コロシアム殺人事件5
四章 天札詠のミステリー
第4試合開始まで残り20分。イイシマがある人物との電話を終えてからすぐ、詠達の居るリングへの入場口の近くの長い通路まで戻ってきた。
詠はそれを一瞥すると、視線をモバイルマンを包んでいるブルーシートへと移す。
一方ゼリィ、深去、出靡、ラグナは誰が犯人なのかをしきりに話し合っていたが、会話に相槌を打っていた絆奈は違和感を覚えていた。
詠は初めは率先して場を纏めていたが、先ほどから全く話さなくなった。問いかけられれば当たり障りのない言葉で返してはいるが、それ以外はほとんど静観している。
頭の片隅によぎったものに正直恐怖を覚えた。
この異常な空間の中で、詠はそもそも《《事件を解決する気がない》》のではないか?
「乱痴気騒ぎを聞いて来てみれば…」
ずしりと重厚感のある低い声が遠くで聞こえ、全員の会話が止まった。
金色の巨大な竜が入った黒の長袍を翻す老人、
蠍會・劇毒、¨凋落毒¨のギリュウが両手を後ろに組み、やって来た。
「イイシマ、ここで起きたことを簡潔に申せ。」
「は、はい。ラグナ選手とモバイルマン選手の第四試合の前に、私たちの居るリングへの入場口の近くの長い通路、ここでモバイルマン選手が背中から血を流して倒れていたらしく…今はブルーシートをかけさせていただいていますが…」
よほどギリュウが恐ろしいのか目は空を泳ぎ、声は一字一句震えていた。
ひとしきり報告を聞いたギリュウは、ブルーシートの元へゆっくりと歩いていく。
そして四角を描くように角を周った。
だがギリュウは怪訝な顔をしてピタリとその場に留まる。
何かが、おかしい。
それが《《二人の合図》》となった。
詠とラグナが
ギリュウ目掛けて同時に斬りかかった。
ガキィィンッ!
ギリュウは身を翻して避ける。そして二人を軽々と同時に左右の壁に吹き飛ばした。
「ぐっ…!」
「《《最初からこれが目的か》》…儂を誘い出しての奇襲。よくここまで芝居を打ったものよな。」
詠、ラグナ、ギリュウ以外の者は声を出すのも、指一本すら動かすのを忘れてその光景を見入っていた。
一体何が起きている?
コロシアムはどうなった?
なぜギリュウと戦っている?
突然始まった詠&ラグナVSギリュウの構図に困惑する中、ギリュウが口を開いた。
「種明かしの時間くらいはくれてやる。二度と口を開けなくなる者も出てくるかもしれんからな。」
イイシマはその迫力に腰を抜かして顔面蒼白になっていた。だがどうにかして口を動かして疑問を振り絞る。
「どうなってるんです⁉モバイルマン選手が殺された事件が起きているのに、場外乱闘まで起こるなんて!これじゃもうコロシアム続行は不可能ですよ!ヨル選手、説明してください!」
それを聞いた詠は
《《笑った》》。
「皆にも教えるよ。俺は最初からギリュウをここに引きずり出すのが目的だった。全ては試合が始まる前に打ち合わせてたんだよ。」
詠がブルーシートに目をやると、合わせて全員の目がそちらに向かう。
「この作戦についてはオレとラグナさんと、そこにいるモバイルマンと決めたことだ。」
そして目撃した。
被されていたブルーシートを押しのけて立ち上がったモバイルマンの姿を。
ゼリィが思わず声をあげる。
「スマホの兄さんが生きていたとはなぁ…!これは一本取られたぜぇ。」
「皆は犯人が誰かを予想していたみたいだけど、犯人なんて最初から存在しない。それどころか《《事件なんて起きてすらいないんだよ》》。」
「オレはここで《《殺人事件が起きたなんて一言も言っていない》》。」
♢
計画は詠とラグナがコロシアムで再会したときから始まっていた。
ラグナが詠に耳打ちした内容は、自分は玄百士郎、詠の高校にやって来たフリールポライターを救出するため、そして自分の父親であるギリュウを倒すためにコロシアムにやって来たこと。
