コロシアム殺人事件4
「えー…次の第四試合ですが、ここで1時間のインターバルを挟みます!その間に周辺機器のメンテナンスを致しますので、皆様は次の試合に心躍らせつつお待ちください!」
実況のイイシマがリングで宣言し、観客から見えない事件現場の入場口の長い廊下まで来た。モバイルマンには既にイイシマから借りたブルーシートがかけられている。
「えっと、これでいいのかなヨル選手?」
サングラスにリーゼントという風貌だが意外と腰の低いイイシマが声をかける。
詠の隣に絆奈とラグナ。他にはイイシマと深去、敗退したがコロシアムの控室に居たゼリィと、医務室で手当てを受けていた出靡も最後に合流する。
「ありがとうございます。さて、状況を整理しますが先ほどモバイルマンさんが試合開始前に何者かに襲われるという事件が起こりました。時間も限られているので単刀直入に言いますが」
「オレはこの中に犯人がいると思っています。」
このコロシアムは蠍會が運営しているため、ここで殺人事件が起ころうと警察や公安などといった組織が動くことはない。
それだけに出場者達がこの事件を解決するしかないのだ。
「アタシはやってないよ!?信じてもらえないなら、ここから出ていく!人殺しと一緒の空間になんかいられないよ!」
第一発見者のラグナが慌てふためいて騒ぐ。
「ラグナさん逃げないで下さい。あとそれはよくある死亡フラグです。」
「いや第一発見者がどう考えても一番怪しいっスよね?自作自演はキツイっスよ。」
出靡が首に下げたヘッドホンを爪で弾きながら言った。
「確かにそうねぇ。悪いけれどお姉さんもそう思っちゃうわ。」
「深去さん、まだラグナさんを犯人と決めつけるのは早いですよ。ラグナさん、どうやってモバイルマンさんを見つけたのか聞かせてもらえますか?」
「場を回すのが上手いね少年、アタシは第三試合をラウンジでずっと見てたよ。で、終わったから次アタシの試合になるな~って思って、入場口の近くの長い通路に行ったら、このスマホ男さんが倒れていたんだよ。」
この地下コロシアムの作りは以下のようになっている。
モバイルマンが倒れていた入場口の近くの長い通路、そこを左に逸れると、医務室に。真っすぐ抜けるとラグナの言うラウンジがあり、そこには大型モニターが上から吊るされ試合の様子を眺めることが出来る。
さらに真っすぐ行くと選手用の玄関もあるが、大仰な銀色の龍が描かれた門は硬く閉ざされ、優勝者が決まるまで侵入も脱出も不可。
ラウンジの左端と右端には通路が伸び、選手控室が詠、芥丸、出靡、ゼリィの順で奥から配置されており、
右端にはモバイルマン、ラグナ、深去、絆奈の順で控室が通路側から配置される。
「ともあれ脱落して観客席にいるタイガー以外、オレ含めここにいる全員が容疑者です。なので一度、ラグナさん以外の全員の事件当時の動きを共有していきましょう。ちなみにオレは試合が終わったキズと彼女の控室前で話していて、ラグナさんの叫び声を聞いて、共に現場に駆け付けました。ゼリィさんは何をしていましたか?」
「俺はお前さんとの試合が終わってから、医務室で治療を受けて控室で休んでいたぜぇ。で、お前さん達の悲鳴を聞いて出てきたんだなぁ。」
「じゃあアンタも怪しいっスね。今までの話を聞くと犯行現場に控室の位置的にも一番近いのはアンタ。何食わぬ顔で控室に戻れば誰にも怪しまれない。」
「お前さん、出靡って言ったかぁ?残念だが医務室には常駐の医療スタッフが二人いる。その二人はずっと治療が終わるまで俺と一緒にいたからなぁ。俺が医務室にいたアリバイは立証されるし、俺が控室に戻った所も見ているんだなぁ。そういうお前さんはどこで何をしてたんだぁ?」
半開きの目とギザ歯でせせら笑うようにゼリィが投げかける。
「俺っスか?俺が一番犯人からは遠いでしょ。そこの嬢ちゃんにやられてさっき医務室で手当てを済ませたところっスよ。ここへの到着が一番遅れていたのは俺だった。アンタらも見てたっスよね?」
「えぇ。確かに見たわ。あなたの試合もね。でもあのスピードなら誰にも気づかれずに始末することも可能なんじゃないかしら?」
深去がじろりと出靡に視線を送る。
「それこそ暴論っスよ!試合を見てたなら分かると思うっスけど、あんな速度で俺が思いっきり殴るだの蹴るだの刺すだのしたら、確実に手足がイカレる!だから試合でもリタイヤさせるのが目的だったんスよ…」
