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コロシアム殺人事件6

五章 神に中指、運命に唾



「砂海、気をつけろよ。二降達が足止めしているとはいえ、まだ蠍會(さそりかい)が隠れているかもしれないからな。」


「大丈夫です。隠密や奇襲は私の十八番(オハコ)。人物二名を指定しお互いを出会えなくする私の現れぬ待ち人(ラビリンスラヴァー)もありますからね。ただ玄百(クロナ)さんという方とは面識がありませんから医雀(いざく)先生が見定めてくださいね。」


空乃と医雀(いざく)はラグナが救おうとしている玄百(クロナ)を探していた。コロシアム内には居るはずなので、この混乱に乗じて関係者の部屋などを虱潰しに捜索している。


ボマー・ゲームの件で彼が巾離(はばり)高校に取材にやって来た時、空乃と絆奈以外の部員は面識があるため、顔は覚えている。金髪糸目の軽薄そうな男だったが悪人には見えなかった。

絶対に救う。異能(ミステル)があろうがなかろうが、人を救いたいという思いに貴賤などあるはずがないのだから。




しばらく探していると、ハッチのある地下階段を発見した。早速降りていくと中はひんやりとしていてすぐ正面には厳重な鉄の扉がある。勿論カギがかかっていて大人の力でもビクともしない。


「くそっ、カギを探すしかないか。芥丸が居れば無理やり撃ち抜けたかもしれないが。」

医雀(いざく)先生、危ないのでどいてください。」



ぴんっ…


ころころ…



「え?おいっ⁉ちょっとま」



ドカァァァンッ!!!


「のわぁぁぁぁっ⁉」


医雀(いざく)は白衣を巻き込んでゴロゴロ転がりながら回避した。

どうやら空乃は手榴弾のようなものを投げたらしく、扉は歪な形で半開きになっている。


「ふぅ。開きましたね。」

「開きましたね。じゃねぇよ!俺まで消し炭になるところだったわ!」


医雀(いざく)の顎髭と白衣の端が少し焦げていたが、空乃は眼鏡を上にあげて表情を変えずに言った。


「大丈夫です。医雀(いざく)先生の事信じてましたから。」


「大丈夫かどうかは俺が決めることだろぉ!これは立派な殺人未遂だ!俺にはねちねち文句を言う資格がある!」

医雀(いざく)先生、しー。追手が来るかもしれませんので静かにしてください。」


「夜道に気をつけろよマイペース眼鏡ェ…!」



この時、「手榴弾もどきを使っておいて静かにしろもへったくりもないだろ。」と言いそびれてしまったのが医雀の一生の後悔の一つだった。



だが収穫はあった。


その扉の向こうには、



縄で縛られて傷だらけで転がっている玄百(クロナ)の姿があった。



「なっ!?あ、アンタ達何でここに…?」


無理に体を動かそうとする玄百(クロナ)を制して、医雀が分かりやすく今の状況を説明した。






「そんなことになってたのか…空乃ちゃんに、前に取材の時に会った医雀先生か。ありがとう。この借りはいつか返すよ。」

「いえ、それよりも今は時間が惜しいです。動けるようでしたら私達と共に行きましょう。」


 


三人は走りながら詠やラグナの元へ向かう。その最中、玄百(クロナ)はラグナとの出会いを語り出した。


「…お嬢以外の人に話すのは初めてかもね。僕ァ、両親を異能(ミステル)の事件で失ってさ。」


「そうでしたか…」


だが異能(ミステル)を持っていない、あるいは知らない者はそれを不慮の事故だと認識するのがこの世界の(ことわり)。理不尽にも命を奪われた彼の両親に、空乃はかつての仲間、鋏屋(シザー)のモグコを重ねた。



「フリールポライターになったのも生計を立てながら、異能(ミステル)っていうワケ分からん力を調べるためさ。異能(ミステル)に目覚めたのもその頃。僕ァ当時、復讐以外考えられないつまらない人間だった。いつか同じ目に遭わせてやるっていう思いだけで生きていた。そんな時だよ。お嬢、熾堂(しどう)ラグナに出会ったのは。」



