柄にもなく少し熱くなったわ。そろそろ帰りましょう。また明日ここで。」

そう言うと二降はスタスタと地下室を出ていってしまった。


先ほどとは変わって微妙な空気になってしまった空間を和まそうと医雀が口を開いた。

「あー…なんだ。気にすんなってのも違うけどよ。あいつなりにさ。心配なんだよ。」


珍しく真面目な顔をして話す医雀に対して、それを遮ろうとするものは居なかった。


「本っ当に分かりづらいけどな。でもオレもあいつも、異能ミステルに目覚めちまった結果、人格も人生も滅茶苦茶になっちまった奴を見てきた。」


「でもよ。嬉しかったんだよ。二降は。守る、とか力になりたい、って言われたことがよ。二降は異能ミステルを使ってたった一人で毎晩研鑽を積んでた。それが[氷河の夜]なんて校内で噂になるくらいだ。知ったときは焦ったけどな。天札なんて俺に直接聞いてくるしよ…。」

「…その節はすみません。」


「いやいや悪いな天札。オレはお前に感謝してるんだぜ?もちろん芥丸にも豊花にもな。」

色々あって、あいつは目を覆いたくなるような経緯で異能ミステルに目覚めちまった。だからたまらなく怖いんだ。自分のせいで誰かが傷ついたりするのがな。」


詠は自分の首をハサミで突き刺そうとし、二降に異能ミステルで止められたことを思い出した。あのとき二降がどんな気持ちだったのか。それは想像に難くない。


「実はこの異能研究部が発足したのは、今から1年前、二降のやつがまだ蠍會に居たときの話だ。」


ここからが異能ミステルの本領発揮です。


ある日自分に人知を超えた力が突然宿ったら‥。これはとても興味深いことですが、リスクとリターンの天秤は非常に残酷にも釣り合ってます。身に余る力を振りかざすというのは当然、リスクも受け入れてからが本番。


でも「そんなこと知ったことか」で押し通してしまうそんな人にどうしようもなく憧れてしまいますね‥。

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