それらに協力してくれないかという内容だった。
それにラグナも元は蠍會・劇毒の一人、¨陶酔毒¨のイサリビであった過去も包み隠さず話した。
詠は一度は困惑したが、雨雨レインのライブで初めて会った時には見せなかった覚悟ある眼差しに、彼女の頼みを承諾した。
次にトーナメント表のクジ引きの後、詠とラグナは彼女の対戦相手であるモバイルマンに接触し、事情を話した。
「ナルホド。チノリヲツカイ、ワタシガシンダコトニシテオビキヨセ、ギリュウヲタタクトイウコトダナ。」
カタコトの電子音だが、伝わったらしい。交換条件として彼(?)はラグナとの定期的な手合わせを要求した。顔面スマホな異質な見た目に反して意外と強さを追い求める武闘家気質らしい。
下準備が終わり、自分の第一試合が近づく中、詠はどうしても聞いておきたいことがあった。
「ラグナさん、答えたくなければ答えなくてもいい。なぜそこまで父親のギリュウを倒すことに固執するんですか?」
「…少年みたいな真っすぐな瞳をした子には毒かもしれないよ?」
「構わないですよ。異能を以って毒を制す。俺達はそうやって戦ってきたので。」
「ふふっ、上手いことを言うね少年。」
ラグナは少し寂しそうに笑っていた。
「じゃあ聞かせてあげる。アタシはね。縛られずに自由に生きたくて戦っているんだ。」
♢
詠はラグナのこれまでの全てを聞いた。
玄百士郎の救出と蠍會大幹部・劇毒、ギリュウの撃破。あんな話を聞いたからにはこの二つを絶対に成し遂げなければならないと詠は決心した。
「モバイルマンが死んでいると思い込んだら、ブルーシートをめくって確認するなんて行為は非常識だ。誰もが躊躇する。万が一疑問に思っても、ここには周りの視線もあるしそれには触れられない。
深去さんが言っていた[シュレディンガーの猫]の理論と似ているけど、ブルーシートの中を見ない限りは《《生きているか死んでいるか》》は分からない。オレは簡易的にそれを再現した。」
加えて 、詠はモバイルマンの死に関する明言をあえて避けていた。
もしこの中に『嘘を見抜く』などの異能を持つ者がいても備えられるように、そこまでこの計画は練られていたのだ。
コロシアムなんてものは蠍會が勝手に作り上げた舞台。詠にとってそれはギリュウを引きずり出すための狩場にすぎない。
「なるほど…儂をここに引きずり出したことは称賛に値する。だがこれは予想できたか?」
ギリュウは親指と中指を合わせ、大きく鳴らした。
その合図でドローンで配信された映像が途切れ、十数人の観客が立ち上がり、中央のリングへと降りてくる。
「コロシアムは中止じゃ。ここからは使えそうな異能持ちを蠍會に連れていくことにする。そのためにここに待機させておいた部下達を放った。お主たちに待っているのは回収か死じゃ。」
だがその時
突如としてリングに巨大な氷柱が出現し、何人かが大きく吹き飛ばされた。
リングに降りてきたのは水色のストレートヘアを美しく靡かせる少女。
「天札君、話は聞いたわ。ここは私達に任せて!」
「二降先輩!」
「芥丸君とひのりさんは私と敵の無力化を!空乃さんは医雀先生と一緒に玄百士郎の救出を!」
「絆奈、お前も二降先輩と行ってくれ。敵の数は多いけど絆奈が居れば状況を覆せる!頼んだぞ!」
「…うんっ分かったヨミくん!私に出来ることは全部やるよ!」
指示を受けた各部員がそれぞれ動き出す。そこにはモバイルマンの姿もあり、どうやら共に蠍會と戦ってくれるようだ。
それを見届けた詠の顔の付近にグラトが出現した。
「詠ィ。ギリュウは正真正銘のバケモンだ。最初から全力で行くぜェ!」
「あぁ!刻まれる災厄・咀嚼!」