そんな玄百(クロナ)に、あることが原因で蠍會を辞めたラグナは様々な言葉をくれた。


思い返してみれば彼女が与えたのは愛でも同情でもない。それは、玄百(クロナ)士郎という人間がどういったレールに乗りたいのかに注目(フォーカス)した言葉だった。



玄百(クロナ)士郎、アタシと自由に生きてみない?物事の白黒は君自身がこれから知っていくんだ。】


【降りかかる理不尽を運命なんて言葉でアタシは片付けたくない。世の中に神様なんていう存在がいるのならそいつは間違いなくクソだ。もし会ったら唾吐いて中指立ててやる。君が復讐を理由に生きるならそうすればいい。でも復讐(それ)だけに生きるのは勿体ないよ。君はその先で何がしたい?】



【折角の命一つ、楽しく使い潰さなきゃ損でしょ。死んでもいいなんて死んでも言っちゃダメ。アタシは君を気に入ったんだ。楽に死なせてなんてあげないよ?】



蘇るのは過去を捨て、自由を渇望するラグナの少しだけ憂いを帯びた笑顔。


だが《《それだけではない気がした》》。


「お嬢は無茶苦茶だけど、生き方に一本筋の通った人だ。そんな人だから僕ァ…」

「…好きなんですか?彼女の事。」



空乃からの問いに玄百(クロナ)は飄々とした表情で濁した。


「さぁ?どうだろうね。」






ラグナの剣撃を躱しながらギリュウは掌底や蹴りをぶつけ、時には宙を舞う。それらをすんでのところで受け止めるラグナ。そこには誰も立ち入れない二人だけの世界が構築されていた。

それは詠にも何が起きているのかを判別するのが難しいほど。


「絶対にアンタを倒して自由を手に入れてやる!もう蠍會にアタシの居場所なんて必要ないんだよッ!」


刃生経剣(エピソード)の能力で生成し、振り下ろす剣は[ギリュウとの模擬戦闘で掌底をモロに食らい、意識を失った経験]を模したもの。当たれば意識を失いかねないと踏んだギリュウはこれを避け、距離を取る。


「…儂が」

苛立ちを募らせつつギリュウはラグナの爪先に蹴りを入れ、態勢を崩す。


「儂が何の苦悩もなくッ!蠍會から出ていくお前の姿を見送ったと思うか!!思い上がるなラグナッ!」


さらにサッカーボールのように蹴りつけられたラグナは天井と床を三度往復して地面に叩きつけられた。


半分飛びかけた意識の中で彼女は思い出す。自分の原点、そして熾堂(しどう)家という、力の象徴となる業を背負った一族のことを。






熾堂(しどう)ラグナは熾堂(しどう)家の一人娘として幼少期から優しい母、そして厳しい父・熾堂(しどう)龍義に育てられた。そんな熾堂(しどう)家は代々、抜きんでた武を持つ最強の戦士を作り上げ、あらゆる脅威の抑止力として社会へ奉仕する絶対なる掟があった。


まだ若き熾堂(しどう)龍義は現当主として、社会を裏から支えた。犯罪グループの解体から時には用心棒(ケツモチ)まで携わった。そんな彼をまだ幼かったラグナは心から尊敬していた。


彼が変わったのはラグナの母が難病で亡くなった後。彼は蠍會という組織に所属しギリュウという名前を蠍會のボス、スコーピオンという男から賜った。そしてまだ学生だったラグナに地獄という言葉すら生温い鍛錬を行わせた。自分の後継として。正直、全く興味がない。だがラグナはとにかく耐えた。


そう、耐えられるほどの天性の才が彼女には《《備わってしまっていた》》のだ。

ギリュウをも超える最強の武人となる才が。


ラグナは瞬く間に大幹部・劇毒(アドベノム)と昇格し、¨陶酔毒¨・イサリビの名を賜る。埋葬傷奈が所属する前の話だが、この頃の蠍會は誰の目から見ても全盛期だった。だが数年後、事件は起きる。