身の潔白を訴える出靡だったが、訝しんだ顔で深去も話し始める。
「ふーん…じゃあ最後は私ね。私は控室にいてお化粧直しをしていたわ。そこのラグナさんの叫び声を聞いてこちらに来たのは同じだけれど、一人で居たから私にはアリバイはないわねぇ。」
「じゃあアンタも充分怪しいじゃないっスか!」
「あ、アタシ深去さんにしつもーん。」
ひらひらと手を挙げたラグナが問いかける。
「そういえばアンタの異能だけ知らないなーって思ってさ。他の人は皆、披露してたでしょ?遠隔で刃物を操作してグサリ!みたいな能力だったらそれこそ完全犯罪じゃん。」
「ふふ、確かにね。でもそんなことは出来ないわ。私の異能なんて大したことないんだから。というか異能を知らないのはあなたも同じでしょう?」
「あ、そだね。じゃあお披露目しとこっか。」
そう言うと、ラグナの空の鞘の中から茶色マーブル色の剣が出現した。
「刃生経剣。自分の人生経験をモチーフにした剣を生成して、剣が当たった人にそれを追体験させる。これは〆に豚骨ラーメン食べたときの思い出で作った剣。当たるとちょっとだけ満腹感が出るよ。まぁ剣って言っても鈍らすぎてペーパーナイフの方がまだ凶器になるレベルだよ。」
一番犯人に近いと思われていたラグナだったが、それを聞いて全員が同じことを思った。
何その能力…?と。
「ありがとうラグナさん。じゃあ私の能力も見せちゃおうかしら。」
深去は片手で持っていたペットゲージを開いた。
すると
ペットゲージの中身は黒一色、そしてその奥から目玉が一つ、詠達を覗いていた。
不気味すぎる光景に思わず、絆奈から悲鳴が上がる。
「わっ。なにこれヨミ…じゃなかったヨルくん!怖い!」
「あら。怖がらせちゃってごめんなさいね。可能性の小箱っていう能力でね。私がここに入れたものは《《その存在が曖昧》》になるの。例えば⋯」
深去はその辺に転がっていた手頃な石を掴みペットゲージの中に入れ、閉じた。
それは全員が目撃していたが、たったそれだけの事象に誰もが眉をひそめる。
「え?今何を入れたんスか?」
「そう、こういうことよ。私が何を入れたのかは私しか分からない。何か入っているかもしれないし、何も入っていないかもしれない。量子力学で有名な[シュレディンガーの猫]を再現しているの。この中に人間が入ったらどうなっちゃうのかしらね…」
手の甲を口に当てて笑う深去を見た絆奈が怯えた顔で詠にしがみついた。
「ふふ。冗談よ。人間で試したことなんかないわ。サイズ的に入らないし、私は偶然異能を手に入れただけのただのOLだもの。だからこんな能力じゃ戦闘はおろか、自分の身すら守れないでしょ?」
深去はハーフアップにした長い黒髪を片方の耳にかけながら自虐的に笑う。
「うーん…」
絆奈が可愛らしく唸るが、それだけでは真実が地面から出土したり、天から降ってきたりはしない。
突如として試合前にモバイルマンが襲われたこの事件。犯人は一体誰なのかが一向に見えて来ず、多くの選手たちは第二、第三の事件すら警戒し始めている。
この事件をより複雑化させているのは、まず誰もが頭に浮かぶであろう『動機』の部分だった。
頭部が巨大なスマートフォンであるモバイルマンの強烈なビジュアルに、誰もが二度見して驚いた時点で全員が彼とは初対面であることが分かる。会話すらまともにしていないはずだ。そんな人物に対して凶行に及ぼうとするだろうか?
優勝するために彼を消そうとした。
実力も未知数なのに?
偶然、凶行に及ぶだけの理由が今日できた。
賞金もかかっているのに自らそんな事をするだろうか?
イイシマが取り決めた休憩時間は残り25分を切ろうとしている。コロシアム内で殺人事件が起き、ラグナが不戦勝で大会続行では観客が納得するはずもない。
そんなイイシマは選手たちから離れたところで連絡を取っていた。
「そうなんです…はい。私もどうしようかと…誠に申し訳ないのですが…」
「え…?」
近くを通りがかった絆奈は遠くで《《それ》》を目撃した。
いや、正確には違う。
イイシマを見ているある一人の人物を目撃したのだ。同時に少し怖くなった。
イイシマを見ていた天札詠が
笑っていたことに。