「来るか、伏龍になり得る者よ」
埋葬傷奈戦でも見せた詠とグラトの、現時点での最高地点。最大10秒間だけ肉体の限界を超えて強化する咀嚼能力を使い、弾丸以上の速さでギリュウの眼前に飛び出す。
「はぁッ!」
超速の拳と超速の蹴りが次々と襲い掛かる。ギリュウはこれに合わせるようにその攻撃を受け止め流していく。
「ぐぬ…ぅ」
だがその内の一発がギリュウの右肩に命中する。
「あと6秒だ詠ィ!このまま押せ!ギアを上げろ!」
「おぉぉぉぉッ!」
「なるほど、デッドラインや埋葬傷奈を退けただけのことはある。じゃが」
「所詮、他人の力の延長じゃな。《《お前自身》》は一体どこにおる?」
「⁉」
その時、ギリュウの拳が詠の腕を跳ね上げて、態勢が大きく崩れた。
「しまっ⁉」
「罅龍。」
不可避の掌底が詠の腹部に激突する。そう感じた時にはコロシアムのラウンジに置いてある椅子などを盛大に破壊しながら吹き飛ばされていた。身体の芯が破壊されたかのような痛み、そして刻まれる災厄を咀嚼した代償のダメージで、詠の口から大量の血の塊が噴き出た。
「…か…はっ…⁉」
ギリュウはさらにゼリィと出靡の間に一瞬で移動し、二人の横っ腹を両腕で弾いて吹き飛ばす。何かがひしゃげるような気味の悪い音が周囲に炸裂した。
「がはっ!?」
「っ!ぁ!?」
「邪魔じゃ。」
◇
「オイ詠ィ!しっかりしろ!次の攻撃が」
「しばらくは動けぬぞ。」
「なっ⁉イつの間に⁉」
吹き飛ばされていた詠との距離は相当離れていたはずだが、既にギリュウは倒れ伏す詠を見下ろしている。しかもその奥にはゼリィと出靡が倒れている。先ほどの一瞬で近くにいた彼らの意識を同時に刈り取ったたようだ。
「はぁ…はぁ…っ。ワープとかそういう能力か?だったら事象操作系で二降先輩と豊花と同じタイプか…?」
「…無駄な分析じゃな。」
ギリュウは冷ややかな目をして答えた。
「儂は異能など《《持っておらん》》。いつの時代も最後に残るのは己の身体一つ。己と向き合い限界を超えて鍛え抜いた。それが答えじゃ。」
狼男ウォルフ、鋏屋、デッドライン、埋葬傷奈、詠は様々な強敵と戦ってきた。だが自分の目の前にいる老人はレベルそのものが違う。今の詠、いや異能研究部全員で闘っても勝つことは出来ないだろう。
「確かに…今のオレじゃアンタには勝てないのは身をもって思い知ったよ。」
詠は壁に身を預けながら悔しそうに呟く。異能を持たないのではなく、持つ必要がない存在が目の前に居る。
「だから」
「最凶には、最強をブツける。」
ギリュウの背後から赤髪ポニテの女がギリュウに勢いよく斬りかかる。
「クソ親父ィィッ!」
刃の無い剣がギリュウのガードした左腕に激突する。彼女の異能、刃生経剣は自分が生成した剣が当たった相手に、指定した自分の人生経験を追体験させる物体生成系の能力。彼女が生み出したのは【二日酔いになった記憶】を模した剣だった。
ギリュウの動きが少し鈍る。
「玄百を返せ!アタシの自由をいつまでも縛るなよっ!」
「いつまで稚児のようなことを言っておるのだ。熾堂家の者としての分別と自覚を持てと何度言わせる。お前ほどの才覚があって、なぜそれを自ら腐らせるような真似をするのか理解に苦しむ。」
「口を開けば熾堂家、熾堂家…って、今アンタの目の前にいる娘をちゃんと見ろって言ってんだ!いい加減うんざりなんだよ…!」
ラグナは目の前の父を見据えた。
史上最大の親子喧嘩は口喧嘩より始まる。
「必死に生きてる奴が割を食って泥を啜って、おかしな力を持った奴らがそれを簡単に踏みにじる。そんな奴らしか幸せになれないなら」
「この世界は間違ってる!」
熾堂家に代々与えられた掟、それは
《《最強の戦士を作り上げ、世界へ奉仕する》》ものだった。