ラグナはアジトの中のギリュウの自室まで走り、勢いよくドアを開けた。


「お父さん!」

「何だ。」


「…子どもが犠牲になったって本当なの?」


蠍會は元々さそり園という児童養護施設だった。何が引き金になったかは謎だが、蠍會という名前に変わってから活動方針はまるで違ったものになった。


異能(ミステル)に目覚めた人間の勧誘、または排除。裏社会で流れるカネの奪取。それは全て、最終目標であるいずれは世界を異能(ミステル)で管理していくために必要なステップ。

この頃から熾堂家の目的とは徐々にズレ始めていったのだ。そして先日、蠍會はその一線を越えた。


「子供数人とそこに居た大人が事故で亡くなったって!しかも異能(ミステル)絡みの事件で巻き込まれたからメディアは不慮の事故として報じてる!」




「…知っている。だから何だ?」

「…は?」



「万を救うための二、三の犠牲を躊躇うな。熾堂(しどう)家の者としての分別と自覚を持て。未熟だがお前は歴代最高の熾堂(しどう)家の当主になれる素質がある。それと、言っていなかったがお前の婿となる人間も何人か見定めている所だ。お前は母に似て容姿は整っている。だから早いうちに子を産め。そうすれば」



ラグナは近くにあった銀の豪勢な装飾の付いた龍の置物を掴み、ギリュウの座る机に投げつけた。

凄まじい破壊音が鳴り、資料の山が崩れた。そのはずみで古い小さな写真立てが落ち、(ひび)が入る。ラグナにはそれは見えていない。


「ふざけんなッ!もうお前はアタシの知ってるお父さんなんかじゃない。お前も熾堂(しどう)家も、蠍會も全部クソだ…ッ!アタシの人生を勝手に決めんじゃねぇッ!」


ラグナはドアまで引き返して最後に言った。



「じゃあなクソ親父。」



バタンッ!!


勢いよく閉めたドアは一瞬で静寂を(もたら)した。ギリュウはゆっくりと椅子を鳴らして一枚の写真立てを拾う。そこに移るのは厳めしい男と、寄り添い穏やかに微笑む赤毛の女性、写真の真ん中には赤毛の女性によく似た赤毛をポニーテールにして笑う幼い少女。



「ラグナ…。」


その日、劇毒(アドベノム)・イサリビは行方不明になった。まるでその写真のように親と子の間に深い亀裂を残して。




そして現在。


ギリュウは拳を構え、音も無く一瞬で間合いを詰めてラグナへと迫る。


罅龍(かりゅう)ッ!」



「うぉぉぉぉッ!」


ギリュウとラグナの間に入り、一秒だけ刻まれる災厄(カラミティカウント)咀嚼(チューイング)し、防御した詠が大きく吹き飛ばされ、壁に激突しながらもラグナを守った。


「はぁ…ッはぁッ。ラグナさんの能力でデバフして無かったら今ので終わってたな…」


「龍に(ひび)を入れる熾堂(しどう)家に伝わる一撃必殺の秘奥で仕留めきれんとは…儂も衰えたな。」


「借り作っちゃったね、少年。」


ラグナがゆっくり起き上がり、詠と共に立つ。ギリュウは間違いなく過去最強の相手。ラグナが居なかったら確実に詠はこの世にいない。だがここで倒すことが出来れば蠍會打倒がいよいよ現実的な目標となってくる。


運命の分水嶺は間違いなく今この瞬間、目の前にある。再び彼らは並び立って吠えた。


「アンタを喰らって、オレは蠍會を倒すッ!」

「アンタを倒して、アタシは自由を手に入れるッ!」


「これで、最後じゃ。お主らを倒して儂は…」





「スコーピオン様を王にする。」

既に賽は投げられた。




だがこの戦いは



予想外の結末を迎えることになる。



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